冴えないワタルは異世界勇者より勇者らしい。

小鳥 遊(ことり ゆう)

第26話:ねがい

 戦いは静寂に始まり、静寂に終わる。ワタルは怪我を負い、緊張で息が荒くなっていた。心を落ち着けて気を見る。彼女も体をゆっくり左右に動かしていた。彼女が持っているのはナイフただ一つ。剣先のリーチだけならこちらが上だ。そう思いながら足を一歩踏み出して行く。ダークエルフはナイフを逆手に持ちかえワタルの剣を受け止め


「このあたし、エルトゥールを倒せるのかしら。さあ、勇者まがいさん、華麗に舞って散りなさい。」


エルトゥールはまさに華麗に舞うような体さばきを魅せながらワタルを洞窟の端の方へと向かわせ翻弄していく。その瞳は狂気に囚われ、それに喜びを感じている複雑な目をしている。ワタルにはそれは理解できない。彼はただ、彼女の眼に吸い寄せられそうな恐怖を感じながら剣士さながらに読めない剣撃をなんとか交わして行く。押されているだけではダメだ。彼女の剣は小さいがゆえに自分より早くさばいている。だから攻撃の隙がない。考えながら戦うワタルは毒のせいもあっていつもの半分以下の力しか出せていなかった。


「あなたと死のダンスを踊っている暇は無い!」


毒がまわっている感覚がする。意識がもうろうとする中で、自分の中の何かが動き出す。ダメだ。それだけは、、うっもう耐えられない。


「どうした? もうあたしのステキなプレゼントで死んだの?」


「ワタル!!」、「ワタちゃん!!」


アエナ、エル・シド、二人の声はもう彼の心には聞こえていない。二人はワタルのもとに駆け付けるがエルトゥールの読めない動きが道を塞ぎ、後ろの方にやられてしまった。二人の方へ向かうエルトゥール。
 だが、それを阻む一つの手。


「お、オイ。 おレとダンスすんだろ? こちとら暴れたりねえんだ。オレを殺すまでやれよ!」


その声はワタルからしていた。だが、声色も違う。二人は困惑しながら状況を確認するしかなかった。
“ワタル”は立ち上がり、剣を逆手に構えて挑発しながら


「毒はオレが無効化した。魔王オレにとって毒はジュースみたいなもんだからな。来いよ。相手になってやる。」


彼はワタルであってワタルでは無かった。目は充血したように赤く、表情も笑顔のように見える。エルトゥールとの戦いは今までのワタルとは違う。速い。彼女とも互角に渡り合っている。彼女もまた瞬間見えた顔は笑顔になっていた。二人の世界にアエナとエル・シドは入ることはできなかった。ただ、見守ることしかできないのだった。 しばらく戦いは続いて、二人ともさすがに疲弊していた。エルトゥールが大きくのけぞり短刀をワタルの頭めがけて振り下ろされるその瞬間、ワタルはがら空きになった体に入り聖剣を低重心で彼女の腹に切りつけた。彼女の動きが止まった。そのまま、ワタルは彼女の体を押しのけてスッと立ち、顔についた血をぬぐった。
 くるっと向き直り、逆手に持った剣を引きずりながら、アエナとエル・シドの方へと向かって行った。ただならぬ雰囲気に二人は剣と鞭を構えて


「なに、してるの? ワタル?」
「ワタちゃん、あいつはもう死んだわよ!? こっちは味方よ。」


ワタルには聞こえていなかった。右手に持つ賢者の聖剣は光を失くしどす黒く変化していた。剣を振り上げて二人に近づく。もはや、彼の意識はない。剣は無慈悲にも仲間たちに刃先が向く。必死に抵抗するアエナとエル・シド。そこに腹に傷跡の残っているものの平然と立つ彼女の姿がある。


「は? 何これ。 面白いことになってんじゃない。どうなるか、傷治してる間の高みの見物としゃれこむか。」


三人の意味のない戦いはなおも続く。アエナはとてもつらそうな表情で彼の剣を受ける。エル・シドは真剣なまなざしで彼の剣を奪おうと必死だった。しかし、彼の心にはある感情が芽生えていた。アエナを攻め立てるワタルの容赦ない牙、それを受け止め鞭を剣にからませて彼はいままで聞いたことのない雄叫びをあげて


「ふっざけんじゃねえよ!!」


ワタルから剣と取りあげ、フルスイングの拳を相手の顔面めがけてお見舞い(ジャストヒット)した。それで正気に戻るとは思えないが、これが少しだけ効果があったのか、左目だけは元のワタルのやさしい目つきに変わっていた。 


 エル・シドは元々魔王だった。仲間になった後、彼自身にも少し、ワタルと同じように魔王のかけらがあった。だが、彼自身はそれを知っていた。そのかけらを封じ込めるため、封印の呪印を背中に書いていた。彼はその呪印を自分の服を引きちぎった布に書き、ワタルの右目に貼りつけた。するとワタルの邪悪な気は消え去り、ワタルも正気に戻った。エル・シドはいつもの調子に戻ってワタルを起こして


「だから言ったでしょ。仲間割れは、お姐さんが許さないって。」


エル・シドはワタルとアエナを両手にかついで走り出し、昇降機の方に向かった。 向かっている間にも影はひそひそと彼らを追ってきている。 昇降機に着いてワタルとアエナをそこに運び入れる。


「あんた達、先に行ってて。 ワタちゃん、アエナちゃんをもう泣かすんじゃないわよ。」


「エルさん、、すいませっ、、!!」


エル・シドのわき腹からきらりと見える刃物。 それは、彼の血を吸い取るようにグッサリ刺さっていた。エル・シドの背後から見える不穏な笑み。


 悪寒が走る。


「今度はあなたがあたしを満たしてくれる?」


「ええ、いいわ。 あなたと、、ダンスしてあげても。」


エル・シドがこちらに目配せをしてエルトゥールと暗闇に消えていく。


無惨にも昇降機は僕たち二人だけを乗せて閉まる。そして上へ・・・


「その、すいませんでした。 僕のせいで、」


「もう、言わないで。 そして、一人だけで戦おうとしないで。一緒に戦う、それが私の望み。
・・・あなたなしではここまで来れなかった。 ありがとう。」


その言葉に感謝の他に何もなかった。僕のせいで傷ついてしまったのに、ありがとうと言ってくれる。これほどうれしい言葉はない。アエナは僕と最後に持っていた薬草を分け合い、体力を回復した。そして僕も決意した。一緒に戦って、平和を取り戻す。そして、元の世界に帰る。いろいろ彼女に言いたかったけど、久しぶりにコミュ障っぽいところが出たのか


「うん、こちらこそ、、あ、ありがとう。」


としか返せなかった。


それ以上言葉は無かった。


アエナはスッと手を伸ばして、僕の手にかざす。


僕は彼女の手を強く握り直した。


昇降機エレベーターは上へ上へと向かう。



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