山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

80.落とし子との戦い

 『落とし子』を一時的に封じてから二日、ステル達は再び遺跡へと潜っていた。
 前回からラウリを欠いた一行だが、装備が少し変わっていた。

 まず、グレッグは冒険者協会から貰ってきた新しい魔導斧を持っている。王家の護符をつけて、一度だけだが、強力な攻撃を繰り出すことが出来る。

 イルマとヘレナ王女は新たに小型の魔導杖を一本ずつ腰に差していた。使い切りだが強力な魔法を使えるらしい。

 アーティカは一見、殆ど変わっていないように見えて、腕や髪などに装飾品が増えていた。本人曰く、強力な魔法を使うために必要とのことだ。

 そしてステルだ。
 炎の小剣に加えて腰の後ろにリリカ手製の変形する弓。新には人工ミスリルの矢を背中に一本だけ背負っている。矢は魔法の準備は完了していて、切り札としていつでも使用可能である。
 更に、今日のステルの左手には小さな円形の盾がはまっていた。リリカに持たされた魔導盾で、起動すると魔力の盾が展開し、見た目よりも広い範囲を防御してくれる。ステルの身を守るために、リリカがその場で選んでくれたものだ。

 一行は順調に通路を進み、『落とし子』がいるべき場所に到達した。
 
 そこに、『落とし子』はいなかった。

「いない……」
「はい。推測通りですね」

 焦りはない。ヘレナ王女が市内にある王家の施設から状況を確認していたおかげだ。
 結果、遠くないうちに『落とし子』が動きそうだと察知して、急いで全員で向かうことになったと流れである。

「それじゃあ、このまま進むってことで」
「はい。罠も沢山残っていますので、そんな早く進めていないかと」
「どうかしらね。結構奥の方から魔力を感じるけど」

 グレッグの言葉に、ヘレナ王女が答え、アーティカが杖を掲げて言った。
 最後の言葉に、アマンダが焦る。

「行きましょう。私が姫様の指示に従って前を行きます。ステル様は戦闘に備えてくださいね」
「わ、わかりました」

 今回、ステルは『落とし子』と接触するまで前を行かない。『落とし子』を倒すための切り札だからだ。
 
 遺跡の構造をよく知るヘレナ王女のおかげで、一行はどんどん進んでいく。
 道中、そこかしこに罠が発動した後があった。壁や床が抉れていたりと、『落とし子』が強引に進んでいることが伝わってくる。

「派手にやってるわね」
「それなりに焦ってるんじゃねぇか? 追い込まれたわけだし」
「罠で弱ってくれてることを望むわ……」

 そんな風に感想を言い合うい、進む。
 進むうちに、ステルの耳に金属を叩く音が聞こえた。
 強力な一撃が、何度も金属の塊を叩く音だ。

「なんか、凄い音が聞こえますね」
「そろそろ遺跡の最深部です。そこにあるのは『古の落とし子』の残滓が封じられた扉ですから……」

 答えはすぐに出た。
 ちょっとした運動ができそうなくらい広い空間。天井からはうっすらと魔法の灯りが灯された、遺跡の最深部。
 その奥にある巨大かつ、緻密な魔法陣が描かれた金属の扉。 
 その前に、落とし子がいた。

 黒い外套を身に纏った人間大の魔物は、ゆっくりとこちらを振り向く。

「姫様、下がってください!」
「アマンダさんもです!」

 声と共に、ステルは前に出た。自分の出番だ。
 右手に炎の小剣、左手に魔導盾を構える。

 作戦は簡単だ。ステルが前に出て戦い、炎の小剣でできる限り傷を与える。
 そして、『落とし子』が弱ったところに人工ミスリルの矢を叩き込むのだ。威力が不明確な人工ミスリルの矢に不安はあるが、作戦としてはそれが良いと言うことになった。

 アマンダと王女は最後の切り札だ。どうしようもないと判断されれば、王家の秘術を使い、命と引き替えに『落とし子』を倒す。できれば、出番がないことを願いたい。
 
 斧に剣に杖、全員が武器を構える。魔導具が起動し、魔力の輝きが周囲を少し明るくした。
 『落とし子』はそれに応答するかのように軽く手を振ると、その影が伸び、ちぎれ、黒い獣が生まれた。
 黒い獣の数は2匹。面倒な相手だ。

