これはきっと夢。

鈴木ソラ

これはきっと夢。7話




「武城くん、今日もキマってんね〜そのギラついた眼がさすがのキングってカンジ!」


カメラマンさんが、楽しそうにセットの中の蓮に向けてシャッターをきる。その度に、スタジオ内がパシャリとフラッシュで一瞬明るくなって、俺はその眩しさに目を細めた。

「結太郎、今日のスケジュール確認いいか」

撮影される蓮をぼーっと見ていると、そんな俺の隣に、スケジュール帳を手にした桧山さんが立った。

「あ、はい、お願いします」
「雑誌の表紙を撮り終えたら、次は隣の部屋に移動してインタビューがある。今日朝イチの撮影だから午後の予定は空くが、どうする?蓮には一応、学校に行けと言っておいた」

蓮は受験生だから、フリーの日はできる限り授業に出るように勧めたのだろう。もちろんストイックな蓮なら、言われなくてもそうするのだろうけど。俺も暇なうちにできるだけ登校しておきたい、いつ仕事が立て込むか分からないのだから。

「じゃあ、一度寮に戻ってから登校します。たぶん時間的に午後の授業受けられると思うので」
「そうか分かった。それなら蓮とまとめて高校まで車出してやる」
「はい、お願いします」

すると陽気なカメラマンさんが、こちらを振り返って俺を呼んだ。

「じゃあ次、松任谷くんいこっか」

はい、と返事をして、セット内に足を踏み入れる。そこは想像以上に眩しくて、デビュー当時に比べれば慣れたとはいえ、やはりどこか胸の奥がドキドキとした高揚感に見舞われる。

結局、昨日はあのあと皐月くんとは一言も喋れずに終わってしまって、今日もタイミング悪く雑誌の仕事の予定が入っていた。つまり未だに、皐月くんへの不安の根は消えないままなのだ。皐月くんが蓮を好きだとか、そんなものファンからアイドルへ向けたものに過ぎないのに、俺の気持ちは勝手に一人歩きしてしまっている。そうと分かっていてもやはり​───。


「なぁんかイイね、今日のプリンス調子良いんじゃないの?こう、いつになくパッションを感じるよ、このまま続けようか!」

至極楽しそうに、カメラマンさんは更にシャッターをきっていく。周りのアシスタントやメイクさんの視線も皆、今は俺に集まっているのが分かる。

ああそうか俺、こんな、皐月くんとは関係のない仕事の撮影でも、無意識に蓮に、対抗してるのか。

皐月くんの目も、こんなふうに俺に留められたら​​。蓮よりも、俺に​───。







「なんだ、今日はいつもと違うんだな」

俺の撮影が終わると、蓮は真っ先に俺にそう声を掛けた。

「…変だった?」
「いいや、むしろ新鮮で良かったと思う。おまえのあんな目つきは初めて見たな」

……そんなに違ったのかな……俺、無意識に思ってること表に出しすぎだ…。

「俺も負けてられないな」
「……え?」

蓮はどこか楽しそうにそう言うと、すぐにスタッフに声をかけた。

「すみません、もう一度撮り直させてもらっていいですか」
「おお、なんだかやる気だねぇ。いいよいいよ、納得いくまで撮ってやんよ武城くん」

グッとカメラマンさんは親指を立ててそれを了承した。そうして再び撮影を始めた蓮は、さっきとは違った雰囲気で周囲の視線を集めた。いつもカメラの前では俺様キャラでどこか棘のある蓮が、今はどちらかというと俺のような、優しい表情をしている。

「……まったく、あまり火をつけるなよ」

桧山さんが、ぼそっとそうため息を零す。

「…次の雑誌、すごい売れそうですね」
「お互いもとのイメージとは真逆の雰囲気で表紙飾ってんだ、そら飛ぶように売れてもらわなきゃ困る。きっと大反響だな」
「ギャップ萌え…ってやつですか?」

