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獣耳男子と恋人契約

花宵

1、学園の王子様に助けられました

 梅雨が明け、太陽の日差しがきつくなってきた六月の下旬。衣替えの期間もとうに終わったというのに、私はひとり冬用の長袖ブラウスの袖に腕を通す。

 母に「暑いから半袖に着替えたら?」と言われても、「日に当たると肌が焼けて痛いから」と誤魔化して。日焼け止めを渡されても「何度も塗り直すのが面倒だから」と断る。


 正直暑い。


 外から聞こえるセミの鳴き声がさらに拍車をかけて、額にはじんわりと汗がにじむ。

 出来ることなら半袖がいい。
 でもこの腕を人目にさらすと色々面倒。
 だから私は年中制服も私服も長袖ばかりだ。

 幸い学園では誰も私に進んで話しかけてくる人はいない。

 教室の窓側の一番前の席で、皆からは空気のように扱われ、毎日が過ぎていくのをただ流されるように過ごしていた。


 そんな高二の夏、私のクラスに転校生がやってきた。

 休み時間の度に、他のクラスから見に来る女子が後を絶たない程のモテっぷり。

「王子が今、こっちを見てくれた!」と、転校生の視線の向きが変わるだけで黄色い歓声が飛び交い教室が騒がしくて仕方ない。


 正直、どうでもよかった。


 セミロングの黒髪を後ろで一つに束ね、制服の長袖ブラウスは襟元と手首のボタンをきっちり閉める。スカートは常に膝下。化粧なんて出来るわけもなく、お洒落の欠片もない地味で冴えない私と、転校初日にして『学園の王子』とまで称されるようになったイケメン転校生。

 ただ同じクラスという以外、接点などありはしないのだから。



***



 人気のない放課後の空き教室で、女子数人に囲まれて始まる特別課外授業。


「お前、キモいんだよ」という暴言のラッシュから始まり、「ほら、動くと痛い目見るのはアンタだよ」と床に押さえ込まれて、腕に刻まれていく消えない傷跡。


 なにも変わらない毎日。

 これが、私の日常。

 だけど、その日は違った。



「何してるの?」



 教室内に低くて透き通った声が響いて、視線が一斉に声のするドアに集まる。

 そこに立っていたのは、女子にモテモテの転校生。


 嫌な場面を目撃されてしまった。

 乱入されなければ、後十分もすれば解放されたのに。



「ねぇ、そこで何してるの?」



 私を押さえつけてた女子たちは急いで手を離した。



「楽しくおしゃべりしていただけよ。結城君も一緒にどう?」



 主犯格の桃井美香が、聞いたこともないような猫なで声で転校生に詰め寄った。

 他の女子達もうっとりとした眼差しで彼のまわりに群がっていく。



「悪いけど、僕は一条さんに用があるから」



 転校生が桃井達を相手にせず一直線にこちらへ歩いてきたせいで、笑顔の能面が剥がれ落ちた彼女達の鋭い視線が私を突き刺す。



 学園内で私の名前を呼ばれたの、いつ以来だろう?

 それに、何故彼は私の名前を知っているんだろうか。

 転校してきたばかりで浮いた私の存在が異様に悪目立ちし、そのせいで逆に名前を覚えられてしまったのかもしれない。



「もう大丈夫だから、安心して」



 転校生は私の目線の高さまでしゃがむと、琥珀色の綺麗な瞳で私を捉えてふわりと優しく微笑んだ。

 男の人に使う言葉じゃないけど、『なんて綺麗な人』だと思った。

 異国の血が流れている彼は、絹糸のような銀髪に、雪のように白い肌と端正な顔立ちをしている。

 まるで、絵本の中から飛び出してきた王子様のようだ。



「怪我をしているね、保健室へ行こう」



 私の腕から流れている血を見て、彼は眉を下げて悲しそうに表情を曇らせた。

 そしてポケットから取り出したハンカチを、何の躊躇いもなく私の傷口に巻こうとする。



「そんな事したらハンカチが汚れます!」

「君に使ってもらえるなら、このハンカチも本望だよ」



 (この人は、何を言っているの?)



 言葉の意味を理解出来ないまま、腕は綺麗にハンカチで巻かれてしまった。そのおかげか、ヒリヒリとしていた切り傷の痛みが引いた。

 呆然としていた私に、彼は「ごめんね」と謝った後、床に座ったままだった私の身体を優しく横向きに抱き上げる。



 所謂、お姫様抱っこというやつで。



 突然の事にフリーズする私の思考。

 宙に浮いた身体の感覚がむずかゆくて、足がブラブラと揺れて落ち着かない。

 その様子をポカンとした様子で見つめる桃井達を気にとめる事もなく、転校生はただ普通に長い足を動かして、私を抱えたまま教室から出て行ってしまった。

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