山育ちの冒険者 この都会(まち)が快適なので旅には出ません
74.切り札
望みの薄い戦いが始まった。
戦いの舞台は広めの通路。三人で囲むことは難しいが、ラウリとグレッグが一人を相手に戦うには十分な広さがある。
何より、こうした比較的狭い場所はラウリの得意とする戦場である。
「いけっ!」
彼の魔導槍が石槍を次々と生み出す。足下だけで無く、壁や天井。あらゆる場所からだ。
たまに王家の護符を取り出し、魔導槍の起動に合わせて使うという器用さを見せた攻撃が次々と『落とし子』を貫く。
だが、それだけだった。
「…………」
『落とし子』はラウリの生み出した石槍を軽く手で払うだけで消し飛ばしながら、悠々とした動作で歩いてくる。
たまに脚が止まるのは王家の護符を使った時だけだ。
「少しは痛がってくれればいいものを……っ」
「支部長! 前に出るぜ!」
叫びと共に、グレッグが前に出た。魔力で輝く斧の一撃が『落とし子』に見舞われる。
「おらぁぁああ!」
グレッグの気合いが籠もった一撃は、『落とし子』が事も無げに持ち上げた左手によって受け止められた。
漆黒の服の裾から覗く腕もまた漆黒。斧の魔力と反応して、火花のような魔力を散らして、攻撃を止めている。
その様子に、グレッグは焦らない。むしろ、一瞬だが相手の動きを止めるのが狙いだ。
「支部長!」
「わかっている!」
狭い通路の隙間に上手に滑り込んできたラウリが、同じく魔力の光を発する槍で連続で突きを繰り出した。
狙いは体の左側。斧を受け止めて隙ができている場所だ。
『落とし子』が態勢をわずかでも崩した瞬間に行われた、一か八かの連携。
幸運なことに、それは上手くいった。
「……っ!」
護符が発動した攻撃を嫌ったのだろう。『落とし子』が軽い身のこなしでラウリの攻撃を避けた。更に、追撃を嫌ってか、右手を一薙ぎ。
「うおっ!」
「くっ」
ラウリとグレッグはそれを辛くも回避した。振られた右手は魔力の類いでも宿していたのか、そのまま壁を削り取った。
少し動いただけで恐るべき威力だ。だが、ラウリ達の連携で、『落とし子』の歩みが乱れたのも事実。
それを見逃さない魔導士が、この場にいた。
「いけ!」
短い言葉と共に、イルマの持つ魔導杖が輝きを増し、黄金色の魔力光を放った。
対『落とし子』用に組まれた、護符の加護を含んだ光の矢が、『落とし子』を直撃する。
「………ぐっ」
効いている。胸に光の矢を突き立てた『落とし子』が呻き声をあげた。
いけるかもしれない……。
そんな思いは、すぐに打ち砕かれた。
『落とし子』の右手が光の矢に触れると、瞬時に消え去ったのである。
「それで終わりか?」
それが、ラウリ達がはじめて聞いた『落とし子』の声だった。男性的でも女性的でもない、なんともいえない不気味な声音。
そこから伝わってくる感情は、失望の二文字だった。
「終わらせるか……」
誰ともなく呟くと、『落とし子』は再びラウリ達に向かって前進を始めた。
これまでの攻撃が効果的だったとは思いにくい反応だ。
「もう一息、というところなんだがね」
「でも、こいつは厳しいぜ」
「なに、少し危険を侵せばいいのさ」
「危険? って、おいっ」
ラウリは飛び出した。殆ど軽口といって良いノリで発した言葉にグレッグが反応する前に。
「支部長、無茶だぞ!」
前に出たラウリの背後から、グレッグの叫びが聞こえた。
もちろん、自分が無茶な行動に出ていることなど、彼は百も承知だ。
しかし、状況的に限界なのも事実だ。事前に貰った装備は尽き掛け、敵は本気になりつつある。
このままジリジリと希望の無い戦いをするくらいなら、勝負をすべきだと、ラウリの経験が告げていた。
