冴えないワタルは異世界勇者より勇者らしい。

小鳥 遊(ことり ゆう)

第29話:決戦 そして光へ

 オーガスとの約束だ。なんとしてでも彼女を守らなければ。月の楯を受け取った僕はアエナを引きよせ、二人でマ・ゾールの気を引く。マ・ゾールは魔力を消耗していたからか、魔法を使わずこちらを力ずくで追い、けしかける。マ・ゾールの手は大きく、禍々しく、鋭かった。だが、近づかれても楯で何とか跳ね返して行く。アエナは僕の後ろで僕を先導してくれている。早く、できてくれ。


遠くにいるオーガスは汗をかきながら宝具に対して呪文を唱えている。火灼の首飾り、悠久の石、恒久の石を利用し、何か生成しているようだ。


 とりあえず、ボクの記憶が正しければ人間に与えられた火灼の火の力と、二つの石の時間の力を合わせることにより、智恵を司る賢者の石ができるはずだ。・・・よし。これは不安定だからしっかりと固定しておこう。


 次は剣だ。アエナとあいつが持ち出した、あいつに借りを作るのはしゃくだがアエナの笑顔と平和のためだ。あいつに任せるしかない。この二つの剣を賢者の石を使って再構築する。


・・・念のために結界を貼っているが、あいつ、大丈夫か?


あいつ、アエナと何とかやってるようだな。だが、損な役割としか言えないな。結局ボクはアエナとは一緒にはなれないようだ。 変なこと考えてる場合じゃない、か。


オーガスは黙々と作業をしている間、ワタルとアエナはひたすらに逃げ回っていた。マ・ゾールは徐々に体力と魔力を取り戻しているようだった。闇の魔法を繰り出すようになった。攻撃は楯が守ってくれている。それも無限ではない。さすがに損傷してきた。まだか、まだかとワタルはオーガスの方を見る。オーガスも少しにらみながらこちらを向いてきた。彼はすぐさま向き直り、完成を急いだ。そして、合図があった。


ひと振りの大剣がワタルに手渡された。これが最後の戦い。マ・ゾールが暗刻魔法を使えない今がチャンスだ。


「結局お前に託すハメになった。ワタルはアエナのフォローだ。あくまでな。アエナ、君が最後の宝具を奪うんだ。いいね?」


「分かった。」
「分かったわ。」


ワタルは大剣を引きずり、マ・ゾールの元へと向かう。アエナはその後ろをついていき、魔王と対峙する。オーガスは魔導書を取り出し、魔導呪印を唱える準備をする。


「行くぞ。<魔導呪印 拘束鎖‐くろがね‐>」


合図と共に放たれた魔導呪印はマ・ゾールの身動き、そして実体をも捉えた。先程より強い魔力で拘束しているようだ。ワタルは剣を大きく振りかぶり、光のある胴体にぐさりと刺す。オーガスに教えられた呪文をカタコトになりながら


「えっと、リヒト・ドゥンケル・エクソル(光よ。闇を祓い給え)!」


マ・ゾールの身体はゆっくりと裂け始めて、その中から宝具が見え始めた。アエナはそれを取りだした。駄々をこねるように放さなかったが彼女は勢いよく引きちぎった。


彼女の手には指輪がきらりと光っていた。


指輪を手にした途端、マ・ゾールから覇気のような慟哭に近いもので、二人は後方のオーガスの所まで吹っ飛んでしまった。マ・ゾールは何やら錯乱し、形もとどめることができていないようだ。


いやな予感がするのはワタルだけでなく全員が感じていた。マ・ゾールの形は何とも言えない黒い塊になっていた。だが、目が複数開きこちらを見つめた。言葉ともいえないような哭き声で


「ユウシャ、コロス、コロス、コロズ、ズグワァえrちゅいおいうytrちゅfhgbdhfb」


「宝具の影響か、マ・ゾールは自我を失った状態になってしまったようだ、このままではこの世界もろとも闇で覆われ、喰らい尽くされてしまうぞ。」


「とりあえず、下に被害が出ないように誘導しよう。 僕がおとりになるよ。山頂で決着をつけよう。」


ワタルはすぐに行こうとした。それを止めたのはアエナだったのは言うまでもなかった。彼女自身がおとりになるとも言ったが彼は断固拒否した。オーガスはアエナを無理やりひきつれ隠れるように山頂を目指す。ワタルは目立つようにさっきの大剣を掲げ、


