2.5D/リアル世界の異世界リアル

ハイゲツナオ

第18話

18


 俺は全身汗だくで地面に倒れ込んでいた。


「はぁ、はぁ……」


 無理ゲー、ではないな。
 ―――それが1時間が経った時点で俺が出した結論だった。


 この鬼ごっこ。限りなく無理ゲーに近いものの、その原因となっているトピアの加速装甲ブーストアーマーでの高速移動には、あきらかな弱点があったのだ。


 1時間前と全く変わらない声音でトピアが言う。


「いいんですか? 君が休憩している間、わたしも発効限界量を回復しているんですよ?」


 ……そうだ。トピアは今、加速装甲ブーストアーマーを解いて制服に戻っている。彼女の発効限界量―――タンク720を徐々に取り戻していくことになるのだ。






発効限界量タンク720に対して、加速装甲ブーストアーマーのコストは12毎秒だ)






 つまり単純計算なら60秒、トピアの尻を追っていれば捕まえられることになる。なぜならその時彼女は異能力を解除しなければ気絶ダウンしてしまうからだ。


 だが無論、加速装甲ブーストアーマー発効状態のトピアは到底俺の足では追えたものじゃない。さらに良い意味でも悪い意味でも、この資材倉庫を秘匿しているシュレディンガーの空箱が影響してきていた。


 まずは良い意味。


(……トピア曰く、シュレディンガーの空箱はコスト8毎秒だ。これはこの1時間、常に発効し続けている。彼女はこれを解く気がないから、その分、加速装甲ブーストアーマーの発効限界時間は短くなるんだ)


 ふたつの異能力を同時に使い続けるのなら、単純に『12+8』でコスト20毎秒だ。





 加速装甲のコスト12毎秒+シュレディンガーの空箱のコスト8毎秒=実質コスト20毎秒


 
 そしてこれをタンク720で割ると―――36秒。つまりトピアの加速装甲ブーストアーマーは36秒が発効限界なわけだ。シュレディンガーの空箱も発効しているおかげでトピアの逃げる余力は半分近く減っているとわかる。


(けどこの36秒ってのも不正確な数値だったりするんだよな……)


 なぜならこれらの計算にトピアの発効限界量タンク720に対する『回復量』は一切考慮されていないのだから。


 というわけで悪い意味。
 ただしそれは『トピアが常に発効限界量を回復し続ける』なんて既知の話ではない。


(……端的に言って、シュレディンガーの空箱のせいでトピアの発効限界量タンク720に対する『毎秒ごとの回復量』がわからないんだよな……)


 例えば彼女の回復量が8毎秒だとすれば、シュレディンガーの空箱のコストと同じなので打ち消しになる。加速装甲ブーストアーマーの発効限界60秒が正しくなるのだ。





 加速装甲のコスト12毎秒+シュレディンガーの空箱のコスト8毎秒ー仮の回復量8毎秒=実質コスト12毎秒



 トピアの発効限界量タンク720÷実質コスト12毎秒=トピアが逃げ続けられる時間60秒




(けど違う。実際のトピアは加速装甲ブーストアーマーをもっと発効し続けてる! たぶん90秒以上だ……!)


 なのでひとつ確実に言えるのは、シュレディンガーの空箱のコストよりも、彼女の回復量のほうが大きい値だってことだ。だからこそ彼女はシュレディンガーの空箱を解除しないでいられるに違いない。


(せめて……せめてトピアの回復量が知りたい。そしたら最大何秒追い続ければ捕まえられるのか、算出できる……!)


 俺は目標や目安がないと努力できないタイプだ。だから彼女を捕まえるためには最大何秒全力疾走する必要があるのか、把握しておきたかった。






「そろそろ次のヒントを出しましょう。わたしの毎秒ごとの回復量は15です」






「!? んなっ……」


 じゅ、15だと!? 
 まさか加速装甲ブーストアーマーよりも高いとは思わなかった!


(ってことは、異能力の合計コスト20毎秒から回復量の15を引いて……5! トピアは発効限界量タンク720に対して毎秒5ずつコストをかけているわけか! ってことは―――!?)





 異能力の合計コスト20毎秒ー本当の回復量15毎秒=実質コスト5毎秒



 トピアの発効限界量タンク720÷実質コスト5毎秒=トピアが逃げ続けられる時間144秒






「720割る5で、144秒ですね。シュレディンガーの空箱の継続発効を前提に、わたしが加速装甲ブーストアーマーを発効したままでいられる時間は」
「…………っ」
「絶望したような顔ですね。しかし3分未満ですよ? たった3分も耐えられないんですか。じゃあ君はカップラーメンを普段どうやって食べているんですか。まだ麺が固いままですか。それともまさか、お湯無しですか?」
「じゃあの使い方がエグいな、お前……」


 そもそもカップラーメンはお湯を入れて待つだけでいい。
 体力を使う鬼ごっこと比べる発想がおかしい(正論)。


「ん? よくよく考えたら3分より2分のほうが近いですね。もはやカップラーメンを食べる資格がありませんでしたね、憑々谷君?」
「……ツッコまないぞ」


 俺は溜息した。……あぁ、バカにされること自体は仕方ない。
 この倉庫は広いと言っても端っこから端っこまで10秒とかからないんだ。
 運動部のヤツなら余裕でトピアを追い詰めるチャンスを作れるだろう。


