軌跡を奪われし村人は、復讐に身をゆだねない
第三話 【足蹴にされる願い】
普段は慈愛を宿す黒瞳を烈火に染め上げピアルリアは思いの丈をぶちまける。
「なぜよりにもよって貴方なのですか!! スウイ様の調停がなければラスト様の国は無益に戦線を拡大し何万もの犠牲者を出していたはずです!! 恩を仇で返すおつもりですか!!」
「違う…! あたしはスウイを犠牲にはできないと言っている………!! アキトを死なせるつもりはない……!!」
ラストはスウイを生贄に万事解決なんてことにしたくはなかった。
七年の拘束の末の消滅などあまりにあんまりだから。
「先ほどからアキト、アキトと! あの魔王の発言を信じるおつもりですか。先も申した通りそれはあってはならないのです。スウイ様が魂のみの存在だったなど!!」
猛るピアルリアにラストの脳は違和感を訴える。
普段の彼女はおとなしく冷静で思慮深い。
ここまでの怒気をあらわにする彼女を今まで見たことがなかった。
なぜなぜなぜ、沈む思考の中で一筋の可能性が見えた。
「………できない、と言った。それは本当の意味でできない? 意志ではなく能力の問題として?」
「………はい、おっしゃる通りです。『反魂の祈り』は不慮の事故で抜け出た魂を元に還すための神業ですので……。」
数秒沈黙しラストはスウイの前から退いた。
急に矛盾極まる行動をするラストにピアルリアは眉を顰め
「……なぜ、いまになって」
「あたしはスウイを信じる。ピアの言が正しいなら神業は必ず失敗する。」
まるで今気づいたとでもいうように目を見開くピアルリア。いや実際に今気づいたのかもしれない。
その結果はあまりに救いがなさ過ぎて無意識に思考を停止していたのだろう。
ピアルリアはラストに返答せず、彼の大切な幼馴染たちに目を向ける。
リアは瞳の焦点があっておらずリーシアはこぶしを血がにじむほど握り締め、余裕がかけらも見当たらない。
フッと吐息を一つ、二人から視線を切りピアルリアはスウイの前にしゃがみ、目を閉じる。
そして厳かに祝詞を告げる。
「……『反魂の祈り』」
祈りと共に何かを包んでいたピアルリアの手が荘厳な光を放つ。光は球状をかたどり、スウイの胸に飛んでくる。
スウイは抵抗しなかった。この身が掛値なくスウイのものという絶対の自信が、今もスウイを信じるラストの眼差しが逃げるという選択肢を選ばせない。
光球がスウイの胸にめり込む。
他者が自分に侵食しようとするおぞましさに身の毛がよだつ。
震える自分を奮い立たせるためスウイは叫ぶ。
「これは俺の体だ!もうお前に友達も恋人も何もかも奪わせねえ!!いいかげん、自分が死んだことを認めやがれ!!!」
スウイの叫喚と同時、光球―――アキトの魂は弾かれる様に飛んでいき闇に消えた。
皆が言葉を忘れたように沈黙する。
しかし衣擦れの音さえしない無音の世界は号哭によって閉ざされる。
それは言葉ではなく嗚咽、それもあまたの感情を煮詰めて吹きこぼれんとする熱を感じた。
焦燥にかられスウイは声の主に視線を向ける。
視線の先は瞳に涙をためるリアだった。
「……えっと、リアこれでわかったろ。あいつは偽物で本物は俺。だからリア、えっと……また俺と一緒に……」
傍観しか許されないスウイに彼らの絆は猛毒だ。
心を傷つけ、むしばみ、損なわせる。怒りを覚えた、憎しみも殺意だって! ……でもそれ以上に羨望を抱いた。胸に宿る負の感情の源は全て羨望からだった。
だからやり直そうと失ったものを再び手にするために手を差し伸べた。
……しかし願いは無残にも切り捨てられた。
