2.5D/リアル世界の異世界リアル
第55話
55
今晩は大和先生お手製のオムライスだったのだが、俺のだけケチャップでハートマークが描かれていた。しかも禍々しいまでに輪郭が歪んでいた。
それを見て食欲が湧かないでいると、『どうした憑々谷、それはアーン待ちか? わたしにして欲しいのか?』と誤解されてしまい、一刻も早く完食しなければならないハメになった(憔悴)。
「さて。腹ごしらえも済んだことだしな。作戦会議といこうじゃないか」
……そうして。新たに大和先生を加えて特訓室に集まった俺達は、武闘大会で俺が優勝するための策を練ることとなった。
「トピア、先ほど憑々谷の異能力診断は済ませたのだろう? わたしにも結果を教えてみろ」
「はい。まずは憑々谷君の発効限界量の上限ですが……タンク150です」
「! なんだそれは。素人同然じゃないか。その低さではろくに戦えんぞ」
「と言いましても彼の所持する異能力はただひとつ、パンチラの風のみですからね。戦う以前の問題です。一応こちらのコストも調べました。……0.1毎秒です」
「なっ! パンチラし放題じゃないか!?」
「は、はい。彼の発効限界の回復量は1毎秒でしたので。半永久的にパンチラが可能です」
「す、すごいっ! すごすぎるぞっ! それが変態ラノベ主人公、憑々谷子童のステータスなのだな!?」
「えっと、まぁ、はい。…………優勝、できますかね?」
「もちろんだ。できん」
……………………………………………………デスヨネー。
大和先生が棒読みだったので一縷の望みが残されているはずもなかった。
居たたまれなくなった俺は未だ痺れの取れない右手で後頭部を掻く。
……はあ(溜息)。
「とはいえだ。憑々谷は直接戦わせないと決めてあったのだろう? だからこそお前はこの3日間、アリスを厳しく鍛え上げた」
「そうです。アリスを鍛え上げながら、彼女にも異能力診断を行いました。……彼女を100回も気絶させたのですから、正確な値は入手できていますよ」
「ならばわたし達に話してみろ。憑々谷にも伝わりやすいようにな」
トピアが頷く。
すると彼女は俺と俺の肩に座っていたアリスに見向き、
「まずはアリスの発効限界量、その上限です。これがタンク500でした。回復量は7毎秒です」
「ほう? 新米異能力者にしてはえらく高いな? さすがじゃないか、トピアが天才と認めるだけのことはある」
「でしょでしょ!? そりゃ神様だしねー!」
えっへん! とばかりにアリスが大きく……否、小さく……否、無い胸を張った。
ちなみに2人の関係はすこぶる良好なようで、大和先生は「ああ、神様のお前なら優勝も充分射程圏内だろう」と微笑していた。
(ううむ、薄気味悪く感じてならない仲良しぶりだなぁ……)
「続いて名無しの黒骨体と萌え豚症候群のコストですが。これが30毎秒と7毎秒と推定されます」
「やはり名無しの黒骨体は高コストだな……萌え豚症候群と組み合わせれば37毎秒。回復量を引けば30毎秒か。確かにあれは強力な連携技だったが……おいそれと発効できんな」
「そうですね。奥の手として決勝戦まで取っておくべきかと。ただ、萌え豚症候群は対戦者への目眩ましに使えます。なので萌え豚症候群単体での発効は積極的に狙っていきましょう」
「ああ、異存はない……っと、憑々谷? わたし達の話についてこれているか?」
「……今のところは」
別に2人共、難しいことは言っていない。
これから徐々に置いてけぼりにされそうな予感はするが(不安)。
「もし俺が話についていけなくなかったら、ラノベ風の攻略本を用意してくれ。読んで覚えるほうが断然得意なんでな。それさえあれば問題ない」
「おい、なにを偉そうに指示出ししてるんだ? お前は?」
大和先生は呆れ口調で、
「ったく、昔の憑々谷と変わらんな。聞いて覚える努力をしようともしない。お前の元いた世界の教師達も言ってなかったか? 定期テストで高得点を取るためには、教科書よりも黒板、黒板よりも教師達の発言を気にしろとな?」
「その通りですよ憑々谷君。攻略本は君自身で作ってください」
「…………トピア。お前はわたしの話をきちんと聞いてくれ……」
大和先生が額に手を当てて項垂れる。
演者のごとくかなり洗練された落ち込み具合だった。
……皮肉にも手慣れてしまったのかもしれない。
「だがまぁ……そうだな。わたし達との話をまとめておくくらいのことはしておけ。読者に地の文とかで改めて説明しなければならん時、お前自身が困るだろう?」
「おおうなんだこの人。ここが小説の中って自覚ないくせに読者への気遣い始めちゃってる。逆に尊敬しちまうんだが」
「ん、当たり前だろう? 彼らはわたしとお前の結婚を心から応援してくれている、大切な方々なのだぞ?」
「いや心から応援してねーよ! ってか腕組もうと近づくんじゃねえ!」
嬉しそうにすり寄って来た大和先生から俺は『カサカサカサカサ』という擬音が聴こえてきそうな勢いで逃げたのだった(肢6本)。
「ふふっ、照れ屋さんめ♪」
「…………うわー、このエセヒロイン超ぶん殴りてぇー」
「! またわたしを殴ってくれるのかっ!?」
「なんでそこで笑顔の花を咲かせちゃうんだよ!? あーもう、ヤンデレはこれだから取り扱いに困るんだよなぁー!」
ヤンデレが身近にいるラノベ主人公の皆様。
どうか、どうかお幸せにっ……!
