山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

79.ステルの武器

 翌日の夕方。ステルは姿は王立学院にあった。
 リリカの研究室を訪れるためである。
 
 母からの手紙を読んだ後、ステル達はすぐに動いた。
 ヘレナ王女も巻き込んだその行動は速やかに実行され、半日もしないうちに形となってこの場所にある。

「こんにちは、リリカさん」
「ステル君、作業しながら色々情報が入ってきたんだけど、ラウリさんが怪我したって本当?」

 行き慣れた学院内、見慣れた研究室内に不機嫌なリリカがいた。

「本当だよ。戦って大怪我した……」
「それで、わたしに凄い勢いで頼んできたあれは、そのためのもの?」

 言いながら、机の上に置かれた物をリリカは指さした。
 そこにあったのはシンプルな形状の矢だ。白に近い銀色をしているのが特徴だろうか。

「流石、もうできてる」
「ねぇ、あれ、本当にわたしが扱って良かったの? 人工ミスリルでしょ?」
「うん。リリカさんに作って貰いたかったんだ」
「…………」

 屈託のないステルの言葉に黙るリリカ。
 
 リリカに作って貰ったのは人工ミスリルの矢である。
 人工ミスリルそのものはヘレナ王女に調達を頼んだ。 流石は王族、あっという間に少量の人工ミスリルが手に入った。
 その後、どのような武器に加工するかは話合った結果、矢となった。
 
 他の武器を作るには量が足りないし、ステルが使うなら使い慣れた武器でという話になったからだ。
 ステルは元狩人だ。冒険者になってからは剣で戦うことが多いが、弓矢が最も扱い慣れた武器である。

「言われた通りに作ったわ。アーティカさんの指示通りに魔法陣も描いてある。何かの魔法を埋め込むみたいだけど、見たことのないものだった」
「ごめん。それは詳しくは、わからない」

 そこは本当だ。アーティカが指示したのはターラから教わった星人(ほしびと)の魔法だ。この世界で理解できる者など、ほぼいないだろう。
 
 わかっているのは、これで『落とし子』を滅ぼす条件が揃ったことだ。
 魔物を打ち払う破邪の金属ミスリル、それは人工であっても威力を発揮する。
 神々が用意した場合よりも威力は落ちるそうだが、そこはアーティカがターラから教わった星人(ほしびと)の魔法で強化できる。
 後は星人(ほしびと)の血が流れるステルが矢を扱えば、『落とし子』を打ち砕く武器となるとのことだ。

「ステル君に頼まれた以上、ちゃんと仕事はしたつもりよ。それで、大丈夫なの?」
「なにが?」
「なにがって、ステル君に決まってるでしょう。ラウリさんが大怪我するようなことに関わってるんでしょ。無理そうなら依頼を断っても誰も責めないわ」
「うん。でも、決めたことだから」

 言いながらリリカの矢を受け取り、出来を確認する。重さもバランスも悪くない。短時間で良い仕事をしてくれた。

「決めたって……」
「そうだ、リリカさん、僕とアーティカさん2日くらい帰ってこなかったらこの街から離れて。できればこの国から出た方がいいかも。きっと大変なことになるから……」

 世間話のようなノリでとんでもないことを言い出したステルを見て、リリカの動きが止まった。
 
「…………」
「どうかしたの、リリカさん」

 いきなり俯いて黙り込んでしまった。
 何か失礼なことをしたろうか? 不安になって問いかけると、感情を押し殺した声でリリカが答えた。

「ステル君、ちょっとこっち向いて」
「はい?」
「ふんっ!」
「ぐあっ」

 言われた通り、顔を近づけたステルの額に、リリカの頭突きが炸裂した。

「いたぁ……。いきなり何を……」

 不意打ちだ。魔力で防御もしていなかった。思わぬ痛みに抗議しようとして、気づいた。
 リリカの目に、涙が浮かんでいた。

「あの、もしかして痛かった?」
「違う! 怒ってるの! ……いきなり何てこと言うのよ!」
「でも、本当に危険で……」

 言い訳は容赦なく遮られた。

「ちゃんと帰ってきなさい! ステル君なんだから、それくらいできるでしょ!」
「あ、はい……」

 有無を言わせない言い方に思わず答えてしまった。「ステル君なんだから」とか冷静に考えると意味がわからない。

「ちゃんと帰って来なさい。約束よ」

 今度は怒りでは無く、穏やかに、子供に言い聞かせるような口調で、リリカが言ってきた。
 心配させてしまったらしい。ステルはようやく、そのことに思い至った。

「わかった。約束するよ。そうだ、これ」

 大切なことをもう一つ忘れていた。
 ステルが取り出したのは百貨店に行ったときに買った装飾品だ。
 小さな箱の中に入っているのは、外国の四角い護符である。あまり飾りの無い、大人しめの外観で、アクセサリの一部として加工すると良いとのことだった。

「百貨店で外国の物を扱うお店の人に聞いたら『親しい人へ感謝の証として贈るには最適』だって教わって」
「いいの? わたしが貰って」

 戸惑いながら、箱を受け取るリリカ。

「開けていい?」
「どうぞ」

 中を見て、リリカがちょっと驚いた顔をした。

「ステル君、こういうの、ちゃんと選べるのね」
「実は、店員さんに相談したんだけれど」
「ありがとう。大切にするわ」

 そういって、リリカは大切そうにステルからの贈り物を箱に戻した。

「僕はリリカさんに助けて貰ってばかりだから」
「そんなことないわ。わたしがこうしているのも、ステル君のおかげだし……」
「?」

 何かを言おうとしているのだろうか。リリカは言葉を濁した後、チラチラとこちらを何度か見ていた。
 しばらく何も起きずに見つめ合っていると、リリカがため息をついてから、口を開いた。

「ステル君、帰ってきたらお祝いしましょう。理由はなんでもいいから。あ、昇級のお祝いってまだだったかしら?」
「そういえばそうだ。そのためにも、ちゃんと帰ってくるよ」
「約束よ」
「わかった。約束する」

 そんなやり取りのあと、ステルはリリカの研究室を後にした。
 正直、もう少し話したかったが、無事に帰ってくれば良いことだと思い直す。
 そして、今自分がすべきことを果たすため、ステルは一気に駆けだした。
 
 
 
 研究室から去りゆくステルの背中をリリカは見ていた。

「ほんと、ちゃんと帰って来てよね……」

 自然と出てきた呟きだった。
 彼女としては、ようやく自分の道を歩み出したばかりなのだ。
 これからも彼が居てくれないと困るののである、色々と。

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