冴えないワタルは異世界勇者より勇者らしい。

小鳥 遊(ことり ゆう)

第0話:人生で一番最悪な日

第0話:人生で一番最悪な日
 こことは違う別の世界があるとしたら、そしてふとした時にそこに迷い込んでしまったらどうするだろうと考えたことはだれしもが通った道だろう。ぼくはそんなこと信じないけど


「・・・くん。佐江内くん。どこを見ているんですか。授業に集中しなさい。」
「は、はい。すいません。」


ああ、少し目立ってしまった。恥ずかしい。ただでさえそんな授業をさぼるタイプじゃないのに…とうつむきながら反省していると授業終了のチャイムが鳴った。拘束時間が解かれ、帰宅の用意をさっさと済ませる。誰ともつるまず、部活動にも入らずに、人が嫌いとかではなくただ家が好きで一人でいるのが楽なのだ。そう考えるぼくはそそくさと靴箱の方へと向かった。


「家帰ってこの前買ったファンタジーサーガⅩⅠやろ。」


と少し小声で言いながら家にまっすぐ帰った。一人で学校を行き来することなんてこの人生16年生きていてもう慣れてしまったが今日はいつもよりさみしい気分だった。


どこか達観している彼の名前は佐江内渉。高校二年生の16歳。クラスでもあまりぱっとせず大人しい子で友達もあまりいないが彼は自身の人生を悲観しない。そんな男であった。だが、この日の巡るめく悲劇的な出来事から彼の人生が大きく変わったのであった。


「おい、そこのお前! ちょっといい?」


ぼくの目の前に少し怖そうな学生服の人が3人くらいでなぜか並んで立っていた。


「俺らのダチにさあ、今とちょっと君に肩当たったやついてぇ、ふらついて電柱に当たったわけ。だから、落とし前、つけてよ。ね?」


たしかに3人のうちの一人はうなだれて肩を押さえながら、ぼくをにらみつけている人に肩を貸してもらっている。人に当たったような感触は今の僕には当分なかった。とにかくぼくはこんな面倒事には巻き込まれたくない。一人でゲームするという私服の時が待っているのだから。なので僕はなんの覚えもないいちゃもんにただ、平謝りしていた。


「す、すいません・・・」
「謝るだけなら、警察とかいらないから。ほら出せよ。」
「な、何をですか」


一番初めに声をかけた人がぼくに右手を出しながら詰めよってくる。何が欲しいのかは頭で理解はできていたが、正直こんなことしか言えなかった。これまでの人生で怖い人に絡まれることなど、ましてやその原因を作ることさえなかったのに今日はさっきの授業から何かいやな流れになっている。さらにこのチンピラ達はぼくに詰め寄ってくる。


「何をって分かるでしょ。ジダンにするってこたぁよぉ、お・か・ねだよお金。わかる?わかるよな?」
「…さ、財布になんて全然入ってないですよ。」
「うるっさいんだよ!早く出せばいいんだよ!ああもうイライラすんなぁ!」


執拗にお金をせびってくる人がぼくの言動にいら立ち初め、平手だった右手を思いっきり握りしめ、ぼくの顔に一直線にかかってきた。ぼくはその時、時間がゆっくり動いているように感じた。その時ぼくはきっと何かの能力に目覚めたのかと思い、両目をつむった。『力が・・・』その時意識が飛んだ。


「…ハハ。両目閉じてなんか拳握るからなんか護身術でもやるのかと思ったらなんもしてこねえから、逆にビビったわ。」
「でさ、『力が・・・』ってぼそっといったときまじで笑ったわ。中二病かよ。高校生になって。かわいそ過ぎて一発だけにしてやったら、それだけでその場に倒れて気ぃ失うとか弱すぎぃ!」
「やめてやれよ。あれでも、今意識残ってて聞いてるかも知れんぞ。フフフ、だとしたら余計におきられないだろうけどな。ま、こっちは確かにものは少なかったけどもらえるもんはもらえたしな。」


薄目ながら見えたのは怪我した人がピンピンしてて、三人の高らかな笑い声と上機嫌な話声は遠ざかって行った。道行く人の視線や憐れみをよそにぼくは立ち上がって、心配してくれたすれ違いの人に礼を言ってその場を小走りで後にした。


 ぼろぼろになったぼくを静まり返った家が冷たく冷静にまたそれが残酷のように感じたが迎え入れてくれた。両親が共働きで遅くまで帰って来ないのでリビングもキッチンも電気も人気もない。




 音のないリビングに救急箱を広げたり絆創膏をはる音が響き渡る。初めてぼくはリビングで大泣きをしてしまった。それは絆創膏を貼る前に塗る薬がしみて痛かったわけでも、財布を取られて悔しかったわけでもない。今まで辱めや憐れみも受けてこなかった自分が今それを体験し、自分自身それに悲観し認めてしまって悔しくて流したのだった。


人気のないリビングは哀しさを助長させた。




 一通り泣き喚いた後、ぼくはろくに夕飯も食べず、着替えもせずにベットにうずくまって寝た。今日一日あったことを悔やみ、呪い、そして忘れようとして自分自身はこの世界にいないという妄想をしながら目をつむった。






すると、深淵の奥底から聞いたこともないような言葉が聞こえるようだった。よくはわからないがぼくを呼んでいるようにも聞こえた。そっちの方へと行くとだんだん意識がもうろうとするような感覚に襲われた・・・・・・。




















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 『・・・フ。ジ・ポデ、ゲリンコム。「コッチニコイ。」ジ・ポデ、ゲリンコム「コッチニコイ」』
「さあ、現れよ。異魔界の眷属よ。我の力となれ。」


魔王が転生術で使った転生陣から現れたのはどう見ても人間の形のものだった。その魔王は奇妙に思っていたがそれこそ、佐江内渉であったのだ。魔王もその事実を知らないし、件の佐江内も意識は戻っていない。




少しすると“人間”が目を覚ました。


「ん?いつの間にテレビゲーム点けっぱなしで寝てたんだ?というか、やたらリアルだな。」
「貴様、何を言っているのだ。というか貴様、人間か? 魔族でなくて?」


ぼくが目を覚ますと、やたらと表情が生々しく、生物的に動くこの闇の支配者みたいな顔つきの人がいて、周りもさっきいた自分の部屋でもない。何か城の建築様式だった。そしてこの生命体は何を言っているんだろうとぼくがきょとんとしていると


「まあいい。人間だろうと何だろうと我が眷属に仕立てるのみ。」


その後の記憶はあまりない。何が起きたのかも理解できないまま、もう一度起きて目の前にある鏡をのぞく。そこには先程の人間の姿は無く、人型で角の生えたような怪物になっていた。ヒト? ぼくって何者だ? そう言えば、服装も一気に魔王っぽいというかほぼ裸。どうやって着替えたかなんて想像もしたくない。


 なにも覚えてないし、以前の記憶というか、分かる事と言えば、自分がこの世界のものではない感覚くらいしか分からない。そんなことを考えているとさっきのこの城の主人とは別と思われる魔物がまた、ぼくに話しかけてきた。


「おめでとう。新しい魔王、サ・タールよ。 お前は魔王さまの手で生まれ変わった。私の名はデ・モール。貴様は私と共に勇者誕生の地、ルナ王国に侵攻せねばならぬ。我々の世界の理を示す書を渡しておくから行きしなに読んでおくとよい。」


渡されたのは仰々しい書物だった。そこには魔族の掟などが書かれていた。初めての世界にこういうのがあるのはとてもありがたいが、勇者に倒されるのかと思うと不安でしかなかった。








 

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