貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~

一刻一機

第一章 〜貧乏姫の戦争〜(1)

第一章  〜貧乏姫の戦争〜





 ぬるりとした金色の光に包まれ…――時間にすれば一秒程だった気もするし、一時間以上もかかった気もする――


 気がつけば、俺は冒頭にも述べたような、謎の集団に囲まれていた。


 明らかな異常事態だが、異常すぎるためか、意外に自分の頭が冷静な事に驚いた。
 どう考えても、ここは自分の部屋ではない。
 あの安いカーテンも無いし、そういえばサイフも無いし携帯電話も無い。
「■■■■■、■■■!」
「■■■■!!」
 俺を囲んでいる連中は、外国人のようで、何を言っているか全くわからない。
 むしろ、何語なのかも検討もつかない。
 英語ではないようだし、中国、韓国のようなアジアっぽい感じもしない。金髪の人間が多そうなので、やはり、ヨーロッパかどこかの人達だろうか。


 そもそも、俺はいつの間に、こんな所に連れて来られたんだ?考えにくい事だが、さっきのカードが何か遠隔で催眠術をかけられるような道具で、その道具にまんまと引っ掛かった俺を拉致したという事だろうか。


 うん。ありえないな。


 ありえないが……なら一体全体、今はどういう状況なんだ?
 腹時計しか頼るものも無いが、あれからまだそれほど時間が経っている気もしないので、恐らくまだ日本だろうと信じたい。


 ただ、自慢では無いがうちは貧乏だ。
 俺なんかを手間暇かけて誘拐しても、何のメリットもないと思うのだが……


 辺りを見回すと、ローブを着込んだ連中は何やら騒いでいるものの、飾り気の少ない、綺麗な白いなドレスを着た金髪の女性が、座り込んでいる俺に優しげに話しかけている。
 もちろん、何を言っているかわからないが、少なくともこの女性に害意は無さそうだ。


「■■、■■■?」


 遠目からは、大人びた女性に見えたが、近くで見ると、俺とほとんど変わらないぐらいの年齢に見えた。
 年頃は恐らく、十六前後で俺と同じぐらいだろうか。
 優しく微笑みかけてくる笑顔に、頬が熱くなるのを感じる。
 テレビや映画でも見たことが無い整った顔立ちに、柔らかそうな金髪、透き通るような白い肌、翡翠色の瞳。
 こんな状況でも、つい照れて舞い上がっている自分が恥ずかしい。
「■■■■■■■■■■?」
 悪い人では無さそうなので、何とか家に帰してもらえないだろうか。


「■■■■■■■■■■?」
「えーっと、アイキャントスピークイングリッシュ。あー……やっぱり伝わらないか」
  駄目元で適当な英語を言ってみた。
 返事を期待したわけではない。
 だが、俺の声に、予想外の所から応える者がいた。







「自分の言っている事がわかるかって、聞いているのだ」
 ――ん?
  明らかに、今、日本語が聞こえたぞ!?
「ふふふっ。驚いたか!!」
  太々(ふてぶて)しいが、幼くかん高い声が、俺の右手下から聞こえる。


 俺の右手には、アパートの自室で最後に持っていた、あの星が八つ付いたカードが握られていた。
 そのカードから、濃い紫色の煙がもくもくと立ち上がる。
「うおっ!?」
 驚きの余り、思わず、カードをローブの集団に向かって投げてしまった。
「■■■!?」
「ひ、ひぃぃぃぃ」
「■■■、■■■■■■!!」
 あ、悲鳴はさすがにわかった。
 周囲の俺を取り囲んでいたローブ達が、その煙見て慌てふためき、恐慌状態に陥っている。
 当然に俺も驚いたが、不思議と危険を感じることができず、呆然と舞上がる煙を見上げていた。


「ふぁっはっはー!我、復活!」


「我は魔王!大魔王アヴェル様じゃ!」


 俺の眼の前には、宙に浮かぶ・・・・・五、六歳ぐらいの子供がいた。
 子供は、腰に手を当て胸をこれでもかと大きく反らしている。


 ……こ、これは?


