2.5D/リアル世界の異世界リアル
第71話
71
割れんばかりの大歓声が続く中、制服の胸ポケットに潜んでいるアリスが「とうとう決勝だねぇー?」と囁いた。
「……そーだな。ほとんど試合じゃなくて待ち時間だったが」
「でもさ、待ってるほうが大変じゃなかった?」
「いや、それはない。奇姫はともかく生徒会長が手強かった。俺が殴られるのに慣れてなかったら負けてたかもな」
あるいは彼がすぐに本気を出してくれなかったら。
短期決戦にしてくれなかったら。
俺は元々体力が少ないわけで負けたかもしれない。アリスの発効限界を把握し切れなくなり、彼女を気絶させてしまうオチだってありえた。
「へぇ? ツっきんにしては謙虚じゃん?」
「ああ……。アリス、今一度気を引き締めるぞ」
俺は唾を呑み込む。
決勝ばかりはワケが違う。
対戦者が妹の熾兎なのだ。
「あー、そういえば午前中、殺されかけたよね」
……そうだ。
だからアイツが殺す勢いで俺に勝とうとしてきても不思議じゃない(畏怖)。
『ご来場の皆様、大変長らくお待たせしました! 日本異能学園武闘大会、1年に1度の無差別戦! ついに決勝です! 今年度の学園最強は一体どちらの生徒なのか! 決着の瞬間までどうぞお見逃しなく!』
大会運営も一段と気合が入っているようだった。
観客達を盛り上げるのが自分達の使命だ、と言わんばかりだった。
「頼むぞ、アリス」
「あーもう気持ち悪いわねぇ! さっきからまたなに1人ブツブツ呟いてるわけ!?」
俺が中央の闘技リングを踏みつけた時、熾兎が心底不愉快そうに尋ねてきた。
「そうやって変なコトして、あたしを挑発してるつもりなの!? バッカじゃない!? あんたが世界中に恥を晒すだけだっての!!」
「……、独り言くらい誰だってするだろ」
「大勢の人から見られてたら普通しないでしょ! やっぱあんた頭はおかしいままのようね……!!」
常識人ぶって怒気をぶつけてくる熾兎。
だが俺は呆れてしまう。
彼女に殺人未遂を犯したご自覚がおありではないからだ(遺憾)。
「ふん、癒美さんのおかげで怪我はすっかり治ったみたいだけどさ。次はこのあたしがあんたをもっと醜くさせてあげるわ。怪我なんかじゃ済まないくらいにね?」
「や、やれるもんならやってみろよ……」
うわっ、超怖ぇー。俺の妹ガチで超怖ぇー。
さっきトピア達に誓ったばかりなのに勝てる気がしない……。
『―――試合準備が整ったようです! それでは武闘大会決勝……始めッ!』
全く戦う気持ちが整っていないわけだが、大会運営は俺達兄妹に試合開始の合図を送ってきた。
マズい、と俺は内心焦り出す。
俺には熾兎に話さなければならないことがあった。
「し、熾兎!」
「なによタワシ? 公の場で気安く呼ばないでくんない?」
相変わらず熾兎からの好感度は最悪だったが、それを気にしている場合ではない。
「お前は……その……」
俺は言葉を選ぶような慎重さで、
「俺が異能力を取り戻したと気づいた上でも……。俺に勝つ自信があったりすんのか……?」
「はあ? ナメてんの? ありまくりだから棄権してないんでしょ!」
熾兎の返事は俺の思惑を裏切るものではなかった。
むしろそうでなくては困るのだ。
さぁ、ここからだ。
ここからが重要!
「ならそれは……オニイチャンだけのエクストラボーナスステージが……あるからか?」
より正確にはその異能力で熾兎が変身する怪物―――あのグロキモな怪物が控えているから、俺に勝つ自信があるのか、だ。
そんな俺の問いに。
彼女はなにを思ってか、一瞬眉根を寄せたが、
「まぁ、そうかもね。あの異能力があればこの試合、100パーセントあたしの勝利よ。全盛期のあんたが尻尾巻いて逃げ出したくらいなんだし」
「! ならもう……変身しちまえよ、あの怪物に」
俺は覚悟を決めて言い放った。
昨日俺自身が宣言したことを思い出しながら。
『もしも、大会で熾兎と戦うことになったら。俺はその時、アイツの中の怪物を倒す……!』
そう! 俺は取り戻したいのだ!
