獣耳男子と恋人契約
32、決意と覚悟
「その願い、叶えてしんぜよう」
窓際に神々しい光が表れて、一匹の白狐が現れた。
月光に照らされ、銀色の毛並みが艶々と輝くその美しい姿は幻想的で、どこか威厳に満ちあふれている。
白狐は軽やかな身のこなしで床へ着地すると、私の方へ近付いてきた。
ベッドの傍で立ち止まった白狐は突然まばゆい光を放ち、思わず目をつむる。
ゆっくりまぶたを開けると、綺麗な羽織を肩にかけた和服の男性が立っていた。
絹糸のようなさらさらとした長い銀髪に、雪のように白い肌と端正な顔立ち。
頭の上には三角のもふもふの獣耳があって、ゆらゆらと優雅に揺れるふさふさの尻尾。
愛しい人を彷彿とさせるその姿に、私の瞳からまた涙がこぼれてきた。
「我が愚息が随分と心配をかけているようだね。あれほど、大事な女の子は泣かせちゃいけないと教えてきたのに、本当に情けない」
そう言ってため息をもらした男性に、私は恐る恐る尋ねてみた。
「もしかして、コハクのお父さん……ですか?」
「そうだよ、私の名前は結城コサメ。桜ちゃんの未来のお父さんになるんだ。何なら、親しみを込めて『パパ』と呼んでくれて構わないからね」
未来のお父さんってそれはつまり……言葉の意味を理解すると、恥ずかしくて体内の水分が一気に蒸発しそうになった。
「フフ、やっと泣き止んでくれたね」
優しく微笑んでくれたコサメさんの顔は、コハクが大人になったらきっと彼の様になるのだろうと容易に想像出来るくらいよく似ていた。
涙がこびりついた顔を慌てて袖口で拭いベッドの上で正座をすると、私はコサメさんに向かって深々と頭を下げた。
「すみません、私のせいで大事な息子さんをこんな目に遭わせてしまって」
「君を守ったのはコハクの意志だ。桜ちゃんのせいじゃないから顔を上げておくれ。ただ、今回ばかりはちょっと無理をし過ぎたみたいだね。何もしなければ、きっと今夜が峠だろう」
「そんな……っ!」
動揺を隠しきれない私を安心させるように、コサメさんは「大丈夫」と優しく微笑んで頷いてみせた。
「君が時間内に目覚めてくれて本当に良かったよ。私がここに来たのは桜ちゃん、君に確認したい事があったからなんだ」
「確認したいこと、ですか?」
「君は、コハクの傍に居たいと思うかい?」
そんなの当たり前だ。側に居たいよ、出来るならずっと。
コハクの笑顔が見たい。お礼も言えないまま、こんなお別れの仕方なんて絶対に嫌だ。
「私にとってコハクはかけがえのない大切な人です。出来る事なら、これからも一緒にたくさんの思い出を作っていきたいです」
「じゃあ、ある話をした後にもう一度、同じ質問をするから……少しだけ私の話を聞いてくれるかい?」
「分かりました」
私の返事を聞くと、コサメさんは一呼吸おいて静かに語り始めた。
「君も知っているとは思うが、あの子は妖怪白狐である私と、人間である妻との間に生まれた子なんだ。半分だが私の血を引いているからあの子にも勿論、妖怪としての力が宿っている」
「妖怪としての力……」
「そう。だから普通の人間より自己治癒力はかなり高い。だけど今のコハクは、妖怪にとって生命を維持するエネルギーである霊力を使い果たして、普通の人間と変わらない状態までその力が落ちているんだ」
「かなり危険な状態ってことですよね?」
「正直、今生きているのが信じられないくらいだよ」
「コハクは、大丈夫なのですか?」
「私の霊力を分けてあげれば、コハクの肉体はすぐにでも回復するだろうからそこは問題ないよ」
あの酷い怪我は何とかなるということだろう。コサメさんの言葉に少しだけほっとした。
「ただ……心までは修復出来ないんだ。ハーフのあの子達はそこまで霊力を保持できない。それでも君を助けたい一心で、自分の霊力を全て注ぎ込んで君の治療にあたったのだろう。だが、それでも足りなかったあの子達は……心力にまで手をつけてしまった」
「心力……」
聞き慣れない言葉に首をかしげていると、コサメさんが説明してくれた。
「幸福の象徴と言われる我々白狐には、他者に幸運を分け与えて幸せに導く『心力』という能力が備わっているんだ。代わりに、幸せになった者からそのオーラを分けてもらって霊力にかえているんだけどね。問題なのは心力を短時間で過度に使うと使用した者は対価として、自分の幸せだった記憶を失ってしまうんだ」
「記憶喪失になるという事ですか?」
