貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~

一刻一機

第二章 〜獣人村の異変〜(11)

14


 アシド火山に辿り着くと、道中に少しは生えていた草も段々と少なくなり、遂に周囲には剥き出し岩だけとなった。
「王よ。流石に暑くなって参りましたね」
 ミルドが、その豊かな胸元をあけ、外気を取り込んでいる。
 うっすら浮かんだ汗と相まって、褐色の肌が凶悪な色気を放っているが、そこは精神力の全てを振り絞って耐え忍びたい。
 いくら誤解とは言え、全幅の信頼が置かれている身で軽蔑されたくないのだ。しかも、こんな理由で。
「『精神力強化マインドアップ』……」
 思わず魔法カードまで使っちまったぜ。
「王よ。急にどうされたのですか?」
「いや、何でもない何でもない。ちょっとカードの使い方を再確認しただけだよ」
「はあ、作用でございますか。ところで……何か妙な音が聞こえませんか?」
 ミルドが耳をすませて、怪訝な表情を浮かべている。
 何かが争っている音が聞こえるが、獣の唸り声でも無いし、かと言って人間でもなさそうだ。
 毛の無い子供が、腰蓑一枚の全裸同然の姿で謎の奇声を上げている。
 一瞬人間の子供かと思ったが、全員が薄い黒い肌をしていたため、すぐに人間説は捨てた。
「何だ?小人か?」
「ああ、あれは小亜鬼人ゴブリンですね」
「へー!あれが噂のゴブリンか!初めて見た!」
「王よ……小亜鬼人ゴブリンも倒した事がないのに、双頭狗ツインハウンドを狩るのはおかしいです」
 ミルドの呆れ顔にも気づかず、思わずまじまじとゴブリンの集団に見入ってしまったが、どうにも様子がおかしい。
 一匹だけ赤いゴブリンが、黒いゴブリンの集団に袋叩きの目にあっていた。
「喧嘩か?」
「どうでしょうね。この辺は赤小亜鬼人レッドゴブリンの棲み処だと思いますが、黒小亜鬼人ブラックゴブリンが攻めて来たのか、それとも縄張り争いでもあったのか……」
 ミルドは、さもどうでも良さそうに肩をすくめて、それで終わりにしようとしていたが、俺は何故か嫌だった。
 黒いゴブリン達はこん棒やナイフのようなものを持っているが、赤いゴブリンは武器も無く、素手で奮戦しているがどう見ても、赤いゴブリンが不利だ。不公平だ。
 まるで虐めにしか見えない。
「ちょっと介入してくる」
「え?王?」
「『速度強化スピードアップ』!」
 ゴブリンの強さがどの程度かはわからないが、そんなに脅威は感じない。
 ならば、『速度強化スピードアップ』だけでいけるだろう。
 スプラッタ映像再びは御免被りたいのだ。
「ギギギギ?」
「ギギギギ!」
「ギャギャ!ギャギャギャ!」
 いきなり赤いゴブリンの前に現れた俺を見て、黒いゴブリン達がパニックをおこしている。
 女王巨人蜘蛛マリア達と違って声帯があるため、ある程度声らしい声がするが、何を言っているかはさっぱりわからない。
 同じ全身真っ黒だからといって(クロスケは頭部から降ろしているが)、仲間だと思われてないよね?
「おっと、危ない」
 黒いゴブリン達は、俺を仲間と誤認せず(当たり前だ!)すぐに襲い掛かって来た。
 とは言え、振り下ろされた棍棒にスピードは無いし、鋭さも無い。
 本当にただ力任せに叩きつけられた棍棒は、避ける必要もなく受け流し、黒いゴブリンの間合いに飛び込む。
「ふんっ!」
「ギギギギ!?」
 掬い上げるように拳を振り上げると、ゴブリン達が面白いように宙を舞う。
 俺の腰ぐらいの大きさしかないゴブリン達を蹂躙していると、子供をいじめているような気持になるが、先にいじめをしていたのは、黒いゴブリン達のほうなので因果応報だと思ってあきらめてもらいたい。
「ギギ!ギギャギャ!」
 ほとんどの黒いゴブリン達が動かなくなると、一回り大きく逞しいゴブリンが残された。
