軌跡を奪われし村人は、復讐に身をゆだねない

否石

第六話    【コミュニケーションの難渋】

「モモカ……」


 モモカ、聞いたこともない名前。だというのにスウイはその名前からアキトを連想させた。一文字とて合致しない名前がなぜ忌まわしきゴミを想起させたのか。
 自分の心の内が分からず目線を下げ考え込む。
 しかしそれは一対一での会話中にすることではなかった。


「すうい? gjghkじhkl?」


 不安そうに眉を下げたモモカから声がかけられた。
 モモカの口から紡がれた声もどこか震えていたように感じてスウイは内心で少し反省。


「なんでもねえよ。つってもお前……いやモモカには伝わんねえだろうが。」


 ナナイシ語未収得のモモカと意思疎通は困難極まる。
 だが申し訳なさそうなスウイの顔を察してかモモカは笑みを作った。互いの性質をわずかにではあるが共有しスウイはモモカに質問する。
 すなわち一緒に来るかどうかだ。


「モモカどうする、一緒に来るか?」


 言葉と同時にモモカの手を引き、首をかしげる。
 モモカは最初何が言いたいのかわからないのか呆然と立ちすくんでいたが、ハッと顔を輝かせ力いっぱい頷いた。


「そっか。つっても飯も水もないこの状況で無作為に歩き回っちゃあ二日と持たねえけどな。どうすっかねー」


 これまでは、ひたすら西に向かい森を抜けるという『ステータス』に強化された肉体でのごり押しの予定だったが、同行者が増えたことで状況が変わった。
 見る限りその肉体は脆弱そのもので戦闘に身を預ける者とは思えない。多く見積もってもランク一後半であろう。であれば今までの最低未満の飲食といった無茶はきかなくなる。


 想定していた強行では現れる獣を食料に、道すがら見つかるはずの水でのどを潤す算段だった。
 だが人が増えたことで必要量は単純計算で二倍になる。くわえて、モモカは初対面のスウイの前で涙するなど、警戒心まるでがなかった。
 旅の途中で遭遇した者は皆、相手の出自がわかるまでは絶対に気を許さないものなのに、だ。したがって、モモカには旅の経験がない。
 となるとモモカのために定期的に休憩を挟まねばならず、ランク四のスウイの移動速度にモモカがついてこれるはずもないため足も鈍るであろう。


「ははっ、考えれば考えるほどモモカを連れてくデメリットが膨らんでいくんだけど」


 スウイは半笑いでモモカの扱いにくさに難儀する。
 モモカのスッペクはあらゆる面でスウイに劣る。旅の経験も強さも他者に対する警戒心もすべてがだ。だがスウイはモモカを連れていくことに躊躇はない。


 スウイは眼前で立ち尽くすモモカを見る。平常を装うモモカだがその瞳の奥で狂おしいほどの不安を秘めていた。


 何が不安なのか考えるまでもない。モモカがスウイと同様、『そこ』によって飛ばされたのならモモカは突然見知らぬ地で一人ぼっちになったということ。それは頼るべき人も助かる方法もなにも分からず悲嘆に暮れているということに他ならない。


 涙する少女をわが身可愛さで切り捨て、一人助かる。そんなこと、そんなこと……… 


「――――できるはずねえだろ。」


 気づけば口から思いの丈が漏れていた。ぽつりとこぼすスウイを見てモモカが瞳に疑問を浮かべ問いかける。


「kいjrhgせうぇljfぇwjふぇえdmfrmふぃwfmwkfkmfg? あkmd!! すうい」


 声に込められた感情が疑問から羞恥に移り変わった。
 その感情の変遷が何を意味するかは知らないが赤く染まった頬を見るにこっぱずかしいことでも言ったんだろ。
 スウイの考えをよそにモモカは気恥ずかしさゆえか慌てふためき次いで何かを察し安堵のため息を漏らす。
 それがどこかおかしくてスウイは思わず口元が緩んだ。


 そんなスウイにモモカは火照った顔をうつむかせ、スウイに殴りかかる。ポカポカとされるがままになるも、腕をぶんぶんと振り回し全く腰の入っていない拳はどこかコミカルでより一層スウイの笑いを誘う。
 十発ほど殴り、どうだ、参ったか!とでも言うようにモモカは口角を吊り上げうつむけた顔を戻す。
 しかしそこには何ら変わらず、むしろ先ほどより笑みを作るスウイが。


「すうい!!」


「あぁ悪かったよ。笑ったりして、……フフッ」


「むーーーーー!!」


 絶えず笑みを漏らすスウイにモモカは頬を膨らませプイっとそっぽを向く。
 その態度がスウイの笑みを呼んでいるのだがモモカは全く気付いていないらしい。


「かわいいやつ。けどそれじゃあダメなんだがな……っと」


 スウイはすねるモモカのつややかな黒髪をかき乱す。不満げな顔は一瞬にして崩れ、目を白黒させる。モモカは、私怒ってます!!のポーズをやめ、何らかの抗議を口にするもスウイは泰然と構え言い放つ。


「……すねるとか怒るとかそんな贅沢なこと暖かいお家でしてろ。じゃないと……死ぬぞ」


 スウイは歓談の最中も常に周囲を警戒し隙をさらさない。弱肉強食の森で一瞬でも気を抜けば即、死につながるのだから。故にスウイはモモカにも最低限、周りに目を光らせてほしかった。たとえ、敵の襲来に対処できなくとも一パーセントでも生存の可能性を上げてほしかった。


 しかし万感の願いを込められたスウイの警告はモモカに混乱をもたらしただけで終わった。数舜前までの笑みとは打って変わった真剣な声と眼差しにモモカは理解及ばず呆然とするのみ。


 互いの考えを共有できない現状にスウイはため息をつき懊悩する。モモカと歩を並べ、道を行くなら一つまみ程度の言葉をそろえるべきかと。

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