山育ちの冒険者 この都会(まち)が快適なので旅には出ません
75.届かぬ刃
ステルは迷わなかった。
大きく息を吸い、全身に魔力を巡らせ、可能な限りの魔力を魔剣に注ぎ込む。。
「はああっ!」
炎の魔剣となった斬撃が伸ばしたままだった『落とし子』の黒い腕に炸裂する。
直撃の瞬間、猛烈な炎が上がり、ステルの魔剣が弾かれた。
腕を断ち切ることはできなかったが、攻撃の効果はあった。
『落とし子』の腕が元の場所に戻り、光の鎖の拘束が急激に強まったのだ。
「ステル! と、ヘレナ王女か!」
「間に合って良かったです。……ラウリさん!」
「すまないな。少し、油断してしまった……」
「ステルさん、今は『落とし子』を!」
ラウリの様子を見ようとしたステルに対して、ヘレナ王女の鋭い声が飛んだ。
彼女は小さな杖を光り輝かせ、次々と生み出す魔法で『落とし子』を拘束していた。壁から現れる鎖の拘束もどんどん強まっていくのが見ていてわかる。
「王家の者を前にして自由に動けると思わないことです……。ステルさん、その魔剣で!」
「は、はいっ」
ステルは再び魔剣に魔力を通す。刃がまとう炎は強く、ついには白い輝きを持ち始める。
これが、『落とし子』……。
魔剣を手にしてなお、ステルは自分が気圧されているのを自覚していた。
これは何かが違う。黒い獣以上に、ここにいてはいけない存在だ。
「はあっ!」
不安を振り払うかのようなステルの魔剣の一撃が『落とし子』を切り裂いた。
黒い獣なら一撃で仕留められるかもしれない一撃。
「っ!?」
しかし、それは届いていなかった。
『落とし子』は片手で拘束を強引に解き、魔剣の刀身を握ることで、攻撃は強引に防がれていた。
魔剣の炎に腕を燃やしながらも、ステルの攻撃を阻止している。彼の力ですらびくともしない、恐るべき力だ。
そして、黒いフードの奥から深淵そのもののような瞳がステルを見ていた。
その異様な気配に、ステルの全身に戦慄が走った。
「あ……っ」
「ステル……か……」
声を聞いた瞬間に、ステルは耐えきれなくなった。
「うわあああ!」
魔剣に更なる魔力を込め、無理矢理振り抜いた。運が良かったのか、魔剣は『落とし子』の腕を切り裂き、ステルは自由を得た。
この時、炎の小剣で『落とし子』に立ち向かったステルは、一つの事実を把握した。
この魔剣では足りない、と。
「駄目です、この魔剣だけじゃ倒せない!」
「アマンダも連れてくるべきでしたか……!」
王女が悲痛な叫びをあげつつ、更に魔法を使う。王家の紋章の入った杖を取り出して振ると、光の球が生み出され『落とし子』を包む光の檻となった。
「ステル、これだ!」
様子を見ていたグレッグが、ラウリの腰に止められていた『落とし子』封じの短剣をステルに投げ渡した。
「ステルさん、それを全力で投げてください!」
「はいっ!」
言われた通り、ステルは可能な限り魔力で筋力を強化して、短剣を投げた。
「エルキャスト王家の護り刀よ……っ」
ヘレナ王女は杖を手に、呪文をいくつか呟くと、短剣は強い光を発しながら、そのまま『落とし子』の胸に突き刺さった。
壁から出た鎖、王女の生み出した魔法の檻、さらに『落とし子』封じの短剣。
三重の魔法を受けて、ようやく『落とし子』は止まった。
「時間稼ぎです。今この状況では、決め手に欠けます……」
「ステル君、支部長が!」
王女の言葉を遮ったのはイルマの切羽詰まった叫びだった。
治療用の術式に組み替えた魔導杖を持つ彼女は、その顔に見たことのない焦りを浮かべていた。
リリカに聞いたことがある、傷を治す魔導具はまだ発展途中で効果が薄いと。
ラウリの傷が思わしくないことは明らかだ。
状況を見たステルは慌ててアーティカから貰った薬を取り出した。
「これを、アーティカさんから預かってきました」
「すまないな……迷惑を……かける」
汗を浮かべながらも、苦しげに返すラウリ。
「飲めますか?」
「ああ、そのくらいはね……」