あの怪物を倒すことで、引き裂かれたままの兄妹仲を!
たとえそれがどんなに困難だとしても、俺がこの物語の主人公なのだから、無視できるはずもない!
「……、なにが狙いよ?」
「い、いや特に。お前は早く決着をつけたくないのか?」
熾兎に不審な目で睨まれたが、実のところはごく単純な理由からなのだ。
生徒会長の時と同様、試合が長期化したら俺が不利になってしまう。
(あのグロキモな怪物を最終手段として発効されたら、どうなる? 俺はくたくたの状態で絶望するしかないはずだ……!)
どうせ勝つために発効されてしまうのだったら、俺は彼女に最初から発効されるのを望む。まだそのほうが俺に勝算があるとも思えるからだ。
「そうね。早く決着をつけたいのは認めるわ。……けどね」
「けど……?」
「あんた、あの異能力がこの大会に相応しくないってこと、わかってない」
熾兎はものぐさな様子で、
「アレはね、見た目はそれっぽくないけど、あたし達が異空間に転移してんのよ。つまり外から見たらなにが起こってんのかさっぱり。突然あたし達が消えたとしかわかんないの。もちろん動画撮って確認済みよ」
「! じゃ、じゃあお前はあの異能力を……!?」
動揺を露わにした俺に、熾兎が肩を竦めて言う。
「そ。あたしはこの大会でアレを発効するつもり毛頭ないし、アレなしでもあんたに勝てる自信がある。ここ半年弱であんたより強くなったつもりなわけ」
ま、マジかよ。これは予定外だ、発効しないんだったらあの怪物を倒すのは次の機会になってしまう……(困惑)。
「は? なんでそんな残念そうな顔付きするわけ? 異能力者として病み上がりのあんたにはラッキーでしょうよ?」
「…………か、かもな」
仕方ない、気持ち切り替えていこう。
そもそもあの怪物を攻略するための有効な策なんてなかったんだ。
グロキモだった外見の情報以外はなにも知らないわけだしな。
熾兎が退屈そうに首根を回す。
「さぁ、いいかげん試合を始めるわよ? 決勝はこの闘技グラウンドの中だったらどこを走っても負けにならないわ。安心してあたしから逃げ回って頂戴」
「逃げ回るつもりなんてねえよ。何度も言ってんだろ、優勝してみせるってよ!」
「! あたしも言ってんでしょ!? 優勝は不可能だってッ!!」
だったら不可能を可能にしてみせるぞアリス!
まずはピコハンだ!
「…………。そんなの当たらなければ怖くないわよ」
「当たれば怖いってことだろ?」
俺はピコハンを手にして右肩を回すと、
「よし、ストレッチ完了、と。早速だがコイツを食らえ……!」
「!」
妹だろうと関係ない。
俺が熾兎に対して発効したのは、パンチラの風だった。
彼女のスカートが謎の強風によって捲れ上がる。
……が、その丸見えになった中身は彼女の下着ではなく。
「なっ!? た、たたたたた短パン、だとぅー!?」
「なに驚いてんのよ? 当たり前のことじゃないの」
熾兎はその場で仁王立ちしていた。
「短パン履かなきゃ常に見え見えになっちゃうじゃない。むしろ履いてないで試合出てる痛い子なんていんの?」
いやいたよな!?
じゃあやっぱりそのお姫様、心から注目されたかったのか!?
どうりでTバックだったのか!?
「ってか、実の妹のパンツを全国に晒そうとする兄とか……前代未聞ね。ネットで叩かれまくるわよ?」
「そ、そんなことねえよ」
逆だろう。ネット住民からは『アイツは俺達の兄貴だ』って称賛されまくるに違いない。
……妹ちゃん達からは『死んで詫びろ』って罵倒されまくるだろうけど(涙目)。
「まぁでも? 今のあたしは昔と違って、パンツくらい晒しても平気なんだけどね? 別に減るもんでもないんだしさ」
「じゃあパンツ脱げよ!」
「短パンでしょ!? い、言い間違えてんじゃないわよこのタワシ……ッ!!」
やべ、素で間違えた。
熾兎ちゃんに怒られてしまった(・ω<)。
「……! ああもう、なんなのよ、あんたはなんなのよ!?」
なぜか熾兎は苦しそうに額を押さえ始め、
「やっぱワケわかんない!! どうなってんの!? 似てるけど、ほとんど同じだけど、あたしの知ってるあんたとはなにかが決定的に違う!!」
「……い、いきなりどした?」
熾兎の突然の異変にたじろぎ一歩下がる俺。
こ、これは……。ひ、ヒスった、のだろうか……?