「魔王、マ・ゾール! お前に引導を渡してやる。悔しかったらかかってこい!!」


大剣は光を帯び出し、その光は山頂へと向かう。それを追うようにマ・ゾールは這って山頂の生命を腐らせながら進行していった。


この世界の中心ともいえるこの山には、五合目付近にマ・ゾールの根城がある。だが、今は主を失くし、崩壊していった。ワタルはまっすぐ登り、それに黒い塊はついていく。




 山頂、それは美しい景色の見える最も高い自然の産物。中には神聖なものとして扱うこともある。荘厳な雰囲気とは相まって殺伐とした雰囲気が山全体を襲う。黒い塊はうめき声を出し、ワタルに襲い掛かる。ワタルは大剣を振り回し、魔王を避けつつオーガス達と合流する。


オーガスはアエナをワタルの所まで連れてきて彼に耳打ちするように


「言ったからにはこれで最後にしろよ。」


と言って、這い迫りくる魔王のもとに向かい、魔導呪印を唱え自身もろともその場に固定した。アエナは哀しい顔をしながら


「なにも、そこまでしなくても・・・」


オーガスは叫んだ。


「アエナ! これでいいんだ。さ、魔王を打ち砕き、君の、真の平和を取り戻すんだ。ワタルがいるからもう、心配はないよね。きっと、」


うつむくアエナ、ワタルの元に行き、大剣をギュッと強く握った。


「ワタル・・・」


「分かってる。アエナ、平和を取り戻そう。」


その言葉に彼女に決意が芽生える。


「ええ、あなたと共にあの魔王を倒しましょう。タイミングはそっちに合わせるわ。」


魔王はすぐこちらまで向かっている。大剣を二人で構え直す。空は暗く、混沌としている黒い塊はこちらへずるずる這いずりこちらを追ってきた。黒い塊は近くまで迫ってくる。


「行くよ、アエナ! せーの!」


光る大剣は黒い塊に鈍く突き刺さる。全ての力を剣に込めて最後の呪文を唱える。呪文は闇を討ち光を集める、絶望を希望に変えて平穏を取り戻すように心を込めて・・・


















「「リヒト・ゴッドラッヘ!!」」


二人の勇者のもとに光が集約し始める。マ・ゾールは断末魔をあげながら少し自我を取り戻し


「lkjhgfdsぐああああ!! な、なに・・・。だが、お前には宝具は六つしかない。私はそれを知っている!」


「あなたは勘違いをしている。 僕が持っている水晶板を合わせれば七つ。七宝がすべてそろったことになる!! それを見落としていた時点であなたは敗北していたんだ! さあ、闇は還りなさい。」


僕達は最後の最後まで力を振りしぼった。僕の方にぬくもりを感じた。ふと振り返ると、エル・シドとウガルの幻影が見えた。死んだ二人が冥界から手を貸してくれているのか。少しホッとして、最後の力を振り縛る。マ・ゾールは消えゆく間際にこう残した。


「ガアアアアアア! だが、覚えておけ。 光ある時、闇もまたあると!」


マ・ゾールは光の中へと消えていった。光は七つの色に分かれ山を駆け下り、闇を払しょくしていく。空は晴れ晴れとして本当の朝日が昇り始めた。




山頂からふもとにかけて大きな虹がかかって戦いに終わりを告げる。
終わったのだ。今から思えば


「長い戦いだったなあ。」


「そうね、ワタちゃんお疲れさま。」
「後はお前が無事家帰るだけやな。」


そうだな。二人のためにも前に進んで・・・ん? 後ろから本当に二人の声がする。恐る恐る振り返る。すると二人の影がワタルの目の前にいた。


「あなた達、死んだんじゃ・・・」


「ウルフちゃんは死んでもおかしくないけど、あたしを死人扱いしないでほしいわ。全く誰だと思ってんの?」


「まあ、確かに俺は奇跡的な生還やから、びっくりしてもおかしくないやろな。」


信じられなかった。ウガルさんもエル・シドさんも生きていた。そしてここまで駆けつけてくれた。アエナも二人に出会い、ホッとしたのか、泣き崩れてしまった。いろいろあったのだから仕方ない。
結局、オーガス・トムゼンも魔王と共に跡かたもなく消えてしまっていた。それだけが心のしこりになってしまった。それならまだ悪い奴のままでよかったのに・・・いや、同じことか。