俺が笑って聞くと、桧山さんも、そういうことだ、と笑う。

蓮には適わないな、やっぱり。自分の感情すらコントロールできずにいる俺に対して、いつでも向上心を忘れず物事を良い方向に持っていってしまう。最大の味方で、ライバルだ。











「結太郎、どうかしたか」


インタビューの合間、設けられた休憩室で一息ついていると、蓮がそう声を掛けてきた。

「…え?」
「いや、今日はいつもと様子が違うと思ってな。心做しか、元気もなさそうに見える」

俺の目の前に、缶ジュースを静かに置いてそう言った。

「……ごめん、仕事に支障出てた?気をつける」
「いいや、むしろ桧山さんもスタッフも、褒めてたぞ」
「……そっか」

大丈夫だ、仕事はちゃんとこなせているらしい。

「何か、気にかかることでもあるのか」
「……蓮は鋭いね」

ちゃんと周りを見ていて、リーダーに抜擢されただけある。

「俺に言えないことか」

そう問われ、俺は何も言えずに黙ってしまった。蓮も、何も答えない俺をじっと見つめるだけだ。俺は気まずくてすぐに蓮から視線を外した。

……仕事と関係ないことまで対抗心燃やしてるなんて、本人に情けなくて言えるわけない。

「まあいい、無理に言わなくても。…先にスタジオに戻ってる」

蓮はそう言って、休憩室から出て行った。

俺は一度頭を冷やすために、休憩室を後にして、外の空気を吸おうとバルコニーに出る。その道中で、ある人に会った。



「お、松任谷、おつかれ」
「桜庭さん…!お疲れ様です、桜庭さんも今日ここで仕事ですか?」
「ああ、さっきまでラジオで喋ってた。おまえは、その格好見ると、雑誌の撮影ってとこか?そういえば来月のスイーツはFLAREが表紙だっつってたな」

桜庭さんは、撮影のための衣装を見て見事当ててみせた。

「なんだよ、浮かない顔して歩いて」
「!…み、見られてましたか」

……恥ずかしい…。

「まだ時間あるだろ?ちょっと話そうぜ」

そう言って桜庭さんは、俺の想いを汲み取ったかのようにすぐそこのバルコニーを指さした。





「で、もしかして相方と何かあったか?」
「えっ…いや、何か…ってわけじゃ、ないんですけど」
「そうか?おまえと会う前、武城もなんだか浮かない顔してスタジオの方に向かうの見たからてっきり」

そう言われ、ずきりとまた胸が痛む。

それとは正反対に、空は真っ青にいい天気で、バルコニーには気持ちいい風が吹いてくる。

「……蓮って…目指すものには、努力は惜しまないっていうか…。センスも素質ももちろんあるけど、それ以上に努力を怠らないんですよね。その上、しっかり周りも見てて。そういうとこ、相方の俺も、すっごい尊敬してるんですけど」

…こんなこと、先輩の桜庭さんに相談してもいいのだろうか…。

なんて今更迷っていると、桜庭さんはバルコニーの手すりに背中をもたれかけて、くすりと笑った。

「なんだ、相方褒め倒しておわりか?」
「!…ち、違うんですけど」
「じゃあなんだ、ん?」

俺は一瞬口ごもるも、ここまで来たらすべて言ってしまえと、再び口を開いた。

「嫉妬、してるんです、たぶん」

いま俺が蓮に抱いているこの重苦しい感情は、その言葉で表すのが一番相応しい。

「……あっ、もちろん、仕事で蓮に負ける気は一切無いし、俺だって蓮と同じくらい一生懸命やってるつもりです。…それなのに、やっぱ俺どっかで、蓮と比べちゃってるのかなって」

