2.5D/リアル世界の異世界リアル
第17話
17
昼休み。俺は男子寮に帰宅して飯を食った。それから着替えを済ませる。
背中に異能学園とプリントされてあるジャージだった。
特に持ってくるものはないとトピアが言っていたので、俺は手ぶらで再び女子寮に向かった。
「無視だ」
……ちなみに部屋を出る前、スマホに大和先生からの着信履歴が5件入っていたのを確認した。
特訓の邪魔になるので、スマホは部屋に置いておくことに決めた(怯)。
「無視だ! 無視だ……!」
そろそろ校舎に戻らなければならない時間のようで、寮で昼を過ごした女子生徒と何度も擦れ違った。ほぼ全員、『なんで女子寮来んの? キモっ』といった白い目付きで俺をチラ見してきた。
「ど、どうしたんです?」
「……………………」
トピアが待つ女子寮の門前に到着した時、俺の心は満身創痍となっていた(泣)。
(えっ、見ず知らずの異性にこれほど嫌われてるラノベ主人公っているか? うぅ。ヒロインに慕われる前に神経衰弱でドロップアウトしそうだ……)
「あの、なにかあったんですか? 相談くらいなら―――」
「いやなんでもない。ちょっと考え事してただけだ……」
どうにか平静を取り繕う俺。
異性の前で泣きべそなんてかきたくないんだよ……(我慢)。
「はあ。今日から特訓を始めて平気なんですね?」
「ああ……。ところでアリスは」
「待機です。一緒に行かせてほしいと縋まれましたが待機です」
「そ、そうか。まぁアイツのことはお前に任せる」
俺よりトピアの方が言うこと聞きそうな気がしてならなかった。
「では移動しましょう。校舎の鐘が鳴る前に」
トピアの案内で向かった先は女子寮の裏だった。
壁伝いに歩いて3分程度の距離のところにあったのは、
「わたしの別荘です」
……というわけで、廃工場みたいな鉄筋コンクリートの建物だった。ツッコミどころがありすぎて反応に困ってしまう。ずいぶんと暖かみのない別荘だった。
「な、なんだここ?」
「ですからわたしの別荘です」
「お前の別荘って……。じゃあそれ以前は?」
「たぶん資材倉庫です。校舎を建てるために業者が期限付きで設けたのでしょう。ですが取り壊すのはもったいないと学園が譲り受けたんだと思います」
「……なるほど、その通りかもな」
このあたりは校内の隅っこだし、資材倉庫にはもってこいの場所と言えるだろう。
「じゃあなぜ今はお前の別荘になってるんだ?」
「そんなの決まっています。わたしだけが利用しているからですよ」
「おおう、恐ろしいほど理由になってないな」
俺は呆れた声を上げるが、トピアは聞き耳を立てていなかった。
前に進み出るや鋼鉄の扉を開け、中に入っていく。仕方なく俺も続いた。
「…………おぉ」
そのまんまだ。ドラマとか漫画でよく見る、下町のギャングがバイク跨いでたむろしてそうな空間だ。広々としていて埃っぽかった。
「確かにここなら人目を気にせず特訓できそうだ。でも、使ってたら誰かに気づかれないか? 女子寮が近いだろ?」
「大丈夫です。わたしの派生能力―――シュレディンガーの空箱で情報をシャットアウトしますから」
! シュレディンガー、キタコレ!
ちょっと嬉しい! でも猫じゃなくて空箱?
「ってか、派生能力ってのはなんなんだ?」
「やはりそこも説明しなければなりませんね。……ではこれより本日の特訓を始めます。よろしくお願いします」
「お、おう……」
ぺこりとお辞儀したトピアに、俺は棒立ちのまま生返事した(失礼)。
「早速ですが―――シュレディンガーの空箱、発効」
「!?」
瞬間、俺のもやもやなど掻き消すように、それは起こった。
俺とトピアが立っているこの倉庫のありとあらゆる『面』―――天井、壁、窓、地面、コンテナ、鉄パイプ、落ちてるゴミなどあらゆるモノ―――が、紗が何重にもかかったように不鮮明になったのだ。
もちろん俺とトピアもその対象だ。しかもほんの少しだが黄ばんでいる。
この異能力は一体―――!?
