貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~
第一章 ~貧乏姫の戦争~(6)
貧乏姫の戦争(6)
11
びっしりと毛の生えた巨大な蜘蛛の脚が、入口のバリケードを食い破ろうとしている。
「『突風弾』!!」
俺は反射的にカードを胸にあてると、すぐさま右手を突き出し、受け取ったばかりの魔法を放った。
眼に見えるほど高速で渦巻く、空気の塊が右手から飛び出し、ドアから侵入しようとした蜘蛛を、バリケード毎吹き飛ばした。
「っ!?」
思ったよりも威力が高い!
タンスや机といった簡素な家具で作ったバリケードだったのも災いし、一発でバリケードが壊れてしまった。
「ミナト!次が来るぞ!」
まだ、窓のバリケードは壊れていない。
敵が侵入してくる経路はわかっているんだ。
俺は震える手を誤魔化すため、より一層強く魔法を放つための言葉を叫んだ。
「『突風弾』っ!!!」
わさわさと音を立て、こちらに向かって来る蜘蛛にがむしゃらに魔法を撃った。
蜘蛛の片側4本の脚全てが吹き飛んだが、蜘蛛はそのまま残りの脚だけで、うぞうぞとこちらにやって来る。
「うわああああ!?気持ち悪っ!」
こみ上げる怖気を抑えながら、追加で魔法を放つと今度は甲殻を砕き、蜘蛛は緑色の体液を撒き散らしながら動きを止めた。
しかし、その蜘蛛の遺骸を乗り越えて、次から次へと新たな蜘蛛が家の中に入り込んでくる。
「『突風弾』っ!」
必死に魔法を撃つものの、一撃では蜘蛛を止められず、次第に距離を縮められていく。
「くっ、やばいぞこれ!」
「ミナト!?」
アヴェルの焦る声が、後ろから聞こえるが振り向く余裕は無い。
「きゃあああ!」
「うわああああん!」
だが、ファラの悲鳴とファナの泣き声まで聞こえれば別だ。
振り向くと、壁の高い場所にある、通気口らしき小さな窓から、蜘蛛が顔を覗かせていた。
(迂闊だった!)
考えてみれば、最初ファラの家の内側から、蜘蛛が出てきていたにも関わらず、窓のバリケードは壊れていなかったのだ。
侵入経路が別にあったのは、すぐに気づくべきだった。
「『突風弾』!……っ『突風弾』!!」
それでも、入り口側に『突風弾』を放つのを止めるわけにはいかない。
どうやら魔法には冷却時間のようなモノがあるらしく、最低でも一秒置かなければ、次の『突風弾』を撃つことができないのだ。
つまり、むやみやたらに適当に『突風弾』を撃ちまくるわけにもいかず、攻撃方向はどちらか一方に限定されてしまっている。
「お、お兄ちゃん!上!上から魔物が!?」
「っ!?ぐあああああ!」」
そんな状況にも関わらず、つい、ファナの声につられて、後ろを振り返ってしまった。
当然、次の瞬間、蜘蛛に距離を詰められる。
俺は、人間大もある巨大な蜘蛛にのしかかられ、地面に押さえつけられた。
思ったよりは重くないが、無機質な八つの眼とぎちぎちと音を立てる顎が眼前に迫られれば、一瞬失神しそうになる。
(死んだ!?)
俺は死を覚悟したが、視界いっぱいに迫った蜘蛛の顔を、黒い「何か」が覆い防いでくれた。
「クロスケか!?」
召喚カードの効果か、その黒い物体がすぐに俺の影に潜んでいたクロスケだとわかる。
蜘蛛はクロスケを振り払うべく、激しく暴れだした。
そのおかげで、他の蜘蛛の動きも阻害し、一時的に入り口からの蜘蛛の進行が止まった。
「ミナト!今のうちじゃ!」
「わかってるよ!『突風弾』!!」
クロスケが稼いでくれた時間を使い、上から無理やり侵入しようとしていた蜘蛛を撃墜した。
だが、クロスケにとってはその僅かな時間を捻出する事で、精一杯だったようだ。
「クロスケっ!」
蜘蛛はがクロスケ毎壁に体当たりすれば、周囲にクロスケの体の一部が飛び散り、クロスケの体積を減らしていく。
「ミナト!クロスケに魔力を送るんじゃ!」
「ど、どうやって!?」
「さっきまでと一緒じゃ!召喚カードを通して、魔力を流すイメージじゃ!」
アヴェルにどやされ、俺は考える間も無く、ポケットに入れていた召喚カードを手に取り胸にあてた。
ドクンっ!
