軌跡を奪われし村人は、復讐に身をゆだねない
第九話 【平行世界】
isekaijinn、isekaijinnいくら考えこもうとスウイの脳はその言葉の意味を見出せない。
それもそのはずスウイには少女の紡ぐ言葉、というより言語の情報は何一つとして刻まれていないのだから。
「isekaijinnってなんだよモモカ。地面にでもわかりやすく書いてくれよ」
「okkeーーです!!」
「おっけー?」
スウイの疑問に取り合わずモモカは手ごろな枝で土に線を走らせていく。
それにしたってモモカの言語習得の速さが尋常じゃないとスウイは思う。人が言葉を習得するのに最低ひと月はかかるはず。
だというのにモモカはわずか一日未満で日常会話程度なら成立してしまっている。
だからスウイは魔のかかわりを疑わずにいられない。この世の不可解な現象は魔が原因で引き起こされる。スキルだったり魔法だったり神業だったり魔道具だったり、だ。この少女もそれらによって現実を捻じ曲げているのだろう。スウイは軽快に枝を走らせるモモカを頭上から見下ろし考え込む。
じっとスウイが見つめる間にも図面は描かれ出来上がったのは二つの球体、そこに立つ二足の人型。まあ人間だろう。
モモカは見上げるように顔を向け、
「私がいたのはこっち、スウイさんはここ。見ればわかる通りこの二つの星はくっついていません。けど、何かの要因で世界と世界に道ができて私はこの世界に転移させられたと思うんです。どうです、分かりました?」
「全然全くこれっぽっちも分からん」
「えーーーー、分かんないんですか!?」
「いや、そんな、常識ですけど。みたいな感じで驚かれても困るぜ。そんな概念自体聞いた覚えがねえ。世界は一つだろ?」
スウイの発言にモモカは顔に驚愕を浮かべる。しかし浮かべられた驚愕に物申したいのはスウイの方だ。世の中のあらゆる常識にその考えは該当しない。
「や、やっぱりisekaiだよ。……heikousekaiなんて万国共通のはずだし」
思わずこぼされたモモカの言葉がスウイには一部伝わってこない。それはモモカの翻訳能力に欠陥があるのかそれとも対応する言葉が相手の知識になければ変換できないのか。どちらにせよ完全なる意思疎通はできないということだ。
うなるモモカを放置して思考の旅にスウイは出ていたが、
「詳しく説明するのでもう一度いいですか?」
スウイを見上げて再度の挑戦を申し込む少女に引き戻された。モモカは幼子に教授するように、
「まず世界がある、これはいいですか?」
「ああ、世界があるのは知ってるぜ。つっても世界が二つってのは初耳だけどな」
人差し指を立てて確認するようモモカはスウイに自分の考えを語っていく。できの悪い教え子のごとき扱いに少々不満はあるが未知の事柄を教えられているのでこの扱いは適切かと強引に納得させる。
モモカの問いにうなづきつつ自分の中の常識を述べ認識をすり合わせていく。
「例えばですけど今私は座ってますよね? でも他の平行世界では立って会話をしている可能性があるんです。可能性が分岐することで『もし』の世界が広がっていく。これが平行世界です」
「は? なんだその無理矢理な結論は。ありえねえだろ分岐する世界なんてよ。万じゃすまねえ、億でも足りねえ、無限に世界が広がるとでも言いたいのかよ」
「うん。私達の国、というか世界では平行世界は子供でも知ってる常識でスウイさんにとって私は異世界人ということなんです」
この少女は確信している。世界が無限に分岐するという荒唐無稽な概念を。
揺らぎなき黒瞳に虚を感じれずスウイは困惑する。モモカの出自が曖昧なのは服装と言語から既知のこと。だが想定していたのは僻地の住民だったとか何某かの風習により世俗と切り離されていたなどだ。
異次元の存在などと誰が想像できるのか。常識をことごとく砕くモモカの言い分に目眩さえ起こすスウイは額に手を置き、
「仮に、仮にだ。モモカが平行世界とやらから来たとして、だ。証拠はないのか? お前の発言を裏付ける何かが。でなきゃ容易には信じられねえぜ」
疑惑を突きつけるスウイの瞳を受けモモカはごそごそと鞄をまさぐって、
「これとかどうです? 高校で使ってる教科書なんですけどこんなにきれいな紙そっちの世界にあります?」
取り出されたのはモモカが使っているであろう言語でつづられた一冊の本。庶民の間に普及されているのと大差ない本。
