軌跡を奪われし村人は、復讐に身をゆだねない

否石

第一話    【魔王戦の全貌】

 時は少々さかのぼり、アキトたちによる最後の猛攻の直前。
 怪物は自分が脅かされている事実に不可解さを感じざるを得なかった。
 この獲物は脆弱だ。この獲物は貧相だ。この獲物は劣弱だ。


 なのになぜ我が肉が失われるのか!


しかたなく群れる奴らの内このステージに立つにふさわしくない雑魚が一体。まずはそれから殺そうと、かるく砂の触手を伸ばすが、――――かわす、かわす、かわす――――、一向に当たらない


 雑魚の分際で生意気な!意地でもこの触手で殺してやる!!と息巻いた。
 だがもうそんなことを言っている場合ではないらしい。いやそれを言うなら最初の一撃で気づくべきだった。


 ――――奴らは獲物ではなく敵であると――――


 己を最強と自負するアイリックは戦闘に一つの矜持を持つ。その矜持とは『獲物』に本気を出さないこと。


 あの生物はわが砂を殺す
 ・・・これが雑魚・・・?
 あの生物はわが砂の鞭をたやすくかわす
 ・・・これが雑魚・・・?


 ・・・否!!! 否!否!断じて否である!!


 あれは『敵』だ。気配は薄弱で脅威と認識できない、だがその強さは眼前の小蠅の誰よりも脅威だった。故に魔王は『戦闘』を開始する。


 ピアルリアの考えは正しかった。死ににくいだけで他に特筆すべきものは何もない。そんな雑魚が魔王であるはずがない。想像すべきだった、魔王が弱い原因を、例えば『油断』していたから、とか。


 魔王は己に架していた一つの縛りを解いた。 そもゴブリンと並び蔑称されるアイリックがなぜ魔王になど至れたのか。その理由の一つがこの個体にのみ存在する特殊技能。


  特異な魔力を砂の体に流し、対象と接触させ肉体を精神を魂を凌辱する。己の領域を侵犯され、その在り方を見失った魂は傍らに寄り添う別の魂を規範とする。つまりは、全てをアイリックに置換されるのだ。


 この禁じ手を行使し、魔王はさらに確信を深める。
 接触して気づいた奴の強靭な筋肉、揺るがない精神、媚びぬ魂、総じて一級品で一向に魂を染められない。 だが、どこか腑に落ちない。そして気づいた、魂と肉体のか細いえにし。なぜそこまで貧弱なえにしなのかはわからない、しかしそれが奴、最大の弱点とおのずと察する。ならばそれを利用するのに躊躇いはないと即座にえにしを引きちぎり空の器に潜り込んだ。


***   ***   ***


 空は透き通るような碧を染み込ませ、時折心の純真さを想起させる真っ白な雲が浮かんでいる。 大地には星の力強さを感じさせる土ではなく、茶色く濁った汚水がただ静かにあった。


 汚水にたたずむ青年が一人、まっすぐ前方を見据えている。視線の先には砂の塊が。男は胸に浮かんだ感慨をかみしめるように独白する


「正直、お前には何も期待してなかった。あいつは緊張してたみたいだがまたいつも通り解決させると思ってたんだ。そりゃそうだよな。一介の村人が貴族の政治を正し、聖女を救い、国と国との戦争さえ収めてみせたんだ。できないことがあると考えるほうがおかしい。・・・けどあいつにもあったんだな、できないことが。」


 水の上で黄昏る男、スウイは苦節七年の年月に想いを馳せる。決して軽いものではなかった。つぶれるほどに重かった。実際、素直に他者を信ずる気持ちは失われた。


「お前には感謝してるんだ。奴は決してこの世界に入ろうとはしなかった。此処は俺の世界、心を映す鏡の世界、心象世界だ。此処でなら絶大な力を持つアキトとも十分に戦える。といっても五分五分だがな、俺のランクは4、相手は10。この全てが俺に味方する世界でもこのランク差じゃあ厳しかった。けどあいつは逃げたんだ。この身の絶対の掌握より安全を取った。とんだ臆病者さ。」


 アキトは感じていた。たとえ、表層では知らなくとも心の奥底ではスウイが戦いを挑んでいることに。気づいたうえで背を向けた。命の取り合いから尻尾をまいて逃げ去った。


「そしたら俺の代わりにおまえがアキトを消し去った。うす汚れた寄生虫を駆除してくれた・・・!!およそ七年の願いが漸く叶った!涙が、止まらない・・・!!」


 込み上げる歓喜に言葉の通り涙が出た。身震いする挙動が、感動の大きさを表現する。


「・・・だから一つ提案だ。素直に俺の世界から出ていってくれないか?俺も恩人を殺すことは忍びないんだ。」


 偽らざる心中からの願い。裏切った恋人より、妄言を吐く古い友人より、気づいてくれない誰かより、よほど親しみを感じる恩人に胸の内を吐露する。


 果たして恩人は砂の触手を刃に変えることで答えた。


「・・・そっか・・・。じゃあ、俺のために死んでくれ・・・!!」


 スウイの言葉を皮切りにアイリックは百の砂刃を叩き込む。
が、スウイはで応戦する。ズドドドドドドドドド、抵抗する間もなく千の刃で無慈悲に貫いた。


「最初に言ったろ?ここは俺の世界だってこの場にある水も空も空気さえ俺の意のままだ。けど、お前も存外やばいな、今ので死なないなんてよ!!」


 千の刃で粉微塵にされた砂粒たちが刻一刻と一つにまとまろうとする。
バラバラのぐちゃぐちゃにしても再生する怪物にスウイは口元を吊り上げ凶悪な笑みを形作る。


「お前は知らないだろうが、俺はお前をずっと見てた・・・。・・・でかいなー、その体・・・。でも、おれぁ知ってんだぜ・・・?今おまえが五分の一以下に縮んでいることも・・・!なんでちっちゃくなっちゃたのもなーー!!確か、砂を結び付けないほど遠くに吹き飛ばす・・・だったかぁ・・・?」


 とびきり邪悪な微笑みと共に怪物を指さし軽く下に振って見せた。
 指の動きと連動してゴゴゴゴゴゴゴッとすさまじい音を鳴らし水面が割れていく。怪物はとっさに砂の触手を伸ばし水に掴まろうとするも、先と違いただ水を撫でるのみ。


「さっき言ったろう?この世界は俺が法だ!!水の性質だって自由自在なんだよ!!!」


 スウイはおもむろに指をスナップした。途端、燃え盛る汚水。


「じゃあな、恩人。燃える水できれいにして冥土に送ってやるよ」


 水が怪物を飲み込んだ後ゆっくりとスウイを中心にして回転しだす。十五分も待つとその世界にスウイ以外の気配は消失した。ふぅ、ため息をつくスウイに同調してピシッピシという音と共に空間が剥がれ落ちてゆく。空が水が雲が闇に塗りつぶされてゆく。


「心象世界にいる意味もなくなった。俺は現実に帰還する。・・・ついにあいつらと対面か・・・。何を言えばいいのかな・・・?それともアキトの振りをして暗殺する・・・?」


 スウイは友人たちに対していまだに心が定まっていない・・・。あふれる憎悪、一抹の切なさ、相反する感情が同居している


「・・・まぁ、会ってみてわかることもあるか・・・。」
 答えの出ない問いかけにスウイは解答を先送りした



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