2.5D/リアル世界の異世界リアル
第68話
68
俺は奇姫との対戦後、腹痛のため洋式便所に引き籠った。
同伴者のアリスには「くっさーい!! まだ、まだなの!?」と鼻を摘んで喚き散らされたが、またなにか願いを叶えてやるからと宥めると、息を止めてまで我慢してくれた(現金)。
『武闘大会準々決勝が全て終了しました。続いて準決勝です。BブロックとCブロックの勝者は速やかに中央の闘技リングに集まってください』
引き籠って20分くらい経っただろうか。
丁度腹痛の原因を流していた時、俺を呼ぶアナウンスが入った。
「あっぶねえ……。危うく『クソの処理に手こずり退学になったラノベ主人公』って揶揄されるところだった……」
俺は両手を洗い、ペーパータオルで拭いてからパンと頬を強く叩く。
僅かに残っていた水滴が頬に付着し、心なしかより引き締まった顔付きになれた。
「うっし! たぶんこっからが本番だな! アリス、準備はいいか! 俺の優勝はお前にかかってるぞ!?」
「…………わかったから早くトイレから出てよ……」
げんなりされたので、俺はそそくさと男子トイレを退室。
とはいえ闘技グラウンドの入場口はすぐそこなので、急ぐ必要はない。
「……お」
入場口の壁際には見知った人影があった。
「憑々谷君。トイレでしたか」
「すでに対戦相手は闘技リングの中だ。だが慌てるなよ。落ち着いて行け」
トピアと大和先生だった。
2人は普段通りの顔色で俺の登場を待っていた。
「ああ、サンキュ。……そんじゃ、行ってくる」
「憑々谷君、発効限界の意識だけは忘れないでくださいね?」
「アリスが気絶したら負けだからな。それだけは忘れてたまるかってんだ」
「さあ、勝って戻ってこい、憑々谷」
「もちろんだ!」
2人に後押しされ、いよいよ準決勝の舞台へ歩み始める俺。
するとすぐに準々決勝よりも大きな歓声が包み込んた。
アリスが胸ポケットに隠れたまま声をかけてくる。
「なんかさぁ、大詰めって感じしてこない? ツっきんはどう?」
「……俺もだ。物語的には終盤だと思ってる。この世界に来てまだ10日程度だったりするけどな」
「え、そなの? びっくらこいじゃん」
つまるところ1日1日がとても長かったのだ。
これほど密度の濃い学生生活を送れたのは初。
良い意味でも悪い意味でもラノベ主人公らしいリア充ができたのだ。
俺は空を見上げた。雲ひとつない爽やかな蒼天だった。
こんな最高の天気なのに、俺が負けるなんてこと、ありえるだろうか(反語)。
いいや。天気がどうだろうと関係ない。
俺は必ず勝つ。ハッピーエンドをこの手に掴み取ってみせる……!
「―――よ、子童君。君のことは弟から色々聞かせてもらっている」
中央の闘技リングで俺を待っていたのは、顔も名前も知らない男子生徒だった。
制服の上からでも恰幅のよさが窺え、さらには180は優にあるだろう高身長。
そして顔立ちは……あれ?
よくよく見たらイケメンなアイツの面影があるような。
「…………ひょっとして。あんた、樋口の兄ちゃんか?」
「正解。生徒会長をやらせてもらっている、2年の樋口賢人だ。賢いに人と書いて賢人だ」
「おおう、弟よりはだいぶマシな名前だな……。んん?」
記憶力の高さだけが取り柄の俺は、以前樋口が話していた内容を思い出した。
「どういうことだ? あんた、弟の3つ上なんじゃないのか? この学園を卒業してんじゃないのか? アイツは卒業生だって言ってたぞ?」
「俺は次男坊なんだよ。俺の2つ上に長男がいる。樋口勝人。勝つに人と書いて勝人だ」
「あー、3兄弟ってオチか」
長男もまた強烈な名前だな。勝人て。
ソイツが対戦相手だったら戦意喪失する自信あるぞ。
『―――試合準備が整ったようです。それでは武闘大会準決勝、第1試合……始め!』
大会運営からの戦闘開始の合図。
だが樋口の次男―――生徒会長は白い歯でニカっと微笑むと。
「さて、子童君。君にはまず感謝を伝えたい。……いつも弟の成人と仲良くしてくれて、どうもありがとうな」
「は……?」
「言っただろう。成人から聞かせてもらっているってね。……正直、生徒会長として聞き流せない後ろ暗い話題もあったりするが、まぁ好色漢の成人も成人だ。似た者同士、末永く仲良くしてやってくれ。頼むな?」
「……、……」
うわっ、断りづらっ(外道)!