(何年と激しい運動をしていない俺が、あまつさえ2週間も家に引きこもっていた。だから1時間かかってもクリアできないんだ……)


 繰り返すがこの鬼ごっこは決して無理ゲーじゃない。俺の小学生にも劣るかもしれない、異常な体力の無さが災いしてるだけだ。


「144秒。それは間違いないんだよな」
「はい。全回復しましたので本当の意味で合ってます。良かったですね」


 全然良くない。そりゃ144秒きっかり追い続けられたら確実にタッチできるのだろうが、俺はもうヘトヘトだった。


「なにか賭けますか?」
「……、圧倒的有利のくせによく言う……」
「じゃあご褒美でいいです。君がクリアできた場合の。そうですね――ー」


 トピアは顎に手を当てて考える仕草をした後、






「では、わたしの脚を心ゆくまでスリスリしていいですよ」






「おお!? いいのか!?」


 即座に立ち上がる俺! これはやるっきゃないぞッ(歓喜)!


「また全身に悪寒が……。ただしあと1時間の条件付きにしたいと思います」
「いい! やる! 俺はお前の脚をスリスリする! ペロペロする!」
「あの、さすがに舐めるのは勘弁してもらえないでしょうか。……まぁ、今の君の状態ではクリアなんて到底無理でしょうけど」
「なら別にいいだろ! お前だってされたくないことをご褒美にしたほうが本気になれるだろ!」
「あたかも脚スリスリはされてもいいみたいな解釈やめてもらえませんか。普通にヤなので」
「やっぱり無理か」
「無理です」


 トピアが拒絶オーラを出しまくっていたので渋々俺は諦めてやった。
 ……まぁいい。スリスリしてる時に事故ぺロってやる(外道)!


「いくぞ、トピア!」
「―――加速装甲ブーストアーマー、発効」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺は変身を始めるトピアに問答無用で全速力だった。もちろん考えなしではない。トピアは俺がいきなり体力を一気に減らす真似はしないだろうと、油断しているかもしれないからだ……!


「ちっ!?」
「遅すぎですね。なぜ急げば間に合うと思ったのでしょう?」


 3分の2ほど距離を縮めたところで加速装甲ブーストアーマーを発効したトピアにあっさりと移動されてしまう。


「もう追って来ないんですか? だったら解除して限界量を回復しますけ―――」
「させるかあああああああああああああああああああああッ!」


 トピアが言い終える前に再び接近を試みた。しかしトピアは余裕綽々な様子で高速移動する。俺なら全速力で走って5秒はかかる距離を、一瞬で移動する!


(くそっ! そもそもなんなんだ、あの異能力は!?)


 装甲アーマーなのに加速ブースト機能があるなんて矛盾っぽいじゃないか。常識的に考えて、重くなって動きが鈍くなるものだろう!


「おぶっ!?」


 なにもない所で無様にこける俺。
 足が疲れてしまって思い通りに働いてくれなくなってきた。


「あと120秒です。追って来ないなら―――」
「脚スリスリさせろおおおおお!」


 気合で起き上がり、俺はトピアに猪突猛進する。
 だが待ち受ける余裕すらあるトピアは顔をしかめ、


「凄まじい変態っぷりですね。その執念は一体どこからくるのか……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「…………」


 ……おや? 今回はトピアが逃げない。残り5メートルしかないのにその場に突っ立ったままだ。これはチャンス! まだ一度も披露してなかったヘッドスライディングで一気に詰めてやる!


「とーう!」
「!?」


 いける! 俺の体勢が崩れてトピアが困惑していた。


(はっ! 俺がまたこけたとでも思ったのか? バカめ! 俺を甘く見てるから足を掬われるんだよ!)


 足先だ! 
 足先に触れさえすれば―――!


「やけくそですね」
「うぶっ……!?」


 結論。それでも冷静に戻れたトピアが僅かに早かった。
 俺の意表を突いたヘッドスライディングは、彼女が上空に跳び上がることで回避されてしまったのだった。


 俺はホームベースを奪えなかった野球選手のごとく、拳を地面に打ち下ろして悔しがった。


「あー惜しいッ!」
「惜しくなんてありません」
「はっ、このツンデレめ! お前らはいっつもそうやって素直になれないから人生損してるんだよ。好きなら好きと言え! 脚スリスリして欲しいならそうと言えよ!」
「あの、ですから憑々谷君? わたしは別に君のことが―――」
「こっからだ! まだまだ行くぞっ!」


 ぜぇぜぇ、と肩で息をしながら地面を蹴った。あと何秒だ。90秒切ったか。とにかく距離を離されてはダメだ。もうすぐトピアは制服に戻って回復してくるはず!
 いかにトピアに回復する時間を与えないのかが勝負の分かれ目!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「……変わり映えしませんね。というよりこの鬼ごっこ自体、飽きてきたかもしれません。ここは些か工夫を」


 えっ、なんだ? 
 トピアが物凄い勢いでこちらに向かって―――!?


「っううう!?」
「逃げる側は、鬼に攻撃アリとしましょう」


 俺は思わず尻餅をついていた。だが無理もない。
 トピアの突き出された拳が、俺の顔面スレスレを通過して行ったからだ!


「って、おいいいい!? 今のは順番が逆! 口より手が先だったぞッ!?」

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