「どうやら、楽はさせてくれないみたいだな」
「そのようで」
 
 グレッグとアマンダが武器を手に前に出た。同時、アーティカが魔法によって腰で止めていた大量の頁を飛ばす。ヘレナとイルマが両手に杖を持って発動させた。
 ステルの小剣から炎が迸り、盾から魔力の輝きが溢れた。

「ステル、黒い獣は何とかする。すまねぇが、『落とし子』の相手を頼むわ」
「わかりました」
「すぐに加勢します」

 前衛の話し合いが終わり。戦闘が始まった。

「いきますっ!」

 初めにステルが飛び出した。それを狙っていたかのように黒い獣が殺到する。
 体格の大きな黒い獣はまるで壁だ。
 しかし、ステルにとっては大した問題ではない。

「はぁっ」

 魔力で強化された脚力でもって、ステルは黒い獣を飛び越える。その際に一匹を踏み台にして蹴りを入れることも忘れない。少しでも仲間の力になればと思っての行動だ。
 何はともあれ、狙いは『落とし子』。
 空中からステルは炎の小剣で斬りかかる。
 
 剣の一撃を見舞おうとするステルに対して、『落とし子』は右手をこちらに向けた。

「……死ね」

 暗く低い声が聞こえた直後、腕から無数の黒い槍が生えてステル目掛けて殺到した。

「なっ!?」

 初めて見る攻撃にステルが驚いた時だった。
 周囲を青白い光を纏う頁が飛び交い、光の盾となってステルを守った。
 アーティカの魔法だ。

「……っ!」

 黒い槍が無数の小さな青い光の盾に防がれる。
 礼の言葉を出す余裕は無い。ステルは着地するなり、地面を蹴って『落とし子』に接近。
 炎の小剣で斬りかかろうとしたところを『落とし子』の左手がこちらに振り下ろされるのが見えた。
 ステルはそれを冷静に小剣で弾く。ぶつかった瞬間に激しく炎が散った。
 手応えは無くは無いが、今一つ。

 一撃を凌いだと思ったら、今度は『落とし子』の右の拳が来た。
 ステルは魔導盾に魔力を回す。ステルの意志に応え、盾が表面に光り輝く魔力の盾を展開した。

「くぅっ」

 『落とし子』の拳の一撃を盾は受け流した。リリカに感謝だ。この盾は使える。小さくて取り回しもしやすい。

 その場でステルは何度か落とし子と打ち合った。炎の小剣で切り、盾で守る。
 たまに入るアーティカの援護のおかげでやや優勢といった形で戦いは進んだ。
 『落とし子』に何度も炎の一撃が入り、手傷を与えている実感があった。

 このまま押し切れるか?
 そう思った時だった。
『落とし子』が一瞬動きを止めたと思ったら、両手をこちらに向けて来た。

 まるで、魔法を使うための動きだ。

 そう思ったのと、『落とし子』の腕から無数の黒い刃が生み出されたのは同時だった。
 小剣の刃くらいの大きさの黒い刃。それらがステルに殺到する。
 当たればただではすまないだろう。
 
 ステルは反射的に後ろに下がった。
 同時、体を覆うように青白い魔力の輝きが付与された。
 アーティカの防御魔法に感謝しつつ、星人(ほしびと)由来の力とされる魔力強化を全身と装備品に回し、護りの体勢を整える。

 自身とアーティカの魔法。二つの力によって守られた鉄壁のステルは、小剣と盾で攻撃をどうにか受け流す。

「ぐっ……」

 服と盾と魔法と自分自身、ステルを守る力は『落とし子』の猛攻をどうにか防ぎきった。

「まだ、大丈夫……」

 距離をとって、確認する。
 目の前には悠然と立つ『落とし子』。ステルの攻撃をそれなりに受けているはずだが、健在だ。
 
 ステルは素早く自身の状態を把握する。
 炎の小剣は大丈夫。無傷だ。まだまだいける。
 竜鱗の服。こちらも良く保ってくれている。竜鱗部分に集中して攻撃を受けたため、少し削れてしまっった。