(ってかなんなんだよこの人! 生徒会長でありながら慈悲深い僧侶みたいじゃねえか!)
超絶イケメンすぎて戦いたくない!
勝ったら申し訳なくなりそうだし!
「? どうしたんだ? 返答に困っている様子だが……もしや俺の弟に愛想が尽きてしまっていたか?」
「! そ、そんなことはないぞ……?」
「ならよかった。いやぁ、弟が君に嫌な思いをさせたのかと内心焦ったよ。最近ラウンド〇ンでデートしたって言ってたしな」
「っぅ!?」
「君はローラースケート、初体験だったのだろう? 弟のエスコートはどうだっただろうか? 手を繋いだり抱き寄せたり抱き留めたりしたと聞いて、」
「や、やめろ――!!」
俺は彼の言葉を遮るべく咆哮した!
全国放送で、しかも生中継でッ!
誤解を招きかねない暴露、しちゃってくれてんじゃねえよッ!!
「は、反則だ! 今のは著しく反則だッ!! 生徒会長がやっていいことじゃねえッ!! 猛省しろッ!!」
ぜえぜえと肩で息をしながら糾弾する俺。
しかして生徒会長に指を突きつけたが、
「なぜ君が怒っているのかわからないが……。きっとそのわからないことも含めて俺は君に謝罪すべきなのだろうな。……では、土下座をするから許してくれ」
と言いながら、生徒会長は地面に片膝をついた。
そして今しも反対の膝もつこうとし―――。
「ざっ、けんなあああああああああああああああああああ!!」
俺は頭を抱えてもう一度咆哮した!
なにこれ!? 新手の拷問か!?
(超絶イケメンぶりを発揮するコイツが土下座で両膝をついたら、この試合、俺の勝ちになっちゃうだろ!? 別に俺は土下座してまで謝って欲しくはないのにッ!)
俺が世界的な悪役になっちまうじゃねえかああああ(憤慨)!!
「……子童君? 結局俺はどうすればいいのかな……?」
「お、俺と戦え! ただ、それだけだっ!」
もう会話してるだけの現在がしんどいのだ。遠すぎてほとんど聞こえてないはずなんだが、それでも観覧席が冷え切ってるムードになってそうな気がして……。
「了解だ。早く戦おうってことだな?」
生徒会長はすっと立ち上がり、
「ははっ、嬉しいな。君が学園最強の異能力者なんて情報も耳にしている。ぜひとも俺の異能力をもって、その真偽を確かめさせて欲しい!」
「……いいぞ、光栄に思いな!」
アリス、ピコハンを出せ!
そう心の中で指示すると、俺の心を読んだアリスが右手にピコっと★ハンマーを出現させた。
……このピコハンの発効コストは3毎秒だ。発効限界の回復量が7毎秒である彼女なら、俺はこれを常に携帯しておくことが可能!
(そして1回だ。たった1回でも生徒会長の体にこれを当てられたら、その瞬間、俺の勝利が確実になる! あとはエアキャノンを発効すればそれで済むからだ!)
そう、意識を失いかけた状態で、エアキャノンを避けられるはずがない!
「お手合わせ宜しく願うぞ! 子童君!」
「!」
速い!
下半身を強化しているのだろう、数瞬で俺との距離を詰めてくる。
だがっ!
「はっ! トピアよりゼンゼン遅いなっ!」
悠々とピコハンを胸の前で構えてみせた俺。
だがなにを思ったのか、生徒会長は「……むっ!」と距離を詰めるのを中断し、俺の周囲を円を描くように走り出した。
「……そのピコハン、当たるだけで危険だな! 胸の前で構えるのは、自信の表れだ!」
やべ、ソッコーでバレちまった!