「悪いが、この街をお前のような者の好きにさせるわけにはいかないのでね!」
そういって、壁や床を魔導槍で叩き、次々に石槍を生み出す。当然、『落とし子』には通じない、全て腕の一払いで防がれる。
だが、砕かれても石の破片はその場に残る。
大量に生み出された破片を目くらましに、ラウリは落とし子に接敵する。
身構える『落とし子』を見て、少しだけ安堵する。
目の前の強敵は、こちらを甘く見てか、自分から攻撃を仕掛けてこない。あるいは別の狙いがあるのかもしれないが、とにかくそれが好都合だった。
ラウリは自身の必中の距離で、声高く叫ぶ。
「来たれ星の加護!」
それはここに向かう前にアーティカが用意してくれた、一度だけしか使えない切り札だ。
王家の護符よりも強い一撃が付与される代わり、槍は持たないだろうという、一撃だけの切り札。
愛用の魔導槍は声に応え、青白い輝きを放った。
「我が槍を受けよ!」
気合いの叫びと共に、流星のような一撃が青い軌跡を残し、落とし子に叩き込まれた。
「ここで終わりにさせてもらう……っ」
胸に槍が刺さったのを見て、ラウリが『落とし子』封じの短剣を取り出そうとした時だった。
『落とし子』の黒い右腕が、ラウリをなぎ払おうと振られていた。。
胸に槍が刺さったことなど、まるで問題ないかのような動きだ。
避けられない。
この腕の一撃は致命傷になる。直感的に、そう思った時だった。
「風よ、逆巻け!」
突如生まれた横殴りの風の魔法により、ラウリは吹き飛ばされた。
「ぐはっ、イルマ君か……」
壁に叩き付けられ、そう呻く。よくよく味方に魔法をうつ娘だ、と思うが言葉にはできなかった。
なぜなら、同時にグレッグの雄叫びが響いたからだ。
「うおおおおりゃああ!」
光り輝く斧の一撃で、落とし子が吹き飛ばされた。
代償に、斧が粉々に砕ける。彼も切り札を切ったのだ。
更に追撃は続く。
イルマの魔導杖より放たれる光の矢が『落とし子』を何度も貫く。
そのまま近くの『落とし子』は近くの壁にぶつかった。
そして、それこそがラウリ達の狙いであった。
ここは『落とし子』へ対抗するための罠が多数仕掛けられた遺跡だ。
今こそその時とばかりに、その一つが、発動した。
壁から光の鎖が生み出され、落とし子を絡め取り始める。
ここはエルフも建築に関わったという遺跡。発動する罠はラウリ達の魔導具とはものが違う。
壁に固定されもがいている『落とし子』を見ながら、ラウリは先人に感謝した。
「よし、やった……な……」
何とか立ち上がり、二人に話しかけようとしたところで、いきなり床がぶつかってきた。
自分が転んだのだということと、左の脇腹辺りにどす黒い傷痕があるのに気づくまで少しかかった。
しっかり着込んでいたチェインメイルを貫通した傷からは血が滲んでいる。
「かすめていたか……」
何とか動こうとするも体が動かない。どうやらただの傷では無さそうだった。
「支部長!」
「支部長さん!」
近寄ってきた二人に大丈夫だと告げようとした時だった。
『落とし子』がこちらを見ていた。いや、それどころか動こうとしている。
光の鎖の隙間からこちらを見て、何らかの一撃を行おうとしていた。
「逃げろ……『落とし子』はまだ動いている」
「なっ……」
二人の顔がひきつったのと、鎖の間から黒い腕が鋭く伸びてきたのは同時だった。
三人の命を奪いかねない黒い腕の一撃。
しかし、それは突如通路を明るく照らした、光の槍の魔法によってはじき飛ばされた。
その場の面々が魔法の飛んできた方向に視線を動かすよりも早く、声が響く。
「ステルさん、今ですわ!」
「はいっ!」
山育ちの冒険者が魔剣を手に戦場に乱入した。
