転生鍛冶師は剣を打つ

夜月空羽

第六十九話 未来の為に

「セシリア。入るぞ」
リリスに想いを告げた俺はリリスと共にセシリアがいる天幕に入る。そこには身を丸めて座っているセシリアが顔を上げる。
「どうされましたか? リリスさんも一緒とは…………何かあったのですか?」
俺とリリスが天幕に訪れると何か異常事態が起きたのかと尋ねてくるセシリアに俺は首を横に振る。
「いや、そういうのじゃないから安心しろ」
「ではどうしたのですか?」
俺達が天幕にやってきたことに怪訝するセシリアに俺は言う。
「セシリア。俺はお前を抱きたい」
自分の気持ちを誤魔化すことなくありのままにそう告げると、セシリアは一瞬目を見開いて驚くもすぐに元の表情に戻る。
「はぁ…………それはまぁ、既に貴方に純潔を捧げる覚悟はできていますから構わないのですが」
抱かれることそのものに抵抗はないセシリアだけど、俺が言いたいのはそういうことじゃない。いや、そういうことはするけど……………。
「俺が言いたいのはそういう意味じゃなくて、いや、抱くことには変わりないけど」
「ではどういう意味でしょうか?」
「えっとだな……………その、なんというか」
「ご主人様。落ち着いてください」
どういえばいいのか悩む俺の背中をリリスは優しく擦ってくれる。
「私の時のようにありのままの気持ちを言えばいいのです。変に言葉を選ぶ必要はありません」
「……………ああ、ありがとう」
リリスに宥められて俺は一度深呼吸してから改めてセシリアに言う。
「セシリア。俺はそんな自己犠牲や義務的なものでお前を抱こうとは思わない。セシリア自身が本当に俺に抱かれたいのかそれを聞きたい」
「………………………それは、ないとは言えない。しかし、私は貴方に恩義があり感謝もしている。貴方になら純潔を捧げてもいいとそう思えたからこの身も心もを貴方に委ねた」
確かにセシリアはよく尽くしてくれる。
他のエルフ達を取りまとめて家事をよくしてくれる。頼めば夜の奉仕だってしてくれただろう。
けど違う。そうじゃないんだよ。
「セシリア。お前は人間は嫌いか?」
「突然何を…………?」
「答えてくれ」
「……………少なくとも好意は持てません。その理由は知っているでしょう?」
ああ、知ってる。だからこそ答えて貰った。
「なら俺のことは?」
「その質問は卑怯だ………」
「ああ、卑怯だ。でも俺は本気だ。それと知っているだろうけど俺とジャンヌは恋人同士だ。けど、そうなった経緯は知っているか?」
「いえ………特には」
七つの欲セブンズ・デザイアのグリード。俺はジャンヌを傷つけたあいつだけは絶対に許さない。必ずこの手で斬ってやると自分自身に誓った」
いい意味でも悪い意味でもグリードがきっかけに俺とジャンヌは恋人同士になれた。けれど俺はあいつだけは絶対に許さない。
「グリードを斬る。その為に俺はジエン流を身に付けた。次にあいつと会った時にあいつを斬る、いや、殺す為に」
「……………それをどうして私に?」
「だからお前が人間を嫌う理由が少しは理解できる。それでも俺はセシリア、お前に俺の事を好きでいて貰いたい。犠牲とか義務とか種族とか立場とかそういうのを全部無視してこれからも俺の傍で俺の女として傍にいてほしいと思ってる」
「…………どうして、ですか? どうして私を奴隷としてではなく貴方の女として傍におこうとするのですか? 今のままでも私は己の生涯全てを貴方の為に尽くすというのに」
そう言って貰えると男冥利に尽きると言いますが…………。
「独占力、いや、我儘だな。手放したくないんだよ。リリスもセシリアもシュティアも他の皆も。これからもずっと俺の傍にいて欲しいとそう思ったからかな?」
頬を掻きながら思った事を口にする俺にセシリアは信じられないものを見る目で俺を見てくる。
「だからセシリアには俺の事を一人の男として好きになって欲しい。セシリアが心から抱かれてもいいと思えるぐらいに」
「……………なぜそこまでして? 私を貴方の女にする意味がわからない」