 大きめのゴブリンは、他の連中が持っていたものよりも立派な長い剣を振り回しながら、地団駄を踏んでいる。
「おお、黒大亜鬼人ブラック・ハイゴブリンですね。私も初めてみました」
「ギギギギ!ギャギャ!ギャギャギャ!」
「……何て言ってるんだ?」
「さあ、私にはわかりかねますが……恐らく怒っているのではないでしょうか」
「ギャギャ!」
 俺とミルドがのんびりとゴブリン挙動を観察しているのが癇に障ったのか、剣を振り回して襲い掛かって来た。
 動きは素早く、聖樹の森に攻めて来た帝国兵よりも瞬間的な攻撃力は高いかもしれない。
 それでも、何か訓練をしたわけでもない動きを躱すのは、キリアに散々鍛えられた今の俺には楽勝なのだ(血涙)。
「ハイゴブリンって言ったわりには……どこが違うんだ?……って、危なっ」
 単に素早くて、ちょっと力が強いだけのゴブリンかと思ったら、剣の切っ先に黒い魔力を纏っており、その魔力のせいで間合いが読みづらい。
「王よ。ゴブリンでも、位階ランクが上がれば魔法を使います。油断されると危ないですよ」
 ミルドが呆れ顔で忠告してくるが、そんなことを聞いている場合ではない。
 黒い魔法剣!?
 ゴブリンのくせに、こんな格好いい魔法を使うなんて!
 ずるい!俺も使いたい!
三重複合魔法トリプルコンボ攻撃強化パワーアップ』『武器強化ウェポンストレングス』『火矢ファイアアロー』火龍槍!」
 真っ直ぐ伸ばした右手の五指が真っ赤に燃えがった。
 苦心の末編み出したが、思ったよりも威力が高くなりすぎて対人戦で全く使えないオリジナル技、『龍槍』に火属性を纏わせてみようと思ったのだ。
「ギ!?」
「おおぅ……またやっちゃった……」
 そしてやはり俺は懲りていなかった。
 コボルトの時にやらかした反省を全く生かせず、ぶっつけ本番で適当に作った複合魔法コンボマジックがハイゴブリンの腹に突き刺さると、そのままハイゴブリンは腹にでかい穴をあけながら全身火だるまになり、そのまま魔石と剣と一部の骨だけを残し消滅してしまった。
 確かめるまでも無くスプラッタ映像である。
「お、王よ……何か、そのゴブリン共がそこまでお気に障るような事がございましたか?」
 いつも過激な発言を繰り返す、ミルドまでドン引きである。
 確かに、一対多数で赤いゴブリンに暴行を加えていたのが不愉快だったのだが、ここまでやるつもりでもなかったんだけどなあ。
「いや、そこまでじゃないんだけど……ん?」
 俺が落ち込んでいると、ゴブリンの死骸の山の中から動く気配があった。
「おや、先程の赤小亜鬼人レッドゴブリンですか。まだ逃げてなかったんですね」
「ん、こっち来るぞ?」
 赤いゴブリンが俺の足元まで来ると、いきなり土下座の構えになり、意外につぶらな瞳で俺を見上げて来た。
「な、ななななんだ!?」
「ギーギー」
「感謝……の仕草ですかね?」
「わからん。わからないけど、敵意は無さそうだな……って、うわ。こいつ血塗れじゃないか!体が赤いからわからなかったよ!『治癒キュア』!」
「ギギギ!?」
 俺が回復魔法をかけると、赤いゴブリンは自分の体を見てますます興奮し、激しく土下座を繰り返している。
「これ、どうすればいいんだ?」
「さあ、放っておかれればよろしいのでは?」
「……それもそうか?」
 しかし、俺とミルドがその赤いゴブリンを置いてアシド火山の洞窟に向かうと、赤いゴブリンがとことこと後を付いてくる。
 後ろを振り向けば、きらきらと輝く瞳で俺を見つめ返してくるので、とても気まずい。
「なんだろう。子犬に後をついてこられた時の気分だ」
「お邪魔なら、りますが?」
「お前は鬼か!ここまで懐かれて、普通そんな発想になるか!?」
「はっ、申し訳ございません」
 口だけの謝罪の後、ミルドは関与しないことに決めたようだ。