「記憶喪失になったから!? 違う! そんなじゃない! じ、人格!? 人格がおかしいっての!?」
おおう、妹に人格疑われるとかないわぁ。
……けどま、大体当たってるんだけど。
(確かに俺はこの世界での憑々谷子童本人だ。だが熾兎の知っている憑々谷子童じゃない)
そう、だから俺は。
過去の憑々谷子童と、人格だけはすり替わっていて―――。
「お前は……この俺が偽者だって言いたいのか?」
「だったり、するんじゃないの……!?」
「…………」
トピアほどではないが鋭い。記憶喪失からグッと近づいてきたのは自明だ。
まぁ察するに俺の心や思考を読んだのだろう。無論アリスほど正確ではないのだろうが……それでようやく俺の人格を疑うまでに至ったと(納得)。
とはいえ始めに俺を『憑々谷子童の偽者』と疑ったのは奇姫だ。
熾兎は二番目。完全に二番煎じ。
この期に及んでまた疑われても、俺には全く驚きに値しなかった。
と、
「……………………あは、」
不意にがくりと顔を俯かせ、だらりと両腕を下げた熾兎。
「そっかー、そっかそっかー♪ これは神様から与えられた試練……。ううん、ご褒美ってわけね? そうじゃなきゃこんな奇跡、起こるはずないでしょ……?」
「!? お、お前はなにを……!?」
俺は衝撃的な光景を見せられていた。
というのも辛うじて窺える熾兎の口元が……彼女の口角が……不気味なほどに激しく打ち震えていたのだ。
次の瞬間、彼女は蒼天を勢いよく仰いで、
「あは、あはははははははは!! もうっ、超最高っ!! ねぇ、どっかで眺めてる神様!? こんな奇跡を起こしてくれたんだから、あたしは本当に、あたしの好きにしてしまってもいいってことでしょ!? そうなのよね……!?」
「……………………、なんだよ」
なんだよ。
なんだなんだなんだなんだなんだなんなんだよ―――ッッ!?
(熾兎がこれほど狂喜してるのが理解不能だ!! 彼女はただ俺を偽者と疑い出しただけだろッ!?)
それなのにこれは神様からのご褒美って!?
どういう事情があればそんな突飛な解釈になるんだよッ!?
「はは、ビビりまくって汗ダラダラじゃん?」
喜色満面の熾兎は歌うように、
「いいわ、あたしは今これ以上はないってくらい気分が高揚してるから、特別に教えてあげる♪」
「!」
言いながら熾兎が右手に発効してみせたのは漆黒の大鎌だった。
ただし以前は大鎌の刃部分だけだったが、今回は違う。
彼女の身長と同じくらいの長柄に、あの時見たのより何倍と巨大な刃。
まさに死神が持っていそうな武器だ。
彼女は俺に隠すような要領で背中に回し、それを地面に突き立てると。
「まずあたしはね? あんたのことは本物の憑々谷子童と期待してんのよ」
「き、期待……?」
「うん、希望的観測ってことね。……そもそも、あんたが偽者だってんなら目的はなに? あたしにバレないようこんだけ上手く変装してるんだし、よっぽどの目的でしょ?」
「…………、それは」
かもしれない。
変装した人物の知り合いを騙すのはそれはもう骨を折ることだろう。
まして今回は実の妹だ、もはや騙すなんてできないと俺は思う。
「目的が壮大なものになってしまうから、結局のとこはありえない。つまりあんたが本物である可能性のほうが高いのよ」
「俺は……偽者じゃない」
「ええ。であるからこそ俄然あたしも期待せずにはいられないのよ。あんたが本物でありますように、ってね?」
「な、なんでだよ? 俺が本物だったらお前が得でもすんのかよ……?」
「イエスね。だってあたしはこれから、あんたが本物か偽者か、それを判明させるために―――」
とそこで。
熾兎は背中から引き抜くかのように大鎌を振り上げ、その黒光りしている刃を俺に突きつけてきた。
身を強張らせた俺に対し、彼女はこのように口を紡いだ。
「―――あんたを殺してみなきゃ、ならないんだし」