コイツ賢いぞ! 賢人だけに!
とすれば遠距離攻撃を仕掛けてくるはず、と俺は咄嗟に警戒したが、
「こりゃあ参ったな。俺は遠距離系の異能力は1個もないんだよな……」
え、マジかよ!
嘘じゃなかったら俺の勝ち確じゃないか!?
「ふー。どうやらこちらが不利っぽいな。……子童君、早速で悪いが、本気で行かせてもらうぞ」
「…………え?」
思わず俺は息を呑んだ。
というのも走り回っている生徒会長が……増え始めたからだ。
(いや、なんだ? 俺を取り囲むように6人にまで増えて……その内の5人が走ってるポーズのまま固まってる?)
それこそ氷漬けになったみたいに、全身隈なく水色だった。
「―――さあ、この異能力で勝負だ!」
唯一、走り続けている生徒会長が、俺の真正面から突っ込んでくる。
俺はピコハンを当てるべくその彼に意識を集中するが、
急に、急にだ。
その彼が、氷漬けみたいに固まった。
「は!?」
「どこを見ている! 後ろだぞ!」
混乱しかけていた俺は、しかしトピアとの特訓の賜物か、その声にすぐさま振り返ることができた。
……のだが、
「なっ、」
俺に殴りかかろうとしていたはずの生徒会長が、そのポーズのまま固まっていた。
「はあ!? なんだよこりゃあ!?」
「次は上だ!」
俺は頭上を振り仰いだ。そこにはすでに落下中の生徒会長が、俺にかかと落としをしようと体勢を整えてあって。
「く、そっ!」
俺はとにかくピコハンを当てようと、生徒会長の足首あたりに狙いを定め、一目散に持ち上げた。
だがしかし、ハンマー部分が彼の足に当たる寸前、またしても氷のように固まった。そして直後に俺のピコハンは彼の足に吸い込まれていき……当たった感触もなく通りすぎた。
「! まさか残像!?」
「正解だ!」
彼の声が聞こえて刹那、俺はピコハンを持つ右腕を掴まれた。
生徒会長の後頭部が眼前にあり、その後頭部が、ガクンと下がった。
(これは……背負い投げだ!!)
気づいた時には遅かった。
俺の体は彼の屈強な体に背負われて、俺が強制的に見せられる景色は、地面から蒼天へと。綺麗に1回転を遂げつつあった。
(あ、これ、負けた―――)
地面に背中がついたら敗北なわけで、柔道ド素人の俺には、もはや背中がつく以外に結末はありえなかった。
「―――だが、まだだっ!」
だったら!
俺の背中がついてしまうのだったら!
その事実を秘匿する他ないッ!
アリス!
生徒会長に萌え豚症候群を発効しろッ!!
「ぐおっ!?」
真っピンクの煙が突如として大発生する。
彼の視界は当然、俺の全身までも覆い隠した。
背中に確かな痛みを受けつつ、俺は煙の帯域から走り抜けた。
……よし! これにて秘匿完了!
