山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

71.都会の深淵

 アコーラ市における歴史ある場所というのはたいてい南部にある。
 『古の落とし子』の残滓が封じられているという場所はアコーラ市南東部にあった。
 そこは都市化が進むアコーラ市にあって全く開発がされていない、岩だらけの場所だ。
 王家の管理下に置かれているこの一帯は、土地を管理するための建物がいくつかあるだけだった。建物は表向き、王家の保養施設となっているが、実際が『古の落とし子』を封じる魔法装置を管理するためだという。

 ステル達は、その施設の地下から、アコーラ市で最も深く、危険な場所へと赴くことになった。

 魔導具によって生み出された灯りに照らされるステル達一行の姿は先日より装備を増やしていた。
 ステルは木剣を弓と一緒にリリカから渡された魔導剣と交換している。魔剣ほどの効果は期待できないが、木剣よりは頼りになる。 アーティカは肩や腕に金属製の装飾品を身につけている。どれも宝石がはまっており、『落とし子』に効果のある魔法を秘めているとのことだ。
 ヘレナ王女は白い法衣を身に纏っている。各所に切れ込みが入っていて、動きやすいだけでなく、衣服の模様がそのまま魔法陣になっており、彼女を護るそうだ。
 ただ一人、アマンダだけがこれまで同じ鎧と魔導剣のままだった。

「アマンダさんの装備は変わらないんですね?」
「私は常に姫様を護るための最高の装備品を身につけておりますので」

 ステルの疑問に、アマンダはそう短く答えた。

「ヘレナ王女のその法衣、このような時のものですよね?」
「はい。私が王家の秘術を使うために必要なものですわ。この姿になって、初めて私は確実に王家の義務を果たすことができますの」「なるほど……」
「王家の秘術かぁ。そのうち見てみたいですね」

 アーティカとヘレナ王女の会話が耳に入り、そんな感想を漏らすと、前を歩いていた王女が振り返り、にっこりと微笑みながら言う。

「機会があればお見せできると思いますわ」
「きっと驚きますよ」

 主従はそういうと、再び遺跡の先導に戻った。
 それからしばらく、ステルは周囲の気配に気を付けながら歩いていると、横にいたアーティカが突然手を握ってきた。

「……アーティカさん?」

 疑問を口にすると同時に、彼女の手の中に小さな金属製の物体があることに気づく。
 多分、魔法の道具だろうと思うと、頭の中に声が響いた。

『ちょっと失礼するわね。これ、声を出さずに会話のできる魔法具なの』
『声が頭の中に……。あ、僕の声も聞こえてますね』
『面白いでしょう? ステル君に、王家の秘術について伝えておこうと思って』
『確かにどんな魔法なのか、気になります』

 こんなところだが、講義の時間とは有り難い。もし、王家の秘術に出番がある時の役に立つだろう。

『ステル君、魔剣の作り方を覚えている?』
『たしか、人とかエルフとかドワーフを素材にしたって……』

 古代魔法文明の時代、魔法使い達は強力な魔剣を作るため、多くの命を犠牲にしていたという。思い出したくもない話だ。

『そう、命を犠牲にした魔法は非常に強力な力を発揮する。……特に、先祖に古いエルフの血の流れるエルキャスト王家なら尚更ね』『それって……』

 その言葉だけで、ステルにもアーティカが何故、こんな手段を使って話しかけてきたのかが理解できた。とても口ではいえないような内容だ。

『私も全てを知っているわけではないけれど、王家の秘術というのは命と引き替えに使う魔法のことを意味するわ。エルキャスト王家がこの国を護るために受け継いできた、最後の手段なの』
『……ヘレナ王女とアマンダさんはそれを知ってるんですよね?』
『勿論、誰よりもね。第三王女が王国内の各地を巡るのは、何か問題のある場所を監視する意味も兼ねているの。最悪の場合、自分の命と引き替えにこの国を護るために』

 ヘレナ王女とアマンダ。ステルが出会ってから、ずっと明るく過ごしていた王家の主従は、ついさっき、王家の秘術について語った時すら、少しも陰りを見せなかった。

『あの二人は、それで納得しているんですか?』
『しているんでしょうね……』
『僕はあの二人には、死んでほしくありません』

 強くそう思った。戦って死ぬなんていう血なまぐさい最後は、二人には似合わない。

『私もよ。頑張りましょう』

 そう言って、一瞬だけ握る力を強めてから、アーティカはその手を離した。
 前を見ると王家の二人が振り返り、怪訝な顔でこちらを見ていた。

「どうかしましたか、お二人で険しい顔をして」
「流石に緊張しているご様子。ですが、ご安心ください。何とかなります」

 相変わらず、二人は穏やかな笑みを浮かべていた。
 何とかなる、という言葉の意味の重さを理解したステルは、一度大きく息を吸って心を落ちつけているように見せた。

「すいません、緊張していたみたいです」
「ふふ、ステル君も年相応みたいね」

 ステルとアーティカの言葉に頷くと、再び二人は先導を始めた。
 二人とも、決して大きいとはいえない背中だった。
 
 全力を尽くそう、ステルは心の中で、静かにそう決意をした。

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