「わたし達はたった今、このシュレディンガーの空箱に閉じこめられました。これにより箱の外部―――倉庫の外からわたし達の様子を観測することは、できません」
「え? それってつまり……俺達はシュレディンガーの猫で言うところの猫になった、ってことか?」
「そうです。こちらからも外部を窺うことはできません。窓の外、ほとんど見えないですよね?」
「そうか? 見ようと思えば……いや、無理だな。全然見えない」
外の景色はぼんやりとしている。それこそ大きくピントがずれてしまった写真を見ている感覚だった。
「確認結構。同じように、外から見ようとしてもこちらは見えません」
「でも違和感はあるんだよな? 倉庫の中がおかしい、って」
「はい。ですが箱は倉庫の内側に形成されています。そのように気づくためには倉庫の扉を開けるか窓から覗こうとするしかありません。近づかなければ気づけないんです」
「となると……元々この倉庫に目的があるヤツじゃないと気づけないのか」
「いると思いますか?」
「いないな」
可能性としてありえるのは『俺達がうるさくしているから倉庫に近づく』……なのだが、きっとこの異能力は音も外部に漏らさないんだろう。それくらいはすぐに察しが付く。
「あと毒ガスは発生しないので安心してください。所詮は空箱なので」
……当たり前だ。本物みたいに発生したら死ぬじゃないか。
「次、移っていいですか?」
「ああ」
「先ほど君が聞き出そうとしていた派生能力というものがこれなんです。異能力者なら誰でも習得できるわけではない、とても強力な異能力です」
「とても強力……」
確かにそうなのかもしれない。
ひとつの空間をまるごと支配するような技は基本的に強いイメージだ。
「これに対してほとんどの異能力者が習得可能な異能力を万能能力と言います。その万能能力の習熟や応用により発現されるかもしれないのが、この派生能力なんですね」
そこでトピアはこれ見よがしに右手の人差指を立てると、
「―――1個です。たった1個でも派生能力を発現できた異能力者は、この学園から優等生扱いされ、業界からも注目されます」
「……、そんなにすごいのか?」
「はい。万能能力を100個習得するよりもすごいですよ。参考に万能能力ですが早くても1ヶ月は習得に時間がかかりますね」
そ、そりゃハンパないな。万能能力100個に100ヶ月―――約8年と3ヶ月かけたとしても、その成果は派生能力1個に及ばないのか……!
「真氷城塞、武神ノ剛腕、第三支配―――著者が君の体で使ったこれらの異能力も派生能力に含まれますね」
「あれも派生能力だったのか。そういえば奇姫が言ってたかもしれない。酷く驚いていたな」
「当然ですね。入学から僅か半年でこれらの異能力を習得したのだとしたら、とんでもない化け物ですよ」
「……、でもお前には勝てないんだろ?」
俺が冗談交じりに訊ねると、トピアは「どうでしょう?」と肩を竦めた。
「わたしが知っている憑々谷君と著者に操られた憑々谷君は別人ですから。著者がこの世界を牛耳っているのであれば尚更、比較なんてできませんよ」
「そりゃそうか。……あれは著者だからこその芸当だよな」
「そうですね……―――」
著者だからこその芸当。つまりやろうと思えば俺にこの世界を破滅させる異能力を使わせることだって可能なはずだ。
ああ。俺もトピアも口には出さないだけでわかっていた。どんなに過酷な特訓をしたところで著者には逆らえない。全ての事象は著者によって改変されてしまう。
すでに俺が体験済みなように、生死すらも。
(だけど……それがどうしたってんだ)
俺は俺だ。俺の意志は著者でも絶対に変えられない。なぜなら俺はこのラノベ世界の住人ではないからだ。著者でも完全には俺を御しきれない―――それなら希望は残っているはずだ。絶望するにはまだ早い。
「そして異能力の『い』の字をも忘れてしまった君の場合ですが。大会までに万能能力を1個は習得していただかないと困ります」
「え? それはどうして?」
「武闘大会は己の磨き上げた異能力を実戦に近い形で試せる貴重な機会だからです」
トピアはあくまで無表情で俺に答える。
しかしその声色は舌鋒の鋭さを秘めているかのようで。
「仮に君が大会で万能能力を使わなかったとしましょう。アイツはただの冷やかしだ。神聖な大会を愚弄している。学園から追い出せ。―――そんな強烈な罵声が観覧席のあちこちから飛んできますよ。わたしもそう思いますし」
「さ、さいですか。普通は1ヶ月かかるのを1週間で俺にやれと……」
「はい」
  無表情で肯定される俺。……トピア先輩、マジパネェっす。
「大丈夫です。君はラノベ主人公です。できるはずです。そもそもラノベというジャンルを知らないわたしですが」
