冴えないワタルは異世界勇者より勇者らしい。

小鳥 遊(ことり ゆう)

第2話:魔窟 ルナ王国

第二話:魔窟 ルナ王国
 アエナとオーガスはナーガ村を後にし、魔王が君臨するこの世界に抗い、戦うために旅に出るのであった。一方で、冴えない高校生佐江内渉は謎の光に導かれ、ふと気が付くと魔王の異魔界の魔族召喚の儀式によって魔王城に呼び出されてしまったのであった。彼は困惑しつつも自身が異世界に転移したということを本能で理解していた。そして彼は今、魔王『サ・タール』としてルナ王国の占拠を託され謀略の魔神デ・モールと共に侵略したのであった。デ・モールは玉座に横柄な態度で座り、部下である、佐江内渉=サ・タールに状況を聞きだしていた。


「サ・タール、首尾はどうかな。」
「は、はい先輩。予定通り黒騎士団をナーガの村に送らせましたが結局、何の情報も得られずじまいで、挙句、一部の騎士団の連中は気が狂ったようになっています。」
「気が狂ったというのは?」
「はい。騎士をやめるだの、村を襲ったことを後悔し自責に駆られ頭を何度も壁に当てるなどだそうです。」
「うーん、人間の感覚としては普通かもだがなんせ悪魔の力を自ら欲してきた奴らだからなぁ余計そう感じるわな。情報も得られずか。相当、マ・ゾール様もご立腹でしょうなぁ。まぁ、我々は我々なりにこの国に絶望を与え続ければいい。」
「そうですね先輩。」
「その“センパイ”って言うの?何?」
「よくは分かりません。以前の記憶なのでしょうが、あなたのような尊敬に値する者にいう言葉だったような・・・」


”ここにいるぼく”はやんわりとしか前の世界のことを覚えていない。自分の能力が魔眼、いわゆる千里眼だったのだが、自分のことはここではないどこかから来た、ということと、はめられている指輪で管理というかマ・ゾールに反抗できないようになっている。ということである。この状況を打開したいとは思わない。というのも少なくとも前より役職はよい方であると感じているからだ。でも少し、違和感を感じてしまうのはなぜだろう。
 ここに来て数日のころに王族たちを見せしめに殺すという話になった時、何とか言いくるめて自分に一任してもらうよう頼んでもらい、“先輩”には殺したと言っておいた。それは正義感でも何でもない。人を殺すことへのどこからか湧いてくる嫌悪感からの逃げ道だった。でも分からないことは魔族といて生まれたというのが本当は自分は魔族でも何でもないかもと迷っている自分自身だ。
デ・モールはぼくの行ったことに少し浮かれてまた、指示を出してきた。


「まあ、さしずめ貴様は見習いと行ったところか。じゃあ、ちょっと見習いサ・タールくん。黒騎士たちと見回りしてきて。まぁ気に入らなかったり、少しでもオレの気に触れるようなこと言ってたら殺しといていいから。」


僕は黙って城を後にして、騎士たちの方へ向かいながら今置かれている状況を整理してみた。


(現時点で分かっていることを整理しよう。一つ目、僕は多分この世界の人間じゃない。それは日ごろの違和感と城のどこかにある自分の持ち物で予想が付く。二つ目、僕の能力はこの“目”だ。この目の能力は主に二つ。一つは相手を多少洗脳、混乱、支配することができるが二度目は効力が薄くなる。もう一つは少し先の未来を見ること。しかし、使用すると一時的に一つ目の能力が使用できないというデメリットしかない何とも微妙な目だ。もっといいものがよかったがこれで我慢するしかない。三つ目、記憶がない。いや、自分に関する詳細な記憶が不自然に欠如している。名前、年齢、以前の立ち位置その一切が思いだそうとしても出てこない・・・。)


あれこれ考えているうちに騎士たちの寄宿舎に着いた。すると状況は思わしくなさそうだったが、この騎士団長だけはしっかりとした口を聞ける状態だった。


「騎士団長、状況はどうなっている。」
「どうもこうも、悪化してるぜ旦那。なんとかしてくれや。」
「そのために来た。」


彼らは魔族の装飾品を付けただけの馬鹿だからすぐに洗脳の効力が効いてきて騒動は何とか落ち着いた。しかし、騎士団長は何もなかったのだろう。それもそうなんだが、思えば前から不思議な人間だった。普通に装飾品や僕自身の能力もなしで、はなから世界の敵である僕に協力的である。別段気に入られているわけでもない。ただ、魔王の命令と言うよりボク自身のみに協力している感じだった。 ふと、ぼくはそのことを騎士団長にそれとなく聞いて見た。


「団長はなぜ、我々に協力的なんだ?」
「お前たちじゃない。サ・タール、あんたに協力してやってんだ。俺はどうも、あんたを憎めないし、あいつらほど凶暴では無いと思ってるんだが、違うのかい?」
「なぜ、そう思う。」
「国王をはじめ、王族たちはあんたの管轄下で幽閉というより安全に保護されているのはもっぱらの噂だからな。ということはあんたそれほど卑劣ではない、しかもなにか迷いがあるって顔をしてるわけだ。・・・以前にこんな話を聞いたことがある。真の勇者が悪魔の真の名を告げた時、その悪魔は魔王の呪縛から解き放たれ、勇者の使役する使い魔となり勇者を守るって、よくは知らんがな。」


そう言って団長は去ろうとしたが僕はこの魔族になりきれていない自分を見透かしたように話すこの下等な人間に無性に腹が立った。とっさに、だが同時に初めて人間の胸倉をつかみ、彼に服従の呪印をかけようとするが


「おれはあんたに賭けてみるぜ旦那。理由は分からんが俺はあんたのことを知っている。これも何かの縁だ。それまでは騎士の品位を落としたとしてもあんたを見守る義務がある と思っている。」


怒りを通り越して呆れが生じて僕はすべてをやめた。こいつは何を言っているんだ? なぜ見ず知らずのぼくをそう言い切れる?訳が分からない。ぼくは団長を突き放して


「勝手にそう思い込んでいろ。私は忠告をし、使命を果たした。団長もそうしろ。勇者がこちらに向かっているのが見えた。準備しろ。」


勇者たちがこちらに向かってきていた。理由はおそらく王国で情報を得ることと騎士達への復讐だろう。ここで食い止めなければ自分の役目は到底果たすことはできないだろう。この世界には悪いが絶望に支配されてもらうほかない。 だが、それで本当にいいのだろうか・・・。
騎士団長の言葉がよぎる。自分は自分でも突拍子のない事を言った。


「ちょっとまて 騎士団長。」
「なんだい?」
「君に勇者のところに向かってもらいたい。」
「俺に、殺せと?」
「向かい、勇者とであった後はお前に任せる。」
「へー。『任せる』ね。あんたも俺に賭けるってことか。その命令、受けよう。」


これでよかったのか分からないがおそらくこうして未来は変わっていくんだろう。どう転ぶかはあいつと僕次第なんだが。

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