「そう。君はあの子達にとって、幸せの塊のような存在だ。だからたとえ意識が戻ったとしても、君の事を覚えて居ないだろう」
コハクが私の事を覚えていない。
今までの思い出も全て、コハクの中には残っていないんだ……
「もし君がその事実に耐えられないのであれば、辛い選択になるが……私には治してやる事は出来ない。君が居ない世界で生き続けるよりも、君を守れた事を誇りに眠った方があの子達はきっと喜ぶだろうからね。そこでもう一度、桜ちゃんに聞きたい。それでも君は、あの子達の傍に居たいと思ってくれるかい?」
コハクと出会えて私は辛かった過去と、きちんと向き合う事が出来るようになった。
彼の存在があったから、私は前向きに生きようと思う事が出来るようになった。
今までの思い出がたとえ彼の中から消えてしまったとしても、私がコハクの事を愛おしいと思う気持ちは変わらない。
間柄が変わったとしても彼の傍に居て、今度は私が彼を支えてあげたい。
私はコサメさんの瞳を真っ直ぐに見つめながら、自分の気持ちを伝えた。
その上で頭を下げてお願いする。
「どうかコハクの命を救って下さい……お願いします!」
「あの子達の選んだ人が桜ちゃん。君で本当に良かったよ、ありがとう。大丈夫、あの子達はきっとまた君を好きになるよ」
コサメさんに頭をポンポンと撫でられ、コハクにもよく頭をこうやって撫でられてた事を思い出す。
きっとそれもコサメさんの影響なんだろうと思うと、私の知らなかったコハクを知れた気がして嬉しくなった。
だけど、コサメさんの言葉に少しだけ引っかかりを覚える。『あの子達』とは一体……?
「それじゃあ、私はコハクの元へ向かうよ。また会おう、桜ちゃん」
「はい! コハクの事……よろしくお願いします!」
ふわりと花のような笑顔を残して、コサメさんは光に包まれて居なくなった。
狐になったり人型になったり、突然消えたり、妖怪ってすごい。
結局『あの子達』の謎は解けなかったけど、今は一刻を争う自体だ。
一秒でもはやくコハクをあの苦しみから解放させてあげて欲しい。
翌朝、コハクは奇跡的な回復をして集中治療室から一般病棟へと移った。
意識はまだ戻らないけれど、普通に眠っているようにしか見えない程身体の傷は癒えていて、病院では奇跡が起こったと騒がれていたようだ。
窓際に神々しい光が表れて、一匹の白狐が現れた。
月光に照らされ、銀色の毛並みが艶々と輝くその美しい姿は幻想的で、どこか威厳に満ちあふれている。
白狐は軽やかな身のこなしで床へ着地すると、私の方へ近付いてきた。
ベッドの傍で立ち止まった白狐は突然まばゆい光を放ち、思わず目をつむる。
ゆっくりまぶたを開けると、綺麗な羽織を肩にかけた和服の男性が立っていた。
絹糸のようなさらさらとした長い銀髪に、雪のように白い肌と端正な顔立ち。
頭の上には三角のもふもふの獣耳があって、ゆらゆらと優雅に揺れるふさふさの尻尾。
愛しい人を彷彿とさせるその姿に、私の瞳からまた涙がこぼれてきた。
「我が愚息が随分と心配をかけているようだね。あれほど、大事な女の子は泣かせちゃいけないと教えてきたのに、本当に情けない」
そう言ってため息をもらした男性に、私は恐る恐る尋ねてみた。
「もしかして、コハクのお父さん……ですか?」
「そうだよ、私の名前は結城コサメ。桜ちゃんの未来のお父さんになるんだ。何なら、親しみを込めて『パパ』と呼んでくれて構わないからね」
未来のお父さんってそれはつまり……言葉の意味を理解すると、恥ずかしくて体内の水分が一気に蒸発しそうになった。
「フフ、やっと泣き止んでくれたね」
優しく微笑んでくれたコサメさんの顔は、コハクが大人になったらきっと彼の様になるのだろうと容易に想像出来るくらいよく似ていた。
涙がこびりついた顔を慌てて袖口で拭いベッドの上で正座をすると、私はコサメさんに向かって深々と頭を下げた。
「すみません、私のせいで大事な息子さんをこんな目に遭わせてしまって」
「君を守ったのはコハクの意志だ。桜ちゃんのせいじゃないから顔を上げておくれ。ただ、今回ばかりはちょっと無理をし過ぎたみたいだね。何もしなければ、きっと今夜が峠だろう」
「そんな……っ!」
動揺を隠しきれない私を安心させるように、コサメさんは「大丈夫」と優しく微笑んで頷いてみせた。
「君が時間内に目覚めてくれて本当に良かったよ。私がここに来たのは桜ちゃん、君に確認したい事があったからなんだ」
「確認したいこと、ですか?」
