転生鍛冶師は剣を打つ

夜月空羽

第四十話 幸せな終わり方

グリードと出会ってから忙しい毎日だ。
エレナ先輩との剣の特訓、鍛冶の鍛錬、気の修行とやることは多いがその全てはいずれ来る時の為に必要なことだ。
カーン、と金属音を響かせながら汗を流しつつ鎚を振るう。
毎日入り浸っている工房はもはや俺の部屋に等しいが、今はここに入る時間も入学した時に比べれば減っている。けど、それは仕方がない。
今の俺は鍛冶もだけど剣の腕前も上げないといけない。鍛冶に集中したい気持ちはあるけど俺はジャンヌを守る騎士になると約束した。
その約束を違えないように強くなる必要がある。
「ふぅ~」
「…………んっ」
一息入れる俺の代わりナンは真っ赤になっている鉄を叩いてくれる。こうして武器を叩いて鍛え上げる音が俺は好きだ。心まで響いてくる気がする。
それに俺とナンは凄く相性がいい。
俺が作る武器は基本的に下手な飾りがない無骨な物だけどナンは細工や装飾といった繊細な部分を作るのが得意とする。だから俺たち二人が作れば見た目も性能もいい武器ができる。
これまで打った剣は部屋に飾っている。とそう言いたいが、基本的にはカイドラ先生の知り合いの鍛冶師の店に流して売っている。勿論俺とナンが売ってもいいというやつだけだが。
その売り上げの一部を貰って俺達はそれを収入の代わりにしている。
まぁ、一部だから大したお金にはならないのが世知辛いところだけど…………………。
「それにしても硬いな。アダマンタイト」
流石は世界最硬と言われるだけはある。形を変えるだけでも一苦労だ。
現在進行形で打っている鉱石はミスリルや精神感応石と呼ばれるオリハルコンと世界最硬のアダマンタイトを使ってテイクの剣を打っている。
俺がこの学院二位になったことで学院側が俺に対する待遇措置も上がった。
実力主義を信条している学院なだけあってその待遇措置は凄い。特に一桁になった者はマジで凄い。ただの学生の筈なのにまるでどこかのお偉いさんになった気分だ。馬車での送り迎えに、食事の常に最高級のものばかりで何か欲しいものがあれば何でも持ってきてくれる。
何か欲しいものはございますか? って聞かれたから冗談で女が欲しいって言ったら色んなタイプの女性を連れてきた時はマジでびっくりした。
これも全部、学院二位という称号を持っているからこそできること。だから俺はそれを使って世界中のあらゆる鉱石を学院が俺の要望通りに買い取ってくれた。
あと金が欲しいって言ったら億を超える額の金を家に送られたし、もうそれだけで一生遊んで暮らせそう。
まぁ、順位が落ちたらこんなことはできないから負けないようにはしないとな…………………。
再び鎚を振り始める俺は鍛冶に没頭する。
それからしばらく鎚を振るっていると…………………。
「完成だ………」
「………………………………まだ」
剣が出来たと思ったけどナンが首を横に振った。
「ああ、悪い。細工がまだだったな」
「………………………んっ」
剣そのものは完成したけどまだ細工ができていない。俺としてはこれで完成でいいけどこれではナンは納得できない。お互い職人気質なだけあって譲れないところはある。
「後はナンに任せていいか?」
「…………………やる」
最後の完成はナンに任せて工房を出るもナンは作業を続ける。
熱があるうちにやり遂げておきたいのだろう。手出しができない俺がいても邪魔だし、一応はカイドラ先生に一声かけてから帰ろう。
そうして俺はカイドラ先生にナンがまだ工房にいることを伝えて自分の家に帰る。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
セシリア達に出迎えて貰いながら俺は家に帰ると自室に赴いて服を着替える。
工房に籠って汗も凄いし、すぐに風呂にでも入るか…………………。