「……まぁその認識自体は間違っちゃいないが」
ラノベ主人公は不可能を可能にする選ばれし生き物なのだ。ってか今時はそれができないとラノベ主人公じゃないのかもしれない。なかなか厳しい世の中になってきたものだ……(汗)。
とその時、午後の授業を始める鐘が聴こえてきた。
「いいタイミングですね。では本日の特訓内容をお知らせます。ずばり、鬼ごっこです」
「……はあ、俺が鬼か?」
「はい、君が鬼です。異能力を発効して逃げ回るわたしを捕まえてください。君の指先がわたしの体に少し触れるだけでクリアです」
「簡単そうだな?」
「ふふっ。どうでしょうね。では加速装甲、発効」
体が光に包まれ、ロングドレス型の鎧を身に纏ったトピア。
ちなみに武器は持っていなかった。
「先にヒントを出しておきましょう。わたしの発効限界量の上限はタンク720。シュレディンガーの空箱はコスト8毎秒。この加速装甲はコスト12毎秒です」
??? それのどこがヒントなんだ?
ってか、鬼ごっこにヒントなんてあるのか?
「いかにも謎解きする者の顔ですね。すぐにわかりますよ。……さぁ、鐘が鳴り終わった今がスタートです」
ならばと。
俺はまだ手の届く位置に立っているトピアの肩に触れようとし、
―――シュン! と。
突如、そんな擬音が聴こえてきそうなほどのスピードで彼女が飛び退った。
しかもほんの一瞬で10メートルくらい距離を取られていた……(唖然)。
「………………。へ?」
え、えっと……。
これって、無理ゲーじゃないですか?
昼休み。俺は男子寮に帰宅して飯を食った。それから着替えを済ませる。
背中に異能学園とプリントされてあるジャージだった。
特に持ってくるものはないとトピアが言っていたので、俺は手ぶらで再び女子寮に向かった。
「無視だ」
……ちなみに部屋を出る前、スマホに大和先生からの着信履歴が5件入っていたのを確認した。
特訓の邪魔になるので、スマホは部屋に置いておくことに決めた(怯)。
「無視だ! 無視だ……!」
そろそろ校舎に戻らなければならない時間のようで、寮で昼を過ごした女子生徒と何度も擦れ違った。ほぼ全員、『なんで女子寮来んの? キモっ』といった白い目付きで俺をチラ見してきた。
「ど、どうしたんです?」
「……………………」
トピアが待つ女子寮の門前に到着した時、俺の心は満身創痍となっていた(泣)。
(えっ、見ず知らずの異性にこれほど嫌われてるラノベ主人公っているか? うぅ。ヒロインに慕われる前に神経衰弱でドロップアウトしそうだ……)
「あの、なにかあったんですか? 相談くらいなら―――」
「いやなんでもない。ちょっと考え事してただけだ……」
どうにか平静を取り繕う俺。
異性の前で泣きべそなんてかきたくないんだよ……(我慢)。
「はあ。今日から特訓を始めて平気なんですね?」
「ああ……。ところでアリスは」
「待機です。一緒に行かせてほしいと縋まれましたが待機です」
「そ、そうか。まぁアイツのことはお前に任せる」
俺よりトピアの方が言うこと聞きそうな気がしてならなかった。
「では移動しましょう。校舎の鐘が鳴る前に」
トピアの案内で向かった先は女子寮の裏だった。
壁伝いに歩いて3分程度の距離のところにあったのは、
「わたしの別荘です」
……というわけで、廃工場みたいな鉄筋コンクリートの建物だった。ツッコミどころがありすぎて反応に困ってしまう。ずいぶんと暖かみのない別荘だった。
「な、なんだここ?」
「ですからわたしの別荘です」
「お前の別荘って……。じゃあそれ以前は?」
「たぶん資材倉庫です。校舎を建てるために業者が期限付きで設けたのでしょう。ですが取り壊すのはもったいないと学園が譲り受けたんだと思います」
「……なるほど、その通りかもな」
このあたりは校内の隅っこだし、資材倉庫にはもってこいの場所と言えるだろう。
「じゃあなぜ今はお前の別荘になってるんだ?」
「そんなの決まっています。わたしだけが利用しているからですよ」
「おおう、恐ろしいほど理由になってないな」
俺は呆れた声を上げるが、トピアは聞き耳を立てていなかった。
前に進み出るや鋼鉄の扉を開け、中に入っていく。仕方なく俺も続いた。
「…………おぉ」
そのまんまだ。ドラマとか漫画でよく見る、下町のギャングがバイク跨いでたむろしてそうな空間だ。広々としていて埃っぽかった。
「確かにここなら人目を気にせず特訓できそうだ。でも、使ってたら誰かに気づかれないか? 女子寮が近いだろ?」
「大丈夫です。わたしの派生能力―――シュレディンガーの空箱で情報をシャットアウトしますから」
! シュレディンガー、キタコレ!