「…………………………………………」
「うわっ。著者が先生に全力注いだせいで、トピアというNPCがすっかり機能してない」
「そんなわけないじゃないですか。お願いですから、脱線はこれくらいにしてください……」
「そうそう! ウザキャラのあたしを空気にしないでよぅ!」
口々に言うトピアとアリス。
俺は2人らしい反応だなぁと思い、微苦笑した。
だが2人の主張はごもっともだ。脱線している場合じゃないし、たった今アリスの話題をしていたのに彼女を『空気』にするのはよくない。
「それでは空気にして欲しくないとのことなので……。アリスにはこの3日間で手に入れた新たな異能力を披露してもらいましょうか」
「お、やるじゃないかアリス。一体なにを手に入れたんだ?」
万能能力をひとつ習得するのには早くても1か月はかかる。
それなのにたった3日でとは。
なんだか正直期待できないのだが、どんな異能力なんだろう。
「アリス」
「あいあい。じゃあテンテーに攻撃するよん」
「わたしか。いいだろう、発効してみるがいい」
なんら警戒の色も見せずに大和先生は俺と向かい合ってきた。
距離は2メートルほど。その間に遮蔽物はない。
「ねぇテンテー? トピアとツっきんの時みたいに油断してたら大怪我するよ? 気を付けてね?」
「異能力の事前説明もナシによく言う……。だがそれが面白いッ!」
うん……うん。その『とりあえず受けてみよう』精神のおかげで俺はあの戦いで勝ったようなものだ。
まぁあのチート級の異能力を発効していたら、油断も仕方ないかもしれないが。
「さぁ、こい!」
「てやんでい!」
俺の肩に乗ったまま、アリスが立ち上がる。
そして三角形を作るように親指と人差し指をそれぞれくっ付けると、その手の平を先生に見せるようにすっと持ち上げた。
次の瞬間、
「へっ、くしょい!」
「ぐおっ!?」
アリスの妙な発声と同時に、先生の体がくの字になって吹き飛ばされていく。
程なくして鏡張りの壁に……彼女の背中は強く打ち付けられた。
元いた位置から5、6メートルは動いただろうか。
彼女は驚きに両目を瞠ると、
「な、なんだ? なにが起こったんだ? くしゃみがわたしを吹き飛ばした、のか?」
「いえ。くしゃみっぽいのはあの子の掛け声なので違います。これはエアキャノンです。空気の大砲ですよ」
「……あー、空気繋がりで……」
俺は納得して手をぽんと叩いた。
今しがた空気になっていたアリスの異能力は空気だったわけだ。
うーんこの伏線(笑)。
「どおツっきん? 強力な異能力っしょ?」
「……否定はしない。ただ問題は、大会で便利に使えるかどうかだろ?」
「使えるぞ」「使えます」
俺の素朴な疑問に対し、先生とトピアの声が重なった。
「お前はまだ知らんのだろうが、決勝以外の試合では『リング外に出たら負け』なのだ。今のアリスの攻撃を用いれば、対戦者を簡単にリング外に追い出せる!」
「それだけではありませんよ。『両膝をついたら負け』『背中をついたら負け』というルールもあります。仮にエアキャノンでリング外に追い出すことに失敗しても、さらにその2つのルールを対戦者は守らなければなりません」
「ああ、困難に決まっている。まして今のを連発されでもしたら―――」
「残念ですがコストは50毎秒です」
「……、連発は無理だったか。だが憑々谷、1発放つのにかかる時間は短い上、対戦者にヒットすれば激熱だ。出し惜しみはもったいないとわたしは思うぞ?」
大和先生が意見を言いながら俺達の傍まで戻ってくる。
俺は「そうだなぁ……」と実験台になってくれた彼女に返答した。
「どうした? 悩んでいるのか?」
「まぁな。使いどころがどうもアレだなぁーって」
