転生鍛冶師は剣を打つ

夜月空羽

第七十七話 鍛冶師だからこそ

国王様から子爵の地位と『魔剣士』という称号を貰った俺は都市に戻ってすぐに工房に籠っている。その理由は国王様の剣を打つ為だ。
加熱した鉄を打つ度に火花が飛び散り、振り下ろす鎚の力加減も調整しながら一本の剣を打っていく。そうして完成する一本の剣。普段の俺ならば満足できる作品ではあるも……。
「駄目だ……」
少なくともこれは国王様に献上できるほど素晴らしい剣ではない。俺のコレクション行きだ。
国王様から受けた依頼は単純明快。国王様に相応しい剣を一振り献上すること。だけど要望を聞く限り、相当難のある依頼だ。
芸術性と実用性。共に優れた剣を打ってくれ。それが国王様の要望だ。
だがしかし、それは無茶な注文でもある。
芸術性は見た目重視で主に観賞用などに用いられるが、実戦向きには作られていないのでいざ実戦に用いれば折れる可能性が高い。また実用性のあるのはその逆で普段から俺が打っている実戦向きの剣は無骨なものばかりなので観賞用には向かない。
使用目的が違うからどちらにも優れた剣などそうそう打てるものではない。それも国王様用にならなおさらだ。生半可な剣を打つつもりはないけど下手をすれば俺の首がとぶ可能性だってある。
せっかくグリードの戦いで生き返ったのにまた死ぬなんて御免だ。
「だけどここで挫けるわけにはいかねえよな……」
俺は神殺しの剣を打たなければいけない。
いずれ復活する邪神。一度はこの世界を滅ぼしかけたその邪神を倒す剣を俺の手で打たないといけない。かつてご先祖様、伯耆安綱が酒吞童子を斬る刀を打ったように俺も神を斬る剣を打たなければこの世界は終わりを迎える。
神殺しの剣に比べれば国王様の剣なんて簡単だ。とは言えないけど、国王様が満足できるような剣も打てないようでは神殺しの剣を打つなど夢のまた夢だ。
それでもどうしようもない不安とプレッシャーを感じてしまう。俺の鍛冶師としての腕前次第でこの世界は終わると思えばどうしても肩が重くなってしまう。
「くそったれが……」
ガンッ! と俺はヤケクソ気味に鉄床を鎚で叩きつけてしまう。
「世界の命運を握る勇者や英雄はこんな気持ちを抱えて戦っているんだな……」
物語に登場する勇者や英雄はこんなとんでもないモノを背負って戦っているその気持ちが少しわかってしまった。それと同時に理解してしまった。
わかってはいたことだ。だけど、心の奥で本当に僅かにもしかしてという淡い幻想を抱いていた。だけど確信した。確信、してしまった。
俺は勇者にも英雄にもなれない。その『器』ですらないということを……。