戦いの舞台は広めの通路。三人で囲むことは難しいが、ラウリとグレッグが一人を相手に戦うには十分な広さがある。
何より、こうした比較的狭い場所はラウリの得意とする戦場である。
「いけっ!」
彼の魔導槍が石槍を次々と生み出す。足下だけで無く、壁や天井。あらゆる場所からだ。
たまに王家の護符を取り出し、魔導槍の起動に合わせて使うという器用さを見せた攻撃が次々と『落とし子』を貫く。
だが、それだけだった。
「…………」
『落とし子』はラウリの生み出した石槍を軽く手で払うだけで消し飛ばしながら、悠々とした動作で歩いてくる。
たまに脚が止まるのは王家の護符を使った時だけだ。
「少しは痛がってくれればいいものを……っ」
「支部長! 前に出るぜ!」
叫びと共に、グレッグが前に出た。魔力で輝く斧の一撃が『落とし子』に見舞われる。
「おらぁぁああ!」
グレッグの気合いが籠もった一撃は、『落とし子』が事も無げに持ち上げた左手によって受け止められた。
漆黒の服の裾から覗く腕もまた漆黒。斧の魔力と反応して、火花のような魔力を散らして、攻撃を止めている。
その様子に、グレッグは焦らない。むしろ、一瞬だが相手の動きを止めるのが狙いだ。
「支部長!」
「わかっている!」
狭い通路の隙間に上手に滑り込んできたラウリが、同じく魔力の光を発する槍で連続で突きを繰り出した。
狙いは体の左側。斧を受け止めて隙ができている場所だ。
『落とし子』が態勢をわずかでも崩した瞬間に行われた、一か八かの連携。
幸運なことに、それは上手くいった。
「……っ!」
護符が発動した攻撃を嫌ったのだろう。『落とし子』が軽い身のこなしでラウリの攻撃を避けた。更に、追撃を嫌ってか、右手を一薙ぎ。
「うおっ!」
「くっ」
ラウリとグレッグはそれを辛くも回避した。振られた右手は魔力の類いでも宿していたのか、そのまま壁を削り取った。
少し動いただけで恐るべき威力だ。だが、ラウリ達の連携で、『落とし子』の歩みが乱れたのも事実。
それを見逃さない魔導士が、この場にいた。
「いけ!」
短い言葉と共に、イルマの持つ魔導杖が輝きを増し、黄金色の魔力光を放った。
対『落とし子』用に組まれた、護符の加護を含んだ光の矢が、『落とし子』を直撃する。
「………ぐっ」
効いている。胸に光の矢を突き立てた『落とし子』が呻き声をあげた。
いけるかもしれない……。
そんな思いは、すぐに打ち砕かれた。
『落とし子』の右手が光の矢に触れると、瞬時に消え去ったのである。
「それで終わりか?」
それが、ラウリ達がはじめて聞いた『落とし子』の声だった。男性的でも女性的でもない、なんともいえない不気味な声音。
そこから伝わってくる感情は、失望の二文字だった。
「終わらせるか……」
誰ともなく呟くと、『落とし子』は再びラウリ達に向かって前進を始めた。
これまでの攻撃が効果的だったとは思いにくい反応だ。
「もう一息、というところなんだがね」
「でも、こいつは厳しいぜ」
「なに、少し危険を侵せばいいのさ」
「危険? って、おいっ」
ラウリは飛び出した。殆ど軽口といって良いノリで発した言葉にグレッグが反応する前に。
「支部長、無茶だぞ!」
前に出たラウリの背後から、グレッグの叫びが聞こえた。
もちろん、自分が無茶な行動に出ていることなど、彼は百も承知だ。
しかし、状況的に限界なのも事実だ。事前に貰った装備は尽き掛け、敵は本気になりつつある。
このままジリジリと希望の無い戦いをするくらいなら、勝負をすべきだと、ラウリの経験が告げていた。
「悪いが、この街をお前のような者の好きにさせるわけにはいかないのでね!」