俺のぞんざいな指摘に、トピアが反応してくる。
「エアキャノンの使いどころは、やはり至近距離まで対戦者が近づいていた時でしょう。ですがそのタイピングを狙うとなると……アリスの存在がバレてしまう危険性があるんです」
素晴らしい。
俺の心の声を直接聞いて代弁してくれたみたいだった。
(こうしてトピアもすでに感づいてたんだから、その危険性を蔑ろにすることはできないよな。……対戦者には絶対にアリスの姿を見せてはならない)
たとえ彼女がただの人形にしか見えなかったとしても、そんな些細なことから厄介事は生まれていくものだ。
「ふむ……。なにか手はないのか?」
腕を組んでトピアに尋ねる大和先生。
俺も顎を撫でつつ思考の海原を彷徨い始める気分だったが、
「―――アリス」
「うん。普通にあんじゃん。よよいのよいじゃん」
トピアが目でアリスになにかを促した。
するとアリスは途端に右手を上げ、叫ぶ。
「出でよっ! ピコっと★ハンマー!」
パンパカパァーン! とリアルに小さな星々が弾けて俺の眼前に現れたのは、
「こ、これは……ピコハン!?」
「ピコっと★ハンマー!!」
「いやどっちでもいいだろ」
俺のツッコミはさておき、これはピコハンにしか見えなかった。
先端のハンマー部分が赤い円筒になっていて持ち手はやや太長の黄色い棒だ。
サイズは主流のものと変わりない。
ゲーセンのモグラ叩きで使うのがこれくらいだろう。
そんなごく一般的なピコハンが、俺の眼前でぷかぷかと浮いていた。
まるで俺に握ってくれと言わんばかりに。
「これがアリスの手にした新たな異能力、そのもうひとつです。コストは3毎秒。他の異能力も発効しない限りは、試合中ずっと携帯しておくことが可能です」
「おう……。けどよ、明らかに弱そうなんだが」
俺はためらいがちにピコハンの持ち手を掴んでみた。
(……しっくりとはくるが、想像以上に重さがないな。これでピコっと対戦者を攻撃したところでノーダメに違いない……)
と思いながら、俺はなんとなく空いたほうの手にピコハンのハンマー部分を当ててみる。ピコっと軽快な音がした。
「あ」
アリスの漏らした声が耳に届いた時には、俺の頭が真っ白になっていた。
「……ぇ? うへっ……?」
前後左右の感覚が潰え、トピアと先生の姿がぐにゃりと捻じ曲がっては円を描くように融合していく―――。
「…………。はっ!?」
しかし俺はそこで意識をはっきりと取り戻した。
それはほんの数秒の出来事だったように感じた。
「憑々谷君。大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。もしかして俺、意識を失いかけてたのか……?」
「はい。3、4秒くらいでしょうか。ですが君の不調ではありませんよ。まさしく今のがピコっと★ハンマーの効果なんです」
「なるほど。一時的に相手を行動不能にさせる異能力なのだな?」
「正解です」
トピアが大和先生に肯定した。
「見ての通り、決して長くはないですが相手に隙を作らせます。相手のどの部位に当てても効果が発動しますので、大変心強い武器ですよ」
「そうか、わかったぞ! まずはこれで攻撃して、怯んだところをさっきのエアキャノンで!?」
「はい憑々谷君。アリスが気づかれずに済みますし、確実にエアキャノンを当てられます。言わば君の勝ちパターンですね」
「! 勝ち、パターン!」
トピアが「はい」と微かに顔を綻ばせる。先生が「……ふん」と同意したように鼻を鳴らし、アリスが俺の肩の上で「えっへん!」と無い胸を張っていた。
そして俺は。
こう思わずにはいられなかった。
(あれ!? マジで優勝できそうな気がしてきたぞ……!?)