再度、激しく心臓が跳ねたが、気にしている場合ではない。
「おおおおお!」
体中から「何か」が抜ける感覚に、少し眩暈がするが気力を振り絞った。
効果はあったらしい。
「RRRRRRRRR!!」
蜘蛛が音にもならない奇声を上げ、白い煙を上げている。
やがてすぐに動かなくなり、頭部全てがごっそりと無くなってしまった。
それと合わせて、逆にクロスケの体積が復活している。
「く、喰ったのか?」
「クロスケの技能、溶解をミナトの魔力で底上げしたのじゃろう。最弱のスライムが、巨人蜘蛛を喰い殺すなんて聞いた事がないからの」
俺が唖然としている間にも、クロスケは蜘蛛の残りの胴体と他の蜘蛛の死体を次々と溶かし喰らっていった。
明らかにクロスケの体積を超える量を食べているはずだが、何故か最初のサイズ以上の大きさにはならなかった。
クロスケが戦力になることがわかった上に、さっきまで、延々と侵入してきていた蜘蛛の群れも徐々にその勢いを落としつつあり、俺の負担は急激に軽くなった。
「あ、あのミナトさん、ありがとうございます」
ファラが、父親を介抱しながら俺に例を言ってくれた。
わずかに潤んだ瞳と、紅くそまった頬。
あれ!?これ、もしかして脈ありじゃない!?
未だ戦闘中にも関わらず、こんな時、心が浮きたってしまうのは男の性だと思う。
「お兄ちゃん!ありがとう!」
そして、そんな油断している俺にファナがタックルをしかけてきた。
「ぐふっ……ファナちゃん、まだ危ないから。……俺は外を見てくるけど、皆はすぐにバリケードを作り直して大人していてくれ」
「そんな、危ないですよ!」
「大丈夫、俺より先にキリアと城の爺さんが、ここに着いて暴れててたから」
「姫様とテッサ様が!?」
「おお……なら、すぐにこの場も落ち着くでしょう」
あの爺さん、テッサさんと言う名前だったのか。一ヵ月も一緒にいたのに、今初めて名前をしったよ。
と言うか、二人ともすごい信頼感だ。
ファラと、ファラのお父さんは、もう安心だという顔をしている。
ちなみに、ファナはずっと俺の腹にくっついたままにこにこしている。
「あれ?そう言えば、ファラのお母さんは?」
「お母さんは、城に腰の治療に行っています。タイミングが良くて助かりました」
「そっか、なら安心だな」
俺が、ファラ一家の安全を確認し、一安心したところで、家の外が再度騒がしくなった。
地響きと、木が倒れる音、そして周りの民兵達の動揺する声が聞こえてくる。
「どうした!?」
「わからん!だが、ミナトよ、やはり家の外に出るのは待った方が……」
「きゃあ!」
「うおっ!」
家の家具が倒れるほどの地震によりファラ達が悲鳴を上げ、アヴェルの制止の声をかき消した。
そして、次の瞬間--
--R゛R゛R゛R゛R゛!!---
先ほどの蜘蛛の奇声を何十にも束ねたような、大きく腹にまで響く鳴き声が聞こえた。
「何だ!?」
さすがに悠長に家に籠っている事もできず、俺とアヴェル、クロスケは家から飛び出し--硬直し、口を開いたまま天を仰いでしまった。
「……おいおい、さすがにこれは冗談だろ?」
人間大の大きさを持つ巨人蜘蛛、それを数十匹合わせたようなサイズの蜘蛛が、そこに居た。
高さだけでも平屋の家程度ありそうだが、全長だとおそらく二階建てのアパート並みになるのではないだろうか。
「ミナト様!来ていたのですか!?すぐに、ここからお逃げください!」
キリアは片手間に残りの蜘蛛片付けながら、俺達と同様にその超巨大蜘蛛を見上げていた。
「駄目だ!あの家の中に、蜘蛛の毒にやられて動けない人がいるんだ!」
「なっ!?……いえ、その方はこちらで保護します。ミナト様は城に……」
「おい!アレが動くぞ!話している暇は無さそうだ!」
--R゛R゛R゛R゛R゛!!---
超巨大蜘蛛は品定めが終わったのか、ゆったりとその巨体を動かし、足元の民兵を脚で振り払った。
「ぐおっ!」
あの蜘蛛からすれば、ほんのちょっとした動きなのだろうが、人間からすれば脚の太さだけで俺たちの胴回りよりも太いのだ。
玩具のように吹き飛ばされ、民兵の一人が意識を失った。
「退きなさい!私と爺以外は、撤退しながら蜘蛛の数を減らすのです!」
キリアが勇ましく指示をしているが、それではファラの家が守れない。
「仕方がない、クロスケ!何とかして、あの家に近づけるなよ!」
民兵達が後退する中、俺とクロスケは超巨大蜘蛛にあえて接近していった。
クロスケからも、頑張ると気合の入った思念が送られてくる。
カードを持つ、右手の震えが止まらなかった。
◇
キリアといつも一緒にいる、爺さん--テッサさんを中心に、キリアとテッサさんが超巨大蜘蛛に立ち向かっている。
俺の組手の際に、如何に手加減してくれていたのか、しみじみと思い知らされる。
二人は高速で動きながら、蜘蛛を翻弄し、素手で脚に深い傷を刻んでいく。
俺は震える手を抑えながら、『突風弾』のカードを胸に抱え込んだ。
「『突風弾』っ!!」
ドクンッ、ドクンッ
「うおおおおお!」
気合と魔力を振り絞る度に、心臓が大きく跳ねるが、『突風弾』の威力も向上してきている気がする。
と言うよりは、出力の大きさは変わっていないが、少しずつ撃ち方を変え、その成果が見え始めた。
『突風弾』と名前に『弾』がつくのだからと、地球にある銃をイメージして、出力を保ったまま(むしろ変えられないのだが)、弾のサイズを小さくし、回転数を上げているのだ。
その結果、蜘蛛の甲殻を砕くことはできないが、甲殻を突き破り、致命傷を与えられるようになった。
超巨大蜘蛛に対しても、焼け石に水かもしれないが、キリア達が相手をしてくれている合間を縫って、『突風弾』を撃ちこみ、超巨大蜘蛛の体液を散らさせている。
地道に攻撃を重ねていくと、やがて蜘蛛の脚の一本を断つことができた。
「よしっ!」
これで更に機動力、攻撃力が落ちることになる。
誰もが、この超巨大蜘蛛の討伐を確信した、その時だった。
「あー!ブメの小屋が!」
「ファナ!!」
とことこと、戦場に小さな女の子--ファナが飛び出してきた。
俺は血の気が引いた顔で、その方角を見ると、確かに家畜小屋が壊れ、ブメが数頭蜘蛛に殺されたのが見て取れた。
(っ!?)
