2.5D/リアル世界の異世界リアル
第3話
3
フラれた。なぜかフラれた。俺はこの悲劇に納得がいかず、あれから15分くらいが経った今もベンチに座り込んでいた。
だってそうだろ? 癒美ちゃんは俺のことが好きだったのだ。なのに俺は彼女の大事な告白を遮ったばかりか、彼女に自分達は両想いであるといたずらに期待させ、挙句に……『彼女は彼氏持ちだと勘違いしていた』事実を、自ら発覚に至らしめたのだ。
もう天国から地獄に突き落とされた気分だ。逃がした獲物がデカすぎて、失恋自殺が過ぎってしまいそうだ。
「ふー。やっぱ人生はそう甘くないってことだな」
だがそれでも俺は多少の落ち着きを取り戻していた。俺の名前が違うことや見覚えのない美少女と知り合いだったこと、俺が俺じゃなくなる時があること、美少女にフラれたこと……そりゃマジだったら狂うけど。
だけどこれはマジじゃあない。俺は独りきりになってようやく思い出したんだ。
「―――これはただの夢だ」
そう。俺はリア充に憧れて『ラノベ主人公のようになりたい』と言うはずが、『ラノベの主人公になりたい』とモロに言い間違えてしまったのだ。そんな俺に、自称神様のアリスが叶えてくれた結果が、この夢なんだ。
だからあれもこれも現実的じゃない方向にひん曲がってる。俺にとって都合の良いことも悪いことも起きるわけだ(納得)。
「……まぁ願いを言い間違えたのは俺だ。こんな夢になったのは俺に全責任があるんだろう。だが、それでも―――」
俺は装着されたままだったアリスバンドをジーッと凝視する。ブドウグミ改め神様の世界へ通ずるゲートは、キッチンボウルみたいな外殻に覆われていた。
「いくら土台が俺の夢にしたってよ、肝心の設定が雑すぎんだろニセモンめッ!!」
俺はもっとリアルに忠実であってほしかったのだ。当然名前は俺のであるべきだしヒロインはせめて俺の知ってる子にしろよ。初対面の美少女に突然告られたって簡単に付き合うわけにはいかないだろーがっ(大嘘)!
それと俺が求めていたのはこんな露骨なフィクションじゃあない。ラノベっぽい設定とか望んでないんだよ。ひょっとして二重人格が俺得だと思ったのか?
「ぶっちゃけさ……なぜか異性にモテてモテてモテまくるっていう、ラノベ主人公特有の属性さえ俺にコピペしてくれたら満足だったのになぁ」
「キモっ」
「……………………。えっ?」
な、何だ?
今確かに『キモっ』って声が聞こえたぞ……???
【―――奇姫か。いつからそこにいた?】
と、もう1人の俺が勝手に口を動かし、顔を左に向けた。
すると直後、声が聞こえてきた方角から鋭利な舌打ちが飛んでくる。
「ちっ……さすがね、憑々谷子童。あたし自慢の不可視顕現を、こうも容易く……!」
【いや、お前の声がダダ漏れだったからなんだが】
冷静に応じるもう1人の俺。
だが本物の俺は驚いていた。
(えっ、なにも無い場所から美少女が現れた……!?)