今晩は大和先生お手製のオムライスだったのだが、俺のだけケチャップでハートマークが描かれていた。しかも禍々しいまでに輪郭が歪んでいた。
それを見て食欲が湧かないでいると、『どうした憑々谷、それはアーン待ちか? わたしにして欲しいのか?』と誤解されてしまい、一刻も早く完食しなければならないハメになった(憔悴)。
「さて。腹ごしらえも済んだことだしな。作戦会議といこうじゃないか」
……そうして。新たに大和先生を加えて特訓室に集まった俺達は、武闘大会で俺が優勝するための策を練ることとなった。
「トピア、先ほど憑々谷の異能力診断は済ませたのだろう? わたしにも結果を教えてみろ」
「はい。まずは憑々谷君の発効限界量の上限ですが……タンク150です」
「! なんだそれは。素人同然じゃないか。その低さではろくに戦えんぞ」
「と言いましても彼の所持する異能力はただひとつ、パンチラの風のみですからね。戦う以前の問題です。一応こちらのコストも調べました。……0.1毎秒です」
「なっ! パンチラし放題じゃないか!?」
「は、はい。彼の発効限界の回復量は1毎秒でしたので。半永久的にパンチラが可能です」
「す、すごいっ! すごすぎるぞっ! それが変態ラノベ主人公、憑々谷子童のステータスなのだな!?」
「えっと、まぁ、はい。…………優勝、できますかね?」
「もちろんだ。できん」
……………………………………………………デスヨネー。
大和先生が棒読みだったので一縷の望みが残されているはずもなかった。
居たたまれなくなった俺は未だ痺れの取れない右手で後頭部を掻く。
……はあ(溜息)。
「とはいえだ。憑々谷は直接戦わせないと決めてあったのだろう? だからこそお前はこの3日間、アリスを厳しく鍛え上げた」
「そうです。アリスを鍛え上げながら、彼女にも異能力診断を行いました。……彼女を100回も気絶させたのですから、正確な値は入手できていますよ」
「ならばわたし達に話してみろ。憑々谷にも伝わりやすいようにな」
トピアが頷く。
すると彼女は俺と俺の肩に座っていたアリスに見向き、
「まずはアリスの発効限界量、その上限です。これがタンク500でした。回復量は7毎秒です」
「ほう? 新米異能力者にしてはえらく高いな? さすがじゃないか、トピアが天才と認めるだけのことはある」
「でしょでしょ!? そりゃ神様だしねー!」
えっへん! とばかりにアリスが大きく……否、小さく……否、無い胸を張った。
ちなみに2人の関係はすこぶる良好なようで、大和先生は「ああ、神様のお前なら優勝も充分射程圏内だろう」と微笑していた。
(ううむ、薄気味悪く感じてならない仲良しぶりだなぁ……)
「続いて名無しの黒骨体と萌え豚症候群のコストですが。これが30毎秒と7毎秒と推定されます」
「やはり名無しの黒骨体は高コストだな……萌え豚症候群と組み合わせれば37毎秒。回復量を引けば30毎秒か。確かにあれは強力な連携技だったが……おいそれと発効できんな」
「そうですね。奥の手として決勝戦まで取っておくべきかと。ただ、萌え豚症候群は対戦者への目眩ましに使えます。なので萌え豚症候群単体での発効は積極的に狙っていきましょう」
「ああ、異存はない……っと、憑々谷? わたし達の話についてこれているか?」
「……今のところは」
別に2人共、難しいことは言っていない。
これから徐々に置いてけぼりにされそうな予感はするが(不安)。
「もし俺が話についていけなくなかったら、ラノベ風の攻略本を用意してくれ。読んで覚えるほうが断然得意なんでな。それさえあれば問題ない」
「おい、なにを偉そうに指示出ししてるんだ? お前は?」
大和先生は呆れ口調で、
「ったく、昔の憑々谷と変わらんな。聞いて覚える努力をしようともしない。お前の元いた世界の教師達も言ってなかったか? 定期テストで高得点を取るためには、教科書よりも黒板、黒板よりも教師達の発言を気にしろとな?」
「その通りですよ憑々谷君。攻略本は君自身で作ってください」
「…………トピア。お前はわたしの話をきちんと聞いてくれ……」
大和先生が額に手を当てて項垂れる。
演者のごとくかなり洗練された落ち込み具合だった。
……皮肉にも手慣れてしまったのかもしれない。
「だがまぁ……そうだな。わたし達との話をまとめておくくらいのことはしておけ。読者に地の文とかで改めて説明しなければならん時、お前自身が困るだろう?」
「おおうなんだこの人。ここが小説の中って自覚ないくせに読者への気遣い始めちゃってる。逆に尊敬しちまうんだが」
「ん、当たり前だろう? 彼らはわたしとお前の結婚を心から応援してくれている、大切な方々なのだぞ?」
「いや心から応援してねーよ! ってか腕組もうと近づくんじゃねえ!」
嬉しそうにすり寄って来た大和先生から俺は『カサカサカサカサ』という擬音が聴こえてきそうな勢いで逃げたのだった(肢6本)。
「ふふっ、照れ屋さんめ♪」
「…………うわー、このエセヒロイン超ぶん殴りてぇー」
「! またわたしを殴ってくれるのかっ!?」
「なんでそこで笑顔の花を咲かせちゃうんだよ!? あーもう、ヤンデレはこれだから取り扱いに困るんだよなぁー!」
ヤンデレが身近にいるラノベ主人公の皆様。
どうか、どうかお幸せにっ……!