 アシド火山の中腹に大きくあいた洞窟があり、そこに潜ると、異常な熱気に包まれた。
 呼吸するだけで肺が焼かれるような暑さだ。
「熱いな……そろそろアレを使うか『防火幕ファイアガードスクリーン』」
 だが、これでようやっと帝都のカードショップ(魔法屋)で買った一枚をお披露目できた。
 さすが三ツ星カード。
 薄い赤色をした透明な膜が俺達を覆うと、一気に周囲の気温が下がった。
 今までが激熱サウナだったとしたら、今は真夏のうちのアパートぐらいの温度かな。
 我が家はクーラー何て上等なものが無かったので、夏は修行僧の気持ちで暑さを堪えながら台所に立たなければならないのだ。
「ありがとうございます。これで、少しは楽に呼吸ができそうです」
「ギギ!」
 ミルドと……何故かゴブリンが嬉しそうな声を上げる。
 ……なんでまだゴブリンがいるんだ?
 結局あのレッドゴブリンは、その後もめげることなくトコトコと俺達の後をついてきている。
 特に邪魔になるわけでもないので放っておいているが、そろそろ帰ってくれないだろうか。
「ん?」
 俺の展開していた『熱感知ヒートセンス』に、高温の物体が複数急接近するのが感じられた。
「王よ!魔物モンスターです!」
 ミルドが指をさした方向には、馬鹿でかい真っ赤な蜥蜴が数体おり、こちらに向かって這ってくる所だった。
 恐らくあれがカードショップで訊いた『火蜥蜴ファイアリザード』だろう。
「火と言えば……やっぱり水かな『水の槍ウォーターランス』!」
 聖樹の森に攻めて来た、銀髪の槍使いが持っていたカードだ。
 キリアのせいですっかり素手で殴りかかるのが癖になってしまい、出番が無いため存在を忘れていたが、今回のアシド火山攻略に向け札束デッキ構成を見直したのだ。
《GGGGG!》
 火蜥蜴ファイアリザードは体のあちこちから火を噴いているが、水の槍ウォーターランスで消火するとみるみるうちに勢いを失い、体を引きずるように動いている。
 これなら素手で殴っても問題ないだろう。
複合魔法コンボ攻撃強化パワーアップ』『武器強化ウェポンストレングス』龍槍!」
 魔法で強化され、黄金色に光る手刀が火蜥蜴ファイアリザードを貫いていく。
「さすがでございます。火蜥蜴ファイアリザードも群れれば三ツ星クラスのはずですが、瞬殺ですか」
「そうは言われても、聖樹の森の魔物と比べれば楽勝だからなぁ……クロスケ。喰っていいよ」
 聖樹の森に行けば、「群れれば三ツ星」どころか、「最低でも三ツ星がうじゃうじゃ」いるのだ。
 比較対象にもなりはしない。
 俺の許可を受けたクロスか歓び勇んで、火蜥蜴ファイアリザードの群れに飛び込み、その体を溶かしていく。
 すぐに、地面に十数個のきれいな赤い魔石が転がった。
「ん?ってことは、火蜥蜴ファイアリザードは二ツ星か。ゴブリンって、星いくつ相当だ?」
「ゴブリンは雑魚の代名詞とも呼ばれるぐらいですから、当然に一ツ星です。恐らく、先程王が倒された黒大亜鬼人ブラック・ハイゴブリンは二ツ星相当だと思いますが」
「ってことは、この魔石をこのゴブリンに食わせれば強くなるかな?」
 強い魔物モンスターはより純度の高い魔石をその心臓部に宿している。
 ならば逆に、純度の高い魔石を食わせれば、魔物モンスターが強くなるのではないかと考えたのだ。
「え?……え、ええ。それはそうですね。魔物の進化は、より上位の魔素を溜め込むことで促されます。ただ、普通は自分より上位の魔物なんて倒せませんから、滅多に魔物の進化なんてありませんが」
