軌跡を奪われし村人は、復讐に身をゆだねない

否石

プロローグ  【勇者の軌跡】

 ある意味予想どうりといえるかもしれない。
 リーシアとは両親を除いて最も長い付き合いだが、リアだって相当長い付き合いだ。


 スウイの人生の約半分を共に過ごし特別な感情を抱いている。
 そのリアがわからなかったのだ。
 いくら恋人だからと言って、いくら人生の三分の一を一緒に過ごしたからと言って、いくらリーシアの好きな食べ物も好みの花も把握するほど愛していたって、わかるわけがない。


 そんなことはわかっている。だから僕は傷ついていない。当たり前だ。それは、仕方がないことなんだ
 姿は同じ。僕だってわかりはしないだろう
 こんな当然の帰結に頭を悩めることさえばからしい


 ………だから………この胸の痛みも全部、嘘なんだ………!!


 彼女が【彼】に笑いかけたとき胸をうがったあの感情も!
 リーシアが僕以外の人に好きと伝えられ、顔を赤く染めたことに心焦げるほどの激情が噴火したことも!!


全部!全部全部全部!!!………嘘………のはずなんだよーーーーー!!!!!


 擦り切れた心がついに音を立てて壊れていく
 誰にも気づかれないさなか、その望みの全てをリーシア一人に捧げていたスウイ
 リーシアさえ気づきえないと分かったその刹那、スウイはこれからの人生に想いを馳せ、そして絶望した
 もうスウイに関係の深い知り合いはいない
 彼らが気付かないのなら、もうスウイ・セリアカ、の人間性はアキト・カミヤに置換される。


 これから【スウイ】に出会う誰かはアキトの在り方をスウイの在り方と誤認するからだ。
 そうなればもうおしまい
 その誰かにとってはアキトこそがスウイなのだ
 己の現状を他者に伝えられず、元凶のアキトには手も足も出ず、自分の結末を理解したとたん目の前が真っ暗になってくる




 その日スウイの心は死んだ






 記憶を取り戻してからいろいろなことがあった
 アキトが勇者に認定され、その際リーシアとリアは同行を申し入れ、ともに世界中を旅することに。
 それはひとえに愛ゆえか


 悪徳貴族を罠にはめ、領民への過度な税収をやめさせたり、邪神の隠れ家を壊滅され、生贄いけにえにされかけた少女を救出したり、隣国の戦争をとめたりもした


 その時、剣神の申し子と称えられる美姫ラスト・ファン・イトゥルが仲間になった。
 カイティ王国を訪問した時には、悪漢に襲われている女性を助けた
 それがなんと、生と死の神を信仰するライブ教の聖女で救世の旅に同行させてほしいといってきたのだ
断る理由も特になかったため仲間にした


 絶世の美少女であるリーシア、愛嬌があって一緒にいると安心するリア、強くなるためには手段を択ばない紫がかりきりりとした瞳、目も覚めるような銀髪のラスト
 そのストイックさは尊敬できるがいささかやりすぎの嫌いがあるのでいつも目を光らせるようにしている
 ライブ教の聖女であり優しさと強い芯を持った黒髪黒目の少女ピアルリア
 名字は出家した時に捨てたそうだ


 最後に邪神のいけにえにされ、魂が食われかけていた空の妖精エアスピリットである少女
 名前はソラ


 ソラは国に預けてきたはずがその日のうちに脱走。
勇者のうわさを追いかけて追いついてきたのだ
 まだ、十五だというのに末恐ろしい少女だ。


しかし、追いついてきたとき妙なことを言っていた、あなたを絶対に救ける。誓いの通りに。と、俺は彼女と話したのはこれが初めてのはずなんだが
考えても答えは出ず。次あったときに聞こうと思っている。


 現在アキトのパーティーはダンジョンの最深部にいる。
ソラはのランクは6、魔王戦についていくには実力不足が過ぎるので教会に置いてきたのでここにはいない。
ダンジョン深層に魔王が誕生したと平和と救世の神を信仰するセーブクルティア教の司祭が報告に来たのだ。