 小さな子供が宙を浮いている。


 肌がやや青いとか、髪が有り得ない紫色だとか、色々と気になる所はあるが……
 俺は恐る恐る、その小さな頭の上に手を通したが、ワイヤーのようなものもない。
 下に透明な支え棒があるわけでもない。
「む?どうしたミナト。我の頭を撫でたかったなら言うが良い。お主には特別に撫でさせてやろう」
「な、なんで俺の名前を!?」
「何故も何も、ミナトが我を呼び出したのだろう?仮にもミナトと我は契約関係にある。少しでも魂の繋がりができれば、名前ぐらい読み解くのは造作もないわい」
 これが漫画であれば「えっへん」と背後に文字がでそうなポーズだ。
 偉そうな態度が鼻に付くが、これぐらいの子供だと可愛らしいだけだ。
 これで、皮膚が青くなければもっと可愛いのだが……あ、瞳は金色なのか。


「■、■■ー?■■、■■■■■■■■?」
「ふぁっはっはー!■■■■■!■■■■」
「■■■■!!」
「■、■■!?■■■■■■■■■■■■■■■■」
「なあ」
「……なんじゃ、今大事なとこなのじゃが」
 驚いて固まっていた金髪美女が、俺の横から沸いて出てきた青い子供――アヴェルに話しかけて来た。
 どうやら、アヴェルはこんな容姿だが、俺よりも言語力に優れているらしい。
「この人、何て言ってるんだ?」
「我がどのような者か、問うてきたので答えてやっておるのじゃ」
「君、俺の言葉も、彼女の言葉もわかるんだろ?ここがどこか聞いて、俺を家に返すよう通訳してくれないか?」
「君とは他人行儀じゃのう。我を呼び戻し英傑よ。ミナトには、我が名を呼ぶ事を許そう。遠慮せずアヴェル様と呼ぶのじゃ」
 ――さりげなく様付けを強要してきやがったよ、この子供様。
「じゃ、アヴェル様。とにかく頼むよ」
「ふむ……そう言えば、ここ、どこなんじゃろうな?■■、■■■■■■■■■■」
「■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■……■■■■■?」
「え?■■■■■■■■?」
「■■■■■■■……」
「おい」
「■■■■……」
「おい!」
「■■……」
「おい!!」
「……なんじゃ?」
「どうも、説明が上手くいっていないようなんだが、どういう話か教えてくれよ」
 金髪美女とアヴェルは、お互いに首を傾げて話をしている。
 どうにも意思疎通というか、認識に齟齬があるような雰囲気だ。
 「あー、もう面倒臭い!自分達で勝手にはなせ!■■■■!!」
 ――え!?
 これ以上驚くことも無いと思っていたが、何とアヴェルの手先に、アパートでも見た黄金色の光が噴出したかと思うと、その光が渦巻き、不思議な円と紋様――いわゆる魔法陣か?――が出現した。
 そのままアヴェルが俺に手を向けると、その魔法陣が俺の顔に向かって飛んで来た。
「う、うわぁ!」
 反射的に、腕で防ごうとするも、その魔法陣は俺の腕をするりと抜けて頭の中に侵入してしまった。
「な、何をするんだ!?」


「何だと……カードも無しに魔法を使った……貴様、魔族か!?」


 俺がアヴェルに文句を言うと、突然横の金髪美女が日本語で、驚きの声を上げた。


――魔法とか、魔族とか、こんなに美人なのにイタイ人なのか……
 と、普段なら思うところではあるが、中に浮いているアヴェルや、先程のCG以外では再現できそうもない、空飛ぶ魔法陣の事を考えれば、彼女の発言を一笑いに付すわけにはいかないようだ。