ちょっと嬉しい! でも猫じゃなくて空箱?
「ってか、派生能力ってのはなんなんだ?」
「やはりそこも説明しなければなりませんね。……ではこれより本日の特訓を始めます。よろしくお願いします」
「お、おう……」
ぺこりとお辞儀したトピアに、俺は棒立ちのまま生返事した(失礼)。
「早速ですが―――シュレディンガーの空箱、発効」
「!?」
瞬間、俺のもやもやなど掻き消すように、それは起こった。
俺とトピアが立っているこの倉庫のありとあらゆる『面』―――天井、壁、窓、地面、コンテナ、鉄パイプ、落ちてるゴミなどあらゆるモノ―――が、紗が何重にもかかったように不鮮明になったのだ。
もちろん俺とトピアもその対象だ。しかもほんの少しだが黄ばんでいる。
この異能力は一体―――!?
「わたし達はたった今、このシュレディンガーの空箱に閉じこめられました。これにより箱の外部―――倉庫の外からわたし達の様子を観測することは、できません」
「え? それってつまり……俺達はシュレディンガーの猫で言うところの猫になった、ってことか?」
「そうです。こちらからも外部を窺うことはできません。窓の外、ほとんど見えないですよね?」
「そうか? 見ようと思えば……いや、無理だな。全然見えない」
外の景色はぼんやりとしている。それこそ大きくピントがずれてしまった写真を見ている感覚だった。
「確認結構。同じように、外から見ようとしてもこちらは見えません」
「でも違和感はあるんだよな? 倉庫の中がおかしい、って」
「はい。ですが箱は倉庫の内側に形成されています。そのように気づくためには倉庫の扉を開けるか窓から覗こうとするしかありません。近づかなければ気づけないんです」
「となると……元々この倉庫に目的があるヤツじゃないと気づけないのか」
「いると思いますか?」
「いないな」
可能性としてありえるのは『俺達がうるさくしているから倉庫に近づく』……なのだが、きっとこの異能力は音も外部に漏らさないんだろう。それくらいはすぐに察しが付く。
「あと毒ガスは発生しないので安心してください。所詮は空箱なので」
……当たり前だ。本物みたいに発生したら死ぬじゃないか。
「次、移っていいですか?」
「ああ」
「先ほど君が聞き出そうとしていた派生能力というものがこれなんです。異能力者なら誰でも習得できるわけではない、とても強力な異能力です」
「とても強力……」
確かにそうなのかもしれない。
ひとつの空間をまるごと支配するような技は基本的に強いイメージだ。
「これに対してほとんどの異能力者が習得可能な異能力を万能能力と言います。その万能能力の習熟や応用により発現されるかもしれないのが、この派生能力なんですね」
そこでトピアはこれ見よがしに右手の人差指を立てると、
「―――1個です。たった1個でも派生能力を発現できた異能力者は、この学園から優等生扱いされ、業界からも注目されます」
「……、そんなにすごいのか?」
「はい。万能能力を100個習得するよりもすごいですよ。参考に万能能力ですが早くても1ヶ月は習得に時間がかかりますね」
そ、そりゃハンパないな。万能能力100個に100ヶ月―――約8年と3ヶ月かけたとしても、その成果は派生能力1個に及ばないのか……!