「くくっ、しかし好いザマね、憑々谷子童? 異性からビンタされたのはこれが初めてだったのかしら!?」
モデルのように腰に手を当てながら近づいてくる奇姫という名前の美少女。彼女はきっと意識高い系の子だ。燃えるような紅髪と勝ち気な瞳と大きく張られた胸がそれを物語っている。……うん、デカいな。癒美よりデカい(ちゃんと見てました)。
「黙ってないで質問に答えなさいよ、憑々谷子童?」
【……ああ、初めてのビンタだったよ】
「おーっほっほ! 好い気味ね! 今夜はぐっすり眠れそう!」
【そうか……それは良かった。まぁお前も傷ついていたよな。俺があの時……お前の下着姿を見てしまったばっかりに……】
「ひぁっ!? だ、だいぶ前の話を急に取り上げないでくんない!? ぜ、前言撤回、おかげで今夜は眠れなくなりそうだわっ!」
思い出したのか顔を赤くする奇姫。
俺も恥ずかしさのあまり体が熱くなるのを感じたが……。
(や、ですからあのー、俺、なにも記憶ないんだが)
ってか、どうすればそんなご褒美イベが発生するんだよ。ちょっとダメ元で訊いてみようかな。
「すまん、本当にすまん。俺もあの時はどうかしてたんだ」
お? 自分の意志で声が出せるぞ。気が利くじゃないかもう1人の俺。
「ま、全くよ! そもそも女子寮に侵入した時点で頭おかしいっての!」
「!? な、なんだとぅ!?」
「なんでキレてんの!? あんたにキレていい権利ないでしょう!」
いや違う。信じられなかったのだ。俺が女子寮に侵入したって? なにモンだよこの世界の俺。聞いただけじゃただの変態だよ。否、立派な変態だよ。
「はー、あれ以上の不幸ったらないわ。普通、防犯システムくらい理解してから侵入するでしょうよ……そんであんたがヘマして警報を鳴らさなければ、あんたの逃亡先にあたしの部屋が偶然選ばれることもなかったんじゃない……はぁ、とんだハズレクジだったわ……」
「な、なるほど。確かにハズレクジだな……」
「…………。それ、『あんたにとって』だったらぶっ殺すわよ?」
頬を引き攣らせながら目以外で笑う奇姫。……と、とんでもない。女子の部屋に一度も上がったことのない俺だぞ。お前みたいな見目麗しい子を引いたのは大当たりの上……超大当たりだよ。
「えーっと、その、だな……」
とはいえ、そんな口説き文句みたいなフォローが俺にできるはずがなく。
俺はもっと無難な返答はできないかと焦っていると、
【―――とんでもない。俺にとってのお前は、超大当たりだったぞ】
言った! 代わりに言いやがったよ俺! なにしてくれてるんだイケメンぶってるもう1人の俺ぇ!?
「ちょ、超大当たりって……おーっほっほっほ! あ、当たり前じゃないのっ! 下着姿見られたのにあんたを匿ってあげたのよ? 恩人にはそれくらい言って当然っ!……うぅ」
うわー、思いっきし照れてるぞこの子。彼女も完全に俺にオチてるな。どういう方法か知らんが俺と癒美の様子をこっそり覗いてたみたいだしな。気になってたんだろう。……よし、お次はそのあたりを追及してみるか。
「で、なぜ覗いたんだ?」
「はあ? それはあたしの台詞でしょう! どうして女子寮の大浴場を覗こうとしたのよ、憑々谷子童!」
「あ、もうそっちの話じゃなくてだな……って、覗き!?」
マジかよ! 俺最低じゃないか!
女子寮に侵入して風呂場覗くとか、いくら夢の中の設定でも胸クソ悪い!
「…………へぇ? その反応から察するに、まだとぼける気でいたのね?」
「すんませんでした」
俺は手をポキポキ鳴らす奇姫の前で土下座する。
人生初土下座だけど、ちゃんとできてると思います……。
「おーっほっほっほ! 実に好い見晴らしね! 学園最強の異能力者と噂されるあの憑々谷子童がまさかの土下座! もうたまんない、今ならあなたのこと何でも許せちゃいそうよっ!」
【俺は、最強の異能力者、なんかじゃない……】
(……んん? 最強? 異能力者?)
冷たい地べたに額を押し付けていると、なぜかもう1人の俺がぼそりとそう言った。まぁラノベとは切っても切れない単語だが……。
どうやら奇姫には聞こえていなかったらしく、彼女は上機嫌そうに手を叩くと、
「よし!  決めたわ! 決まりよ!」
なにやら愉しそうなことを思いついたご声調だった。俺は嫌な予感がして恐る恐る顔を上げてみる。するとそこには口端を吊り上げた彼女が仁王立ちしていて。
「あんた、来週末の武闘大会で優勝しなさい! 自分が学園最強だと学園中に知らしめるのよ!」
【っ!? ま、待ってくれ! それは無理だ、俺にはできない……!】
うお、急に立ち上がったぞ。ビックリしたー。
立つなら先に言えよな、もう1人の俺。
「……はあん? とりあえず、できないってのは優勝が?」
【そ、そうだ……】
「嘘ね。あたしトピアから聞いてるんだから。『憑々谷子童はまだ隠している』ってね」
【……くっ!?】
「武闘大会での優勝経験も多く、誰に対しても本気で戦うあのトピアが、あなたと異能力を交錯させてそのように評したのよ? なら、あなたが一体なにを隠しているのか、それってわかりきったことじゃない。違う?」
動揺のせいか汗を掻き始める俺。対して奇姫は完全に言い負かしてやったと主張するように鼻を鳴らしている。……ううむ、事情は知らんが気に食わないな。言い返したくてたまらない。
「―――違うな。間違っているぞお前」
またダメ元で言ってみる。そしてまた言えてしまった。この瞬間、俺は本当になにも事情を知らないのに、もう1人の俺に助けを求められている気がした。
まぁこうなっては仕方ない。俺が反撃してみよう……(無謀)。
「……はあ? 間違ってる? このあたしが?」
「そ、そうだ。お前は俺が隠しているのは真の実力だと直感したんだろうが……。それは腹を抱えて笑いたくなるほどの思い込み違いだ。この美少女め」
「な、なんですってぇ!?」
「じ、事実だろ、この美少女め」
「だからなんですってぇ!?」
「この美しょう、」
「だからなんですってぇぇぇ!?」
……あれ? 美少女って言ってあげてるのに全然キレてらっしゃるんだが。
まさかの緩和効果ナシか? 本人に美少女の自覚があるからスルーされてる!?
