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貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~

一刻一機

第一章 ~貧乏姫の戦争~(8)

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「カミラ。今度は、あの魔の森を攻めるという噂は本当なの?」」
 ゴート帝国城の一室にて、シオン・ゴートは、巨躯の男に話しかけた。
「……はい。その通りでございます、姫殿下」
 カミラと呼ばれた男は、流麗な動作で、薄い青のドレスを着こんだ、金髪の少女に跪いた。
 男の髪色に合わせた黒い軍服が、鍛え込まれた肉体が押し上げられ、必要以上に着けられた装飾が金属音を立てる。
「よして、カミラ。貴方にまで殿下なんて呼ばれたら、私は誰からもシオンと呼ばれなくなってしまうわ」
「御意に」
「だから、その他人行儀な態度を直して欲しいのだけれども、……しょうがないわね。あの森は、危険な魔物モンスターが掃いて捨てる程湧き出るのよ?私が言うまでもなく、貴方だってそれはよくわかっているでしょう?それで、何故わざわざあんな僻地を攻めようというの?」
「……あの森を抜ければ、待望の海へと接する事ができますので」
「そんなことは、わかっているわ。でも森を拓くために、どれだけの年月と兵の命が消費されると思っているのよ。そんな事が現実的ではない事は、都中の子供でもわかることよ」
「……それが陛下のご意向であれば、我々はその労力と命を惜しむ事はございません」
「カミラ!ここでは、誰も聞いていないわ!お父様が、普通の状態ではないことはよくわかっているでしょう!?この作戦にも、お父様のお考えなんて何一つ入っていないわ。全て『あの男』の仕業でしょう!?」
「シオン様!どこに『耳』があるかわからないのですよ?!」
 カミラに諫められたシオンは、忌々しそうにドアの向こうを睨み付けた。
 まるで、扉の向こうに「親の仇」でも居るかのような気迫が込められている。
「……どうせあの男は、私が懐疑的な事をわかっているわ。今更、何か気づいた所で小娘の戯言だと思って、気にもしないわよ」
「それでもです。だからと言って、あえて危険な真似をする必要もありますまい」
「あの森は、五千年前の聖戦から、不可侵が各国の暗黙の了解だわ。それに、あの『魔の森の国』には『神武』が居るのよ?いくら『炎将』とは言え、森を抜けて疲弊した状況下で、尚『神武』を破れると断言できないでしょう?」
「……確かに、その通りです。ですが、そのための策も既に用意してあります」
 カミラの口調は、その内容と裏腹に苦々しいものだった。
 それだけで、彼が何を言わんとしているのか察する事ができたのは、長年の付き合いの賜物であろう。
「どうせその策も、あの男の献策でしょ。嫌な予感がするわ。元帥権限で無視すればいいのよ」
「……それが既に陛下に話が通っておりまして」
「ちっ、相変わらず狡猾な奴ね。……で、どんな策なの?」
「それが……兵一千を持って、森の中でも特に獰猛な魔物モンスターを見つけ、神武にぶつけよと……」
「なっ……!?」
 カミラの発言を受けて、シオンは色を失った。
 一般兵では精々、二ツ星の魔物を一対一で倒せる程度だ。
 これが森の中で、多数の魔物に囲まれた環境下、しかも魔物モンスターの平均星数ランクが四ツ星と言う驚異の森で、更に危険な魔物モンスターを探し、しかもコントロールしろと言う。
 とどのつまり、この指示は兵に死ねと言っているのと同意だった。
「カミラ!もちろん、貴方はその策を飲まないわよね!?」
「……」
「カミラ!?」
「海外線に領土が接する事ができれば、我が国の念願であった、塩の安定供給が得られます。ご存知の通り、モルスト山の岩塩は、既に限界を迎えつつあると報告が上がって来ております」
「だからと言って……!」
「どれだけ作物が摂れようとも、塩が無ければ、ここまで膨れ上がった帝都の人口を維持する事は難しいでしょう。……その場合、失われる民の数は千や二千ではきかないのです。それに、私の代わりに誰もあの森を抜け、更にの国を落とすことはできないでしょう」
「そ、それは……、いえ、ただ塩が必要なら輸入をすれば良いのよ!何も無理に戦争をする必要なんてないわ!」
「それは、私も同意見です。ですが、あの国は森を神聖視しております、塩の運送のため森を拓くとなれば、同意を得られるかどうか……」
「それでも、一生懸命お願いすればわかってくれるはずだわ!」
「……姫様。事態は既に動きだしたのです」
 カミラは痛ましい顔つきで、窓の外を眺めた。
「ま、まさか……貴方……」
「はい。既に、先発隊は三日前に帝都を発ちました。後四日もすれば、森に到着するでしょう。私もこれからすぐに馬で後を追うつもりです」
 顔面を蒼白にしたシオンを視界に入れないよう、カミラは頭を下げた。
「それでは、って参ります」
 そして、シオンの憧れだった男は、一切目を合わせることなく、扉を開け、そっと閉めた。