蜘蛛の八つある複眼を怪しく光らせると、残った前脚を振りかぶり、ファナに向けて容赦なく叩きつけた。
「ファナちゃん!」
「いやああああ!」
俺とファラの絶叫が戦場に響き、戦場に赤い花が咲く。
だが、ファナには傷一つ付く事はなかった。
「爺!」
「ぐっ……不覚!」
その代わり、テッサさんの背中が大きく裂け、地面に染みる程の出血が確認される。
「あ、あああ……」
「ファラ!今のうちにファナちゃんを!」
「っ!?は、はい!」
自分をかばい激しい傷を負ったテッサさんを見て、ファナちゃんは呆然と固まってしまったが、それをチャンスとし、ファラに遠くに連れて行かせた。
さすがに、父親と妹の両方を守るのは不可能だと判断したのだろう。
「ミナトさん!これで、テッサ様を!」
ファラが、ファナを抱えたまま、俺に一枚のカードを手渡した。
カードには『治癒』と書かれている。
「申し訳ありませんが、父の事をお願いします……」
「ああ、わかってる」
ファラは一言だけ残すと、素早く城に向かって言った。
『治癒』(キュア)祝属性 ★★
【対象の体力・生命力を利用する事で、生物の持つ自然治癒力を強化する】
「爺さん!大丈夫か!?」
俺はさっそくもらったカードを、胸にあて爺さんにの背中にかざした。
「『治癒』!」
先程のファラの父親に使った時同様、かなりの効果が見られた。
すぐに血が止まり、傷口の表面が瘡蓋で覆われていく。
「あれ?」
しかし、傷口は瘡蓋で覆われたところで、止まってしまい、それ以上回復することは無かった。
「ミ、ミナト様……」
「爺さん!」
テッサさんが起き上がろうとしたが、結局膝から崩れ、地面に仰向けに倒れてしまった。
俺はせめて傷口が地面に触れないよう、とっさに上着をテッサさんにかけることが精一杯だった。
「さすがに、二ツ星程度では、この怪我を完治できないでしょう……。ぐっ……!」
「そんな……それでも、『治癒』をかけ続ければ……」
「いえ、既に、先ほどの回復で……っ、私の体力を限界まで使ったようです。私は、しばらく戦えないでしょう……ですので、これを……」
息も絶え絶えといった様子だが、テッサさんは、必死に胸元から複数のカードを取り出し、俺に手渡した。
『突風弾』風属性 ★★
【気圧の高低差を人為的に操作する事で、乱回転する気流を生み出し弾とする事ができる。ただし、生み出した気流に、魔力は余り付与されていない。】
『攻撃力強化』祝属性 ★★
【魔力を付与することで、攻撃の意思が込められた行動に対し、その威力を僅かに向上させる】
『武器強化』祝属性 ★★
【魔力を付与することで、使用者が武器と認識している物を攻撃に使用する際に、その威力を僅かに向上させる】
『召喚「 」』土属性 ★★★★★
【『隷属』で捕獲対象を捉え、『召喚』で任意の時に、使用者の近辺に捉えた対象を呼び出す事ができる】
おお、キリアが大木を折って見せた時のカードだ。
これで、俺もあんな芸当ができるようになるのだろうか。
カードの説明文の「僅かに」と言う表現がとても気になるが……
だが、それよりも問題は最後のカードだろう。
まさかの、五ツ星である。
今までの話からすると、相当の高級品であるはずだ。
俺の貧乏性がうずき出し、カードを手に取る事を躊躇わせるが、今は有事ということで、素直に受け取っておこう。
テッサさんは、今のやり取りで本当に体力が限界に達したのか、気絶してしまった。
「やるしかないのか……」
カードを受け取ってしまったので、テッサさんの意思を継いで、俺がキリアのフォローをしなければならないのだろう。
だが、先程からずっと孤軍奮闘しているキリアに目を向けると、俊敏に動き回りながら、超巨大蜘蛛の攻撃を華麗に避けている。
かすり傷一つ負っている様子はない。
そして、合間合間にあの、大木を圧し折った技を蜘蛛にお見舞いしている。
「複合魔法『攻撃力強化』、『武器強化』竜爪!」