「……ふざけてんならも少し分かりやすくして欲しかったかな、お兄さんとしては。その程度の写本だったら普通にあるんだが?」
「あれ? おかしいな。異世界では文化が遅れてるって聞いたのに」
つぶやかれる不満はこの世界の住民全てを敵に回す言葉だ。自国に思い入れの薄いというか皆無なスウイでさえ若干イラっとした。
「よくわかんねえけどとりあえず馬鹿にされてんのはわかったわ」
唇をひくつかせスウイは抱いた感情を告げた。最初何を言われたのか理解できなかったのか首をかしげるモモカだったが徐々に顔を青ざめさせ、
「違います違います! そういうつもりじゃなかったんです!! 友達が異世界では文化が遅れてるというのがテンプレだって言ってて私馬鹿にするつもりなんて全然……」
「それ全然釈明になってないの気づいてるか? 俺たちの文明が低いと信じるとか全力で馬鹿にしてきてんじゃねえか!!」
「ご、ごめんなさい!!」
はぁ、とスウイは諦めのため息をつく、と同時に一つの結論を下す。モモカを信じるという結論に。魔物がはびこる空間に非戦闘員が一人に戦闘員が一人。質の悪い冗談を言うにはこの状況はいささか厳しすぎるがゆえに。
「いやもういい。平行世界な、信じるわ。そこまで畏まられるとなんも言えねえよ。嘘ついてる感じしねえし」
「すいません、スウイさん」
「もう謝んなくていいから。それよりもモモカ、お前何のスキルを発現してる?」
「sukiru?」
まただ。モモカの翻訳能力は述語は訳せても固有名詞は訳せない。
とはいえ知らぬ間に平行世界や異世界が理解できていたため何らかの条件を満たせば翻訳可能になるとは思うが。
「sukiru、すkiル、sukiる、すきru、すきる、スキる、スキル」
「な!? 急にどうした!?」
モモカが虚空を見上げスキルらしき言葉をしきりにつぶやいている。その様子にスウイは思わず問いを発した。先ほどまで申し訳なさげだった黒瞳に突然意志がみられくなったから。
驚愕で目を見開くスウイの前でモモカは七度のつぶやきを終えると口元を孤に曲げて、
「……スキル。私にスキルがあるんですか!? 教えてくださいスウイさん!!」
「俺が知るかよ! 自分で確認しろ!」
それもそのはずスウイには少女の紡ぐ言葉、というより言語の情報は何一つとして刻まれていないのだから。
「isekaijinnってなんだよモモカ。地面にでもわかりやすく書いてくれよ」
「okkeーーです!!」
「おっけー?」
スウイの疑問に取り合わずモモカは手ごろな枝で土に線を走らせていく。
それにしたってモモカの言語習得の速さが尋常じゃないとスウイは思う。人が言葉を習得するのに最低ひと月はかかるはず。
だというのにモモカはわずか一日未満で日常会話程度なら成立してしまっている。
だからスウイは魔のかかわりを疑わずにいられない。この世の不可解な現象は魔が原因で引き起こされる。スキルだったり魔法だったり神業だったり魔道具だったり、だ。この少女もそれらによって現実を捻じ曲げているのだろう。スウイは軽快に枝を走らせるモモカを頭上から見下ろし考え込む。
じっとスウイが見つめる間にも図面は描かれ出来上がったのは二つの球体、そこに立つ二足の人型。まあ人間だろう。
モモカは見上げるように顔を向け、
「私がいたのはこっち、スウイさんはここ。見ればわかる通りこの二つの星はくっついていません。けど、何かの要因で世界と世界に道ができて私はこの世界に転移させられたと思うんです。どうです、分かりました?」
「全然全くこれっぽっちも分からん」
「えーーーー、分かんないんですか!?」
「いや、そんな、常識ですけど。みたいな感じで驚かれても困るぜ。そんな概念自体聞いた覚えがねえ。世界は一つだろ?」
スウイの発言にモモカは顔に驚愕を浮かべる。しかし浮かべられた驚愕に物申したいのはスウイの方だ。世の中のあらゆる常識にその考えは該当しない。
「や、やっぱりisekaiだよ。……heikousekaiなんて万国共通のはずだし」
思わずこぼされたモモカの言葉がスウイには一部伝わってこない。それはモモカの翻訳能力に欠陥があるのかそれとも対応する言葉が相手の知識になければ変換できないのか。どちらにせよ完全なる意思疎通はできないということだ。
うなるモモカを放置して思考の旅にスウイは出ていたが、
「詳しく説明するのでもう一度いいですか?」
スウイを見上げて再度の挑戦を申し込む少女に引き戻された。モモカは幼子に教授するように、