 ◇


 カミラが十数人の騎兵を連れて、出発してから、一週間が過ぎた、そろそろ途中経過の報告をするための、早馬が来る頃だろう。
 シオンは、そわそわと浮足立った勢いそのままで、城の廊下をうろうろと徘徊していた。
 だからだろう、彼女が最も会いたくない人物と合ってしまったのは、必然であった。
「おや、シオン殿下。ご機嫌いかがですか?」
 白い礼服を着込んだ、茶髪の軽薄そうな男だった。
 にやにやと嫌らしい笑い顔を浮かべ、表面面ひょうめんづらだけはにこやかにシオンに話しかけてきた。
「ちっともご機嫌ではないわ、キジマ卿。誰かさんのおかげで、我が国の勇敢な兵が数多く犠牲になろうとしているのよ」
「おや、それはよろしくありませんな。体調が悪ければ、いつでもおっしゃって下さい」
 シオンは怒りを込めて、露骨に話を逸らす男を睨み付けた。
 しかし男は飄々とその視線を受け流し、意気揚々と小さな紙袋をポケットから取り出した。
「っ!」
「おや、どうされました?シオン殿下。これは貴方の大好きなお父様が、だーい好きなお薬ですよ?」
「よくもいけしゃあしゃあと……!その薬のせいで、お父様達は……!」
「お父様がどうかされましたか?口にはできませんよねぇ?下手な事を言えば、殿下でさえ不敬罪になるかも知れませんからねぇ。それぐらい、陛下はすっかり私の薬にご執心でいらっしゃる」
 キジマと名乗る男が城に現れたのは、去年の事だった。
 シオンの母、ゴート帝王の妃の病の治療のため、父である帝王が必死になっていた頃だった。
 その頃から、優しかった父親が徐々に目を血走らせるようになったが、決定的だったのは研究者達と城の地下に潜り、帰ってきてからだった。
 気が付けば、研究者の集団をキジマが仕切り出し、王妃の治療にあたり出したのだ。
 ただ、キジマの薬は効果が高かった。
 最終的に王妃は亡くなったが、見るに耐えない程苦しんでいた様子が一転し、晩年は眠るように息を引き取る事ができ、王は褒賞として爵位を与えた程の感謝をキジマに伝えた。
 そこから、キジマの薬が城中で流行り出したのだ。
 何しろ、王のお墨付きである。
 しかも、キジマの言う通りその薬を飲めば、気分が高揚し、どんな時でも夢や希望に満ち溢れるような気持になれるのだ。
 そのため、戦地での恐怖を払拭するための特効薬として、また貴族たちの嗜好品として持て囃され、キジマの薬は飛ぶように売れ続け、それに比例してキジマは力を付け続けた。
 今では、帝都内にキジマに逆らえる人間は、誰もいないと言っても過言ではない。
 何故なら、キジマに逆らえば、その夢のような薬が手に入らないのだから。