女性の腕から放たれたとは思えない轟音が森に響き、蜘蛛の複眼の一つを潰した。
「俺、必要か?」
思わずそんな感想が口から零れたが、こんな感想を抱くのはきっと俺だけじゃないはずだ。
それでも、二枚になった『突風弾』を使いながら(あんなリアル化け物と接近戦をする勇気は無い)キリアの行動のサポートをしていると、実はキリアにそこまでの余裕が無いことがわかる。
恐らく冷却時間のせいだろう。
魔法の再使用時間があるせいで連続攻撃ができず、しかも攻撃が相手に対し致命傷にならない。
超巨大蜘蛛の攻撃はかすっただけでも、キリアの致命傷になるだろう。
俺の『突風弾』も、傷は負わせているが、決め手には欠けている。
それに疲労のせいか、キリアの動きは徐々に精細を欠き始めている。
「ど、どうしよう……」
「きゃあっ!」
俺が悩んでいる間に、キリアは木の根に足を取られバランスを崩したようだ。
体力の低下と共に、集中力も切れて来たのだろう。
そのキリアめがけ、蜘蛛が重機のような脚を振り下ろした。
「危ない!!」
俺は深く考える間も無く、キリアと蜘蛛の間に割って入ってしまった。
「『攻撃力強化』!!!」
破れかぶれで、さっきテッサさんから受け取ったばかりの魔法カードを使い、落ちてくる蜘蛛の脚めがけて拳を合わせた。
「うわぁ!?」
大気が揺れる程の衝撃が発生し、建物サイズの蜘蛛の体少しだけ宙に浮いた。
魔法ってすごいな!?
だが、驚いている場合ではない。
キリアに少しでも休憩させるために、俺が時間稼ぎをするしかない。
「『武器強化』!」
見よう見まねで、もう一つのカードも試して見る。
「うらあっ!」
蜘蛛の欠けた脚側に潜り込み、拳を撃ち込むと、拳がずっぽりとめり込んだ。
ーーR゛R゛R゛R゛R゛!!ーー
蜘蛛が奇怪音を発しながら、緑色の体液を噴き出した。
さすがの大きさだけあって、撒き散らす緑色の量もハンパでは無い。
正直、気持ち悪いが、ここで手を緩める理由も無い。
「クロスケ!頼む!」
俺は影からクロスケを呼び出すと、むんずと掴んで蜘蛛の上に放り投げた。
クロスケは、蜘蛛の頭上に張り付くと、ジュウジュウと音を立て蜘蛛の体を溶かしていく。
ーーR゛R゛R゛R゛!ーー
今度の怪音は、確実に悲鳴とわかるものだった。
蜘蛛は一層激しく暴れるが、クロスケは蜘蛛の死角におり振り払う事ができない。
「『攻撃力強化!』」
「『武器強化!」
その隙を突いて、地道に俺もダメージを累積させていった。
やがて蜘蛛は弱々しく鳴き、地面を揺らしながら、その巨体を大地に横たわらせた。
「ミナト!今のうちじゃ、今なら召喚カードが使えるはずじゃ!」
アヴェルの声が遠くから聞こえる。
超巨大蜘蛛が、体を震わせながらも再度起き上がろうとしていた。
迷っている暇は無さそうだ。
「『隷属』!!」
クロスケの時に使った召喚カードよりも、遥かに大きな魔法陣が俺を中心に渦巻いた。
魔法陣から溢れた黄金色の魔力が、粉雪のように宙を舞い、図らずも荘厳で美しい光景が生まれた。
それに感動している余裕は、これっぽっちも無かったが。
クロスケの時には感じられなかった、ラインが俺と蜘蛛の間に感じる。
そこから綱引きのように、互いに魔力で主導権を獲ろうとラインを引っ張りあう。
《人間風情ガ、私ヲ従エヨウナドト……ソンナ屈辱ガ許サレテナルモノカ!!!》
この超巨大蜘蛛は、それなりの知性があったらしい。
ラインを通じて、明確な意思が伝わって来た。
しかし、それは拒絶の意思だった。
ーー屈辱よりも死を。
それがこの蜘蛛の意思らしい。
これは無理だーーあまりの強い魔力の抵抗に、俺は諦めてラインを手放そうとしたが、それを止めるモノが居た。
ドクンッ!
《黙れ蟲が!大人しく我に従え!》
その蜘蛛の意思を叩き潰すように、俺の心臓部から、今まで以上に濃密な魔力が流れ、黄金色だった魔力のラインを赤色に染めて行く。
(ぐおおおおお!?)