「君は、コハクの傍に居たいと思うかい?」
そんなの当たり前だ。側に居たいよ、出来るならずっと。
コハクの笑顔が見たい。お礼も言えないまま、こんなお別れの仕方なんて絶対に嫌だ。
「私にとってコハクはかけがえのない大切な人です。出来る事なら、これからも一緒にたくさんの思い出を作っていきたいです」
「じゃあ、ある話をした後にもう一度、同じ質問をするから……少しだけ私の話を聞いてくれるかい?」
「分かりました」
私の返事を聞くと、コサメさんは一呼吸おいて静かに語り始めた。
「君も知っているとは思うが、あの子は妖怪白狐である私と、人間である妻との間に生まれた子なんだ。半分だが私の血を引いているからあの子にも勿論、妖怪としての力が宿っている」
「妖怪としての力……」
「そう。だから普通の人間より自己治癒力はかなり高い。だけど今のコハクは、妖怪にとって生命を維持するエネルギーである霊力を使い果たして、普通の人間と変わらない状態までその力が落ちているんだ」
「かなり危険な状態ってことですよね?」
「正直、今生きているのが信じられないくらいだよ」
「コハクは、大丈夫なのですか?」
「私の霊力を分けてあげれば、コハクの肉体はすぐにでも回復するだろうからそこは問題ないよ」
あの酷い怪我は何とかなるということだろう。コサメさんの言葉に少しだけほっとした。
「ただ……心までは修復出来ないんだ。ハーフのあの子達はそこまで霊力を保持できない。それでも君を助けたい一心で、自分の霊力を全て注ぎ込んで君の治療にあたったのだろう。だが、それでも足りなかったあの子達は……心力にまで手をつけてしまった」
「心力……」
聞き慣れない言葉に首をかしげていると、コサメさんが説明してくれた。
「幸福の象徴と言われる我々白狐には、他者に幸運を分け与えて幸せに導く『心力』という能力が備わっているんだ。代わりに、幸せになった者からそのオーラを分けてもらって霊力にかえているんだけどね。問題なのは心力を短時間で過度に使うと使用した者は対価として、自分の幸せだった記憶を失ってしまうんだ」
「記憶喪失になるという事ですか?」
「そう。君はあの子達にとって、幸せの塊のような存在だ。だからたとえ意識が戻ったとしても、君の事を覚えて居ないだろう」
コハクが私の事を覚えていない。
今までの思い出も全て、コハクの中には残っていないんだ……
「もし君がその事実に耐えられないのであれば、辛い選択になるが……私には治してやる事は出来ない。君が居ない世界で生き続けるよりも、君を守れた事を誇りに眠った方があの子達はきっと喜ぶだろうからね。そこでもう一度、桜ちゃんに聞きたい。それでも君は、あの子達の傍に居たいと思ってくれるかい?」
コハクと出会えて私は辛かった過去と、きちんと向き合う事が出来るようになった。
彼の存在があったから、私は前向きに生きようと思う事が出来るようになった。
今までの思い出がたとえ彼の中から消えてしまったとしても、私がコハクの事を愛おしいと思う気持ちは変わらない。
間柄が変わったとしても彼の傍に居て、今度は私が彼を支えてあげたい。
私はコサメさんの瞳を真っ直ぐに見つめながら、自分の気持ちを伝えた。
その上で頭を下げてお願いする。
「どうかコハクの命を救って下さい……お願いします!」
「あの子達の選んだ人が桜ちゃん。君で本当に良かったよ、ありがとう。大丈夫、あの子達はきっとまた君を好きになるよ」
コサメさんに頭をポンポンと撫でられ、コハクにもよく頭をこうやって撫でられてた事を思い出す。
きっとそれもコサメさんの影響なんだろうと思うと、私の知らなかったコハクを知れた気がして嬉しくなった。
だけど、コサメさんの言葉に少しだけ引っかかりを覚える。『あの子達』とは一体……?
「それじゃあ、私はコハクの元へ向かうよ。また会おう、桜ちゃん」
「はい! コハクの事……よろしくお願いします!」
ふわりと花のような笑顔を残して、コサメさんは光に包まれて居なくなった。
狐になったり人型になったり、突然消えたり、妖怪ってすごい。
結局『あの子達』の謎は解けなかったけど、今は一刻を争う自体だ。
一秒でもはやくコハクをあの苦しみから解放させてあげて欲しい。
翌朝、コハクは奇跡的な回復をして集中治療室から一般病棟へと移った。
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