 リリカに貰った魔導盾、これが一番状態が酷い。そう遠くないうちに、使えなくなるだろう。
 だが、同時に一番自分の身を守ってくれているのもこの魔導具だった。
 この魔導具がなければ、危ないところだった。

「ステル君! 時間を稼いで!」

 後ろからアーティカの声が聞こえた。そちらを向かず、無言で頷き、剣と盾を構えて『落とし子』に相対する。

 『落とし子』は動かない。ステルは少しだけ周囲に気を払うと、グレッグ達が苦戦している様子が感知できた。黒い獣は強敵だ。

「行くぞ……」

 敵では無く、自分にそう言い聞かせ。ステルは大きく息を吸い込んだ。
 これが星人(ほしびと)としての力なのだろう。ステルの全身を巡る魔力が爆発的に吹き上がる。
 『落とし子』が警戒したのが伝わってきた。

「はあっ!」

 叫びと共に、盾の裏に設置しておいた投げ矢をとり、一気に投げた。
 投げた先は後方、黒い獣だ。一瞬だが、悲鳴が聞こえた。
 これが援護になればいい。

「お前はここで終わらせる!」

 叫び、ステルは『落とし子』目掛けて一気に駆けだした。
 その動きは直線では無い。『落とし子』は魔法のような飛び道具を使う。正面から戦うのは不利だ。

 だから、ステルは相手を翻弄することにした。
 壁に天井、あらゆる場所を足場に。前に後ろに上とあらゆる方向から『落とし子』に攻撃を加えるのだ。
 剣で、盾で、蹴りで、投げ矢で、あらゆる場所から攻撃が繰り出される。
 どの攻撃も、並の魔物なら一撃で絶命する必殺の一撃だ。
 だが、『落とし子』への効果は薄い。
 それでいい。ステルの狙いは、相手の注意を引くことなのだから。

 ステルの鋭い聴覚は、聞き慣れた声による呪文を捕らえていた。

『天の星よ 地の星よ 万物に宿る 古き力よ 星々の輝きよ 我が掌に来たりて 寄りて寄りて 剣となりて』


「…………」

 落とし子がこれまでに無い動きをした。顔を動かし、ステルではなく、部屋の隅で呪文を唱える、アーティカを見る。
 気づかれた。

「やらせない!」

 ステルは更に全身の魔力を漲らせ、突撃する。
 それだけではない。
 
 そこにグレッグ達が突撃してきた。黒い獣を撃破したのだ。

 しかし、『落とし子』も何もしないわけではない。黒い獣を一匹産みだし盾とする。

「邪魔だ!」

 こちらに挑みかかってくる黒い獣に対して、ステルは素早く炎の小剣の一撃を入れた。
 動きを止める黒い獣。

「ここは私が!」

 そこに魔導剣を輝かせたアマンダが入ってきた。同時に黒い獣に黄金色の槍が何本も突き立った。ヘレナ王女の援護だ。

「ステル、右だ!」
「はいっ!」

 黒い獣をアマンダに任せ、『落とし子』に向かったグレッグとステルは短いやりとりの後、見事な連携を見せ、左右から攻撃をしかけた。

「……雑魚めが」
 
 『落とし子』はステル達の攻撃に対して苛ついた様子で言葉を吐きながら対応する。
 グレッグの輝く斧は腕に止められ。
 ステルには黒い槍が放たれた。

 ステルはそれを小剣で切り払い、『落とし子』に対して盾で殴りかかる。
 この攻撃では、効果は薄い。

 接近戦でも普通に強い。いや、強くなっている。
 この奥は遺跡の最深部だ、そこにあるという『古の落とし子』の残滓によるものだろうか?

 そんな疑問と共に、ステルが距離をとった時だった、『落とし子』がアーティカ目掛けて黒い刃を放とうとした。

 やらせない!

 ステルの反応は早かった。素早く息を吸い、全身に魔力を漲らせる。。
 母から貰った竜鱗の靴は床を砕き、人間離れした加速を生み出し、ステルを黒い刃の前に回り込ませた。

「だああ!」

 炎の小剣と魔導盾で攻撃を受けきる。盾は限界が近い……。
 そう思った時だった。

 アーティカの魔法が完成した。

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