脳を無理矢理に撹拌されるような、魂を書き換えられるような正体不明の「怒り」が俺を埋め尽くそうとする。
《R゛R゛!コ、コイツハ!イエ、貴方様ハ一体……》
やがて全ての魔力が赤く染め上げられ、美しかった景色は、まるで血が溢れかえったかのような、悍ましい惨状となった。
しかしそれも一瞬の事で、蜘蛛の巨体が光と共に俺の持つカードの飲み込まれ、今の出来事が、全て夢であったかのように消えていった。
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びっしりと毛の生えた巨大な蜘蛛の脚が、入口のバリケードを食い破ろうとしている。
「『突風弾』!!」
俺は反射的にカードを胸にあてると、すぐさま右手を突き出し、受け取ったばかりの魔法を放った。
眼に見えるほど高速で渦巻く、空気の塊が右手から飛び出し、ドアから侵入しようとした蜘蛛を、バリケード毎吹き飛ばした。
「っ!?」
思ったよりも威力が高い!
タンスや机といった簡素な家具で作ったバリケードだったのも災いし、一発でバリケードが壊れてしまった。
「ミナト!次が来るぞ!」
まだ、窓のバリケードは壊れていない。
敵が侵入してくる経路はわかっているんだ。
俺は震える手を誤魔化すため、より一層強く魔法を放つための言葉を叫んだ。
「『突風弾』っ!!!」
わさわさと音を立て、こちらに向かって来る蜘蛛にがむしゃらに魔法を撃った。
蜘蛛の片側4本の脚全てが吹き飛んだが、蜘蛛はそのまま残りの脚だけで、うぞうぞとこちらにやって来る。
「うわああああ!?気持ち悪っ!」
こみ上げる怖気を抑えながら、追加で魔法を放つと今度は甲殻を砕き、蜘蛛は緑色の体液を撒き散らしながら動きを止めた。
しかし、その蜘蛛の遺骸を乗り越えて、次から次へと新たな蜘蛛が家の中に入り込んでくる。
「『突風弾』っ!」
必死に魔法を撃つものの、一撃では蜘蛛を止められず、次第に距離を縮められていく。
「くっ、やばいぞこれ!」
「ミナト!?」
アヴェルの焦る声が、後ろから聞こえるが振り向く余裕は無い。
「きゃあああ!」
「うわああああん!」
だが、ファラの悲鳴とファナの泣き声まで聞こえれば別だ。
振り向くと、壁の高い場所にある、通気口らしき小さな窓から、蜘蛛が顔を覗かせていた。
(迂闊だった!)
考えてみれば、最初ファラの家の内側から、蜘蛛が出てきていたにも関わらず、窓のバリケードは壊れていなかったのだ。
侵入経路が別にあったのは、すぐに気づくべきだった。
「『突風弾』!……っ『突風弾』!!」
それでも、入り口側に『突風弾』を放つのを止めるわけにはいかない。
どうやら魔法には冷却時間のようなモノがあるらしく、最低でも一秒置かなければ、次の『突風弾』を撃つことができないのだ。
つまり、むやみやたらに適当に『突風弾』を撃ちまくるわけにもいかず、攻撃方向はどちらか一方に限定されてしまっている。
「お、お兄ちゃん!上!上から魔物が!?」
「っ!?ぐあああああ!」」
そんな状況にも関わらず、つい、ファナの声につられて、後ろを振り返ってしまった。
当然、次の瞬間、蜘蛛に距離を詰められる。
俺は、人間大もある巨大な蜘蛛にのしかかられ、地面に押さえつけられた。
思ったよりは重くないが、無機質な八つの眼とぎちぎちと音を立てる顎が眼前に迫られれば、一瞬失神しそうになる。
(死んだ!?)
俺は死を覚悟したが、視界いっぱいに迫った蜘蛛の顔を、黒い「何か」が覆い防いでくれた。
「クロスケか!?」
召喚カードの効果か、その黒い物体がすぐに俺の影に潜んでいたクロスケだとわかる。
蜘蛛はクロスケを振り払うべく、激しく暴れだした。
そのおかげで、他の蜘蛛の動きも阻害し、一時的に入り口からの蜘蛛の進行が止まった。
「ミナト!今のうちじゃ!」
「わかってるよ!『突風弾』!!」
クロスケが稼いでくれた時間を使い、上から無理やり侵入しようとしていた蜘蛛を撃墜した。
だが、クロスケにとってはその僅かな時間を捻出する事で、精一杯だったようだ。
「クロスケっ!」
蜘蛛はがクロスケ毎壁に体当たりすれば、周囲にクロスケの体の一部が飛び散り、クロスケの体積を減らしていく。
「ミナト!クロスケに魔力を送るんじゃ!」
「ど、どうやって!?」
「さっきまでと一緒じゃ!召喚カードを通して、魔力を流すイメージじゃ!」
アヴェルにどやされ、俺は考える間も無く、ポケットに入れていた召喚カードを手に取り胸にあてた。
ドクンっ!
