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獣耳男子と恋人契約

花宵

22、マドンナの仮面

──ザワザワ


 コハクと一緒に登校して、下駄箱で靴をはきかえていると、今日はいつもより多くの視線と陰口が聞こえてくる。

 気にせず校内へ入っていくと、ある掲示板の前に人だかりが出来ていた。


「(あいつ最低だな……)」

「(王子を裏切るなんて……身の程知らずにも程があるわ)」


 陰口と共に、私へ向けられる鋭い視線が後を絶たない。

 何があるのか気になって人だかりが出来た掲示板の所に行くと、信じられない物が貼ってあった。


 それは、柳原君と私が同じベッドで寝ている写真。


 コハクはそれを見るなり、掲示板に貼ってある写真を全て剥がして、近くのゴミ箱に破り捨てた。


「桜、大丈夫。君は悪くない。僕が必ず守るから。さぁ、行こう」


 そう言ってコハクは、茫然と立ち尽くす私の手を引いてその場から連れ出した。

 入学当初の事を思い出し、不整脈のように変なリズムで鼓動を刻む。

 呼吸をしてるのに何故か息苦しく感じて、全身が小刻みに震えだす。

 その時、繋いだ手をコハクがぎゅっと強く握り直してくれて、嫌な方へと流れていきそうになる私の意識を呼び戻してくれた。


「周りは気にしなくていいよ、桜。今は僕だけを見てて」


 コハクは手を繋いでいない方の手で私の前髪をそっと払うと、露わになったおでこに屈んで優しいキスを落とした。

 廊下のど真ん中でそんな事をされ、身体中の体温が一気に上昇。震えは止まったものの、今度は別の意味で心臓が驚かされ激しく脈動し始める。

 恥ずかしすぎて、周りを見る余裕などなかった。


 教室に入ると、クラスメイトから軽蔑の眼差しが鋭く突き刺さるのを感じた。


「桜さん、あの写真はどういう事なの?」


 桃井が心配そうな顔でこちらへ詰め寄ってきて、皆から表情が見えない位置まで来ると、口の端を僅かに上げてほくそ笑んでいる。

 どうやらコハクの言う通り、はめられたのは間違いではなさそうだ。


「結城君とお付きあいしながら別の男性とも関係を持つなんて……結城君が可哀想だわ……。何かの間違いよね? 私は信じたくないわ、そんなこと……」


 伏し目がちにそっと私から視線を逸らす彼女の姿は、周囲から見れば悲しそうに心を痛めた可憐な女の子にしか見えないだろう。

 そして私はそんなクラスのマドンナの優しい心を傷付ける、酷い存在として位置づけられる。


「騙されちゃ駄目よ、美香。だって写真は嘘をつかないし」

「本当に最低!」

「結城君も、こんな女放っておきなよ」


 案の定──桃井の言葉を皮切りに、マドンナの心を踏みにじった悪役を退治するかのように、クラス中から非難の声が殺到した。


『似合わない、相応しくない、身のほどを知れ』


 と私に対する罵倒から始まり、


『金でも積まれたのか、弱味でも握られて脅されているのか』


 とコハクを心配するものへと、その罵倒が瞬く間に変わった頃。


──バンッ!


 コハクは黒板を手で強く叩いて教室中に溢れかえっていた非難の嵐を止めると、鋭い視線でクラス中を睨み付けた。


「桜の事何も知らないくせに、好き勝手言うのは止めてもらえるかな?」


 凛と透き通ったコハクの声が、シンと静まり返った教室に響く。

 驚いたようにこちらを見るクラスメイトに、コハクはさらに言葉を続ける。


「皆、不自然だと思わないの? 二人とも寝ている状態で、誰がカメラのシャッターを切るの?」


 コハクの言葉に周りが「確かに……」と呟きだす。


「そこに悪意のある第三者が居ないと、あの写真は成立しない。桃井さん。君は昨日、桜とカラオケに行ってたよね? 何か知らないかな?」

「桜さんは昨日途中で寝てしまって、柳原君に送ってもらったはずだと思うけど、その後こんな事になっているなんて……」


 有無を言わせない笑顔でコハクが桃井に尋ねると、彼女は伏し目がちにそわそわした様子で答えた。


「つまり、寝ている所を第三者に無理矢理、写真に撮られて出来上がったものって事でしょ? 被害者は桜の方なのに、何故みんな彼女を責めるの?」


 コハクの問いかけに誰も反論することが出来ないようで、教室は再びシンと静まり返る。


「こんな事で、僕の桜に対する気持ちは変わらない。もしまた誰かが無理矢理桜を貶めようとするなら……その時は僕、容赦しないからね?」


 絶対零度の笑みを浮かべ、コハクは桃井に牽制するように強く言った。その瞳はとても冷たくて、皆を黙らせ恐怖を与えるには十分だったようだ。

 さっきまであんなに活気づいていたクラスメイトの方が、今は逆に畏縮してコハクを見ている。ただ一人を除いて──


「そうよね、桜さん。事情も知らないで疑ってしまって申し訳なかったわ。ごめんなさいね」


 胸の所でギュッと手のひらを握りしめ、潤んだ瞳で謝ってきた桃井。コハクに怯むことなくどこまでも優等生の仮面を被った彼女の演技は完璧で、脱帽ものだった。


「一条さん、ごめんね……」

「俺も、煽ったりして悪かった……」


 その後クラスメイトもばつが悪そうに謝ってくれて、その場はなんとか収まった。



***



 あれから三日ほど経って、コハクのおかげであの写真はデマらしいという噂が広まった。

 それでも事情を知らない別のクラスなどからは、時折陰口は聞こえてくるけど、その度にコハクが周りを牽制して優しく声をかけてくれる。


「桜は必ず守るから。僕の隣に居てね」


 彼のその言葉に自分は独りじゃないんだと勇気付けられて、胸が温かくなるのを感じていた。


 そんなある日の昼休み。

 いつものようにコハクと屋上でご飯を食べて教室に戻った。

 次の授業の教科書を取り出そうと机の中に手を入れた時、カサッと指先が何かに触れた。

 その違和感の正体を手に掴んで確かめると、二つ折りにされたルーズリーフが一枚入っていた。

 昼休みか、四限目の体育の時間か、私が席を離れている間に誰かが仕込んだものなのだろう。恐る恐る中を開くと──


『放課後、いつもの空き教室に一人で来い。さもなければ、お前の過去を結城コハクに曝す』


 そう、書かれていた。

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