「魔族ではない!魔王じゃ、大魔王アヴェル様じゃ!」


 急速に顔を引き締める金髪美女と反して、アヴェルは相変わらず「えっへん」ポーズを崩さない。
 今まで俺たちのやり取りを見ていた、ローブ連中もこちらに何やら手を向けている。
「キリア様!!お離れ下さい!」
 そうか、彼女はキリアと言うのか、と思う暇も無く、今度は手に剣を持った男達が、どこからともなく現れ、素早くキリアを後ろに隠す。
 しかし、男達が持つ剣には妙な偽物感があり、あまり恐怖を感じない。
「下がりなさい。私の腕はわかっているでしょう」
「しかし、アレは子供とは言え魔族!決して侮れませんぞ!」
「良いと言っているのです。下がりなさい」
「……はっ」
 せっかく守ってもらったキリアだが、男達に一声かけるだけで全て退しりぞかせてしまった。
 華奢な女の子に見えるが、一定の信頼を得られるような実力の持主だったらしい。
 それに、アヴェルと違い、自然に様付けされている。
 やはり、彼女がこの集団にリーダー的存在なのだろう。


「ってか、君、日本語話せたんだ?」
「貴様!殿下に向かって馴れ馴れしい!」
「静かに。私が話をしています」
「……はっ。申し訳御座いません」
 俺がキリアに話しかけると、先程の剣を持った一人から、いきなり叱責の声が飛んで来た。
 剣は偽物くさい癖に、すごい迫力だ。
 ……ちょっと、びびってしまった。
「ではまず、そこの貴方。貴方は、どうやって我々の召喚の儀に紛れ込んだのですか?それに、魔族の召喚カードを持っていたようですが、あのプライドの高い魔族を服従させるとは一体全体何者ですか?」
 キリアが、俺と対峙して問い詰めて来る。
 彼女は何の武器も持っていないが、後ろの男達よりも遥かに強い威圧感を感じる。最初に話し掛けてきてくれていた優しい雰囲気が嘘のようだ。
「いえ、その。むしろ俺がここがどこか聞きたいのですが……」
「何を寝惚けた事を。最初は召喚の儀を間違えてどこかの国の平民でも拉致してしまって、うわやばい、どうしようと思いましたが、魔族召喚のカードを使ったのが何よりの証拠。どうせ帝国の間抜けな間者か暗殺者でしょう。すぐに吐けば痛い思いをせずに済みます。観念しなさい」


 ん?何か今ちょっと口調が崩れたような気が……


「ま、待って下さいよ!魔族って、この子供のことですか?それに、カードって……」
「我は、魔族ではない!大魔王アヴェル様じゃ!」
「はいはい。わかったわかった。今大事な話をしてるところだから。後で遊んであげるちょっと静かにしてなさい」
「むぅ。ホントか?……って違う!我を子供扱いするでない!」
 俺は、アヴェルのあたまをぽんぽんと撫でる。
 子供扱いするなと言っていたが、これだけでどことなく満足そうだ。


「……もしかして、貴方、本当に何もわかってない?」
 俺とアヴェルのやり取りを見ていたキリアは、詰問口調から段々と、こちらの機嫌を伺うような表情と口調になってきた。
 額にはびっしりと冷や汗が浮いている。
「姫様?こんな胡散臭い奴らの事を簡単に信用してはなりませぬ!」
「しかし、爺。どうにも演技にも見えません。もし本当に我々のミスだったら、事故では済まないんですよ?もしも彼がどこかの貴族であったりすれば、賠償問題にも……」
「ば、賠償!?た、確かに見た事もない服装ですが、かなり立派な拵えですし……」
 剣を持っていた中で、一番歳を取っている初老の男とキリアがこそこそと話をしているが丸聞こえだ。
 そして、賠償という言葉で、全員がざわざわと浮足だつ。
 何かのNGワードだったんだろうか?
 さっきまでの緊張感が、急激に冷めていくのを感じる。


 全員で俺とアヴェルを放っておいて、急な話し合いを始めてしまった。
 とりあえず、いきなり拷問されるような事態は避けられそうだ。


 話し合いの結果、俺は暫定的に客人扱いと称して保護(監禁じゃないよね?)されるらしい。


 まだ、家に帰りたいと言える雰囲気にならない。


 俺の脳裏に、心配する母と妹の顔が浮かぶ。
 というか、早く帰らないと、心配性のナギに激怒されそうで怖いのだが……



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