 だが、そのような薬に問題が無い筈が無かった。
 一度キジマの薬に手を出したものは、必ず次も薬が飲みたくなり、更に次も……と、段々と薬を求めるサイクルが短くなり、最終的には薬が欲しいためだけにどんな事でもするような、まともな思考回路が失われていくのだ。
 そのため、帝王も実際には既に正気を失っており、キジマの良いように操られているというのが実在で、薬に侵されていない城中全ての人間が知っている事だった。


 そのため、シオンにしてみれば母の治療の事も当然に疑っており、目の前の男は、両親の仇も同然だった。


「いつか必ず、貴様を地獄に落として見せるわ……!」
「おお、怖い怖い……それでは、私は地獄に落とされる前に、退散致しますね。ふふふっ」
 精一杯の憎しみを込めて睨み付ける少女に対し、キジマは余裕の表情で、研究室に--研究室とは名ばかりの、贅を極めた美酒や食事と帝都中の美女を集めた、酒池肉林の自室へと軽い足取りで戻って行った。
「誰か……誰かあいつに天罰を……!」
 将校達に金とくすりをばら撒くことで、兵の九割も、既にキジマの手に堕ちている。
 シオンは自らの余りの無力に、その柔らかな両頬を涙に濡らす事しかできなかった。


 ◇


 カミラは偵察のため、森に潜り込ませていた部隊からの報告を聞き眉を潜めた。
 当初の作戦通り、魔の森の中でも特に強力な魔物モンスターを発見し、その巣を破壊することで上手く怒らせ、その行動をコントロールする事ができた。
 結果として、女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーと言う亜竜に匹敵する化け物を引き出し、更に最も厄介な敵になると想定されていた『神武』の行動を一時不能にしたのだ。
 ある一点を除いて、作戦としては大成功だったと言えるだろう。
 ただし、その一点……女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーの誘引に投じた兵力一千が全滅した事は想定外だった。
 まず、森の中を探索するだけで三割の兵が、あっさりと、絶え間なく続く魔物モンスターの襲撃に命を散らした。
 更に三割が女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーに蹴散らされ、残り全員が湯水ように湧いて出て来た仔蜘蛛の群れに呑み込まれて消えて行った。
 偵察班の分析によれば、あの仔蜘蛛は女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーのスキルで作られたものではないかとの予想だった。
 そのため、倒しても倒しても、次から次へと湧いて出る数の暴力に抗えず、精鋭達でさえ森の糧とされてしまったのだ。
「カミラ様……」
 カミラの横では副将である銀髪の男--ハインツが、カミラの顔色を伺っていた。
 ハインツは、カミラがその強面に反して、心優しい上官である事をよく理解していた。
 今も顔に出していないが、胸の内では激しい怒りと後悔が渦巻いているであろうことは容易に想像できた。
「俺は今回の作戦が終わったら、例え陛下のご意志に背く事になろうとも、あの男--キジマを斬り殺すだろう」
「はっ、その際は私もお伴します」
 シオンには言わなかったが、この戦争自体が、キジマの薬に手を出さなかった、反キジマ派の筆頭であるカミラを合法的に潰すためのものであることは明白であった。
 だが、同時に帝都どころか帝国中で、塩が不足しつつあることも事実だった。
 塩は、あらゆる生物の生命線だ。
 獣の肉からも塩分は摂取できるが、帝国中の国民に肉を振る舞うこともまた不可能である。
 この戦争が失敗に終われば、強欲な東の商業都市エミールから塩を高値で輸入するしかない。
 そうなれば、カミラ達はゆっくりと搾り取られ干上がるか、商業都市エミールと全面戦争するしか選択肢が無くなる。
 しかし、商業都市エミールが、その財力にものを言わせて集める傭兵集団や冒険者達と戦うぐらいなら、魔の森を攻略した方がはるかにマシだ--これもまたカミラがこの戦争を回避できない理由であった。