「真氷城塞、武神ノ剛腕、第三支配―――著者が君の体で使ったこれらの異能力も派生能力に含まれますね」
「あれも派生能力だったのか。そういえば奇姫が言ってたかもしれない。酷く驚いていたな」
「当然ですね。入学から僅か半年でこれらの異能力を習得したのだとしたら、とんでもない化け物ですよ」
「……、でもお前には勝てないんだろ?」
俺が冗談交じりに訊ねると、トピアは「どうでしょう?」と肩を竦めた。
「わたしが知っている憑々谷君と著者に操られた憑々谷君は別人ですから。著者がこの世界を牛耳っているのであれば尚更、比較なんてできませんよ」
「そりゃそうか。……あれは著者だからこその芸当だよな」
「そうですね……―――」
著者だからこその芸当。つまりやろうと思えば俺にこの世界を破滅させる異能力を使わせることだって可能なはずだ。
ああ。俺もトピアも口には出さないだけでわかっていた。どんなに過酷な特訓をしたところで著者には逆らえない。全ての事象は著者によって改変されてしまう。
すでに俺が体験済みなように、生死すらも。
(だけど……それがどうしたってんだ)
俺は俺だ。俺の意志は著者でも絶対に変えられない。なぜなら俺はこのラノベ世界の住人ではないからだ。著者でも完全には俺を御しきれない―――それなら希望は残っているはずだ。絶望するにはまだ早い。
「そして異能力の『い』の字をも忘れてしまった君の場合ですが。大会までに万能能力を1個は習得していただかないと困ります」
「え? それはどうして?」
「武闘大会は己の磨き上げた異能力を実戦に近い形で試せる貴重な機会だからです」
トピアはあくまで無表情で俺に答える。
しかしその声色は舌鋒の鋭さを秘めているかのようで。
「仮に君が大会で万能能力を使わなかったとしましょう。アイツはただの冷やかしだ。神聖な大会を愚弄している。学園から追い出せ。―――そんな強烈な罵声が観覧席のあちこちから飛んできますよ。わたしもそう思いますし」
「さ、さいですか。普通は1ヶ月かかるのを1週間で俺にやれと……」
「はい」
  無表情で肯定される俺。……トピア先輩、マジパネェっす。
「大丈夫です。君はラノベ主人公です。できるはずです。そもそもラノベというジャンルを知らないわたしですが」
「……まぁその認識自体は間違っちゃいないが」
ラノベ主人公は不可能を可能にする選ばれし生き物なのだ。ってか今時はそれができないとラノベ主人公じゃないのかもしれない。なかなか厳しい世の中になってきたものだ……(汗)。
とその時、午後の授業を始める鐘が聴こえてきた。
「いいタイミングですね。では本日の特訓内容をお知らせます。ずばり、鬼ごっこです」
「……はあ、俺が鬼か?」
「はい、君が鬼です。異能力を発効して逃げ回るわたしを捕まえてください。君の指先がわたしの体に少し触れるだけでクリアです」
「簡単そうだな?」
「ふふっ。どうでしょうね。では加速装甲、発効」
体が光に包まれ、ロングドレス型の鎧を身に纏ったトピア。
ちなみに武器は持っていなかった。
「先にヒントを出しておきましょう。わたしの発効限界量の上限はタンク720。シュレディンガーの空箱はコスト8毎秒。この加速装甲はコスト12毎秒です」
??? それのどこがヒントなんだ?
ってか、鬼ごっこにヒントなんてあるのか?
「いかにも謎解きする者の顔ですね。すぐにわかりますよ。……さぁ、鐘が鳴り終わった今がスタートです」
ならばと。
俺はまだ手の届く位置に立っているトピアの肩に触れようとし、
―――シュン! と。
突如、そんな擬音が聴こえてきそうなほどのスピードで彼女が飛び退った。
しかもほんの一瞬で10メートルくらい距離を取られていた……(唖然)。
「………………。へ?」
え、えっと……。
これって、無理ゲーじゃないですか?
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