「なんで彼が消えるんだよ! なんで残ったのがお前なんだよ!! リアはお前なんか出てきて欲しくなかった!! そのまま消滅すればよかったのにリア達をしっちゃかめっちゃかにかき乱して!! リアにとってお前こそがアキトだ!! お前が偽物だ!!!」
絶対的な拒絶の言葉にスウイは二の句が継げない。七年の歳月は思いのほか重く、事情が理解ればきっと大丈夫という甘い展望は砕け散った。
こちらをにらみつけるリアの瞳に瞋恚がにじむ。
初めて、そうスウイの11年とアキトの7年を含めて初めてのリアの苛烈な視線に耐えられずスウイは目をそらした。
変わりに映りこんできたのはリーシアで彼女の瞳に憎悪はなかった。が、そっとスウイから目をそむく。
それがスウイへの答えなのだろう。
……不思議と怒りも憎悪も生まれなかった。
それらに代わって在ったのは納得と孤独。
この七年彼らは本当に楽しそうで。苦境も逆境も乗り越えて彼らが育んだ絆は重くて、強くて。
………そこに余人が入り込んじゃいけなかった。
……そうか、まだ俺は独りだったんだな。
これから独りで飯を食べて
独りで散歩をして
独りで修練して
独りで調理して
独りで生きて
独りで死ぬ
憤怒はなくともショックはでかく自己憐憫が加速度的に膨らんでいく、が唐突に思考が切り取られる。
「………待て、ありゃなんだ?」
スウイの焦点はアキトの魂が消え去った場所に合わさっている。
「確かに。あれ、なに?」
応じるラストはその場所の異様さに気付いたようだ。『そこ』にあるのは闇、しかしその表現も正確ではない。
茫々と燐光をまとう壁は『ステータス』で強化された人間にとって見えないことはあり得ない。
だが『そこ』には闇がある。何者も見通せぬ闇そのものが。
「………ス、ー、スーだ!! あの奥でリアを待ってるんだ!!!」
先ほどまでスウイをにらんでいたリアは唐突に確証なき理論を展開させ、ふらりふらりと『そこ』に近寄っていく。
ただならぬリアに戦慄するのはスウイだ。
………待て待て待て。…違うだろ、そこはそうじゃねえだろ。
本能で感じる危機感、見れば周囲の誰もが冷や汗を流し一様に警戒している。
しかしリアだけは迷わず突き進んでいく。
アキトを失うという次元を超える衝撃が本能を鈍らせたのか。
得体のしれない恐怖で誰も近寄ろうとしない。
彼らがただ見つめる間もリアはゆっくりと、だが確実に『そこ』に向けて進んでいく。
ここでスウイがリアを助ける理由はない。
七年の空白を水に流すべく差し出した手は打ち払われ心えぐる罵倒も喰らわされた。
さしずめ恨みはあっても親愛は失われたはずだ。だというのにどうしてこの身はリア目掛け歩を進めているのだろう。
危ないだけだ、拒絶されるだけだ、心傷つくだけだ、否定の意志は数知れず。
救う理由など一つとして存在しない。
だがそれでもスウイの足が止まらないのは、きっと敵だろうと味方だろうと思わず手を差し出してしまうほどの大馬鹿野郎だからだ。
己の矛盾に苦笑をにじませスウイはリアを抱きとめ、
「止まれ!! リア!!! そこに行っちゃだめだ!! 知らないけどなぜかわかるんだ! 本能でわかるんだ! だから……!」
「リアがスーに会うのを邪魔しないで!!!」
拘束するスウイをリアは体をよじることで振りほどく。
だがランク8の力は尋常でなく、遠心力の加わったスウイの体は『そこ』に向けて吹っ飛んでいく。
緩む時の流れにスウイは己の行いを後悔しなかった。結果は最悪だが自分の意志で行動するとは絶望の七年間で抱き続けてきたスウイの願いだから。
満足げに目を閉じたスウイは慣性に従い地面と水平に直進。その過程で『そこ』に指先を触れさせアキト同様、闇に消えた。