「……うーん、君が背中をついたかどうかは……。まぁ誰にも判らないよな」
間もなく煙が晴れていくと、生徒会長は困ったように俺に苦笑いしてきた。
「やられたよ子童君。俺はこの異能力の正体がバレない内に勝負を決めるつもりだったんだ。それなのにまさか、こんな方法で凌がれるとはね……」
「空間移動ならぬ、残像移動ってところか?」
「大正解。俺は最大5つまで俺自身の残像を可視化でき、俺という本体はそれら残像と入れ替わることができる。いつ何度でも、一瞬の内にな」
「……、便利じゃないか」
「そうだな。様々な格闘術を好きで学んでいた俺には至高の異能力だ。相性がいい」
だろうな、と。
俺は5つの残像を眺めまわして納得した。
(どこから攻撃されるか定かではない状況を残像移動が確立し、どんな攻撃をされるか定かではないほどの格闘術を彼が習得しているわけだ……)
さすが、準決勝まで勝ち進んでいるだけあって手強い異能力と異能力者だ。
一筋縄ではいかない。勝てるのか怪しくなってきたぞ……(不安)。
「……ただ、な。致命的な欠点がひとつあって、発効コストが高すぎるのだ」
残像が霧散して掻き消える。
生徒会長は肩を竦めてはにかんだ。
「特訓していればコストが下がっていくはずなのだが、なぜかこの異能力だけはいつまでも下がってくれなくてな……どういうことなんだろうな?」
「俺に訊かれてもな。まだまだ扱いきれてないから、もっと特訓しろってことじゃないか?」
俺は適当に答えたつもりだったが、生徒会長は相槌を打った。
「やはり君もそう考えるか。であれば尚更、この異能力で君に勝ちたいな。勝ったらコストも一気に下がってくれそうだ」
「かもな。俺に勝った時の経験値は桁が違うぞ?」
冗談っぽく言ってみる俺。
彼の残像移動をどう攻略するか、その策を思案しながら。
とはいえ策なんてそうそう都合よく見つかるはずがなく。
対して生徒会長は発効限界量を満足がいくまで回復したのか、
「では仕切り直しだな。子童君、俺に学園最強を譲ってくれ!」
「! あぁ、くれてやってもいいぞ! 俺に勝てたら、だけどな!?」
もちろんだが俺はパンチラの風しか発効できないザコ異能力者だ。
全くもってラノベ主人公らしくない、恥じ入るステータスなのだ。
しかしながら彼――俺の知らない憑々谷子童は、噂通り、学園最強の異能力者。
否、それ以上に違いなくて。
だから俺は、彼から引き継いだ、もはや偽りに等しいこの肩書を。
大会優勝を機に、本物であると表向きにでも証明させられれば。
そう。
きっと俺はこの世界で、ようやく晴れて―――。
「だがあんたなんかに負けねえ! 絶対に負けるわけにはいかねえんだよッ!」
―――俺は俺の憧れる、本物のラノベ主人公になれるんだ。
俺は奇姫との対戦後、腹痛のため洋式便所に引き籠った。
同伴者のアリスには「くっさーい!! まだ、まだなの!?」と鼻を摘んで喚き散らされたが、またなにか願いを叶えてやるからと宥めると、息を止めてまで我慢してくれた(現金)。
『武闘大会準々決勝が全て終了しました。続いて準決勝です。BブロックとCブロックの勝者は速やかに中央の闘技リングに集まってください』
引き籠って20分くらい経っただろうか。
丁度腹痛の原因を流していた時、俺を呼ぶアナウンスが入った。
「あっぶねえ……。危うく『クソの処理に手こずり退学になったラノベ主人公』って揶揄されるところだった……」
俺は両手を洗い、ペーパータオルで拭いてからパンと頬を強く叩く。
僅かに残っていた水滴が頬に付着し、心なしかより引き締まった顔付きになれた。
「うっし! たぶんこっからが本番だな! アリス、準備はいいか! 俺の優勝はお前にかかってるぞ!?」
「…………わかったから早くトイレから出てよ……」
げんなりされたので、俺はそそくさと男子トイレを退室。
とはいえ闘技グラウンドの入場口はすぐそこなので、急ぐ必要はない。
「……お」
入場口の壁際には見知った人影があった。
「憑々谷君。トイレでしたか」
「すでに対戦相手は闘技リングの中だ。だが慌てるなよ。落ち着いて行け」
トピアと大和先生だった。
2人は普段通りの顔色で俺の登場を待っていた。
「ああ、サンキュ。……そんじゃ、行ってくる」
「憑々谷君、発効限界の意識だけは忘れないでくださいね?」
「アリスが気絶したら負けだからな。それだけは忘れてたまるかってんだ」
「さあ、勝って戻ってこい、憑々谷」
「もちろんだ!」
2人に後押しされ、いよいよ準決勝の舞台へ歩み始める俺。
するとすぐに準々決勝よりも大きな歓声が包み込んた。
アリスが胸ポケットに隠れたまま声をかけてくる。
「なんかさぁ、大詰めって感じしてこない? ツっきんはどう?」
「……俺もだ。物語的には終盤だと思ってる。この世界に来てまだ10日程度だったりするけどな」
「え、そなの? びっくらこいじゃん」
つまるところ1日1日がとても長かったのだ。
これほど密度の濃い学生生活を送れたのは初。
良い意味でも悪い意味でもラノベ主人公らしいリア充ができたのだ。
俺は空を見上げた。雲ひとつない爽やかな蒼天だった。
こんな最高の天気なのに、俺が負けるなんてこと、ありえるだろうか(反語)。
いいや。天気がどうだろうと関係ない。
俺は必ず勝つ。ハッピーエンドをこの手に掴み取ってみせる……!
