2.5D/リアル世界の異世界リアル

ハイゲツナオ

第37話

37


 結論。どんな想像をしても無駄だった。
 アリスの体が大きくなるのを想像しても変化なし。彼女が神様の力を取り戻すのを想像してみても実現なんてしなかった。


「いつまでこんなことすんの? つまんなくない?」


 トピアの肩の上で退屈そうに寝転がっているアリス。
 俺はイラついたので彼女が転落するのを想像してみたが、


「…………。くそ。またダメか」


 依然として成功したのはパンチラの風のみだった。
 俺は小休止とばかりにしゃがみ込んでしまった。


「あまり言いたくないのですが。きちんと想像していますか?」
「もちろんだ」


 トピアの問いに俺は即答する。これは天地神明に誓って嘘じゃななかった。


(そりゃ確かに俺はこの特訓を無駄な努力だと悟っている。認めていい。けどこうして今日も2時間近く想像に耽ってるのは、トピアの期待に応えたい、彼女を裏切りたくないからなんだ)


 精一杯やるだけやって……それで彼女と一緒に諦めたい。
 そのほうがまだ少しばかり格好もつく。


「終わりましょう」


 俺の集中力がすでに尽きたと見たのだろう、トピアがそう言った。
 呆れているでも怒っているでもなく、無表情でただ事務的に。


 その時、俺は思った。いっそ感情を爆発させて俺を突き放してくれないか、と。
 トピアはこの2時間、シュレディンガーの空箱を発効したまま俺の様子を見守っているだけだった。今の俺みたいに座り込んだりもせず、俺が新たな異能力を手にする瞬間を待っていた。


 それなのに俺はなにも成果を上げられなかった。
 申し訳なさすぎて辛かった。


「憑々谷君。もう諦めましょう」


 ―――だから、その言葉は酷く俺の胸に突き刺さった。


「それは……。今日の特訓を、だよな」
「いいえ。この特訓自体を、です」


 あえて解釈を間違えてみせた俺に、しかしトピアはすげなく答えた。
 そして続けざまに、


「君はわたしをごまかせていると思っているようですが。実はわたしもアリスや奇姫ほどではないですが相手の心が少しばかり読み取れるんです。……その少しばかりでも、君の心に迷いが生まれているのは明らかでした」
「……、い、いや。そんなつもりは……」


 俺は内心動揺していた。
 トピアも他人の心が読めるなんて予想してもいなかった。


「君を責めているわけではありません。そもそも素人同然の君にたった数日で異能力者になれとは無茶な話だったんです。これは経験者だからこそ断言できます」
「……俺がラノベ主人公でも、か?」


 我ながら変な質問だとは思ったのだが、しかしそう言わずにはいられなかった。
 なぜなら俺がこれまでトピアに対し自信満々な態度を取っていたのは、俺がラノベ主人公であるというたったそれだけの理由だったからだ。


 そう……。ラノベ主人公ならどんな奇跡も起こせる、と。


「ツっきんさー? いくらなんでもそれは過信じゃない? だいたい、著者のヒトがそうさせないんじゃないの?」
「はい。アリスの言う通りです。君の異能力の発現は著者によって制限されているとも考えられます。パンチラの風……でしたか。最初いきなりその異能力が発現できたのにそれ以降なにも新しいのを発現できないのは、かなり不自然です」
「……まあ、な」


 なぜパンチラの風だけ許可されたのかはこの際置いておくとして、本当に著者が俺を邪魔しているのは可能性として充分にある。だが―――。


「だがわからない。もしそれが事実だとすれば、著者は俺に学園を退学させるつもりなのか?」
「? あの、君の言っている意味が?」
「いやだって、他の媒体もそうだがラノベは面白いから売れるんだぞ? お前は『ラノベ主人公が抗いに抗って結局退学になった話』を面白いと思うか? 全然盛り上がらないし尻すぼんでいくだけじゃないか」
「はあ。面白くないとダメなんですか?」
「ダメだろ。これだけは絶対の自信がある」


 より多く売りたいのを前提として。編集者からの指示などで主観的に面白くないものを書き続ける著者はいるかもしれない。だが、客観的に面白くないとわかるものを書き続ける著者はそうそういないはずだ。


「じゃあツっきんは、著者が君を退学させる気はないと思ってるわけ?」
「ないとまでは言いきれない。だが仮に俺を退学させたとして、そこからどうやってこのラノベを盛り上げてくのかが謎だ」
「んー、著者本人だけがそれを面白いと考えてるってオチだったら?」
「……心底落胆する。笑いのツボが一般人と大きくズレてるのでさっさと俺の退学阻止に方針転換しろと怒鳴りつけてやりたい」


 というか俺としては現時点でこのラノベが面白いのかかなり怪しいところだ。
 いや俺個人は元いた世界よりだいぶリア充してるし結構楽しいが。


「ふーん。じゃあこれからどうするのさ?」
「それは俺がトピアに訊きたい」


 この特訓―――異能力の発現を中止するということは、武闘大会に向けて匙を投げるようなものだ。


「なぁ、俺はこれからなにをすればいいんだ? 大会を棄権すればいいのか?」
「前にも言いましたが、その判断は君に任せます。わたしは憑々谷君の意志に従い、最善を尽くすのみです」
「……だったら。初戦で負ける作戦は続けられるのか?」