再度、激しく心臓が跳ねたが、気にしている場合ではない。
「おおおおお!」
体中から「何か」が抜ける感覚に、少し眩暈がするが気力を振り絞った。
効果はあったらしい。
「RRRRRRRRR!!」
蜘蛛が音にもならない奇声を上げ、白い煙を上げている。
やがてすぐに動かなくなり、頭部全てがごっそりと無くなってしまった。
それと合わせて、逆にクロスケの体積が復活している。
「く、喰ったのか?」
「クロスケの技能、溶解をミナトの魔力で底上げしたのじゃろう。最弱のスライムが、巨人蜘蛛を喰い殺すなんて聞いた事がないからの」
俺が唖然としている間にも、クロスケは蜘蛛の残りの胴体と他の蜘蛛の死体を次々と溶かし喰らっていった。
明らかにクロスケの体積を超える量を食べているはずだが、何故か最初のサイズ以上の大きさにはならなかった。
クロスケが戦力になることがわかった上に、さっきまで、延々と侵入してきていた蜘蛛の群れも徐々にその勢いを落としつつあり、俺の負担は急激に軽くなった。
「あ、あのミナトさん、ありがとうございます」
ファラが、父親を介抱しながら俺に例を言ってくれた。
わずかに潤んだ瞳と、紅くそまった頬。
あれ!?これ、もしかして脈ありじゃない!?
未だ戦闘中にも関わらず、こんな時、心が浮きたってしまうのは男の性だと思う。
「お兄ちゃん!ありがとう!」
そして、そんな油断している俺にファナがタックルをしかけてきた。
「ぐふっ……ファナちゃん、まだ危ないから。……俺は外を見てくるけど、皆はすぐにバリケードを作り直して大人していてくれ」
「そんな、危ないですよ!」
「大丈夫、俺より先にキリアと城の爺さんが、ここに着いて暴れててたから」
「姫様とテッサ様が!?」
「おお……なら、すぐにこの場も落ち着くでしょう」
あの爺さん、テッサさんと言う名前だったのか。一ヵ月も一緒にいたのに、今初めて名前をしったよ。
と言うか、二人ともすごい信頼感だ。
ファラと、ファラのお父さんは、もう安心だという顔をしている。
ちなみに、ファナはずっと俺の腹にくっついたままにこにこしている。
「あれ?そう言えば、ファラのお母さんは?」
「お母さんは、城に腰の治療に行っています。タイミングが良くて助かりました」
「そっか、なら安心だな」
俺が、ファラ一家の安全を確認し、一安心したところで、家の外が再度騒がしくなった。
地響きと、木が倒れる音、そして周りの民兵達の動揺する声が聞こえてくる。
「どうした!?」
「わからん!だが、ミナトよ、やはり家の外に出るのは待った方が……」
「きゃあ!」
「うおっ!」
家の家具が倒れるほどの地震によりファラ達が悲鳴を上げ、アヴェルの制止の声をかき消した。
そして、次の瞬間--
--R゛R゛R゛R゛R゛!!---
先ほどの蜘蛛の奇声を何十にも束ねたような、大きく腹にまで響く鳴き声が聞こえた。
「何だ!?」
さすがに悠長に家に籠っている事もできず、俺とアヴェル、クロスケは家から飛び出し--硬直し、口を開いたまま天を仰いでしまった。
「……おいおい、さすがにこれは冗談だろ?」
人間大の大きさを持つ巨人蜘蛛、それを数十匹合わせたようなサイズの蜘蛛が、そこに居た。
高さだけでも平屋の家程度ありそうだが、全長だとおそらく二階建てのアパート並みになるのではないだろうか。
「ミナト様!来ていたのですか!?すぐに、ここからお逃げください!」
キリアは片手間に残りの蜘蛛片付けながら、俺達と同様にその超巨大蜘蛛を見上げていた。
「駄目だ!あの家の中に、蜘蛛の毒にやられて動けない人がいるんだ!」
「なっ!?……いえ、その方はこちらで保護します。ミナト様は城に……」
「おい!アレが動くぞ!話している暇は無さそうだ!」
--R゛R゛R゛R゛R゛!!---
超巨大蜘蛛は品定めが終わったのか、ゆったりとその巨体を動かし、足元の民兵を脚で振り払った。
「ぐおっ!」
あの蜘蛛からすれば、ほんのちょっとした動きなのだろうが、人間からすれば脚の太さだけで俺たちの胴回りよりも太いのだ。
玩具のように吹き飛ばされ、民兵の一人が意識を失った。
「退きなさい!私と爺以外は、撤退しながら蜘蛛の数を減らすのです!」
キリアが勇ましく指示をしているが、それではファラの家が守れない。
「仕方がない、クロスケ!何とかして、あの家に近づけるなよ!」
民兵達が後退する中、俺とクロスケは超巨大蜘蛛にあえて接近していった。
クロスケからも、頑張ると気合の入った思念が送られてくる。
カードを持つ、右手の震えが止まらなかった。
◇
キリアといつも一緒にいる、爺さん--テッサさんを中心に、キリアとテッサさんが超巨大蜘蛛に立ち向かっている。
俺の組手の際に、如何に手加減してくれていたのか、しみじみと思い知らされる。
二人は高速で動きながら、蜘蛛を翻弄し、素手で脚に深い傷を刻んでいく。
俺は震える手を抑えながら、『突風弾』のカードを胸に抱え込んだ。
「『突風弾』っ!!」
ドクンッ、ドクンッ
「うおおおおお!」
気合と魔力を振り絞る度に、心臓が大きく跳ねるが、『突風弾』の威力も向上してきている気がする。
と言うよりは、出力の大きさは変わっていないが、少しずつ撃ち方を変え、その成果が見え始めた。
『突風弾』と名前に『弾』がつくのだからと、地球にある銃をイメージして、出力を保ったまま(むしろ変えられないのだが)、弾のサイズを小さくし、回転数を上げているのだ。
その結果、蜘蛛の甲殻を砕くことはできないが、甲殻を突き破り、致命傷を与えられるようになった。
超巨大蜘蛛に対しても、焼け石に水かもしれないが、キリア達が相手をしてくれている合間を縫って、『突風弾』を撃ちこみ、超巨大蜘蛛の体液を散らさせている。
地道に攻撃を重ねていくと、やがて蜘蛛の脚の一本を断つことができた。
「よしっ!」
これで更に機動力、攻撃力が落ちることになる。
誰もが、この超巨大蜘蛛の討伐を確信した、その時だった。
「あー!ブメの小屋が!」
「ファナ!!」
とことこと、戦場に小さな女の子--ファナが飛び出してきた。
俺は血の気が引いた顔で、その方角を見ると、確かに家畜小屋が壊れ、ブメが数頭蜘蛛に殺されたのが見て取れた。
(っ!?)