「と、とにかくだ! お前は誤解している!  そう、俺を過大評価しているんだ! 俺が隠してるのは実力じゃなくて……。も、もっと低俗なものでだな―――!」
やばい!
俺個人が隠したくなるものなんて、これしか思いつかない!
「それはああ! え、エロ本だあああああああああああああああああああ!!」
「………………………………………………………………………………。は?」
……ないわー、我ながら超ないわー。
ほら、奇姫ちゃんのご尊顔も全体的に歪んできてます。
――――バシッ!
俺の左頬に本日2度目の雷が走った!
「……ねぇ、憑々谷子童? そんなキモいこと言って、あたしが信じるとでも?」
「すんません」
「この変態野郎!」
「はい、ご褒美です。ありがとうございます」
なぜ俺は感謝したのだろう。
でも悪くない気分だ。開き直ってる感はあるけど。
「ふ、ふふふ! さすがにここまであたしやトピアを愚弄しといて、さっきの話を断るなんてしないわよねぇ?」
「え、えーっと、そもそもだな? 俺はリズムに合わせた運動が大の苦手で……」
「学園中にバラすわよ? あんたが大浴場覗こうとしたってこと」
「すんません出ます。舞踏大会じゃなくて戦うほうの武闘大会なんですよね。……すごく出たい、です……」
俺は再度土下座して奇姫ちゃんに懇願するのだった……(完)。
フラれた。なぜかフラれた。俺はこの悲劇に納得がいかず、あれから15分くらいが経った今もベンチに座り込んでいた。
だってそうだろ? 癒美ちゃんは俺のことが好きだったのだ。なのに俺は彼女の大事な告白を遮ったばかりか、彼女に自分達は両想いであるといたずらに期待させ、挙句に……『彼女は彼氏持ちだと勘違いしていた』事実を、自ら発覚に至らしめたのだ。
もう天国から地獄に突き落とされた気分だ。逃がした獲物がデカすぎて、失恋自殺が過ぎってしまいそうだ。
「ふー。やっぱ人生はそう甘くないってことだな」
だがそれでも俺は多少の落ち着きを取り戻していた。俺の名前が違うことや見覚えのない美少女と知り合いだったこと、俺が俺じゃなくなる時があること、美少女にフラれたこと……そりゃマジだったら狂うけど。
だけどこれはマジじゃあない。俺は独りきりになってようやく思い出したんだ。
「―――これはただの夢だ」
そう。俺はリア充に憧れて『ラノベ主人公のようになりたい』と言うはずが、『ラノベの主人公になりたい』とモロに言い間違えてしまったのだ。そんな俺に、自称神様のアリスが叶えてくれた結果が、この夢なんだ。
だからあれもこれも現実的じゃない方向にひん曲がってる。俺にとって都合の良いことも悪いことも起きるわけだ(納得)。
「……まぁ願いを言い間違えたのは俺だ。こんな夢になったのは俺に全責任があるんだろう。だが、それでも―――」
俺は装着されたままだったアリスバンドをジーッと凝視する。ブドウグミ改め神様の世界へ通ずるゲートは、キッチンボウルみたいな外殻に覆われていた。
「いくら土台が俺の夢にしたってよ、肝心の設定が雑すぎんだろニセモンめッ!!」
俺はもっとリアルに忠実であってほしかったのだ。当然名前は俺のであるべきだしヒロインはせめて俺の知ってる子にしろよ。初対面の美少女に突然告られたって簡単に付き合うわけにはいかないだろーがっ(大嘘)!
