貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~

一刻一機

第二章 〜獣人村の異変〜(2)




 森を抜けた次の日からは、延々と東に向かって歩き続けた。
 とは言っても、獣人達の集落まで丸一日歩けば着く距離らしい。
 それを近いと感じるのはキリアの感覚がおかしいのか?
 それとも、長時間只々歩き続けるのが苦痛だと感じる俺が、現代日本のインフラに慣れ切ってしまった軟弱な人間なのか?
 うーん、半々な気がする。
「なあ、マリアに乗った方が早いんじゃないじゃな」
「何言ってるの、駄目よそんなの。マリアに乗ってたら『ソレ』の解放がいつまで経ってもできないでしょう?ミナトは接近戦が弱いんだから、『ソレ』で補いなさいよ」
 キリアが顎で差した俺の手元には、一枚のカードが握られている。
 『火燕剣かえんけん
 聖樹の国に乗り込んできた、敵国の大将が持っていたカードだ。
 同じ六ツ星でも女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーのマリアの召喚はできるのに、『火燕剣かえんけん』の召喚は全く進んでいない。
「んな事言ったって、これ、いくら魔力を流してもウンともスンとも言わないぞ?キリアも試してみろよ」
「馬鹿言わないでよ。あんたじゃないんだから、一人で六ツ星のカードを使うなんてできるわけないでしょ。常人なら待機スタンバイ状態でも魔力枯渇症でぶっ倒れるわよ」
「そんなもんを使わせるなよ……」
「あら、平気なんだからいいじゃない」
「無茶言うなよ。俺はつい最近まで、魔法なんてもんが無い国にいたんだぜ?」
「何を言うかミナト!火燕剣かえんけんは、元々は我の武器じゃぞ!あの中年親父が使えたにも関わらず、我の主たるお主が使えんと言うのは、由々しき事態じゃ!即刻、その調子に乗った鳥を躾けてやるのじゃ!」
 カードを握ったままうんうん唸っている俺に、アヴェルが気になる事を言い出した。
 あと、カミラは多分二十代だと思うぞ。外人特有の顔の濃さでいまいち判り辛いが。
「鳥?剣だろ?」
「うむ。剣が一番使いやすかったから剣になってもらったのじゃ」
「は?」
火燕かえんは、元々鳥の姿をした『火』の神獣じゃ。その力を普通に振るうのは余りにも危ないので、力の一旦を剣に宿しているだけじゃ」
「へえ、神獣ねぇ……」
 普通に考えれば子供の戯言だが、ここは魔法なんてものがある異世界だ。
 魔物モンスターがいれば神獣だっているのだろう。
 俺は素直にそう感じたが、キリアにとっては違ったらしい。
「ふうん。そんな話聞いた事ないけど?どんな神話や伝承にも、魔王アヴェルは四属性の剣を自在に操って地上に混乱を招いたとしか載ってないし」
 キリアは、アヴェルの話を全く信じていないようだった。
 そういや、こいつの話は最初っから作り話が多かったもんな。
「むっ!失礼な!神獣は、地上の守り神でもあるじゃぞ!?我は勿論暴れたりしていないし、そもそも神獣共がそんな事を許すわけがないのじゃ!」
「ふうん、そう。すごいのねー」
「むきー!」
 おざなりに頭を撫でられ、アヴェルがぷかぷか浮きながら憤慨している。
「まあ、でも今のも何かのヒントになるかも知れないし、ありがとう……っと、おいキリア何か近寄ってくるぞ」
 話をしていたら、俺の『水源感知ウォーターセンス』に何らかの、血が通った存在が引っ掛かった。
 水分を感知するこのカードは、意外とこんな使い方もできて便利である。
「あ、ごめん。結構前から気づいていた。ぎりぎりまで接敵を教えない方が、ミナトの修業になると思ったんだけど……思ったよりやるわね」
「おいおい……何でも修業に結び付けるなよ……」
 だが、残念ながら、魔法も何も使っていないキリアの気配察知能力の方が遥かに優秀だったらしい。
 ……本当に化け物モンスターだな、あいつ。