蜘蛛の八つある複眼を怪しく光らせると、残った前脚を振りかぶり、ファナに向けて容赦なく叩きつけた。
「ファナちゃん!」
「いやああああ!」
俺とファラの絶叫が戦場に響き、戦場に赤い花が咲く。
だが、ファナには傷一つ付く事はなかった。
「爺!」
「ぐっ……不覚!」
その代わり、テッサさんの背中が大きく裂け、地面に染みる程の出血が確認される。
「あ、あああ……」
「ファラ!今のうちにファナちゃんを!」
「っ!?は、はい!」
自分をかばい激しい傷を負ったテッサさんを見て、ファナちゃんは呆然と固まってしまったが、それをチャンスとし、ファラに遠くに連れて行かせた。
さすがに、父親と妹の両方を守るのは不可能だと判断したのだろう。
「ミナトさん!これで、テッサ様を!」
ファラが、ファナを抱えたまま、俺に一枚のカードを手渡した。
カードには『治癒』と書かれている。
「申し訳ありませんが、父の事をお願いします……」
「ああ、わかってる」
ファラは一言だけ残すと、素早く城に向かって言った。
『治癒』(キュア)祝属性 ★★
【対象の体力・生命力を利用する事で、生物の持つ自然治癒力を強化する】
「爺さん!大丈夫か!?」
俺はさっそくもらったカードを、胸にあて爺さんにの背中にかざした。
「『治癒』!」
先程のファラの父親に使った時同様、かなりの効果が見られた。
すぐに血が止まり、傷口の表面が瘡蓋で覆われていく。
「あれ?」
しかし、傷口は瘡蓋で覆われたところで、止まってしまい、それ以上回復することは無かった。
「ミ、ミナト様……」
「爺さん!」
テッサさんが起き上がろうとしたが、結局膝から崩れ、地面に仰向けに倒れてしまった。
俺はせめて傷口が地面に触れないよう、とっさに上着をテッサさんにかけることが精一杯だった。
「さすがに、二ツ星程度では、この怪我を完治できないでしょう……。ぐっ……!」
「そんな……それでも、『治癒』をかけ続ければ……」
「いえ、既に、先ほどの回復で……っ、私の体力を限界まで使ったようです。私は、しばらく戦えないでしょう……ですので、これを……」
息も絶え絶えといった様子だが、テッサさんは、必死に胸元から複数のカードを取り出し、俺に手渡した。
『突風弾』風属性 ★★
【気圧の高低差を人為的に操作する事で、乱回転する気流を生み出し弾とする事ができる。ただし、生み出した気流に、魔力は余り付与されていない。】
『攻撃力強化』祝属性 ★★
【魔力を付与することで、攻撃の意思が込められた行動に対し、その威力を僅かに向上させる】
『武器強化』祝属性 ★★
【魔力を付与することで、使用者が武器と認識している物を攻撃に使用する際に、その威力を僅かに向上させる】
『召喚「 」』土属性 ★★★★★
【『隷属』で捕獲対象を捉え、『召喚』で任意の時に、使用者の近辺に捉えた対象を呼び出す事ができる】
おお、キリアが大木を折って見せた時のカードだ。
これで、俺もあんな芸当ができるようになるのだろうか。
カードの説明文の「僅かに」と言う表現がとても気になるが……
だが、それよりも問題は最後のカードだろう。
まさかの、五ツ星である。
今までの話からすると、相当の高級品であるはずだ。
俺の貧乏性がうずき出し、カードを手に取る事を躊躇わせるが、今は有事ということで、素直に受け取っておこう。
テッサさんは、今のやり取りで本当に体力が限界に達したのか、気絶してしまった。
「やるしかないのか……」
カードを受け取ってしまったので、テッサさんの意思を継いで、俺がキリアのフォローをしなければならないのだろう。
だが、先程からずっと孤軍奮闘しているキリアに目を向けると、俊敏に動き回りながら、超巨大蜘蛛の攻撃を華麗に避けている。
かすり傷一つ負っている様子はない。
そして、合間合間にあの、大木を圧し折った技を蜘蛛にお見舞いしている。
「複合魔法『攻撃力強化』、『武器強化』竜爪!」
女性の腕から放たれたとは思えない轟音が森に響き、蜘蛛の複眼の一つを潰した。
「俺、必要か?」
思わずそんな感想が口から零れたが、こんな感想を抱くのはきっと俺だけじゃないはずだ。