「なぜよりにもよって貴方なのですか!! スウイ様の調停がなければラスト様の国は無益に戦線を拡大し何万もの犠牲者を出していたはずです!! 恩を仇で返すおつもりですか!!」
「違う…! あたしはスウイを犠牲にはできないと言っている………!! アキトを死なせるつもりはない……!!」
ラストはスウイを生贄に万事解決なんてことにしたくはなかった。
七年の拘束の末の消滅などあまりにあんまりだから。
「先ほどからアキト、アキトと! あの魔王の発言を信じるおつもりですか。先も申した通りそれはあってはならないのです。スウイ様が魂のみの存在だったなど!!」
猛るピアルリアにラストの脳は違和感を訴える。
普段の彼女はおとなしく冷静で思慮深い。
ここまでの怒気をあらわにする彼女を今まで見たことがなかった。
なぜなぜなぜ、沈む思考の中で一筋の可能性が見えた。
「………できない、と言った。それは本当の意味でできない? 意志ではなく能力の問題として?」
「………はい、おっしゃる通りです。『反魂の祈り』は不慮の事故で抜け出た魂を元に還すための神業ですので……。」
数秒沈黙しラストはスウイの前から退いた。
急に矛盾極まる行動をするラストにピアルリアは眉を顰め
「……なぜ、いまになって」
「あたしはスウイを信じる。ピアの言が正しいなら神業は必ず失敗する。」
まるで今気づいたとでもいうように目を見開くピアルリア。いや実際に今気づいたのかもしれない。
その結果はあまりに救いがなさ過ぎて無意識に思考を停止していたのだろう。
ピアルリアはラストに返答せず、彼の大切な幼馴染たちに目を向ける。
リアは瞳の焦点があっておらずリーシアはこぶしを血がにじむほど握り締め、余裕がかけらも見当たらない。
フッと吐息を一つ、二人から視線を切りピアルリアはスウイの前にしゃがみ、目を閉じる。
そして厳かに祝詞を告げる。
「……『反魂の祈り』」
祈りと共に何かを包んでいたピアルリアの手が荘厳な光を放つ。光は球状をかたどり、スウイの胸に飛んでくる。
スウイは抵抗しなかった。この身が掛値なくスウイのものという絶対の自信が、今もスウイを信じるラストの眼差しが逃げるという選択肢を選ばせない。
光球がスウイの胸にめり込む。
他者が自分に侵食しようとするおぞましさに身の毛がよだつ。
震える自分を奮い立たせるためスウイは叫ぶ。
「これは俺の体だ!もうお前に友達も恋人も何もかも奪わせねえ!!いいかげん、自分が死んだことを認めやがれ!!!」
スウイの叫喚と同時、光球―――アキトの魂は弾かれる様に飛んでいき闇に消えた。
皆が言葉を忘れたように沈黙する。
しかし衣擦れの音さえしない無音の世界は号哭によって閉ざされる。
それは言葉ではなく嗚咽、それもあまたの感情を煮詰めて吹きこぼれんとする熱を感じた。
焦燥にかられスウイは声の主に視線を向ける。
視線の先は瞳に涙をためるリアだった。
「……えっと、リアこれでわかったろ。あいつは偽物で本物は俺。だからリア、えっと……また俺と一緒に……」
傍観しか許されないスウイに彼らの絆は猛毒だ。
心を傷つけ、むしばみ、損なわせる。怒りを覚えた、憎しみも殺意だって! ……でもそれ以上に羨望を抱いた。胸に宿る負の感情の源は全て羨望からだった。
だからやり直そうと失ったものを再び手にするために手を差し伸べた。
……しかし願いは無残にも切り捨てられた。
「なんで彼が消えるんだよ! なんで残ったのがお前なんだよ!! リアはお前なんか出てきて欲しくなかった!! そのまま消滅すればよかったのにリア達をしっちゃかめっちゃかにかき乱して!! リアにとってお前こそがアキトだ!! お前が偽物だ!!!」