 俺は自嘲気味に言った。大会で使えそうな異能力を獲得しそれを生徒達に披露して負ける。
 そうすることで学園中に広まった俺の最強説を否定しようとする作戦だが……。


(このまま特訓を止めたら異能力を獲得できない。初戦に出る資格すらなくなってしまうんだ)


 まぁそれ以前に優勝しないと恐らく退学処分バッドエンドになってしまう。
 だから初戦で負ける作戦なんてのは、正直もう続ける意味がないと思う……。


「はい、君次第ですが続けられますよ。初戦で負ける作戦は」


 トピアは力強く肯定した。


「方法はあります。ただ、それをお伝えする前に改めて君の意志を聞かせていただきたいです」
「俺がどうしたいか、か?」
「はい、この際なんでもありで。憑々谷君のしたいことを教えてください」


 それはつまり、トピアや異能警察の都合を無視していいと……?
 いや、たぶんそういうことなんだろう。さて困った。






 ―――俺は、バッドエンドは絶対にイヤだ。この場合、退学と死そのどちらもだ。


 ―――もっとも、死に関しては大和先生から生き延びたら回避できる。トピアも策があるらしいから不可能ではないのだと思う。


 ―――ただ、退学は。武闘大会で優勝しない限り避けられない可能性大だ。


 ―――だがダメだ。優勝どころか初戦を突破してしまったら、異能警察が俺を拘束する。その後の俺はわからない。永遠に監禁されてしまうのかもしれない。


 ―――そして例の大和先生エンドは、退学にこそなるが先生とエッチしまくれる……!






「ううむ……。難しいなぁ」
「いやゼンゼンじゃん。先生抱く気満々じゃん」
「ち、違うぞ! それが唯一のハッピーエンド……い、いや! 全バッドエンドの中ではそれが1番マシというだけで!」
「だったらハッピーエンドはなんさ?」


 そんなの決まってるじゃないですかー。
 トピア先輩エンドしかないじゃないですかー(常考)。


(とまあ、すでに著者によって断たれたハッピーエンドはさておき……。逆に考えればいいよな。退学または死がバッドエンドなら……ハッピーエンドは退学阻止かつ生存だ)


 だったら俺の意志は。


「武闘大会で……優勝する?」
「なんで疑問形?」
「そりゃだってお前、さすがに不可能だろ……」


 俺は口に出した直後に後悔した。


(ありえん。実にありえん。俺にとって大会優勝が真のハッピーエンドだったとしてもだ。それを実現するためにどれだけの奇跡を起こせばいいんだよ……)


 最弱のラノベ主人公が最強だったりする昨今のラノベ業界だが、それには必ず裏があるわけだ。彼らが起こす奇跡は正直奇跡とは言いにくい。


 一方の俺はどうだ。裏なんてない。まんまリアルな俺だ。派生能力デリベーションスキルが使えたのはあくまで著者のおかげだし、その時の俺は本当の俺じゃない。


(ろくな異能力を持たずに、どうして本当の俺は勝ち進めるんだ?)


 著者の介入は確実にあるだろうが、それが俺を大会優勝ハッピーエンドへと導く可能性は限りなく低い。だってアイツ俺のこと大嫌いだろ(正解)。


「不可能かどうかは、アリス次第ですね」
「……は?」


 不意にトピアが謎発言をした。


「トピア、それってどういう意味だ? なぜアリスが出てくるんだ? ってか俺が優勝してもいいのか?」
「まず優勝についてですが。君は著者によって異能力を使えなくされてるみたいなので、まぁ暴走もしないのではないかな、と思いまして」
「……それ、異能警察の人間として言ってるのか?」
「残念ながら、いいえ、ですけど。個人的見解ですけど」


 そりゃ異能警察は俺の正体や事情を知らないしな。
 どうせ信じてもくれないだろうし……。


「じゃあ、アリス次第ってのは?」
「それは見てもらったほうが早いですね。アリス、なにか適当に」
「え~? しょうがないにゃあ……」


 するとアリスはトピアの肩の上に寝転がったまま、






「出ておいでー、名無しの黒骨体ネームレス・マリオネット






 次の瞬間、地面から続々と黒いなにかが生えてきたかと思うと、それは人間の白骨体のような形となって俺の前に立ち並んだ。


 5体の黒い人体標本。不気味なのは確かだったが、俺は真っ先にこう言わずにはいられなかった。


「お前っ!? 神様の力が戻ったのか!?」
「違うよん」
「え? じゃあこれは一体……?」
「異能力ですよ。アリスも使えたんです」


 …………な、なんだとぅ!?


「ま、神様のあたしにはこのくらい造作もないよねー! しかもこっからが本領発揮! ツっきんに萌え豚症候群ブヒステリー、発効!」
「……うわっ!?」


 突如、俺の視界が真っピンクの煙に覆われてなにも見えなくなる。
 やがてその煙が晴れていくと、


「おお――っ!?」


 俺の目の前にいた人体標本。
 それらが全て、トピアになっていた。


 しかもまさかの全裸×5だった。
 俺は立ちどころに感動してしまった!


「どうツっきん!? トピアに変わった!?」
「ああ! 裸のトピア達になった! す、すげえぞ! 大事なところまで再現されてないのが惜しいが!」
「それは無理だねー! ツっキんが見てないからさー!」
「な、なるほど! 本物から見ることさえできればいいんだな!?」
「そゆこと! 理解が早いねー!」
「よ、よし、じゃあとりあえずこいつらの抱き心地を―――」






加速装甲ブーストアーマー、発効」






 俺は本物のトピアに殴り倒された。



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