それと俺が求めていたのはこんな露骨なフィクションじゃあない。ラノベっぽい設定とか望んでないんだよ。ひょっとして二重人格が俺得だと思ったのか?
「ぶっちゃけさ……なぜか異性にモテてモテてモテまくるっていう、ラノベ主人公特有の属性さえ俺にコピペしてくれたら満足だったのになぁ」
「キモっ」
「……………………。えっ?」
な、何だ?
今確かに『キモっ』って声が聞こえたぞ……???
【―――奇姫か。いつからそこにいた?】
と、もう1人の俺が勝手に口を動かし、顔を左に向けた。
すると直後、声が聞こえてきた方角から鋭利な舌打ちが飛んでくる。
「ちっ……さすがね、憑々谷子童。あたし自慢の不可視顕現を、こうも容易く……!」
【いや、お前の声がダダ漏れだったからなんだが】
冷静に応じるもう1人の俺。
だが本物の俺は驚いていた。
(えっ、なにも無い場所から美少女が現れた……!?)
「くくっ、しかし好いザマね、憑々谷子童? 異性からビンタされたのはこれが初めてだったのかしら!?」
モデルのように腰に手を当てながら近づいてくる奇姫という名前の美少女。彼女はきっと意識高い系の子だ。燃えるような紅髪と勝ち気な瞳と大きく張られた胸がそれを物語っている。……うん、デカいな。癒美よりデカい(ちゃんと見てました)。
「黙ってないで質問に答えなさいよ、憑々谷子童?」
【……ああ、初めてのビンタだったよ】
「おーっほっほ! 好い気味ね! 今夜はぐっすり眠れそう!」
【そうか……それは良かった。まぁお前も傷ついていたよな。俺があの時……お前の下着姿を見てしまったばっかりに……】
「ひぁっ!? だ、だいぶ前の話を急に取り上げないでくんない!? ぜ、前言撤回、おかげで今夜は眠れなくなりそうだわっ!」
思い出したのか顔を赤くする奇姫。
俺も恥ずかしさのあまり体が熱くなるのを感じたが……。
(や、ですからあのー、俺、なにも記憶ないんだが)
ってか、どうすればそんなご褒美イベが発生するんだよ。ちょっとダメ元で訊いてみようかな。
「すまん、本当にすまん。俺もあの時はどうかしてたんだ」
お? 自分の意志で声が出せるぞ。気が利くじゃないかもう1人の俺。
「ま、全くよ! そもそも女子寮に侵入した時点で頭おかしいっての!」
「!? な、なんだとぅ!?」
「なんでキレてんの!? あんたにキレていい権利ないでしょう!」
いや違う。信じられなかったのだ。俺が女子寮に侵入したって? なにモンだよこの世界の俺。聞いただけじゃただの変態だよ。否、立派な変態だよ。
「はー、あれ以上の不幸ったらないわ。普通、防犯システムくらい理解してから侵入するでしょうよ……そんであんたがヘマして警報を鳴らさなければ、あんたの逃亡先にあたしの部屋が偶然選ばれることもなかったんじゃない……はぁ、とんだハズレクジだったわ……」
「な、なるほど。確かにハズレクジだな……」
「…………。それ、『あんたにとって』だったらぶっ殺すわよ?」
頬を引き攣らせながら目以外で笑う奇姫。……と、とんでもない。女子の部屋に一度も上がったことのない俺だぞ。お前みたいな見目麗しい子を引いたのは大当たりの上……超大当たりだよ。
「えーっと、その、だな……」
とはいえ、そんな口説き文句みたいなフォローが俺にできるはずがなく。
俺はもっと無難な返答はできないかと焦っていると、
【―――とんでもない。俺にとってのお前は、超大当たりだったぞ】
言った! 代わりに言いやがったよ俺! なにしてくれてるんだイケメンぶってるもう1人の俺ぇ!?
「ちょ、超大当たりって……おーっほっほっほ! あ、当たり前じゃないのっ! 下着姿見られたのにあんたを匿ってあげたのよ? 恩人にはそれくらい言って当然っ!……うぅ」
うわー、思いっきし照れてるぞこの子。彼女も完全に俺にオチてるな。どういう方法か知らんが俺と癒美の様子をこっそり覗いてたみたいだしな。気になってたんだろう。……よし、お次はそのあたりを追及してみるか。
「で、なぜ覗いたんだ?」
「はあ? それはあたしの台詞でしょう! どうして女子寮の大浴場を覗こうとしたのよ、憑々谷子童!」
「あ、もうそっちの話じゃなくてだな……って、覗き!?」
マジかよ! 俺最低じゃないか!