しばらくは山頂で彼の死を弔った。




気が付くと昼になっていた。僕たちは七宝を山頂にばらまき、彼が使っていた魔導書とローブを墓標代わりに置いて山を降りた。下山途中、崩れたマ・ゾール城を見つけた。ひどい有様だった。魔物ももうどこにもいなくなっていた。アエナは気が抜けて立てず、エルさんがおぶっていた。彼女の顔は虚空を眺めているようだった。
山を降り切ると、ふもとも閑散としていた。マ・ゾールがいなくなり、勢力が弱くなってしまったのだろうか、魔物たちは物音さえたてない。


僕達が行った様々な場所は、ずっと見てきた風景なのにどこかよそよそしく感じて、僕にはもうここに居場所はない。そう感じた。


 アエナの事もあり、一同は彼女の村へと戻った。
彼女は村の平穏と両親の無事を見るなり、気を失って今も寝込んでいる。僕は変える方法をウガルさんと相談しながら彼女の様子を伺った。エルさんは僕に残るように促す。だが、ここは僕がいる居場所じゃない。その思いは変わらなかった。


「やっぱり、帰るの? ワタちゃん。」


「はい。僕も両親が心配だし、向こうの世界が本当の僕だから。」


「なら、来週の今日やな。一週間後は天体列、惑星や銀河系が一列に並び、魔力が最も高くなると言われてる。もうアエナの姉ちゃんも起きとるやろうから、先に仲直りしときや。」


その事を早く言ってほしかった。アエナの家にまっすぐ向かった。アエナは部屋で一人、静かにしていた。


「アエナ、いいかな。」


「うん。」


「・・・やっぱり帰るの?」


「 そうだね。君を置いて行ってしまうのは心苦しいけど。 」


「ついていっても結局、私も今のあなたみたく、居場所のない人よね。」


「 そうだね。 」


「・・・私は、これからどう生きればいいかな?」


「分からない。けど、生きていればきっと、見つかるよ。」


そう言って、彼女の部屋を後にした。もう、遅い。一週間後に備えなければ・・・




一週間後、朝がきていよいよ、天体列が来た。ウガルは魔法陣や大きな窯鍋を用意して準備していた。


「ワタ坊、お前のいた世界とリンクさせられるもの、持ってるか?」


「あ、スマホ・・・ 置いてきた。」


水晶板ことスマホはかっこつけて山に置いてきてしまった。それをすっかり忘れていた。ウガルはやれやれと手を顔に当てた。エル・シドもあきれ果てていた。すると村の入り口から、一人駆けつけてきた。あの姿はまさしくアエナだった。アエナは泥だらけになりながら水晶板を手に持っていた。アエナは笑いながら


「ワタル、忘れ物でしょ。」


「ごめん、ありがとう。」


そういって受け取るとアエナは僕の手を取り、キラキラした顔で


「私、山に登ってきたの。それで、オーガスの言葉を思い出して、私の笑顔は誰かを元気にしていたんだって思ったの。だから、もう、くよくよせずに前を向いて村の復興を手伝って行くわ。勇者としてね。」


あどけない笑顔は今までの大人びた顔より断然可愛くて、子供らしいものだった。
帰る罪悪感は消え、安心して帰る事が出来る。ウガルさんの方も用意ができたみたいだ。


「元気でな。 あっちでも」
「エルお姐さん、寂しくなるわ。でもアエナちゃん元気なったみたいだし。ワタちゃんも自分の居場所?を見つけられてうれしいわ。」


「またね。私の勇者、ワタル。」


「うん、また、どこかで。僕の勇者、アエナ・マクスウェル。」


窯鍋の中へと入ると白い光に包まれたのだった。











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