「…………………………………………」
「うわっ。著者が先生に全力注いだせいで、トピアというNPCがすっかり機能してない」
「そんなわけないじゃないですか。お願いですから、脱線はこれくらいにしてください……」
「そうそう! ウザキャラのあたしを空気にしないでよぅ!」
口々に言うトピアとアリス。
俺は2人らしい反応だなぁと思い、微苦笑した。
だが2人の主張はごもっともだ。脱線している場合じゃないし、たった今アリスの話題をしていたのに彼女を『空気』にするのはよくない。
「それでは空気にして欲しくないとのことなので……。アリスにはこの3日間で手に入れた新たな異能力を披露してもらいましょうか」
「お、やるじゃないかアリス。一体なにを手に入れたんだ?」
万能能力をひとつ習得するのには早くても1か月はかかる。
それなのにたった3日でとは。
なんだか正直期待できないのだが、どんな異能力なんだろう。
「アリス」
「あいあい。じゃあテンテーに攻撃するよん」
「わたしか。いいだろう、発効してみるがいい」
なんら警戒の色も見せずに大和先生は俺と向かい合ってきた。
距離は2メートルほど。その間に遮蔽物はない。
「ねぇテンテー? トピアとツっきんの時みたいに油断してたら大怪我するよ? 気を付けてね?」
「異能力の事前説明もナシによく言う……。だがそれが面白いッ!」
うん……うん。その『とりあえず受けてみよう』精神のおかげで俺はあの戦いで勝ったようなものだ。
まぁあのチート級の異能力を発効していたら、油断も仕方ないかもしれないが。
「さぁ、こい!」
「てやんでい!」
俺の肩に乗ったまま、アリスが立ち上がる。
そして三角形を作るように親指と人差し指をそれぞれくっ付けると、その手の平を先生に見せるようにすっと持ち上げた。
次の瞬間、
「へっ、くしょい!」
「ぐおっ!?」
アリスの妙な発声と同時に、先生の体がくの字になって吹き飛ばされていく。
程なくして鏡張りの壁に……彼女の背中は強く打ち付けられた。
元いた位置から5、6メートルは動いただろうか。
彼女は驚きに両目を瞠ると、
「な、なんだ? なにが起こったんだ? くしゃみがわたしを吹き飛ばした、のか?」
「いえ。くしゃみっぽいのはあの子の掛け声なので違います。これはエアキャノンです。空気の大砲ですよ」
「……あー、空気繋がりで……」
俺は納得して手をぽんと叩いた。
今しがた空気になっていたアリスの異能力は空気だったわけだ。
うーんこの伏線(笑)。
「どおツっきん? 強力な異能力っしょ?」
「……否定はしない。ただ問題は、大会で便利に使えるかどうかだろ?」
「使えるぞ」「使えます」
俺の素朴な疑問に対し、先生とトピアの声が重なった。
「お前はまだ知らんのだろうが、決勝以外の試合では『リング外に出たら負け』なのだ。今のアリスの攻撃を用いれば、対戦者を簡単にリング外に追い出せる!」
「それだけではありませんよ。『両膝をついたら負け』『背中をついたら負け』というルールもあります。仮にエアキャノンでリング外に追い出すことに失敗しても、さらにその2つのルールを対戦者は守らなければなりません」
「ああ、困難に決まっている。まして今のを連発されでもしたら―――」
「残念ですがコストは50毎秒です」
「……、連発は無理だったか。だが憑々谷、1発放つのにかかる時間は短い上、対戦者にヒットすれば激熱だ。出し惜しみはもったいないとわたしは思うぞ?」
大和先生が意見を言いながら俺達の傍まで戻ってくる。
俺は「そうだなぁ……」と実験台になってくれた彼女に返答した。
「どうした? 悩んでいるのか?」
「まぁな。使いどころがどうもアレだなぁーって」