「―――よ、子童君。君のことは弟から色々聞かせてもらっている」
中央の闘技リングで俺を待っていたのは、顔も名前も知らない男子生徒だった。
制服の上からでも恰幅のよさが窺え、さらには180は優にあるだろう高身長。
そして顔立ちは……あれ?
よくよく見たらイケメンなアイツの面影があるような。
「…………ひょっとして。あんた、樋口の兄ちゃんか?」
「正解。生徒会長をやらせてもらっている、2年の樋口賢人だ。賢いに人と書いて賢人だ」
「おおう、弟よりはだいぶマシな名前だな……。んん?」
記憶力の高さだけが取り柄の俺は、以前樋口が話していた内容を思い出した。
「どういうことだ? あんた、弟の3つ上なんじゃないのか? この学園を卒業してんじゃないのか? アイツは卒業生だって言ってたぞ?」
「俺は次男坊なんだよ。俺の2つ上に長男がいる。樋口勝人。勝つに人と書いて勝人だ」
「あー、3兄弟ってオチか」
長男もまた強烈な名前だな。勝人て。
ソイツが対戦相手だったら戦意喪失する自信あるぞ。
『―――試合準備が整ったようです。それでは武闘大会準決勝、第1試合……始め!』
大会運営からの戦闘開始の合図。
だが樋口の次男―――生徒会長は白い歯でニカっと微笑むと。
「さて、子童君。君にはまず感謝を伝えたい。……いつも弟の成人と仲良くしてくれて、どうもありがとうな」
「は……?」
「言っただろう。成人から聞かせてもらっているってね。……正直、生徒会長として聞き流せない後ろ暗い話題もあったりするが、まぁ好色漢の成人も成人だ。似た者同士、末永く仲良くしてやってくれ。頼むな?」
「……、……」
うわっ、断りづらっ(外道)!
(ってかなんなんだよこの人! 生徒会長でありながら慈悲深い僧侶みたいじゃねえか!)
超絶イケメンすぎて戦いたくない!
勝ったら申し訳なくなりそうだし!
「? どうしたんだ? 返答に困っている様子だが……もしや俺の弟に愛想が尽きてしまっていたか?」
「! そ、そんなことはないぞ……?」
「ならよかった。いやぁ、弟が君に嫌な思いをさせたのかと内心焦ったよ。最近ラウンド〇ンでデートしたって言ってたしな」
「っぅ!?」
「君はローラースケート、初体験だったのだろう? 弟のエスコートはどうだっただろうか? 手を繋いだり抱き寄せたり抱き留めたりしたと聞いて、」
「や、やめろ――!!」
俺は彼の言葉を遮るべく咆哮した!
全国放送で、しかも生中継でッ!
誤解を招きかねない暴露、しちゃってくれてんじゃねえよッ!!
「は、反則だ! 今のは著しく反則だッ!! 生徒会長がやっていいことじゃねえッ!! 猛省しろッ!!」
ぜえぜえと肩で息をしながら糾弾する俺。
しかして生徒会長に指を突きつけたが、
「なぜ君が怒っているのかわからないが……。きっとそのわからないことも含めて俺は君に謝罪すべきなのだろうな。……では、土下座をするから許してくれ」
と言いながら、生徒会長は地面に片膝をついた。
そして今しも反対の膝もつこうとし―――。
「ざっ、けんなあああああああああああああああああああ!!」
俺は頭を抱えてもう一度咆哮した!