剣の鍛錬を終わらせて俺は家に帰った。国王様から頂いた期限にはまだ時間があるから大丈夫とはいえ、今の俺には不安でいっぱいだった。本当に国王様に相応しい剣を打つことができるのか?
「……風呂に入ってスッキリするか」
このままでは余計に変なことを考えてしまうと思った俺は風呂にでも入ってスッキリしようと浴室に向かう。
「え……」
「あ……」
そこで俺はスッポンポンのジャンヌと遭遇した。
「な、なななな……ッ! この――」
「悪い。後にするわ」
俺は謝って扉を閉めようとすると、ジャンヌが手を伸ばして俺の腕を掴んできた。
「……どうしたのよ? いつもの貴方らしくもないわよ?」
「…そんなことないぞ? たまにはそういうプレイもアリかと思って」
「嘘。いつもの貴方なら『おっ、ジャンヌも風呂か。それなら一緒に入ろうぜ。あ、背中流してくれよ? その胸で』ぐらいのセクハラするわよ」
流石はマイハニー。よく俺の事をご存知で。
「セクハラをしない貴方なんて貴方じゃないわ。とりあえず一緒に入りましょう」
「え? いや、ジャンヌさんよ……」
「もう身体の隅々まで見られているのだから恥ずかしくもないわ。ほら、早く入りなさい」
あらやだ、ジャンヌさん。今日は随分と大胆で。
そんな冗談が通じることもなく俺はジャンヌと一緒に風呂に入るのであった。
ジャンヌは国王様から『聖騎士』の称号を授かった。だけど褒美である騎士団の設立はジャンヌ自身、更なる功績を積み上げないといけない。とはいえ、今のジャンヌならそう難しい問題ではない為にその騎士団が設立するのも時間の問題だろう。俺との関係も俺が貴族の仲間入りしたからジャンヌの両親に挨拶しようかと思ったが、ジャンヌ曰くもう少し実績を積み上げておかないと危ないかもしれないと言われたのはご両親との挨拶はまたの機会だな……。
それでも俺とジャンヌの関係は進展した。そこは素直に嬉しい限りだ。
「それでどうしたの? 国王様からの依頼、そんなに難しそうなの?」
「……まぁ、それもある」
それも問題だけど俺はそれ以上に重い問題を抱えている。だけど……。
「……なぁ、ジャンヌ。もしお前に世界の命運がかかっているって言われたらそれでも戦うか?」
俺は思わずそう言ってしまった。
それに対してジャンヌは。
「ええ、戦うわ」
そう答えた。
「でも勘違いしないでよね? 私だってそんなの嫌よ? 怖いし、不安だし、負けたらどうしようって思うわ。それでも私は戦うわ。貴方の剣と共に貴方とこの世界の為に戦う」
「……」
「私だって死にたくはない。だけど私はそれ以上に貴方を失いたくない。もう、貴方が死ぬところなんて見たくないの……」
……そっか。そういえばそうだな、俺は残されたジャンヌ達の気持ちも気にせず、一度死んでしまった。そのせいで俺はジャンヌを泣かせてしまったんだった……。
「貴方とグリードの戦いを間近で見てわかったわ。私は弱い。まだ貴方に守られているだけの『女』であって貴方を守る『騎士』ではないってことを」
「いや、お前は毎日努力しているじゃねえか…」
「結果も出せない努力なんて何の意味もないわ。私はもっと強くならないといけない。前に進まないといけない。今よりももっと強くなる為に」
その言葉がいったいどれだけジャンヌを悩ませて決意させたのか、その重みがある。強くなりたいという気持ちが、意志が伝わってくる。
前にリリスが言っていたな……。
俺とジャンヌとは心の強さが違うと。今まさに俺はそれの本当の意味に気づいた気がした。するとジャンヌはおもむろに立ち上がり、お湯の中をゆったりと進みながら俺の正面に立ち、そして抱き着いてきた。
「ジャ、ジャンヌさん……その、当たっていますが……?」
密着するように抱き着いている為にジャンヌの身体の体温と柔らかさがダイレクトに伝わってくる。ジャンヌの胸も俺の胸で形を変えるほどだ。
「貴方は私のたった一人の鍛冶師であり、私の夢を支え、応援して背中を押してくれた私の愛おしい人。だから貴方に全部背負わせることなんてさせない。今度は私が貴方を支える。何があっても貴方を一人悩ませることなんてさせない。だからいつものように私を抱きなさい、私の鍛冶師」
それを聞いた俺は思わずジャンヌの背中に腕を回して抱きついた。
……俺は本当にいい女に恵まれている。
まるでジャンヌがその重さを半分引き受けてくれたかのように俺の肩に乗っていた重さが軽くなった気がした。勿論、オールグスト様が言っていたように神殺しの剣を打たなければ世界の救うことはできない。だけどこうして傍にいてくれる人がいることがわかっただけで俺は救われた気持ちになれる。だからこそ、俺も守らなければいけない。ジャンヌを、リリスや皆を守る為にも俺はその為の剣を打たなければいけない。
俺は勇者にも英雄にもなれない。誰かを救うこともできなければ、守ることもできないのかもしれない。それでも鍛冶師だからこそできることだってきっとある筈だ。
それにジャンヌが前に進むというのなら俺も前に進まないと男が廃る。だから打ってやろうじゃないか、神殺しの剣を。俺の手で必ず。
「……まったく、ジャンヌも大胆になったものだ。いいぞ、いつものようにジャンヌのいい声を聞かせて貰うとしよう」
こうしていつもの調子を取り戻した俺はジャンヌを抱いた。その途中で少しマニアックなプレイをしようとしたら『変態!』と言われてグーで殴られた。うん、いつものジャンヌだ……。



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