 近付いてきたのは、五匹の灰色の毛皮をした小さな二足歩行の生物だった。
犬亜人コボルトか、雑魚ね。ミナト、やっちゃっていいわよ」
「へえ、これが犬亜人コボルトか!」
 いつもなら、キリアの理不尽な命令に文句をつけるところだが、今回はあの有名な「コボルト」に出会えた感動で、つい文句を言うのも忘れてしまった。
 犬亜人コボルトは見た目を構成する要素の九割以上が、ただの「犬」だが、ボロ布や腰蓑を身に纏い、粗雑だが衣服の概念があり、手には木の棒や錆びたナイフ等を持っている。
「なあ、犬亜人コボルトって星数ランクどれぐらいだ?」
「普通ので一ツ星、でも稀に魔法も使える強い二ツ星級のもいるわ」
「なら、俺だけでもいけるかな?」
 思い返してみると、あの聖樹の森の中は、最低で三ツ星級の魔物モンスターしかいない魔窟だったっけ。
 一応そんな森の中で、キリアは勿論の事クロスケやマリアの助けを借りながら、今日まで何とか生き延びてきたのだ。
 一ツ星や二ツ星がどの程度かわからないが、多分どうにかなるだろう。
「でも、念のため……『体力強化タフネスアップ』『攻撃強化パワーアップ』『防御強化ディフェンスアップ』『速度強化スピードアップ』っと」
「あ、馬鹿……そんなに……」
 犬亜人コボルトは、大型犬が立ち上がったぐらいの大きさしかないので、俺から見ても中学生ぐらいの身長しかないように思える。
 それでも、一応は魔物モンスターだし、武器を持っているし、念には念を入れるぐらいでちょうどいいだろう。
 後ろでキリアが不満そうに何か言っているが、無視だ無視。
「ていっ……あっ」
 速度強化のおかげで、地面を軽く蹴っただけで、犬亜人コボルトの集団の前に現れる事ができた。
 犬亜人の集団は、驚き固まっている。
 試しに、目の前の一匹に、魔法で肉体能力を底上げしてから殴ってみたところ……とてもではないが、お茶の間には放映できないようなスプラッタ映像が出来上がってしまった。
 うわぁ……
 自分でやっといて何だけど、これは無いわぁ……
「だから言ったのに……」
 後ろから、キリアの咎める声が聞こえてきた。
 今度は罪悪感から何も言えない。
 見ると、残り四匹の犬亜人コボルトも、余りのショッキングな光景に動揺し、動きを止めてしまった。
「こ、今度はもうちょっと弱く……」
 申し訳ないとは思いつつも、敵が動かないうちに、今度は精一杯の手加減をしながら次々と犬亜人コボルトを打ち倒し殲滅した。
「なんだ、弱いじゃん」
「ミナトよ。聖樹の森と、他のエリアを一緒にすれば駄目なのじゃ」
「そうよ。うちは平均四ツ星級、大陸屈指の危険地帯を売りにしてるんだから」
 いや、そんなものを売りにするな。
「ところで、こいつらは食えるのか?」
「普通、亜人系は食べないわね。使える素材も無いし、精々魔石を剥ぐぐらいでいいんじゃないかしら」
「了解。クロスケ、食っちゃっていいぞ。魔石だけは残せよ」
 クロスケは、俺の指示を聞くと喜び勇んで犬亜人コボルトに飛びついた。
 森で何度も見た光景だが、バスケットボール大の大きさしかないクロスケが、急にびよんと体を伸ばし、自分の何倍も大きな獲物を呑み込む姿は、未だにちょっとビビってしまう。
 あっという間に、犬亜人コボルト五匹を完食したクロスケだが、特に何かの能力を得たり、強くなったりしていないようだ。
 最初に双頭狗ツインハウンドを喰って星数ランクが上がってから、すっかり上がらなくなってしまったのだ。
「そりゃそうじゃ。星が一つ増えると言うのは、生物としての位階ステージが一段階上がると言う事じゃ、星数ランクが上がれば上がるほど、次の位階ステージに進むのは難しくなるのじゃ」
「ちなみに、一ツ星の魔物モンスターなら強い一般人でも倒せるけど、二ツ星なら武装した兵士なら一人で何とか倒せるレベルって言われてるわ」
 キリアの解説が本当なら、俺は少なくとも二ツ星なら一対一どころか、この調子なら十体以上いても余裕で勝てる気がする。
「そうか。じゃ、俺は金に困ったら、兵士として雇ってもらえそうだな」
「そうね。それぐらいの力量はあると思うわよ」
 ん?
「今日はやけに、素直じゃないか?」
 いつもなら「何言ってるの!まだまだ修行が足りないわ!さあ、組手をやるわよ!」とか言い出しそうなものだが……
「ふふん。なんてったって、明日にはいよいよガロ様に会えるからね!いくら私でも、今日は土埃を落として、眼に隈ができないように体力を温存しなきゃいけないのよ!」
「へえ、ガロ様ねぇ……」
 らしくもなく、キリアは例の狼人族の勇者と会える事に浮かれているらしい。
「……何よ、その笑い顔」
「べっつにー。キリアもやっぱり女の子なんだな、って思っただけさ」