割れんばかりの大歓声が続く中、制服の胸ポケットに潜んでいるアリスが「とうとう決勝だねぇー?」と囁いた。
「……そーだな。ほとんど試合じゃなくて待ち時間だったが」
「でもさ、待ってるほうが大変じゃなかった?」
「いや、それはない。奇姫はともかく生徒会長が手強かった。俺が殴られるのに慣れてなかったら負けてたかもな」
あるいは彼がすぐに本気を出してくれなかったら。
短期決戦にしてくれなかったら。
俺は元々体力が少ないわけで負けたかもしれない。アリスの発効限界を把握し切れなくなり、彼女を気絶させてしまうオチだってありえた。
「へぇ? ツっきんにしては謙虚じゃん?」
「ああ……。アリス、今一度気を引き締めるぞ」
俺は唾を呑み込む。
決勝ばかりはワケが違う。
対戦者が妹の熾兎なのだ。
「あー、そういえば午前中、殺されかけたよね」
……そうだ。
だからアイツが殺す勢いで俺に勝とうとしてきても不思議じゃない(畏怖)。
『ご来場の皆様、大変長らくお待たせしました! 日本異能学園武闘大会、1年に1度の無差別戦! ついに決勝です! 今年度の学園最強は一体どちらの生徒なのか! 決着の瞬間までどうぞお見逃しなく!』
大会運営も一段と気合が入っているようだった。
観客達を盛り上げるのが自分達の使命だ、と言わんばかりだった。
「頼むぞ、アリス」
「あーもう気持ち悪いわねぇ! さっきからまたなに1人ブツブツ呟いてるわけ!?」
俺が中央の闘技リングを踏みつけた時、熾兎が心底不愉快そうに尋ねてきた。
「そうやって変なコトして、あたしを挑発してるつもりなの!? バッカじゃない!? あんたが世界中に恥を晒すだけだっての!!」
「……、独り言くらい誰だってするだろ」
「大勢の人から見られてたら普通しないでしょ! やっぱあんた頭はおかしいままのようね……!!」
常識人ぶって怒気をぶつけてくる熾兎。
だが俺は呆れてしまう。
彼女に殺人未遂を犯したご自覚がおありではないからだ(遺憾)。
「ふん、癒美さんのおかげで怪我はすっかり治ったみたいだけどさ。次はこのあたしがあんたをもっと醜くさせてあげるわ。怪我なんかじゃ済まないくらいにね?」
「や、やれるもんならやってみろよ……」
うわっ、超怖ぇー。俺の妹ガチで超怖ぇー。
さっきトピア達に誓ったばかりなのに勝てる気がしない……。
『―――試合準備が整ったようです! それでは武闘大会決勝……始めッ!』
全く戦う気持ちが整っていないわけだが、大会運営は俺達兄妹に試合開始の合図を送ってきた。
マズい、と俺は内心焦り出す。
俺には熾兎に話さなければならないことがあった。
「し、熾兎!」
「なによタワシ? 公の場で気安く呼ばないでくんない?」
相変わらず熾兎からの好感度は最悪だったが、それを気にしている場合ではない。
「お前は……その……」
俺は言葉を選ぶような慎重さで、
「俺が異能力を取り戻したと気づいた上でも……。俺に勝つ自信があったりすんのか……?」
「はあ? ナメてんの? ありまくりだから棄権してないんでしょ!」
熾兎の返事は俺の思惑を裏切るものではなかった。
むしろそうでなくては困るのだ。
さぁ、ここからだ。
ここからが重要!
「ならそれは……オニイチャンだけのエクストラボーナスステージが……あるからか?」
より正確にはその異能力で熾兎が変身する怪物―――あのグロキモな怪物が控えているから、俺に勝つ自信があるのか、だ。
そんな俺の問いに。
彼女はなにを思ってか、一瞬眉根を寄せたが、
「まぁ、そうかもね。あの異能力があればこの試合、100パーセントあたしの勝利よ。全盛期のあんたが尻尾巻いて逃げ出したくらいなんだし」
「! ならもう……変身しちまえよ、あの怪物に」
俺は覚悟を決めて言い放った。
昨日俺自身が宣言したことを思い出しながら。
『もしも、大会で熾兎と戦うことになったら。俺はその時、アイツの中の怪物を倒す……!』
そう! 俺は取り戻したいのだ!