なにこれ!? 新手の拷問か!?
(超絶イケメンぶりを発揮するコイツが土下座で両膝をついたら、この試合、俺の勝ちになっちゃうだろ!? 別に俺は土下座してまで謝って欲しくはないのにッ!)
俺が世界的な悪役になっちまうじゃねえかああああ(憤慨)!!
「……子童君? 結局俺はどうすればいいのかな……?」
「お、俺と戦え! ただ、それだけだっ!」
もう会話してるだけの現在がしんどいのだ。遠すぎてほとんど聞こえてないはずなんだが、それでも観覧席が冷え切ってるムードになってそうな気がして……。
「了解だ。早く戦おうってことだな?」
生徒会長はすっと立ち上がり、
「ははっ、嬉しいな。君が学園最強の異能力者なんて情報も耳にしている。ぜひとも俺の異能力をもって、その真偽を確かめさせて欲しい!」
「……いいぞ、光栄に思いな!」
アリス、ピコハンを出せ!
そう心の中で指示すると、俺の心を読んだアリスが右手にピコっと★ハンマーを出現させた。
……このピコハンの発効コストは3毎秒だ。発効限界の回復量が7毎秒である彼女なら、俺はこれを常に携帯しておくことが可能!
(そして1回だ。たった1回でも生徒会長の体にこれを当てられたら、その瞬間、俺の勝利が確実になる! あとはエアキャノンを発効すればそれで済むからだ!)
そう、意識を失いかけた状態で、エアキャノンを避けられるはずがない!
「お手合わせ宜しく願うぞ! 子童君!」
「!」
速い!
下半身を強化しているのだろう、数瞬で俺との距離を詰めてくる。
だがっ!
「はっ! トピアよりゼンゼン遅いなっ!」
悠々とピコハンを胸の前で構えてみせた俺。
だがなにを思ったのか、生徒会長は「……むっ!」と距離を詰めるのを中断し、俺の周囲を円を描くように走り出した。
「……そのピコハン、当たるだけで危険だな! 胸の前で構えるのは、自信の表れだ!」
やべ、ソッコーでバレちまった!
コイツ賢いぞ! 賢人だけに!
とすれば遠距離攻撃を仕掛けてくるはず、と俺は咄嗟に警戒したが、
「こりゃあ参ったな。俺は遠距離系の異能力は1個もないんだよな……」
え、マジかよ!
嘘じゃなかったら俺の勝ち確じゃないか!?
「ふー。どうやらこちらが不利っぽいな。……子童君、早速で悪いが、本気で行かせてもらうぞ」
「…………え?」
思わず俺は息を呑んだ。
というのも走り回っている生徒会長が……増え始めたからだ。
(いや、なんだ? 俺を取り囲むように6人にまで増えて……その内の5人が走ってるポーズのまま固まってる?)
それこそ氷漬けになったみたいに、全身隈なく水色だった。
「―――さあ、この異能力で勝負だ!」
唯一、走り続けている生徒会長が、俺の真正面から突っ込んでくる。
俺はピコハンを当てるべくその彼に意識を集中するが、
急に、急にだ。
その彼が、氷漬けみたいに固まった。
「は!?」
「どこを見ている! 後ろだぞ!」
混乱しかけていた俺は、しかしトピアとの特訓の賜物か、その声にすぐさま振り返ることができた。
……のだが、
「なっ、」
俺に殴りかかろうとしていたはずの生徒会長が、そのポーズのまま固まっていた。
「はあ!? なんだよこりゃあ!?」
「次は上だ!」
俺は頭上を振り仰いだ。そこにはすでに落下中の生徒会長が、俺にかかと落としをしようと体勢を整えてあって。
「く、そっ!」
俺はとにかくピコハンを当てようと、生徒会長の足首あたりに狙いを定め、一目散に持ち上げた。
だがしかし、ハンマー部分が彼の足に当たる寸前、またしても氷のように固まった。そして直後に俺のピコハンは彼の足に吸い込まれていき……当たった感触もなく通りすぎた。
「! まさか残像!?」
「正解だ!」
彼の声が聞こえて刹那、俺はピコハンを持つ右腕を掴まれた。
生徒会長の後頭部が眼前にあり、その後頭部が、ガクンと下がった。
(これは……背負い投げだ!!)