ラフな格好になって寝間着を持ち、飯の前に風呂に入ると思った矢先、部屋の扉がノックされる。
『トム。入ってもいいかしら?』
それはここ最近聞いていなかったジャンヌの声だった。
「あ、ああ、いいぞ」
ちょっとどもりながらもいつも通りにそう応じると、ジャンヌはゆっくりと部屋の扉を開ける。
「………………………………」
無言で扉を開けて入ってくるジャンヌの恰好はいつもの部屋着とは少し違う。どちらかといえば寝間着と下着の中間にあるようなちょっとセクシーな恰好だ。
「どうしたんだ? 俺はこれから風呂に入ろうと思ってんだけど…………」
「ごめんなさい……………」
ジャンヌが頭を下げて謝ってきた。
「私の勝手な事情でここ最近貴方を無視していたわ……。本当にごめんなさい」
「そのことか…………。いいよ。あんなことがあった後なんだから男に苦手意識を持ってしまっても仕方がないし」
「違うの、そうじゃ、ないのよ…………」
「………………………………ジャンヌ?」
顔を俯かせたまま急に震え出すジャンヌに心配になって近づくと、ジャンヌは俺の胸に飛び込んでいた。
「えっと、どうした?」
「貴方が好き」
…………………。
俺は今、凄い間抜けな顔になっていると思う。
今、この美少女様はなんと申されましたアルか? 好き? スキー? ………………え? いやいや、落ち着け、ミー。僕はできる子。
「貴方の事が好き、なの」
心を落ち着かせようとする俺にジャンヌは再びそう仰る。
「えっと、それは友達としてでしょうか?」
「そ、そこまで言わせないでよ、ばか…………」
顔をあげるジャンヌの顔は羞恥心がいっぱいで瞳に薄っすらと涙が溜まっている。
嘘を言っているようには、いや、ジャンヌはそんな嘘は言わない。つまりこれは、ジャンヌは俺の事を男として好きってことなのか……………?
リリスに続きジャンヌまでも俺に告白してくれたのか?
「えっと、その………何と申しまするが」
突然の告白にテンパる。
「………………正直に言うけど、私もこれが恋心かどうかなんてわからない。けど、あの時抱きしめられて、いえ、もっと前。騎士になる為に私の傍で支えてくれたあの時から私は貴方のことが好きになったんだと思う………………」
「………………………………いや、それはジャンヌが俺と同じだったから。俺も諦めきれない夢があって、多分、ジャンヌと自分を重ねていたからから」
「それでも貴方は私を支え、道を切り開く為の剣も打ってくれた。否定され続けてきた私の夢を唯一肯定してくれた貴方に私が恋をしたと思うの。でもそれに気付かないで気付いても気のせいと思い込んで意識することなんてしなかった。でも、意識したら急に貴方の顔が見えなくなっちゃって、恥ずかしくて、情けなくて、自分の気持ちに正直になるまでずっと貴方を無視していたけど、それを終わりにしたい。だからもう一度言うわ」
ジャンヌは俺と目を合わせて言う。
「私は貴方の事が好き。ずっと傍にいて欲しい、一緒に強くなっていきたい。そして貴方の隣に立ちたい」
ジャンヌは自分の想いを俺に告げると服を脱いで下着姿になる。
「もし、私の事を騎士ではなく一人の女の子として見てくれるのなら抱いて。覚悟はもうできてるから………………」
その告白に俺はどうすればいいのかわからなかった。
始めはきっと共感だった。
日本では鍛冶師なんてなっても碌に儲からないし、自分が作りたい武器なんて作ることができない。部屋に武器を飾ることもできないから諦めるしかないと思っていた。けどこの世界に転生してその夢が手に届くと知った時は嬉しかった。
ジャンヌとの出会いは偶然。だけどジャンヌが俺と同じように諦めきれない夢を抱いていると知って放っておくことができなかった。
それから無し崩れにこれまで一緒にお互いの夢を追いかけながら、俺は騎士になるジャンヌの夢を応援するつもりだった。