それでも、二枚になった『突風弾』を使いながら(あんなリアル化け物と接近戦をする勇気は無い)キリアの行動のサポートをしていると、実はキリアにそこまでの余裕が無いことがわかる。
恐らく冷却時間のせいだろう。
魔法の再使用時間があるせいで連続攻撃ができず、しかも攻撃が相手に対し致命傷にならない。
超巨大蜘蛛の攻撃はかすっただけでも、キリアの致命傷になるだろう。
俺の『突風弾』も、傷は負わせているが、決め手には欠けている。
それに疲労のせいか、キリアの動きは徐々に精細を欠き始めている。
「ど、どうしよう……」
「きゃあっ!」
俺が悩んでいる間に、キリアは木の根に足を取られバランスを崩したようだ。
体力の低下と共に、集中力も切れて来たのだろう。
そのキリアめがけ、蜘蛛が重機のような脚を振り下ろした。
「危ない!!」
俺は深く考える間も無く、キリアと蜘蛛の間に割って入ってしまった。
「『攻撃力強化』!!!」
破れかぶれで、さっきテッサさんから受け取ったばかりの魔法カードを使い、落ちてくる蜘蛛の脚めがけて拳を合わせた。
「うわぁ!?」
大気が揺れる程の衝撃が発生し、建物サイズの蜘蛛の体少しだけ宙に浮いた。
魔法ってすごいな!?
だが、驚いている場合ではない。
キリアに少しでも休憩させるために、俺が時間稼ぎをするしかない。
「『武器強化』!」
見よう見まねで、もう一つのカードも試して見る。
「うらあっ!」
蜘蛛の欠けた脚側に潜り込み、拳を撃ち込むと、拳がずっぽりとめり込んだ。
ーーR゛R゛R゛R゛R゛!!ーー
蜘蛛が奇怪音を発しながら、緑色の体液を噴き出した。
さすがの大きさだけあって、撒き散らす緑色の量もハンパでは無い。
正直、気持ち悪いが、ここで手を緩める理由も無い。
「クロスケ!頼む!」
俺は影からクロスケを呼び出すと、むんずと掴んで蜘蛛の上に放り投げた。
クロスケは、蜘蛛の頭上に張り付くと、ジュウジュウと音を立て蜘蛛の体を溶かしていく。
ーーR゛R゛R゛R゛!ーー
今度の怪音は、確実に悲鳴とわかるものだった。
蜘蛛は一層激しく暴れるが、クロスケは蜘蛛の死角におり振り払う事ができない。
「『攻撃力強化!』」
「『武器強化!」
その隙を突いて、地道に俺もダメージを累積させていった。
やがて蜘蛛は弱々しく鳴き、地面を揺らしながら、その巨体を大地に横たわらせた。
「ミナト!今のうちじゃ、今なら召喚カードが使えるはずじゃ!」
アヴェルの声が遠くから聞こえる。
超巨大蜘蛛が、体を震わせながらも再度起き上がろうとしていた。
迷っている暇は無さそうだ。
「『隷属』!!」
クロスケの時に使った召喚カードよりも、遥かに大きな魔法陣が俺を中心に渦巻いた。
魔法陣から溢れた黄金色の魔力が、粉雪のように宙を舞い、図らずも荘厳で美しい光景が生まれた。
それに感動している余裕は、これっぽっちも無かったが。
クロスケの時には感じられなかった、ラインが俺と蜘蛛の間に感じる。
そこから綱引きのように、互いに魔力で主導権を獲ろうとラインを引っ張りあう。
《人間風情ガ、私ヲ従エヨウナドト……ソンナ屈辱ガ許サレテナルモノカ!!!》
この超巨大蜘蛛は、それなりの知性があったらしい。
ラインを通じて、明確な意思が伝わって来た。
しかし、それは拒絶の意思だった。
ーー屈辱よりも死を。
それがこの蜘蛛の意思らしい。
これは無理だーーあまりの強い魔力の抵抗に、俺は諦めてラインを手放そうとしたが、それを止めるモノが居た。
ドクンッ!
《黙れ蟲が!大人しく我に従え!》
その蜘蛛の意思を叩き潰すように、俺の心臓部から、今まで以上に濃密な魔力が流れ、黄金色だった魔力のラインを赤色に染めて行く。
(ぐおおおおお!?)
脳を無理矢理に撹拌されるような、魂を書き換えられるような正体不明の「怒り」が俺を埋め尽くそうとする。
《R゛R゛!コ、コイツハ!イエ、貴方様ハ一体……》
やがて全ての魔力が赤く染め上げられ、美しかった景色は、まるで血が溢れかえったかのような、悍ましい惨状となった。
しかしそれも一瞬の事で、蜘蛛の巨体が光と共に俺の持つカードの飲み込まれ、今の出来事が、全て夢であったかのように消えていった。
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