 ふむ。やっぱりそうか。
 クロスケは魔石こそ食べさせていないが、四ツ星、五ツ星の魔物の肉を大量に食べている。
 それで位階クラスが二段階も上昇し、三ツ星になったのだろう。
 今度四ツ星以上の魔石が手に入ったら、クロスケにあげてみようかな。
 金貨数十枚に相当する食事だ。
 ファミレスで千円以上使わない俺の金銭感覚からすれば、異常な超高級品であるが、クロスケは大事な相棒である。
 やむを得ない出費だろう。どうせ異世界の金だからというのもあるが。
「よし。ならちょっと実験してみるかな。おい、これ食っていいよ」
 俺は火蜥蜴ファイアリザードの魔石をゴブリンに差し出すと、ゴブリンをその目を見開いて驚いている。
「王よ。本気ですか?」
「まあね。急に襲い掛かられても、ゴブリンならいくらでも対処できるし」
「ただ、一個や二個食べたところで、多分変化はないと思いますが」
「マジで!?」
 それを早く言えよ!
 しかし、既にゴブリンは大喜びで魔石を口に放り込んで嚙み砕いている。
 魔石って歯で砕けるんだ……
 そしてミルドの言う通り、ゴブリンには何の変化も無い。
 いや、俺への懐き方と言うか、忠誠心のようなものはレベルアップしてそうだが。
「くっ……どうせ、二ツ星だ。全部食ってしまえ!」
 投げやりな気持ちで、たった今手に入れた魔石を全てゴブリンに与えてみた。
 心なしか、クロスケから嫉妬の念が漂ってくるが、ここは我慢してもらいたい。
「おお……」
 ちょうど十個目を食べたところで変化が起きた。
「ギギギギ……ギガアアア!」
 魔石を食べていたゴブリンが急に蹲ると、眩い光を放ったかたと思うと、急に一回り大きくなったのだ。
「おお。私も魔物モンスターが進化するところを初めてみました」
「普通、生物がこんな急成長するか?カニやエビだって脱皮するのにもっと時間をかけるぞ?生命の神秘なんてもんじゃないな」
 異世界の理不尽とても呼べばいいのだろうか。
 生物学的には絶対にありえない急成長を遂げたゴブリンは、先程の黒大亜鬼人ブラック・ハイゴブリンよりも若干細いが、その分引き締まった筋肉をしている。
 そして、新たにレッド・ハイゴブリンとなり、俺の前に跪いている。
「おお、さすがは王でございます!これは完全に王に忠誠を誓っております。まさか召喚カードも無しに、魔物モンスターを従えるとは!まさに、あの伝承は本当だったのですね!」
 やばい、変なところでミルドの誤解を加速させてしまったようだ。
「なんだよその伝承って」
「はっ、王は記憶を無くされいらっしゃるのでお忘れかと思いますが、王は数多の魔物モンスターばかりか神獣までもを引き連れ、魔人の頂点に立ったと残されております。まさに、今のお姿からその御力の一端を垣間見させていただきました」
 そう言えば、記憶喪失って設定だったっけ。
「いや、これはどっちかって言えば完全にただの餌付けの成果だと思うんだけど
「早く神官様にこのことをお伝えしなければ……!」


 余計な事をしたせいで、ミルドからの誤解は解ける暇もなく、さらに深まってしまったようだ。


 これ、本当にその魔人の王様とやらと、俺が何の関係も無いってわかったら殺されるんじゃないかな……

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