新イベントはゲームの中で!

化茶ぬき

第八話 衝撃

 今日も今日とてウエイターとしての仕事に励むサンジュウシだったが、いつもと違う光景が店の外にはあった。

「いらっしゃいませ~」

 入ってきた若い女性客は不思議そうに首を傾げながら席に腰を下ろした。

「ねぇ、サンちゃん。外にいる娘って知り合い? ずっとこっち見てる気がするけど」

「顔見知り、という程度でしょうか。気になるようでしたら何かしら対処いたしますが?」

「ん~、大丈夫。なんか初々しくて可愛いし」

 ドアの向こうから顔を覗かせているイミルは、サンジュウシに向けるその眼差しで何故だか人気者になっていた。

 決して中に入ってこようとしないが、飲み物を注文した客が帰り掛けにイミルに渡していく姿を見たサンジュウシは、特に気に掛ける様子もなく仕事を熟していく。

「ありがとうございました~、気を付けてお帰り下さいね~」店の外に出て最後の客を見送っているサンジュウシの背後から、逃がすものかとイミルが抱き付いた。「おっと……あのなぁ」

「サンくーん、その娘、中に入ってもらったら?」

「……はぁ。わかりました。ほら、中に入るぞ」

 そう言うと、サンジュウシから離れたイミルは店の中に這入っていって椅子に腰を下ろした。そこに店主が葡萄ジュースを差し出すと、申し訳なさそうに頭を下げて口を付けた。

 エプロンを外しながらイミルの対面に座ったサンジュウシは、静かに溜め息を吐いた。

「それで? 付き纏われるのも面倒だから単刀直入に訊くが、俺に会うためにあそこに居たって?」

「そう、です。助けて、ください」

「助ける? そういうのはハンターに当たってくれ。俺は見ての通りのウエイターだ」

 吐き捨てるように言うと、目の前のイミルはゆるゆると顔を横に振った。

「違う。あなたは、Sランク、ハンター。イミルは、ずっと、見てた」

「え、サンくん、Sランクハンターなの!?」

 話を聞いていた店主が声を上げたがサンジュウシは話に入らないでくれ、と手を挙げて制した。

「……どこから見ていた?」

「始まりの丘から、出てきたところ」

「始めっからかよ。なんだ……新しいイベントか?」考えるように顎に手を当てて思考を廻らせた。「……とりあえず話だけは聞く。それでいいか?」

 問い掛ければイミルは頷いて、大きく深呼吸をして取り出した紙に視線を落とした。

「イミルはダンジョン・大草原の北東にある峡谷の村・キャニオンビレッジに住むハンターです。そのキャニオンビレッジが山賊たちに襲われて、今も占拠されています。ギルドにも依頼を出したのですが、支払える報酬が無いことで断られてしまいました。なので、腕の立つハンターに直接お願いすることにしました。ギルド基準の報酬は払えませんが、村を救ってもらえれば可能な限りのお礼は致します。どうか、よろしくお願いします」

「……うん。話の内容はわかったんだが、お前そんなに流暢に喋れるのか?」

「書いたことを、読むだけ、なら」

「ああ、なるほど」再びたどたどしく話すイミルを見て納得すると、考えるように腕を組んだ。「ギルド基準の報酬っていくらなんだ? 店長、わかりますか?」

「ん~、村一つを山賊からって依頼でしょ? 人が相手だし、それなら――二千円くらい?」

「そりゃあ大金だな。というか、お前もハンターなんだろ? ってことは村にもハンターはいるってことだ。どうして反撃しようとしなかった? この世界の山賊くらいならBランクハンターでも余裕だと思うが」

「無理。山賊は、ドラゴンの牙で、ドラゴンを、使役」

「ドラゴンの牙? 聞いたことねぇな……そもそも、この世界にモンスターを使役するシステムなんて無かった、よな?」

 自問自答のように呟いたサンジュウシの言っていることは正しい。ここがゲームのブラックブリード・エンパイアなら、モンスターを使役するシステムなど存在していないし、何よりも――峡谷の村・キャニオンビレッジすら存在していないのだ。