あの怪物を倒すことで、引き裂かれたままの兄妹仲を!
たとえそれがどんなに困難だとしても、俺がこの物語の主人公なのだから、無視できるはずもない!
「……、なにが狙いよ?」
「い、いや特に。お前は早く決着をつけたくないのか?」
熾兎に不審な目で睨まれたが、実のところはごく単純な理由からなのだ。
生徒会長の時と同様、試合が長期化したら俺が不利になってしまう。
(あのグロキモな怪物を最終手段として発効されたら、どうなる? 俺はくたくたの状態で絶望するしかないはずだ……!)
どうせ勝つために発効されてしまうのだったら、俺は彼女に最初から発効されるのを望む。まだそのほうが俺に勝算があるとも思えるからだ。
「そうね。早く決着をつけたいのは認めるわ。……けどね」
「けど……?」
「あんた、あの異能力がこの大会に相応しくないってこと、わかってない」
熾兎はものぐさな様子で、
「アレはね、見た目はそれっぽくないけど、あたし達が異空間に転移してんのよ。つまり外から見たらなにが起こってんのかさっぱり。突然あたし達が消えたとしかわかんないの。もちろん動画撮って確認済みよ」
「! じゃ、じゃあお前はあの異能力を……!?」
動揺を露わにした俺に、熾兎が肩を竦めて言う。
「そ。あたしはこの大会でアレを発効するつもり毛頭ないし、アレなしでもあんたに勝てる自信がある。ここ半年弱であんたより強くなったつもりなわけ」
ま、マジかよ。これは予定外だ、発効しないんだったらあの怪物を倒すのは次の機会になってしまう……(困惑)。
「は? なんでそんな残念そうな顔付きするわけ? 異能力者として病み上がりのあんたにはラッキーでしょうよ?」
「…………か、かもな」
仕方ない、気持ち切り替えていこう。
そもそもあの怪物を攻略するための有効な策なんてなかったんだ。
グロキモだった外見の情報以外はなにも知らないわけだしな。
熾兎が退屈そうに首根を回す。
「さぁ、いいかげん試合を始めるわよ? 決勝はこの闘技グラウンドの中だったらどこを走っても負けにならないわ。安心してあたしから逃げ回って頂戴」
「逃げ回るつもりなんてねえよ。何度も言ってんだろ、優勝してみせるってよ!」
「! あたしも言ってんでしょ!? 優勝は不可能だってッ!!」
だったら不可能を可能にしてみせるぞアリス!
まずはピコハンだ!
「…………。そんなの当たらなければ怖くないわよ」
「当たれば怖いってことだろ?」
俺はピコハンを手にして右肩を回すと、
「よし、ストレッチ完了、と。早速だがコイツを食らえ……!」
「!」
妹だろうと関係ない。
俺が熾兎に対して発効したのは、パンチラの風だった。
彼女のスカートが謎の強風によって捲れ上がる。
……が、その丸見えになった中身は彼女の下着ではなく。
「なっ!? た、たたたたた短パン、だとぅー!?」
「なに驚いてんのよ? 当たり前のことじゃないの」
熾兎はその場で仁王立ちしていた。
「短パン履かなきゃ常に見え見えになっちゃうじゃない。むしろ履いてないで試合出てる痛い子なんていんの?」
いやいたよな!?
じゃあやっぱりそのお姫様、心から注目されたかったのか!?
どうりでTバックだったのか!?
「ってか、実の妹のパンツを全国に晒そうとする兄とか……前代未聞ね。ネットで叩かれまくるわよ?」
「そ、そんなことねえよ」
逆だろう。ネット住民からは『アイツは俺達の兄貴だ』って称賛されまくるに違いない。
……妹ちゃん達からは『死んで詫びろ』って罵倒されまくるだろうけど(涙目)。
「まぁでも? 今のあたしは昔と違って、パンツくらい晒しても平気なんだけどね? 別に減るもんでもないんだしさ」
「じゃあパンツ脱げよ!」
「短パンでしょ!? い、言い間違えてんじゃないわよこのタワシ……ッ!!」
やべ、素で間違えた。
熾兎ちゃんに怒られてしまった(・ω<)。
「……! ああもう、なんなのよ、あんたはなんなのよ!?」
なぜか熾兎は苦しそうに額を押さえ始め、
「やっぱワケわかんない!! どうなってんの!? 似てるけど、ほとんど同じだけど、あたしの知ってるあんたとはなにかが決定的に違う!!」
「……い、いきなりどした?」
熾兎の突然の異変にたじろぎ一歩下がる俺。
こ、これは……。ひ、ヒスった、のだろうか……?