そういって、壁や床を魔導槍で叩き、次々に石槍を生み出す。当然、『落とし子』には通じない、全て腕の一払いで防がれる。
だが、砕かれても石の破片はその場に残る。
大量に生み出された破片を目くらましに、ラウリは落とし子に接敵する。
身構える『落とし子』を見て、少しだけ安堵する。
目の前の強敵は、こちらを甘く見てか、自分から攻撃を仕掛けてこない。あるいは別の狙いがあるのかもしれないが、とにかくそれが好都合だった。
ラウリは自身の必中の距離で、声高く叫ぶ。
「来たれ星の加護!」
それはここに向かう前にアーティカが用意してくれた、一度だけしか使えない切り札だ。
王家の護符よりも強い一撃が付与される代わり、槍は持たないだろうという、一撃だけの切り札。
愛用の魔導槍は声に応え、青白い輝きを放った。
「我が槍を受けよ!」
気合いの叫びと共に、流星のような一撃が青い軌跡を残し、落とし子に叩き込まれた。
「ここで終わりにさせてもらう……っ」
胸に槍が刺さったのを見て、ラウリが『落とし子』封じの短剣を取り出そうとした時だった。
『落とし子』の黒い右腕が、ラウリをなぎ払おうと振られていた。。
胸に槍が刺さったことなど、まるで問題ないかのような動きだ。
避けられない。
この腕の一撃は致命傷になる。直感的に、そう思った時だった。
「風よ、逆巻け!」
突如生まれた横殴りの風の魔法により、ラウリは吹き飛ばされた。
「ぐはっ、イルマ君か……」
壁に叩き付けられ、そう呻く。よくよく味方に魔法をうつ娘だ、と思うが言葉にはできなかった。
なぜなら、同時にグレッグの雄叫びが響いたからだ。
「うおおおおりゃああ!」
光り輝く斧の一撃で、落とし子が吹き飛ばされた。
代償に、斧が粉々に砕ける。彼も切り札を切ったのだ。
更に追撃は続く。
イルマの魔導杖より放たれる光の矢が『落とし子』を何度も貫く。
そのまま近くの『落とし子』は近くの壁にぶつかった。
そして、それこそがラウリ達の狙いであった。
ここは『落とし子』へ対抗するための罠が多数仕掛けられた遺跡だ。
今こそその時とばかりに、その一つが、発動した。
壁から光の鎖が生み出され、落とし子を絡め取り始める。
ここはエルフも建築に関わったという遺跡。発動する罠はラウリ達の魔導具とはものが違う。
壁に固定されもがいている『落とし子』を見ながら、ラウリは先人に感謝した。
「よし、やった……な……」
何とか立ち上がり、二人に話しかけようとしたところで、いきなり床がぶつかってきた。
自分が転んだのだということと、左の脇腹辺りにどす黒い傷痕があるのに気づくまで少しかかった。
しっかり着込んでいたチェインメイルを貫通した傷からは血が滲んでいる。
「かすめていたか……」
何とか動こうとするも体が動かない。どうやらただの傷では無さそうだった。
「支部長!」
「支部長さん!」
近寄ってきた二人に大丈夫だと告げようとした時だった。
『落とし子』がこちらを見ていた。いや、それどころか動こうとしている。
光の鎖の隙間からこちらを見て、何らかの一撃を行おうとしていた。
「逃げろ……『落とし子』はまだ動いている」
「なっ……」
二人の顔がひきつったのと、鎖の間から黒い腕が鋭く伸びてきたのは同時だった。
三人の命を奪いかねない黒い腕の一撃。
しかし、それは突如通路を明るく照らした、光の槍の魔法によってはじき飛ばされた。
その場の面々が魔法の飛んできた方向に視線を動かすよりも早く、声が響く。
「ステルさん、今ですわ!」
「はいっ!」
山育ちの冒険者が魔剣を手に戦場に乱入した。
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