皐月くんが蓮推してるって言ったって、それが恋愛感情という訳では無いのに。それが分かっているはずなのに俺は、勝手に蓮に対抗心を燃やしてしまう。

「いいじゃねーかそれくらい。誰だってそんなもんだろ?」
「……え、そう…なんですかね…」
「そうだよ、俺だってな」

桜庭さんは、はは、と笑って懐かしむように空を見上げた。

「ほらIrisうちって、みんな個性豊かだろ?主張が強いっていうか、我が強いっていうか、良くも悪くもな。けどアイドルするならそれくらいのが向いてんだよな、それぞれのキャラが立ってるっていうかさ。まあ、これはきっとアイドルに限っちゃいねーけど、芸能界この世界はそんなもんだろきっと。だから俺も、ユニット組んでしばらくは、メンバー全員に嫉妬しまくってたぜ」
「さ、桜庭さんが……?」

今の堂々とした先輩像からは、そんな様子ひとつも見えない。

「俺は周りに比べて平凡だって、よく言われたし、自分でも思ってた。慧人みたいに特に見た目が派手って訳でもなくて、理玖みたいにファンに元気与えるようなエネルギッシュさも無い。おまけに、藍みたく志が高い訳でもないだろ?もーホントいいとこなくて、困ったよ。あんときはメンバーにも散々怒られたしな」
「お、怒られた?…桜庭さんが?」
「結構あいつら、鋭いんだよ、そういうとこ。『何が"平凡"だ』って、『おまえのこと一番よく知ってんのはファンでも事務所でもなく"Iris俺ら"だ』なんてな、かっこいいこと言われちまって。それでも俺もようやく目覚めたよ。…あぁ、俺にも良いとこあんだな、って…、じゃなきゃこんなすげー奴らと、今頃こうして同じ舞台立ててねえだろ?」

楽しそうにそう話す様子から、桜庭さんがどれだけ、Irisアイリスを大切に想ってるのかが熱く伝わってきた。そんなことをかっこよく言ってしまう桜庭さんも、俺の目には十分魅力的に映る。

「だーかーら、おまえもそんな気張ることないって」

そう言って、俺の背中をばしんと大きく叩いた。趣味で休みの日も筋トレやランニングを欠かさないって聞いたことあるけど、想像以上の力強さだ。

「誰も、松任谷と武城を比べて見やしないぞ?それぞれにはそれぞれの、魅力っつーモンがあんだから」

それぞれの魅力。

当たり前のことだったけれど、今の俺はそれを見失いつつあったのだ。欠点の無い蓮に劣等感を抱き、皐月くんのこともあってそれが更に、表面化してしまった。

「…ありがとうございます。…はぁ、俺の悪いくせです…なんでも悪い方向に考えちゃうの」
「自分の弱点知ってるのは良いことだぞ。何より成長に繋げられるからな」

桜庭さんは、バルコニーの手すりから体を離して、そう笑った。

「…あっ、桜庭さんに、もうひとつ聞きたいことが…」

俺がそう引き止めると、桜庭さんはなんだとこちらを振り返る。

「……か、片山さんがこの間言ってた…"顔は"って、どう意味なんですかね」

『"じょう"。顔は・・ね』

あからさまな値踏みをされた時、評価の後ろに、"顔は"と付け足された。やはり、内面的にはまだまだと、初対面の片山さんに一目で判断されたのだろうか。

「あー、はは、あんま気にすんなよ」
「…えっ?それって、どういう…」
「まあ、それは藍本人に聞くといいよ。休憩、そろそろ終わるんじゃないか?」

そう言われ、廊下に掛けられた時計に目をやると、そろそろスタジオに戻らなければならない時間になっていた。俺の反応を見て、桜庭さんは応援の言葉を掛けてすぐに、ちょうど来ていたエレベーターに乗って帰ってしまった。

廊下の向こうから、桧山さんが顔を出す。

「松任谷、そろそろ再開するぞ」
「あ、すみません、すぐ戻ります!」


……蓮には蓮の、俺には俺の魅力がある。俺は俺らしく、俺のやり方で、皐月くんに見てほしい。




​──────俺はそのために、アイドルになったんだから。





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