冴えないワタルは異世界勇者より勇者らしい。

小鳥 遊(ことり ゆう)

虹の向こうへ ~前篇~



 彼女に刺されたナイフは、とても痛かった。


あたりまえだよな。


そりゃ、血が出てるってこともあるけど、そうじゃない。心をえぐられたような痛みだった。


ボクは何を間違えたんだ?
知りたい。だから、ここで死ぬわけにはいかない。


「お前ら、そこをどけぇ!」


彼の周りで囲んで殺そうとするアサシンの集団を振り払い、彼女から受けたナイフを取り出し、傷をかばうように歩きだした。


オーガス・トムゼンは知りたかった。そして彼自身の人生を振り返る。オーガスト・ムゼンとしての人生は虚無だったのかと。


「こうなるなら、あの時勇者に殺されるべきだったのかもな。」


・・・・・・:――――――――――――――――:


勇者の証を持つ女がこっちへ向かっているのか、マ・ゾール様はこんな小娘を危惧しているのか。
私にかかれば、こんなもの、赤子の手をひねるくらいだ。デ・モール、デ・ゾールの敵をとってくれよう。


生きがる私の元へ勇者はやってきた。


勇者は女だった。だからと言って何も感じない、、はずだが、この感じはなんだ?
彼女に見惚れてしまっている、のか? あのきれいな金髪といい、清廉な顔つきと言い、勇者にしておくのが惜しいほどだとも思った。 いや、そんなこと考えている暇などない! 全てはマ・ゾール様のためだ。


勇者は構えだし、私との戦いに挑むのであった。
たわいのない、弱弱しい剣さばきだ。こんな勇者に倒されたとは、あいつらも落ちたものよ。


私は語りかけた


「勇者よ、それで私は倒せんぞ。」


勇者は余裕なそぶりで


「それはどうかしら?」


言葉と行動が一致していない。彼女は虚勢を張っている、おもしろい。
だが、同時に私は彼女を殺す事に躊躇している。マ・ゾール様は殺せとの事だが、私には出来ない。
この感情はなんだ?


考えを巡らせている間に、私は彼女に背後を取られてしまった。


「戦いの最中に、何考えてるの! そんなに私が弱いって言いたいの!?」


その言葉に少しよろめき、慌てて


「違う、ふとお前とは戦いたくないと思ったんだ。」


「嘘。 魔王の言葉なんて信じるわけないじゃない! 両親を殺して、国のみんなを狂わせて、私は絶対に許せない。」


「本当だ。私は今、迷っている。 そうでなければお前など、いつでも殺せる。」


私は何を言っているんだ! こんな小娘に自分の弱みをすんなりというなんて。 これは私の言葉ではない! だが、迷っているのも事実。マ・ゾール様の耳にも、私の迷いなどすぐに入る。


いっそのこと、勇者に殺されよう。


「信じてもらえんだろう。もはや、私もマ・ゾール様にお仕えすることはできない。勇者よ、恨むなら私を殺すがいい。気が晴れるまで、お前のいく先に希望を見つけられるのなら。」


「・・・分かったわ。 あなたを殺す。」


そう言って、彼女は私を切り裂いた。 だが、死んだ感覚がない。 光が見える、わ、私は・・・




「正直、賭けだったけどうまく言ったわね。」


「アエナ、魔王を仲間にして大丈夫か? お、起きたぞ。」


頭が痛い。何があったんだ? ぼくに何が・・・ぼ、く・・・?


ぼくが倒れているのを彼女が助けてくれた。彼女の名はアエナ・マクスウェル。
彼女の話によると、ぼくは魔王としての悪の心は浄化され、善良な魂で形成された人間になったということだ。
そして、さっきまで気づかなかったが、彼女の隣には男がいた。なんとなく嫌いなタイプだと思ったが、屈託のない笑顔で


「カイ・ドレクスだ。よろしく!」


敬礼をするようにシュッと手を顔にかざし、ぼくにあいさつしてくれた。なんとなく癪に障った。


その後も三人で旅を続け、マ・ゾールの元へと進める。旅路の間で、ぼくの彼女への思いが、何なのか理解できた。これは、愛情、そして恋情。彼女への愛は強く増すばかりで、絶対に守りぬくと心に決めた。
だが、この男、カイはじゃまだ。こいつだけは後で排除してやる。


マ・ゾールとの決戦、激戦の末見事勝利。 気持ちと共に世界も晴れやかになった。
だが、彼女はぼくを選ばなかった。彼女は国の英雄となり、伝説となった。そしてカイも彼女の恋人フィアンセとして大きな顔をしている。こんなの間違ってる。ぼくが一番尽くしてきたのに、戦ってきたのに、僕が一番、君を幸せにできるのに・・・!


・・・・・・:――――――――――――――――――:


そしてボクは、悠久の石でもう一度彼女との旅をやり直した。
その結果が、魔王に逆戻り、さらには恩人のアエナにさえ刃を向けられてしまった。


「最悪だ。」


そう呟いてゆっくりと立ち上がる。
空虚の中、忘れ物を取りに行くように山へとむかう。
そうすると、上から落ちるような音と共に、ドスンという音が聞こえてきた。何かと思い、言ってみるとそこにはぐちゃぐちゃになった何かと、そこに倒れ込む人影。


「こいつ、ウガルってやつじゃないか。」


何も考えずに、彼の治療に励んだ。別に良心の呵責がって問題じゃない。ただ、やろうと思っただけだ。
ウガルは魔法での治療に耐え何とか一命を取り留めた。


「なんや、お前も生きとったんか。 悪運の強いやつやな。」


「お互いさまだ。 それより、何があった。」


ウガルはワイバーンの猛攻に対抗したのち、不慮の事故で、ここに落下したことを話した。


「これからどうすんねん。 逃げるんか?」


「いいや、どうやらこの身体にもまだ善意があるようだ。彼女のもとへ向かうよ。」


「そうか、俺も後で行く。 それまで嬢ちゃんをよろしく。」


「お前に言われるまでもない。」


そういって、彼のもとを後にし、ひたすら山を登った。

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