「記憶喪失になったから!? 違う! そんなじゃない! じ、人格!? 人格がおかしいっての!?」
おおう、妹に人格疑われるとかないわぁ。
……けどま、大体当たってるんだけど。
(確かに俺はこの世界での憑々谷子童本人だ。だが熾兎の知っている憑々谷子童じゃない)
そう、だから俺は。
過去の憑々谷子童と、人格だけはすり替わっていて―――。
「お前は……この俺が偽者だって言いたいのか?」
「だったり、するんじゃないの……!?」
「…………」
トピアほどではないが鋭い。記憶喪失からグッと近づいてきたのは自明だ。
まぁ察するに俺の心や思考を読んだのだろう。無論アリスほど正確ではないのだろうが……それでようやく俺の人格を疑うまでに至ったと(納得)。
とはいえ始めに俺を『憑々谷子童の偽者』と疑ったのは奇姫だ。
熾兎は二番目。完全に二番煎じ。
この期に及んでまた疑われても、俺には全く驚きに値しなかった。
と、
「……………………あは、」
不意にがくりと顔を俯かせ、だらりと両腕を下げた熾兎。
「そっかー、そっかそっかー♪ これは神様から与えられた試練……。ううん、ご褒美ってわけね? そうじゃなきゃこんな奇跡、起こるはずないでしょ……?」
「!? お、お前はなにを……!?」
俺は衝撃的な光景を見せられていた。
というのも辛うじて窺える熾兎の口元が……彼女の口角が……不気味なほどに激しく打ち震えていたのだ。
次の瞬間、彼女は蒼天を勢いよく仰いで、
「あは、あはははははははは!! もうっ、超最高っ!! ねぇ、どっかで眺めてる神様!? こんな奇跡を起こしてくれたんだから、あたしは本当に、あたしの好きにしてしまってもいいってことでしょ!? そうなのよね……!?」
「……………………、なんだよ」
なんだよ。
なんだなんだなんだなんだなんだなんなんだよ―――ッッ!?
(熾兎がこれほど狂喜してるのが理解不能だ!! 彼女はただ俺を偽者と疑い出しただけだろッ!?)
それなのにこれは神様からのご褒美って!?
どういう事情があればそんな突飛な解釈になるんだよッ!?
「はは、ビビりまくって汗ダラダラじゃん?」
喜色満面の熾兎は歌うように、
「いいわ、あたしは今これ以上はないってくらい気分が高揚してるから、特別に教えてあげる♪」
「!」
言いながら熾兎が右手に発効してみせたのは漆黒の大鎌だった。
ただし以前は大鎌の刃部分だけだったが、今回は違う。
彼女の身長と同じくらいの長柄に、あの時見たのより何倍と巨大な刃。
まさに死神が持っていそうな武器だ。
彼女は俺に隠すような要領で背中に回し、それを地面に突き立てると。
「まずあたしはね? あんたのことは本物の憑々谷子童と期待してんのよ」
「き、期待……?」
「うん、希望的観測ってことね。……そもそも、あんたが偽者だってんなら目的はなに? あたしにバレないようこんだけ上手く変装してるんだし、よっぽどの目的でしょ?」
「…………、それは」
かもしれない。
変装した人物の知り合いを騙すのはそれはもう骨を折ることだろう。
まして今回は実の妹だ、もはや騙すなんてできないと俺は思う。
「目的が壮大なものになってしまうから、結局のとこはありえない。つまりあんたが本物である可能性のほうが高いのよ」
「俺は……偽者じゃない」
「ええ。であるからこそ俄然あたしも期待せずにはいられないのよ。あんたが本物でありますように、ってね?」
「な、なんでだよ? 俺が本物だったらお前が得でもすんのかよ……?」
「イエスね。だってあたしはこれから、あんたが本物か偽者か、それを判明させるために―――」
とそこで。
熾兎は背中から引き抜くかのように大鎌を振り上げ、その黒光りしている刃を俺に突きつけてきた。
身を強張らせた俺に対し、彼女はこのように口を紡いだ。
「―――あんたを殺してみなきゃ、ならないんだし」
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