ステルの手により薬を飲まされると、ラウリはすぐに落ちついた様子になり、そのまま目を閉じた……。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「平気よ。眠ってる。凄いわね。傷が治り始めてる。魔法使いの霊薬ね……」
その言葉に、ステルは安堵の吐息を吐く。
「それで、これはどうすりゃいい状況なんだ」
それは、武器を失って状況を見守る事しかできなくなっていたグレッグの言葉だった。
「えっと……」
困ったステルがヘレナ王女を見る。
「先ほども言ったように、決め手にかけます。せめてアマンダがいれば、どうにかなったのですが……」
どうにか、というのは王家の秘術のことだろう。ここにアマンダがいれば王女は命と引き替えに『落とし子』を倒したというこということだ。
「じゃあ、ここは一度撤退ね。ステル君、支部長の傷、簡単だけど包帯巻いておくから。多分、力もグレッグよりあるわよね。背負ってくれる?」
「わかりました」
グレッグもステルが規格外の力を持っているのを知っているので何も言わなかった。
彼はじっと封じられた『落とし子』を監視していた。何かあれば、自分の身を差し出すくらいしそうな様子だ。
「ヘレナ王女よ。あれ、どれくらい持つんです?」
「何とも……。数日は持つはずですが」
グレッグの質問に、ヘレナ王女は頼りない回答をした。
「じゃあ、すぐに撤退だ。決め手を持って来て、決着をつけちまおう」
そういって、ヘレナ王女とイルマを促すグレッグ。
反論は無く、その場で撤退が始まった。
ステルはラウリを背負いつつも、魔剣と『落とし子』を交互に見やる。
何とか出来ないか、どうしてもそんな考えを抱いてしまう。
「…………」
「おい、ステル、どうしたんだ? 行くぞ。支部長の治療が優先だ」
「は、はい。すぐ行きます」
グレッグに促され、ステルは走り出す。
『落とし子』討伐隊はこうして一時撤退することとなった。
大きく息を吸い、全身に魔力を巡らせ、可能な限りの魔力を魔剣に注ぎ込む。。
「はああっ!」
炎の魔剣となった斬撃が伸ばしたままだった『落とし子』の黒い腕に炸裂する。
直撃の瞬間、猛烈な炎が上がり、ステルの魔剣が弾かれた。
腕を断ち切ることはできなかったが、攻撃の効果はあった。
『落とし子』の腕が元の場所に戻り、光の鎖の拘束が急激に強まったのだ。
「ステル! と、ヘレナ王女か!」
「間に合って良かったです。……ラウリさん!」
「すまないな。少し、油断してしまった……」
「ステルさん、今は『落とし子』を!」
ラウリの様子を見ようとしたステルに対して、ヘレナ王女の鋭い声が飛んだ。
彼女は小さな杖を光り輝かせ、次々と生み出す魔法で『落とし子』を拘束していた。壁から現れる鎖の拘束もどんどん強まっていくのが見ていてわかる。
「王家の者を前にして自由に動けると思わないことです……。ステルさん、その魔剣で!」
「は、はいっ」
ステルは再び魔剣に魔力を通す。刃がまとう炎は強く、ついには白い輝きを持ち始める。
これが、『落とし子』……。
魔剣を手にしてなお、ステルは自分が気圧されているのを自覚していた。
これは何かが違う。黒い獣以上に、ここにいてはいけない存在だ。
「はあっ!」
不安を振り払うかのようなステルの魔剣の一撃が『落とし子』を切り裂いた。
黒い獣なら一撃で仕留められるかもしれない一撃。
「っ!?」
しかし、それは届いていなかった。
『落とし子』は片手で拘束を強引に解き、魔剣の刀身を握ることで、攻撃は強引に防がれていた。
魔剣の炎に腕を燃やしながらも、ステルの攻撃を阻止している。彼の力ですらびくともしない、恐るべき力だ。
そして、黒いフードの奥から深淵そのもののような瞳がステルを見ていた。
その異様な気配に、ステルの全身に戦慄が走った。
「あ……っ」
「ステル……か……」
声を聞いた瞬間に、ステルは耐えきれなくなった。
「うわあああ!」