 考えるように俯くサンジュウシを見たイミルは不意に立ち上がって頭を下げた。

「お願い、します。村を、みんなを、助けてください」

「断る。俺はもうハンターを辞めたんだ。そういうのは別の奴に頼んでくれ。悪いな」

 素気無く返事をすると、視界の端から飛んできた何かに対して体が勝手に反応して掴んでいた。どうやらオート発動のスキル・防御反射による反応らしいがその手に掴んだのは――店主の投げた包丁だった。

「っ! いや、普通に危ねぇわ! 完全に殺す気じゃねぇか、店長!」

「女の子が頭を下げて頼み込んでいるのに断るSランクハンターには当然の報いでしょ。それに当たらなかったんだから結果オーライ」

「オーライ、じゃねぇですよ。言ったでしょ。俺は元ハンターで、今はここ『龍のうろこ』のウエイターです。暴力反対」

「別に相手はモンスターじゃないんだから良いでしょ。お客に聞いたよ、今日スラム街のほうで暴漢とやり合ったんだろう? 山賊くらい軽く倒してこいよ」

「モンスターとか人とか関係ないんですよ。暴漢はまぁ仕方なくですが、そもそも村一つ占拠できる山賊を軽くは無理でしょう。ドラゴンいるとか言っているし」

「うるせぇ、言い訳すんな!」

 今度は包丁の代わりに投げてくるナイフやフォークを全て受け止めて、最後に飛んできた瓶を避けると店の壁に酒が飛び散った。

「いや、待て待て、それは商品だろ。しかも今日仕入れたやつ!」それでも二本目を投げてこようとする店主に対して、サンジュウシは諦めた様に盛大に溜め息を吐いた。「わかった! わかりましたよ。え~っと、イミルだっけ? 村までは同行してやる。但し戦うという保証は出来ない。もしかしたら話し合いで解決できるかもしれないからな」

 そう言われたイミルは目を見開いて再び頭を下げると、鼻水を啜る音を立てた。

「あ、ありがとう、ございます!」

「仕方なくだ。この店のウエイターとして店長に赤字を出させるわけにはいかないから――っ」言い掛けたところで突っ込んできたイミルがサンジュウシの体に抱き付いた。「まったく……面倒なことになったな」

 心底嫌そうな顔で肩を落としたサンジュウシを見て、店主はようやく掴んでいた酒瓶を手放した。

 とりあえず飛び散った瓶と酒の掃除をしよう――と動こうとしたサンジュウシだったが、抱き付いたまま離れないイミルに気が付いた。

「はぁ……おい。いい加減に離れろよ。仕事ができないだろ」

 しかし、それでも反応しないイミルに疑問符を浮かべると、近付いてきた店主が顔を覗き込んだ。

「……あぁ、これ寝てるわ」

「マジかよ。立ち寝ってレベルじゃねぇぞ」

「まぁ、緊張の糸が途切れたってことだろう。部屋は……空いてないからサンくんと同じ部屋で良いね」

「いや、良くないでしょう」

「ん? 良い、よね?」

 物言わせぬ店主の圧に負けたサンジュウシは開き掛けた口を閉じた。

「……はい。大丈夫です」抱き締められていた腕をなんとか外してイミルをお姫様抱っこすると、上がり掛けた階段の途中で気が付いたように足を止めた。「ああ、明日のうちには準備を済ませて三日以内くらいには帰ってくるので。それまで一人で大丈夫ですか?」

 地面に広がった酒にモップ掛けをする店主はサンジュウシを見ることなく口を開いた。

「そもそも私は一人で切り盛りしていたからな」

「それもそうですね」

 納得したように言って階段を上がり始めると、店主が「あっ」と声を漏らして再び足を止めた。

「それから、サンくん――クビね」

「…………はぁ!?」

 言葉の意味がわからず思考停止したサンジュウシはつい落としそうになったイミルを抱き整えて、店主に視線を向けた。

「だって、うちの店に置いておくわけにいかないでしょ。Sランクハンターなんて」

 この世界におけるハンターの存在とは、対モンスターに対する生命線だ。つまり、サンジュウシがSランクハンターと知った今、その事実を理解してしまったからこそ、自らの店で雇っておくことができなくなってしまったのだ。まさしく――役不足だから。

 呆然としながらも店主の気持ちを汲んだサンジュウシは部屋に戻ってイミルをベッドに寝かせると、項垂れるように椅子に腰かけた。

「……マジか」

 サンジュウシ、ウェイター歴五日にして解雇の衝撃だった。

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