俺のぞんざいな指摘に、トピアが反応してくる。
「エアキャノンの使いどころは、やはり至近距離まで対戦者が近づいていた時でしょう。ですがそのタイピングを狙うとなると……アリスの存在がバレてしまう危険性があるんです」
素晴らしい。
俺の心の声を直接聞いて代弁してくれたみたいだった。
(こうしてトピアもすでに感づいてたんだから、その危険性を蔑ろにすることはできないよな。……対戦者には絶対にアリスの姿を見せてはならない)
たとえ彼女がただの人形にしか見えなかったとしても、そんな些細なことから厄介事は生まれていくものだ。
「ふむ……。なにか手はないのか?」
腕を組んでトピアに尋ねる大和先生。
俺も顎を撫でつつ思考の海原を彷徨い始める気分だったが、
「―――アリス」
「うん。普通にあんじゃん。よよいのよいじゃん」
トピアが目でアリスになにかを促した。
するとアリスは途端に右手を上げ、叫ぶ。
「出でよっ! ピコっと★ハンマー!」
パンパカパァーン! とリアルに小さな星々が弾けて俺の眼前に現れたのは、
「こ、これは……ピコハン!?」
「ピコっと★ハンマー!!」
「いやどっちでもいいだろ」
俺のツッコミはさておき、これはピコハンにしか見えなかった。
先端のハンマー部分が赤い円筒になっていて持ち手はやや太長の黄色い棒だ。
サイズは主流のものと変わりない。
ゲーセンのモグラ叩きで使うのがこれくらいだろう。
そんなごく一般的なピコハンが、俺の眼前でぷかぷかと浮いていた。
まるで俺に握ってくれと言わんばかりに。
「これがアリスの手にした新たな異能力、そのもうひとつです。コストは3毎秒。他の異能力も発効しない限りは、試合中ずっと携帯しておくことが可能です」
「おう……。けどよ、明らかに弱そうなんだが」
俺はためらいがちにピコハンの持ち手を掴んでみた。
(……しっくりとはくるが、想像以上に重さがないな。これでピコっと対戦者を攻撃したところでノーダメに違いない……)
と思いながら、俺はなんとなく空いたほうの手にピコハンのハンマー部分を当ててみる。ピコっと軽快な音がした。
「あ」
アリスの漏らした声が耳に届いた時には、俺の頭が真っ白になっていた。
「……ぇ? うへっ……?」
前後左右の感覚が潰え、トピアと先生の姿がぐにゃりと捻じ曲がっては円を描くように融合していく―――。
「…………。はっ!?」
しかし俺はそこで意識をはっきりと取り戻した。
それはほんの数秒の出来事だったように感じた。
「憑々谷君。大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。もしかして俺、意識を失いかけてたのか……?」
「はい。3、4秒くらいでしょうか。ですが君の不調ではありませんよ。まさしく今のがピコっと★ハンマーの効果なんです」
「なるほど。一時的に相手を行動不能にさせる異能力なのだな?」
「正解です」
トピアが大和先生に肯定した。
「見ての通り、決して長くはないですが相手に隙を作らせます。相手のどの部位に当てても効果が発動しますので、大変心強い武器ですよ」
「そうか、わかったぞ! まずはこれで攻撃して、怯んだところをさっきのエアキャノンで!?」
「はい憑々谷君。アリスが気づかれずに済みますし、確実にエアキャノンを当てられます。言わば君の勝ちパターンですね」
「! 勝ち、パターン!」
トピアが「はい」と微かに顔を綻ばせる。先生が「……ふん」と同意したように鼻を鳴らし、アリスが俺の肩の上で「えっへん!」と無い胸を張っていた。
そして俺は。
こう思わずにはいられなかった。
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