ジャンヌの心は間違いなく騎士だ。弱い人を身を挺してまで守ろうとする優しくて立派な騎士だと思っていたけどそれは間違いだった。
ドラゴンの時だって手を恐怖で震わせ、グリードの時だって涙を流した。
ジャンヌは騎士だけどそれ以前に一人の女の子だと俺はあの時思い知らされた。
だからあの時俺は決めた。
ジャンヌを守る騎士になる、と。俺の夢は鍛冶師になることだけどそれとこれとは別。
鍛冶師でもたった一人の女の子を守る時ぐらい騎士になっても罰は当たらないだろう。
皆を守る騎士であるジャンヌを鍛冶師である俺が支えて。女の子の時は俺がジャンヌの騎士になる。そうして全部を守ることが出来れば全員が幸せになれる。
それならもう答えは決まってる。
俺はジャンヌの頬に触れてジャンヌとキスする。
キスはレモン味とかなんとかって聞いたことがあるけど、甘い味がした。
「俺もジャンヌのことが好きだ。お前が騎士になるのなら俺は鍛冶師として全力でお前を支える。そして一人の女の子としてお前を守る。今更無しって言うなよ? もう俺はお前の事を手放したりしないからな」
「…………………うん」
多分俺も出会ったあの時からジャンヌのことが好きになっていたんだ。
強気で負けず嫌いで暴力的でツンデレでそれでも寂しがり屋で真面目で優しいジャンヌが俺は好きだ。今ならはっきりと自分の気持ちを伝えることができる。
「好きだ、ジャンヌ」
俺はもう一度ジャンヌとキスする。二度目のキス。上手くできたなんてわからない。
ベッドにジャンヌを寝かせて俺はその上に覆い被るような態勢を取って思い出した。
「俺、汗臭いかも……………」
工房で剣を打って汗だくの身体。風呂に入る前にジャンヌが来てしまった為にまだ汗を流していないから臭いかもしれない。
初体験が汗臭いままで始まるのもムードが…………………。
どうするか悩んでいるとジャンヌは可笑しそうに笑う。
「そんなこと気にしないわよ。むしろそれを理由に今更止めるって言ったら一生許さないから」
「そっちの方が嫌だな………」
「んっ」
ジャンヌの頬に触れてもう一度キスをして下着の上から胸を優しく触るとジャンヌは身体がビクっと震えた。
「ジャンヌ………?」
顔を見るとジャンヌは顔は怯えていた。
「ご、ごめんなさい………。まだ、少しだけ怖くて…………。覚悟、してきたはずなに…………」
怯えるジャンヌの心にはまだグリードに強姦されかけた恐怖が住みついている。
そのことに俺はグリードに対してこれ以上にないぐらい憎しみを抱いた。けど――
「だから、優しくして………? 貴方と一緒なら私、乗り越えられると思うから…………………」
恐怖に怯える心を無理に隠してジャンヌは痛々しくも笑う。
「ああ」
恐怖を乗り越えようと頑張っているジャンヌに俺が憎しみを抱くわけには行かない。
グリードのことは許せない。けど今一番辛いのはジャンヌだ。
俺が彼女を支えないといけない。
その夜、俺はジャンヌを抱いた。
初めてだったから上手にできたのか、優しくできたのかはわからない。けど、彼女が心から笑っているその顔を見て俺も嬉しくなって求めてしまうとジャンヌもそれに応じて求めてくる。
これが人を愛する気持ちだということを俺、いや、俺達は知った。
「ねぇ、リリスさん達はどうするつもりなの?」
「…………そりゃまぁ、ジャンヌが嫌って言うなら俺は」
「言わないわよ。それはまぁ、私だけを愛して欲しい気持ちはあるけど………無理にとは言わないわ。私だってリリスさん達のことが好きなのだから。…………………でも」
「ん?」
「ちゃ、ちゃんと私のことも愛してくれないと許さないんだから」
「ああ、約束する。皆で幸せになろうぜ」
誰一人欠けることなく皆でハッピーエンドを迎える。
それが一番幸せな終わり方だ。



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