「ふんだ。ガロ様はミナトと違って、すっごい強くて格好いいんだから、浮かれて当然でしょ!」
「大抵の奴は俺より強いだろ。って……ま、まさかキリアよりも強いのか!?」
「あったりまえでしょ!ガロ様は獲物ぶきこそ違うけど、同じ武人として私よりも遥か上の位階ステージにいらっしゃるわ。多分……私が全力でかかっても、十秒もたないんじゃないかしら」
「……マジか。この世界恐ろしすぎだろ」
 キリアの強さは、聖樹の国での特訓と、森の中での強行軍で頭で理解するよりも、本能が恐怖を覚えてしまうレベルの強さだった。
 だって、キリアの奴、素手で大木を切り倒すんだぜ……
 『全身強化鎧パワードスーツ』が発動できれば、身体能力は俺が上回ると思うけど、あの日以来一度も使えない複合魔法コンボマジックなので、参考にならない。
「カトラスって言う反りの入った片刃の刀を二本使う二刀流の使い手でね。『嵐刃』の二つ名まで持ってるのよ」
 おお……あのキリアがいっちょまえに頬を染めて、身を捩っている。
 何だろう……微妙に悔しいような、妬ましいような、モヤっとした気持ちは。
「ところで、そのガロさんは何歳ぐらいの人なんだ?」
「あら、ミナト気になるの?」
 だからだろうか、つい探るような事を訊いてしまった所、キリアがにやりと笑って逆に訊き返してきた。
「な、なんだよ。これから一緒に旅をする仲間なんだから、どんな人物か知りたいと思うのは当たり前だろ!」
「それもそうね。ガロ様は、今年で確か四十歳だったかしらね。奥様は大分前にお亡くなりになられたけど、二人の可愛い娘さんがいるわ」
 まさかの中年アンド子持ちだった。
 『勇者』が四十歳しそじってどうなんだろう……
「いや、それどうなんだ?」
「どうって何よ」
「いや、ほらキリアと大分歳も離れてるし、お子さんもいらっしゃるようだし……」
「あら、そんなの関係ないわ!うちの国でも歳の差が離れた夫婦なんてたくさんいるし、サリーもコリーも私と仲良しだもの」
 俺がこれ以上何を言うでもなく、既にしっかり外堀を埋めていたらしい。
「ちなみにそのサリーとコリーは何歳ぐらいなんだ?」
「サリーが私と同じ十六歳で、妹のコリーが十四才ね。帝国のいざこざのせいで、一年以上会ってないけど、あれから順調に育ってれば二人ともすっごい美人になってるはずよ。楽しみ?。手を出せば、ガロ様になます切りにされると思うけど」
 キリアは、ころころと笑いながら俺を見た。
「べ、別に興味ないし!って言うか、なます切りとか怖すぎるわ!」
 と、強がっては見たものの、すいません。実は、すごい興味があります。
 何たってリアル獣人だからな。
 しかも、それが美人だと言う。
 これで興味が無ければ嘘だろう。
 ただし、キリアと同じような戦闘狂バトルジャンキーだったら全力で逃げ出そう。
「獣人達の集落ってどんなとこなんだ?」
「集落は小さくて決して豊かとは言えないけど、獣人って人種は、基本的に楽観主義で明るい人柄が多いから、すごく楽しいところよ。聖樹の森が近いから、畑作とかはできないけど、身体能力は私達よりも遥かに高くて狩猟が得意だから、食べるものにも困らないみたいだし」
「へえ、すごいじゃん。そんなに強いのに、都市で兵隊とかにならないのは、やっぱり自然が好きだからとかそういう理由?」
「うーん。これはどうせすぐに分かる事だから、今のうちに言っておくけど、帝国、特に帝都に近くなればなるほど獣人への差別は強いわ。帝国の国民は皆、獣人を汚らわしい魔物モンスターとの混じり物と見なして迫害されてきたの。今行く集落も、そんな差別や迫害に耐えかねて、都会の暮らしを捨ててきた人達よ。私達、聖樹の森の民も、特に何の理由も無く、帝国から蛮族扱いされて来た歴史があるから、お互いに『嫌帝国』の意識があって私達と獣人達は仲が良いんだけど。実際には獣人と私達の違いなんて、毛の濃さとか、犬歯の長さとか、ほんのちょっとした違いしか無いんだけどね」
 何の気なしに聞いたら、普通に不愉快な話しだった。
「やだやだ、こっちの世界でも似たような事があるんだな」
「その帝都から迫害されていた数百人の獣人達を救うべく、たった一人で帝国軍を蹴散らし、全員を連れて帝都を脱出!そして、今の集落の礎を築いたのが、勇者ガロ様よ!どう素敵でしょう!?」
「確かに……!今の話を聞けば、普通に格好いいな!?」
 どうやら現存する英傑の一人で、本当の意味での「勇者」だったらしい。
 危なく、中年勇者と呼ぶところだった。
「ふふん。わかってきたじゃない!あんたもガロ様の強さと格好良さを肌で感じて、少しでも参考にすることね」
 キリアは最早スキップをせんばかりの浮かれ具合だった。


