軌跡を奪われし村人は、復讐に身をゆだねない

否石

プロローグ  【努力の結末】

 燦々さんさんと輝く太陽があまねく大地を照りつけ、農作業に従事していた村人は、あまりの暑さに天を仰ぐ。滝のように皆が汗を流す中、俺―――スウイ・セルリカの簒奪者アキトは瞳に憤怒を宿し走り抜ける。


「死ね! 殺してあげるから!!」


「うおおおおおお!! ンなこと言われて止まるやつがあるかああ!!!」


 ボルグが必死の形相で駆けている。
 鈍重そうな筋肉をこれでもかとつけよく走れるものだと周囲の村人たちはあきれ顔だ。
 そのすぐ後ろ、手を伸ばせば届きそうな距離で、スウイが眉を吊り上げ追いすがっていた。
 つまりはいつもと変わらぬスウイ・セリアカである僕の故郷、コーラン村である。 


 事の始まりは今より少しさかのぼる。




***   ***   ***   ***   ***




 いつもと同じ昼下がり村のはずれにある空き地でアキト達はだべっていた。


「なあ! スウイ~~今日は何の日か覚えてるか~?」


 ボルグがニヤニヤと癪に障る顔で話しかけてきた。
 眉をピクリと動かすが、それでもなお泰然とアキトは口を開く。


「……ちゃんと覚えてるよ。忘れてない」


 と、憮然とした態度で答えた。


 その返答にこみあげる笑いを、隠そうともせずにボルグは言う。


「だよな~! そ~だよな~! なんたって、今日コータン村に来るのはかわいいかわいいリーシアちゃんだもんな~!!」


 額に青筋を浮かべるアキト。
 ボルグの語ったリーシアとは、スウイの幼馴染兼恋人である少女の名前だ。なぜボルグがスウイとのリーシアとの関係性を、把握しているかというと何のことはない。コーラン村ほど田舎では誰と誰が恋仲かなんて、退屈な田舎町では格好のネタ。一たび誰かにもれれば、瞬く間にうわさが駆け巡るのだ。広がっていくのだ。
 恐るべきは暇を持て余した奥様方の井戸端会議である。 
 例にもれずボルグもスウイ達の恋仲を知り、抑えきれぬ嗜虐心のまま朝からアキトにちょっかいをかけていたのだ。




 度重なるボルグの挑発に唇をひくつかせ、アキトは堪忍袋の緒を必死につなぎ止めボルグに苦言を呈す。


「ねえ、いい加減にしてくれる? 今朝から何度も何度も」


「えっ? なんのこと? あっもしかして愛しい愛しいリーシアちゃんのことか~?」


 ぶちッ何かがきれるおとがした。
 アキトは無言でこぶしを振り上げた。


「どっわ! あぶねえ なにしやがる!!」


 上体をのけぞらせて間一髪こぶしを躱したボルグ。空を切る鉄拳にもボルグの文句にも、頓着せずアキトは顔をうつむけぼそぼそと唇を波打たせる。


「……うっざいんだよ」」


 アキトのただならない様子に焦りで上ずる舌を落ち着かせ、ボルグはアキトを宥めにかかる。


「やっ、悪い。そんなに怒るとは思わなくてよ。許してくれ? な?」


 両手を顔の前で合わせて平謝りをする。


「じゃあ、右脳か内蔵」


「ん?」


 意味が分からずきょとんとするボルグ。


「だから、右脳か、内臓って言ってるんだけど?」


 ユラユラと腕をぶら下げ、普段はきらめいている紫瞳を黒く染め上げ、アキトはたじろぐボルグをにらみつけた。


 ボルグのアキトに媚を売るかのように、眦を下げていた瞳が交差する。途端あらゆる物を置き去りに身体を反転、ボルグは逃走する。


「おい、待て! 謝罪しろよ、右脳か内蔵で謝罪しろよ!!」


 錯乱し、絶叫するアキト。


「それ許されてないぞ!!脳みそも、内臓も、どっちか欠けたら死ねるから!!」


 たまらず叫んだゴルグ。横からアーカインの声が飛ぶ。


「ボルグ、肺だ! 肺なら二つあるから一つもいでも問題はない!!」


「大ありじゃー! ボケー!!」


「どっちも頑張るなんなー!」


 アーカインの的外れな助言にツッコミをしつつ、アキトとボルグはリアの応援を背にして、はるか彼方に走り去っていった。


 ボルグが馬鹿をやり、スウイが怒り、アーカインが助言とも取れない、ずれた回答をし、リアが周囲に愛嬌をふりまく。そんないつもの日常がそこにはあった。


 そこにスウイはいないのに。


 自分がいなくても回る日常にアキトに寄生されてからのここ数日、スウイの心は鈍い痛みを訴えていた。
 しかしスウイもただ自分の境遇を嘆いていただけではない。
 誰にも気づかれない中スウイは待っていた。
 状況を覆しうる人物。
 ひと月に一度ほどの頻度で、このコータン村に遊びに来るリーシアを。


 また、リーシアが来るまでの数日スウイもただ待つだけではなかった。
 身体を奪われてから睡眠をとる必要がなくなり、日夜魔力の強化に励んでいた。
 魂の奥深く深層領域で形なき魔力を練り拡散させ絞り出す。魂が延々と続く苦難に悲鳴を上げ幾度もマインドダウンを引き起こした。
 スウイの修業は魔法の始祖と名高いエルフさえ試みないであろう程の過酷そのもの。
 しかし、スウイのステータスは過酷を紡いでなおアキトの半分にも満たなかった。
 目をそむけたくなる現実にスウイは臍を噛む思いだ。
 袋小路の絶望は今日十回目となるステータス閲覧を実行させる。


真名 スウイ・セルリカ
ランク2
Lv.3
軌跡 1、二人の誓い
HP160
攻撃87
耐久98
敏捷82
魔力131
魔法  NO DATE
スキル NO DATE
加護  NO DATE


 寝る必要のない現状を生かし時間のすべてを魔力の鍛錬につぎ込んだ。
 結果、魔力は急上昇し、過酷な経験を積むことでレベルが8上がりランクアップを果たしていた。
 だが、アキトはスウイ以上にレベルを上げていた。


 ステータスは経験によってレベルを上げる。
 経験とは戦闘だけに限らず、重大な取引や滝に打たれるなどの精神修行、嫁にボコボコにされるなどの精神的な負荷も含まれる。
 しかし戦闘により鍛えられたステータスレベルアップとは関係なく上昇する。


 ただ生活しているだけのアキトのレベルは17から29に増えていた
 この理不尽な成長速度にスウイは心当たりがあった
 思いつくのはひとつ、加護だ
 この世に繁栄と滅びをもたらす審判者、神。
神に加護をたまわると、その神にちなんだ祝福がもたらされる。加護は一柱の神の力を個人にのみ降り注ぐため、いかな神の祝福だろうと人知を超える力が授けられる。
 そしてアキトがもらったのは莫大な信者を持つ救世と平和の神の加護ゆえその効力は絶大のはず。その一つ成長促進があるのはアキトの成長ぶりを見るに確定的だ。
 他にも何かあるとスウイはみている。


 埋まらないどころか引き離されたステータス。
 やはり、リーシアに願いを託すしかないのかとスウイは、ボルグを半狂乱になっておいかけているアキトのなかで思考していた。



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