十一歳のころのアキトは知らなかったが平和と救世の神の加護を手にすると強制的に勇者に任命されるのだ
 アキトも例にもれず勇者に任命された
 あれこれ言う間もなくアキトは教会に連れていかれそうになり、拒否をしたのだがその際、ものすごく驚かれた


 いわく、勇者に選ばれた者は誰一人文句を言はず勇者になった
 というか皆、自主的に教会に来るのだとか


 まあ、おそらく教会が嘘を言っているのだと思う
 誰が今までの生活のすべてを捨てて闘争に身を投じろと言われて納得するのか


 謎の見栄を張らずに正直になればいいのに
 いつも教会が強制的に連れて行ってます!って


 まあ無理か、宗教って嘘も入れないとやっていけないしな。
 救いがあるとうたってもこの異世界、闘争がとても身近なので無念の内に死ぬ人だっているはずだ


 それを馬鹿正直に伝えて誰が入信するのか
 うんうん、と一人うなずいていると横合いから声をかけられた。
「どうされましたか?何か不安でもございますか?」
 ライブ教の聖女ピアルリアが心配そうに声をかけてきた
 「いいや………まあ、そうだ………な 不安だよ俺は。 ちゃんと戻ってこれるのかとか、もう一度ソラに会えるのかとかね」
 初の魔王戦を前に緊張に手が震える
 未来への不安は自然と足取りを鈍らせ顔をうつむかせる
「しゃんとしろ」
 バシッ!背中を思いっきりはたかれた


「いっだあァァ!!誰だ!!!」
「ぼーっとしてるお前が悪い」


叩いたのは剣神の申し子ラスト・ファン・イトゥルだ
「こんな攻撃にも気づかないほど意識散漫 そんなんじゃ魔王に会う前に百は死ねる」
「うっ………!!それは」
「わかったら意識を引き締めて じゃないと守れるものも守れなくなる」
 言われてアキトは今いるパーティの面々を見た
誰一人として失いたくはない


アキトの宝物。


 アキトは自分のことばかりの考えを恥じた。
「ごっごめん、みんな!!自分のことしか考えないで、決戦を前に弱音を吐いて」


「ん 許さない 大いに反省」
 ラストの台詞を皮切りにアキトは自虐する


 そうだよな みんなのほうがよっぽど不安なのに俺は自分のことばっかり こんな奴よりももっと頼りになるやつのほうが・・・


「それは違う」
アキトの胸中の弱音をラストがぶった切った


「もし、スウイが何でもできるスーパーかっこいい奴なら少なくともあたしはここにいない」


「スウイは不器用 できもしないことに挑戦して必ず失敗する でもあなたは絶対にあきらめない ソラの時もそうだったでしょ?」
 邪神の加護持ちを打倒し、いけにえの祭壇にたどり着いたとき、ソラの魂はすでに身体から抜け出ていた
救うには自分自身も魂となり、天に上る魂を連れ戻さなければならない


しかしそれは己をソラと同じく邪神に捧げなければならなかった。


 魂のエキスパートである生と死の神の信者であり聖女でもあるピアでも断念せざるを得なかった危険な行為だ


「だけど、スウイは無謀にも挑戦 そんで失敗 ピアがいなかったら死んでる」
心の命ずるままにアキトは無策で挑み失敗した
ラストの言う通りピアがいなければ死んでいただろう


だがアキトはそのまま周囲の制止を振り切って再度挑戦し見事ソラを救って見せたのだ


「あの時、あたしは思ったよ? 自ら危険に突っ込むあなたを見てたら ああ、この人にはあたしがいないとダメなんだなぁって」
「みんなもそうなんじゃない?」


ばっと周囲を見渡すとみんながこちらを優しく見つめていた


「そっか, じゃあ、いじいじすんのはもうやめだ!!!みんな!魔王を倒して人々を安心させるぞ!!!」
「「「「「おーーーーーーーーーー!!!」」」」」


勇者パーティは結束を強め前に進む。
その先に何が待ち伏せているとも知らずに











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