気づいた時には遅かった。
俺の体は彼の屈強な体に背負われて、俺が強制的に見せられる景色は、地面から蒼天へと。綺麗に1回転を遂げつつあった。
(あ、これ、負けた―――)
地面に背中がついたら敗北なわけで、柔道ド素人の俺には、もはや背中がつく以外に結末はありえなかった。
「―――だが、まだだっ!」
だったら!
俺の背中がついてしまうのだったら!
その事実を秘匿する他ないッ!
アリス!
生徒会長に萌え豚症候群を発効しろッ!!
「ぐおっ!?」
真っピンクの煙が突如として大発生する。
彼の視界は当然、俺の全身までも覆い隠した。
背中に確かな痛みを受けつつ、俺は煙の帯域から走り抜けた。
……よし! これにて秘匿完了!
「……うーん、君が背中をついたかどうかは……。まぁ誰にも判らないよな」
間もなく煙が晴れていくと、生徒会長は困ったように俺に苦笑いしてきた。
「やられたよ子童君。俺はこの異能力の正体がバレない内に勝負を決めるつもりだったんだ。それなのにまさか、こんな方法で凌がれるとはね……」
「空間移動ならぬ、残像移動ってところか?」
「大正解。俺は最大5つまで俺自身の残像を可視化でき、俺という本体はそれら残像と入れ替わることができる。いつ何度でも、一瞬の内にな」
「……、便利じゃないか」
「そうだな。様々な格闘術を好きで学んでいた俺には至高の異能力だ。相性がいい」
だろうな、と。
俺は5つの残像を眺めまわして納得した。
(どこから攻撃されるか定かではない状況を残像移動が確立し、どんな攻撃をされるか定かではないほどの格闘術を彼が習得しているわけだ……)
さすが、準決勝まで勝ち進んでいるだけあって手強い異能力と異能力者だ。
一筋縄ではいかない。勝てるのか怪しくなってきたぞ……(不安)。
「……ただ、な。致命的な欠点がひとつあって、発効コストが高すぎるのだ」
残像が霧散して掻き消える。
生徒会長は肩を竦めてはにかんだ。
「特訓していればコストが下がっていくはずなのだが、なぜかこの異能力だけはいつまでも下がってくれなくてな……どういうことなんだろうな?」
「俺に訊かれてもな。まだまだ扱いきれてないから、もっと特訓しろってことじゃないか?」
俺は適当に答えたつもりだったが、生徒会長は相槌を打った。
「やはり君もそう考えるか。であれば尚更、この異能力で君に勝ちたいな。勝ったらコストも一気に下がってくれそうだ」
「かもな。俺に勝った時の経験値は桁が違うぞ?」
冗談っぽく言ってみる俺。
彼の残像移動をどう攻略するか、その策を思案しながら。
とはいえ策なんてそうそう都合よく見つかるはずがなく。
対して生徒会長は発効限界量を満足がいくまで回復したのか、
「では仕切り直しだな。子童君、俺に学園最強を譲ってくれ!」
「! あぁ、くれてやってもいいぞ! 俺に勝てたら、だけどな!?」
もちろんだが俺はパンチラの風しか発効できないザコ異能力者だ。
全くもってラノベ主人公らしくない、恥じ入るステータスなのだ。
しかしながら彼――俺の知らない憑々谷子童は、噂通り、学園最強の異能力者。
否、それ以上に違いなくて。
だから俺は、彼から引き継いだ、もはや偽りに等しいこの肩書を。
大会優勝を機に、本物であると表向きにでも証明させられれば。
そう。
きっと俺はこの世界で、ようやく晴れて―――。
「だがあんたなんかに負けねえ! 絶対に負けるわけにはいかねえんだよッ!」
―――俺は俺の憧れる、本物のラノベ主人公になれるんだ。
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