女子寮に侵入して風呂場覗くとか、いくら夢の中の設定でも胸クソ悪い!
「…………へぇ? その反応から察するに、まだとぼける気でいたのね?」
「すんませんでした」
俺は手をポキポキ鳴らす奇姫の前で土下座する。
人生初土下座だけど、ちゃんとできてると思います……。
「おーっほっほっほ! 実に好い見晴らしね! 学園最強の異能力者と噂されるあの憑々谷子童がまさかの土下座! もうたまんない、今ならあなたのこと何でも許せちゃいそうよっ!」
【俺は、最強の異能力者、なんかじゃない……】
(……んん? 最強? 異能力者?)
冷たい地べたに額を押し付けていると、なぜかもう1人の俺がぼそりとそう言った。まぁラノベとは切っても切れない単語だが……。
どうやら奇姫には聞こえていなかったらしく、彼女は上機嫌そうに手を叩くと、
「よし!  決めたわ! 決まりよ!」
なにやら愉しそうなことを思いついたご声調だった。俺は嫌な予感がして恐る恐る顔を上げてみる。するとそこには口端を吊り上げた彼女が仁王立ちしていて。
「あんた、来週末の武闘大会で優勝しなさい! 自分が学園最強だと学園中に知らしめるのよ!」
【っ!? ま、待ってくれ! それは無理だ、俺にはできない……!】
うお、急に立ち上がったぞ。ビックリしたー。
立つなら先に言えよな、もう1人の俺。
「……はあん? とりあえず、できないってのは優勝が?」
【そ、そうだ……】
「嘘ね。あたしトピアから聞いてるんだから。『憑々谷子童はまだ隠している』ってね」
【……くっ!?】
「武闘大会での優勝経験も多く、誰に対しても本気で戦うあのトピアが、あなたと異能力を交錯させてそのように評したのよ? なら、あなたが一体なにを隠しているのか、それってわかりきったことじゃない。違う?」
動揺のせいか汗を掻き始める俺。対して奇姫は完全に言い負かしてやったと主張するように鼻を鳴らしている。……ううむ、事情は知らんが気に食わないな。言い返したくてたまらない。
「―――違うな。間違っているぞお前」
またダメ元で言ってみる。そしてまた言えてしまった。この瞬間、俺は本当になにも事情を知らないのに、もう1人の俺に助けを求められている気がした。
まぁこうなっては仕方ない。俺が反撃してみよう……(無謀)。
「……はあ? 間違ってる? このあたしが?」
「そ、そうだ。お前は俺が隠しているのは真の実力だと直感したんだろうが……。それは腹を抱えて笑いたくなるほどの思い込み違いだ。この美少女め」
「な、なんですってぇ!?」
「じ、事実だろ、この美少女め」
「だからなんですってぇ!?」
「この美しょう、」
「だからなんですってぇぇぇ!?」
……あれ? 美少女って言ってあげてるのに全然キレてらっしゃるんだが。
まさかの緩和効果ナシか? 本人に美少女の自覚があるからスルーされてる!?
「と、とにかくだ! お前は誤解している!  そう、俺を過大評価しているんだ! 俺が隠してるのは実力じゃなくて……。も、もっと低俗なものでだな―――!」
やばい!
俺個人が隠したくなるものなんて、これしか思いつかない!
「それはああ! え、エロ本だあああああああああああああああああああ!!」
「………………………………………………………………………………。は?」
……ないわー、我ながら超ないわー。
ほら、奇姫ちゃんのご尊顔も全体的に歪んできてます。
――――バシッ!
俺の左頬に本日2度目の雷が走った!
「……ねぇ、憑々谷子童? そんなキモいこと言って、あたしが信じるとでも?」
「すんません」
「この変態野郎!」
「はい、ご褒美です。ありがとうございます」
なぜ俺は感謝したのだろう。
でも悪くない気分だ。開き直ってる感はあるけど。
「ふ、ふふふ! さすがにここまであたしやトピアを愚弄しといて、さっきの話を断るなんてしないわよねぇ?」
「え、えーっと、そもそもだな? 俺はリズムに合わせた運動が大の苦手で……」
「学園中にバラすわよ? あんたが大浴場覗こうとしたってこと」
「すんません出ます。舞踏大会じゃなくて戦うほうの武闘大会なんですよね。……すごく出たい、です……」
俺は再度土下座して奇姫ちゃんに懇願するのだった……(完)。
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