「せめてもの抵抗として、近隣の村から労働力を集めて来い、という命令は無視しましたが……どうしますか?この森に軍が通れる程の道を作るとなると、かなりの日数がかかりますが」
「どうせ、兵糧を食い潰させて、俺たちを追い詰めようって腹だろう。そう簡単に思い通りになってたまるものか。森を抜けるのに、わざわざ『切り倒す』必要なんてない」
「はっ、兵を避けさせます」
 質問形式でカミラに話しかけたハインツだったが、答えはわかりきっていた。
 ハインツは兵達に号令をかけ、カミラの前面を完全に空けさせた。
 カミラの目の前には、鬱蒼とした森が広がっている。
 本来であれば、軍馬や兵糧を積んだ貨車が通れるように、斧で森を拓く必要がある。
 そして、普通の森でさえ大変な作業を、この魔の森でやればそれだけで、一万の兵力の内半分が使い物にならなくなるだろう。
召喚サモン、『火燕剣かえんけん』!!」
 カミラが手に取ったものは、斧ではなく一枚のカードだった。
 そのカードを胸にあて、天にかざすと、カードから黄金色の光が漏れ、一本の長剣に姿を変える。
「……『火の壁ファイアウォール』!」
 カミラの魔法を受け、剣は赤銅色に輝き、空を焦がさんばかりの炎を噴き出した。
「ぜぁあああああああ!」
 振り下ろされた剣から、炎が森に襲い掛かった。
 もしもこの時、空から森の様子を見ることができたならば、森の入り口から聖樹の国まで、一直線の赤い線が走ったのが見て取れただろう。
 炎はまさに、魔法名の名に恥じない城壁のような壁を形成しながら森を焼いていく。
 これには、さすがの魔の森の魔物モンスター達でも抵抗する事もできず、射線上にいた低星数ランク魔物モンスター達はそのことごとくが焼死していった。
「さすが、カミラ様。お見事です」
「はぁ、はぁ、はぁ……下手な世辞は止せ、俺はこの神具に振り回されているだけだ」
「何をおっしゃいますか、帝国の秘宝『火燕剣かえんけん』を具現化できるのは、カミラ様だけなのです。十分に、カミラ様のお力でしょう」
「ふん。いくら、『火燕剣かえんけん』を具現化できても、使える魔法カードが二ツ星までではな……まさに宝の持ち腐れだ」
「無茶をおっしゃらないで下さい。五ツ星の武器召喚と攻撃用の魔法を並行発動すれば、城の魔法士でも、十人は一瞬で魔力を枯渇させて死にますよ」
 どうやっても自分を持ち上げようとするハインツに、肩をすくめるだけで応え、カミラは次の指示を出した。
「全軍ゆっくりと前進だ。警戒のレベルを上げさせろ。さすがに魔物共も、今のでしばらくは怯むだろうが、すぐに襲い掛かってくるぞ」
「はっ!今日中には、森を抜けさせます!」
「ああ、こんな森で野営なんてぞっとしないからな……それと、『神武』さえ手間取ったと言う、女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーを仕留めた魔法の正体はわかったか?」
「いえ……ですが、あの女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーは、どう見ても最低でも竜種級……六ツ星級の魔物モンスターでした。魔法の発動形態は『召喚カード』に近かったのですが、さすがにそれはあり得ないでしょう」
「そうか?歴史を辿れば、竜を使役した人間の話もあるだろう?」
「カミラ様……それは物語上の英雄や勇者の話です。現在確認されている、召喚獣の最高レベルは、北の勇者が連れていると噂される、五ツ星のグリフォンです」
 ハインツはカミラの様子に、呆れたような表情を見せたが、カミラは真剣な面持ちだった。
「わからんぞ。この世はどこに、どんな強者がいるか。……まあ、最も一番高い可能性は、それこそ国宝級の封印魔法でも使ったと言ったところだろうがな」
「そうですな。使い捨てタイプの、封印魔法カードなら、戦闘中でも発動は不可能では無いでしょう。そう言った強力なカードを使わせたと言う意味でも、例の作戦は敵の国力を削いだ形になります。……あの者達も浮かばれましょう」
「ああ、この戦争絶対に勝つぞ。そして、あいつらの無念は、俺がこの手で晴らしてやる……!」
 カミラは、魔力不足からふら付く脚に活を入れ、兵達の後に続いた。

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