絶対的な拒絶の言葉にスウイは二の句が継げない。七年の歳月は思いのほか重く、事情が理解ればきっと大丈夫という甘い展望は砕け散った。
こちらをにらみつけるリアの瞳に瞋恚がにじむ。
初めて、そうスウイの11年とアキトの7年を含めて初めてのリアの苛烈な視線に耐えられずスウイは目をそらした。
変わりに映りこんできたのはリーシアで彼女の瞳に憎悪はなかった。が、そっとスウイから目をそむく。
それがスウイへの答えなのだろう。
……不思議と怒りも憎悪も生まれなかった。
それらに代わって在ったのは納得と孤独。
この七年彼らは本当に楽しそうで。苦境も逆境も乗り越えて彼らが育んだ絆は重くて、強くて。
………そこに余人が入り込んじゃいけなかった。
……そうか、まだ俺は独りだったんだな。
これから独りで飯を食べて
独りで散歩をして
独りで修練して
独りで調理して
独りで生きて
独りで死ぬ
憤怒はなくともショックはでかく自己憐憫が加速度的に膨らんでいく、が唐突に思考が切り取られる。
「………待て、ありゃなんだ?」
スウイの焦点はアキトの魂が消え去った場所に合わさっている。
「確かに。あれ、なに?」
応じるラストはその場所の異様さに気付いたようだ。『そこ』にあるのは闇、しかしその表現も正確ではない。
茫々と燐光をまとう壁は『ステータス』で強化された人間にとって見えないことはあり得ない。
だが『そこ』には闇がある。何者も見通せぬ闇そのものが。
「………ス、ー、スーだ!! あの奥でリアを待ってるんだ!!!」
先ほどまでスウイをにらんでいたリアは唐突に確証なき理論を展開させ、ふらりふらりと『そこ』に近寄っていく。
ただならぬリアに戦慄するのはスウイだ。
………待て待て待て。…違うだろ、そこはそうじゃねえだろ。
本能で感じる危機感、見れば周囲の誰もが冷や汗を流し一様に警戒している。
しかしリアだけは迷わず突き進んでいく。
アキトを失うという次元を超える衝撃が本能を鈍らせたのか。
得体のしれない恐怖で誰も近寄ろうとしない。
彼らがただ見つめる間もリアはゆっくりと、だが確実に『そこ』に向けて進んでいく。
ここでスウイがリアを助ける理由はない。
七年の空白を水に流すべく差し出した手は打ち払われ心えぐる罵倒も喰らわされた。
さしずめ恨みはあっても親愛は失われたはずだ。だというのにどうしてこの身はリア目掛け歩を進めているのだろう。
危ないだけだ、拒絶されるだけだ、心傷つくだけだ、否定の意志は数知れず。
救う理由など一つとして存在しない。
だがそれでもスウイの足が止まらないのは、きっと敵だろうと味方だろうと思わず手を差し出してしまうほどの大馬鹿野郎だからだ。
己の矛盾に苦笑をにじませスウイはリアを抱きとめ、
「止まれ!! リア!!! そこに行っちゃだめだ!! 知らないけどなぜかわかるんだ! 本能でわかるんだ! だから……!」
「リアがスーに会うのを邪魔しないで!!!」
拘束するスウイをリアは体をよじることで振りほどく。
だがランク8の力は尋常でなく、遠心力の加わったスウイの体は『そこ』に向けて吹っ飛んでいく。
緩む時の流れにスウイは己の行いを後悔しなかった。結果は最悪だが自分の意志で行動するとは絶望の七年間で抱き続けてきたスウイの願いだから。
満足げに目を閉じたスウイは慣性に従い地面と水平に直進。その過程で『そこ』に指先を触れさせアキト同様、闇に消えた。
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