 そんな掛け合いをしていると、遥か先に、複数のテントの影が見えてきた。 
 噂の勇者ガロやその娘、そして獣人達の集落に胸を躍らせ、俺達は集落に向かって歩いた。









「ここが、その……明るい獣人達の集落でいいのか?」
 俺とキリアが着いた獣人達の集落には、どんよりとした重い空気が漂っていた。
 入り口には、やる気の無いような姿勢で、二人の門番が立っていた。
 何かの魔物モンスターの皮で作ったと思われる兜と胸当ての他、簡易な槍を手に持っている。
 恐らく獣人であるはずの彼らだが、俺のイメージしていた『獣人』とは違い、獣耳が生えているとか、頭部がそもそも動物だとか言う事は無い、ごく普通の人間に見えた。
 もしかしたら、兜の下に獣耳が……と言う期待もあるが、どうやらそんな事を訊ける雰囲気でもないようだ。
「ね、ねえそこの貴方。村長様はいらっしゃるかしら……」
「あん?ああ……人間か……帰れ。ここには、お前らが来る場所じゃない」
 キリアが尋ね終わる前に、門番の一人がこちらを見る事も無く、気だるげに追い返そうとしてきた。
「いいから私、キリア=エウドラが来たと伝えてくれない?村長様なら、わかってくれるわ」
「しつこいな、お前ら……え!?キリア様!?キリア様なのですか!?」
 だが、キリアが名乗ると途端に門番二人は背筋を伸ばし、敬礼の姿勢を取った。
「も、申し訳ございません!以前と全く雰囲気が違ったものですから……すぐに、村長様へお取次ぎ致します。中へどうぞ!」
「あら、ありがとう」
 急激な態度が良くなった門番に「お姫様」モードで微笑みかけるキリア。
「ところでお連れ様は、初めてお見掛けしますが……」
「私の弟子と、その子供よ」
「誰が父親だ」
「我は子供ではない!」
「おお!キリア様が弟子を取られましたか!これは羨ましいですな」
 集落の中を通されている最中、門番は愛想よくキリアに話しかけているが、他の住民達は遠巻きに俺達を見るだけで、すぐにテントの中に隠れてしまう。
 辺りを見回せば適当にテントが散見され、その間に洗濯物が干されていたり、飼われた馬(多分馬だと思う)がぽつんぽつんと木の棒で首を掻いているのが見られる程度だ。
「おい、何か変じゃないか?」
「そうね。いつもは、そこかしこで肉を焼いたり、音楽を奏でたり踊ったりと賑やかで楽しい人達なんだけど……」
「ふむ。何とも活気が無いと言うか、集落全体が死んでいる感じじゃのお」
「ああ、わかった」首を傾げるキリアとアヴェルを見て閃いた。「子供の声が聞こえてこないんだ」
「ミナト?」
「普通、これだけの集落で小さな子供が全くいないなんてありえない。それに、子供がいれば、こんなに静かなこともありえないと思うんだけど」
「そう言えば、そうね……」


「実は、キリア様……その事について村長からお話しがあるかと思います……どうか!どうか我らをお助け下さい!」
 どうやら、俺とキリアの話が聞こえていたらしい。
 門番の人が、地面に頭をこすりつけ、キリアに対し縋りついた。

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