「まず世界がある、これはいいですか?」
「ああ、世界があるのは知ってるぜ。つっても世界が二つってのは初耳だけどな」
人差し指を立てて確認するようモモカはスウイに自分の考えを語っていく。できの悪い教え子のごとき扱いに少々不満はあるが未知の事柄を教えられているのでこの扱いは適切かと強引に納得させる。
モモカの問いにうなづきつつ自分の中の常識を述べ認識をすり合わせていく。
「例えばですけど今私は座ってますよね? でも他の平行世界では立って会話をしている可能性があるんです。可能性が分岐することで『もし』の世界が広がっていく。これが平行世界です」
「は? なんだその無理矢理な結論は。ありえねえだろ分岐する世界なんてよ。万じゃすまねえ、億でも足りねえ、無限に世界が広がるとでも言いたいのかよ」
「うん。私達の国、というか世界では平行世界は子供でも知ってる常識でスウイさんにとって私は異世界人ということなんです」
この少女は確信している。世界が無限に分岐するという荒唐無稽な概念を。
揺らぎなき黒瞳に虚を感じれずスウイは困惑する。モモカの出自が曖昧なのは服装と言語から既知のこと。だが想定していたのは僻地の住民だったとか何某かの風習により世俗と切り離されていたなどだ。
異次元の存在などと誰が想像できるのか。常識をことごとく砕くモモカの言い分に目眩さえ起こすスウイは額に手を置き、
「仮に、仮にだ。モモカが平行世界とやらから来たとして、だ。証拠はないのか? お前の発言を裏付ける何かが。でなきゃ容易には信じられねえぜ」
疑惑を突きつけるスウイの瞳を受けモモカはごそごそと鞄をまさぐって、
「これとかどうです? 高校で使ってる教科書なんですけどこんなにきれいな紙そっちの世界にあります?」
取り出されたのはモモカが使っているであろう言語でつづられた一冊の本。庶民の間に普及されているのと大差ない本。
「……ふざけてんならも少し分かりやすくして欲しかったかな、お兄さんとしては。その程度の写本だったら普通にあるんだが?」
「あれ? おかしいな。異世界では文化が遅れてるって聞いたのに」
つぶやかれる不満はこの世界の住民全てを敵に回す言葉だ。自国に思い入れの薄いというか皆無なスウイでさえ若干イラっとした。
「よくわかんねえけどとりあえず馬鹿にされてんのはわかったわ」
唇をひくつかせスウイは抱いた感情を告げた。最初何を言われたのか理解できなかったのか首をかしげるモモカだったが徐々に顔を青ざめさせ、
「違います違います! そういうつもりじゃなかったんです!! 友達が異世界では文化が遅れてるというのがテンプレだって言ってて私馬鹿にするつもりなんて全然……」
「それ全然釈明になってないの気づいてるか? 俺たちの文明が低いと信じるとか全力で馬鹿にしてきてんじゃねえか!!」
「ご、ごめんなさい!!」
はぁ、とスウイは諦めのため息をつく、と同時に一つの結論を下す。モモカを信じるという結論に。魔物がはびこる空間に非戦闘員が一人に戦闘員が一人。質の悪い冗談を言うにはこの状況はいささか厳しすぎるがゆえに。
「いやもういい。平行世界な、信じるわ。そこまで畏まられるとなんも言えねえよ。嘘ついてる感じしねえし」
「すいません、スウイさん」
「もう謝んなくていいから。それよりもモモカ、お前何のスキルを発現してる?」
「sukiru?」
まただ。モモカの翻訳能力は述語は訳せても固有名詞は訳せない。
とはいえ知らぬ間に平行世界や異世界が理解できていたため何らかの条件を満たせば翻訳可能になるとは思うが。
「sukiru、すkiル、sukiる、すきru、すきる、スキる、スキル」
「な!? 急にどうした!?」
モモカが虚空を見上げスキルらしき言葉をしきりにつぶやいている。その様子にスウイは思わず問いを発した。先ほどまで申し訳なさげだった黒瞳に突然意志がみられくなったから。
驚愕で目を見開くスウイの前でモモカは七度のつぶやきを終えると口元を孤に曲げて、
「……スキル。私にスキルがあるんですか!? 教えてくださいスウイさん!!」
「俺が知るかよ! 自分で確認しろ!」
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
6
-
-
149
-
-
267
-
-
0
-
-
124
-
-
24251
-
-
157
-
-
159
-
-
1168
コメント