魔剣に更なる魔力を込め、無理矢理振り抜いた。運が良かったのか、魔剣は『落とし子』の腕を切り裂き、ステルは自由を得た。
この時、炎の小剣で『落とし子』に立ち向かったステルは、一つの事実を把握した。
この魔剣では足りない、と。
「駄目です、この魔剣だけじゃ倒せない!」
「アマンダも連れてくるべきでしたか……!」
王女が悲痛な叫びをあげつつ、更に魔法を使う。王家の紋章の入った杖を取り出して振ると、光の球が生み出され『落とし子』を包む光の檻となった。
「ステル、これだ!」
様子を見ていたグレッグが、ラウリの腰に止められていた『落とし子』封じの短剣をステルに投げ渡した。
「ステルさん、それを全力で投げてください!」
「はいっ!」
言われた通り、ステルは可能な限り魔力で筋力を強化して、短剣を投げた。
「エルキャスト王家の護り刀よ……っ」
ヘレナ王女は杖を手に、呪文をいくつか呟くと、短剣は強い光を発しながら、そのまま『落とし子』の胸に突き刺さった。
壁から出た鎖、王女の生み出した魔法の檻、さらに『落とし子』封じの短剣。
三重の魔法を受けて、ようやく『落とし子』は止まった。
「時間稼ぎです。今この状況では、決め手に欠けます……」
「ステル君、支部長が!」
王女の言葉を遮ったのはイルマの切羽詰まった叫びだった。
治療用の術式に組み替えた魔導杖を持つ彼女は、その顔に見たことのない焦りを浮かべていた。
リリカに聞いたことがある、傷を治す魔導具はまだ発展途中で効果が薄いと。
ラウリの傷が思わしくないことは明らかだ。
状況を見たステルは慌ててアーティカから貰った薬を取り出した。
「これを、アーティカさんから預かってきました」
「すまないな……迷惑を……かける」
汗を浮かべながらも、苦しげに返すラウリ。
「飲めますか?」
「ああ、そのくらいはね……」
ステルの手により薬を飲まされると、ラウリはすぐに落ちついた様子になり、そのまま目を閉じた……。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
「平気よ。眠ってる。凄いわね。傷が治り始めてる。魔法使いの霊薬ね……」
その言葉に、ステルは安堵の吐息を吐く。
「それで、これはどうすりゃいい状況なんだ」
それは、武器を失って状況を見守る事しかできなくなっていたグレッグの言葉だった。
「えっと……」
困ったステルがヘレナ王女を見る。
「先ほども言ったように、決め手にかけます。せめてアマンダがいれば、どうにかなったのですが……」
どうにか、というのは王家の秘術のことだろう。ここにアマンダがいれば王女は命と引き替えに『落とし子』を倒したというこということだ。
「じゃあ、ここは一度撤退ね。ステル君、支部長の傷、簡単だけど包帯巻いておくから。多分、力もグレッグよりあるわよね。背負ってくれる?」
「わかりました」
グレッグもステルが規格外の力を持っているのを知っているので何も言わなかった。
彼はじっと封じられた『落とし子』を監視していた。何かあれば、自分の身を差し出すくらいしそうな様子だ。
「ヘレナ王女よ。あれ、どれくらい持つんです?」
「何とも……。数日は持つはずですが」
グレッグの質問に、ヘレナ王女は頼りない回答をした。
「じゃあ、すぐに撤退だ。決め手を持って来て、決着をつけちまおう」
そういって、ヘレナ王女とイルマを促すグレッグ。
反論は無く、その場で撤退が始まった。
ステルはラウリを背負いつつも、魔剣と『落とし子』を交互に見やる。
何とか出来ないか、どうしてもそんな考えを抱いてしまう。
「…………」
「おい、ステル、どうしたんだ? 行くぞ。支部長の治療が優先だ」
「は、はい。すぐ行きます」
グレッグに促され、ステルは走り出す。
『落とし子』討伐隊はこうして一時撤退することとなった。
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