「俺はお前のことも好きだからだ。好きな女には傍にいてほしいって思うのはごく自然なことだろ?」
「ですが、貴方にはジャンヌさんが…………」
「安心しろ。ちゃんとジャンヌの許可は貰ったから。後はセシリア、お前の気持ち次第だ」
本当に寛大なジャンヌに感謝だな。
するとセシリアは一呼吸置いて口を開いた。
「……………貴方のことを好きか嫌いかで言えば好意は持っています。ですが、貴方は私達エルフを襲い、奴隷にする人間だ。ジャンヌさんやリリスさんのように私は貴方を心から愛することはできない」
セシリアははっきりとそう言ってくれた。
そりゃ、そうだよな……………。なんせ俺だって強欲で欲張りな人間だからな。セシリアのその想い、感情は何も間違っていない。
「…………なぁ、セシリア。手を出してくれないか?」
「はぁ……?」
怪訝しながら手を出してくるその手を俺は掴んだ。
「俺は人間だ。セシリアが嫌う人間。そしてセシリアはエルフ。見た目も種族も考え方も何もかも違う。寿命だって俺の方が短い。でもほら、俺達はこうして手を取り合えることができる。これってお互いがお互いの事を信用しているからできることだろ?」
「それは………ですが」
「確かに俺達人間という種族はセシリアから大切なものを奪った。それでもセシリアは俺の事を信用してくれている。当然俺もセシリアの事を信用している。なら俺達は共に同じ未来を歩いて行けるんじゃないか?」
「ッ!?」
「少なくともジャンヌはそういう未来を望んでいる。いや、実現しようとしている。エルフが安心して生活できる未来を作ると己の騎士道に誓った」
「ジャンヌさんが……………ですがそんなの」
「ああ、それは茨の道だ。それを許さない奴だって必ず現れる。それでもジャンヌは成し遂げようとする。自分でそう決めたから。凄いよな、俺には真似できない。俺ができることいえば剣を打つか自分の手の届く範囲の人達を護るぐらいだ。俺は全てを救える英雄じゃないからな」
そうだ、俺は英雄なんて器じゃない。
あの時、都市を襲撃しようとしたあのエルフを助けようなんて微塵も考えなかった。どんな過去を持っていたとしても敵なら容赦なく斬り捨てる。少なくとも俺はそのつもりで戦った。
決して救おうとも助けようとも思わなかった。だけど…………。
「少なくとも一人、エルフの未来の為に動こうとしている騎士様がいる。そして俺は鍛冶師。その騎士様の道を切り拓く剣を打つのが鍛冶師としての俺の役目だ。だからまぁ、これからのエルフの為にもエルフであるセシリア達の協力は必要不可欠なのは確かだ」
「それは……そうでしょうが」
「だからそういう建前で自分を納得させてくれないか? 俺だって今すぐに俺の事を愛してくれなんて無茶なことを言うつもりはない。ただ今後のことを踏まえた上でいずれは俺の事を好きになって欲しい」
そこまで言うとセシリアは可笑しそうに笑った。
「結局は貴方は私を抱きたいということですね」
「おう、リリスと一緒にな」
「ふふふ、セシリアさん。共に初めてをご主人様に捧げましょう」
「やはり、貴方は変わった人間だ」
「まぁ、否定はしないさ………」
もうどう言われようが慣れたよ…………。
「ですが、そんな貴方だからこそ私は全てを委ねられるのかもしれない」
そう言ってセシリアは着ているものを脱ぎ始める。
「今はまだ貴方を愛することはできない。ですがいつか必ず心から貴方を愛することを約束します。ですからどうか私を貴方だけの女である証をこの身に刻んでください」
「ああ、一生忘れられない思い出にしてやる」
「あらあら、それでしたら私もそれでお願いしますね」
リリスも便乗してそう言いながら服に手をかける。
…………一生忘れられない思い出になりそうだ。
そうして俺達三人は狭い天幕の中で身体を重ね合って温もりを共有した。

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