山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

59.第三王女と会おう

 王女の護衛依頼を受けることになったステルは、とりあえず王立学院に向かうことになった。
 一緒に行動するリリカに詳しい予定について話すように言われたのはちょうど良かった。ステル自身、王女への対応についてリリカと相談したいと思ったからだ。
 リリカはお嬢様だ。一通りの礼儀作法は収めているだろうし、王族と接したことがあるかもしれない。

 そんな期待と共に、ステルはリリカがいつもいる研究室を訪ねた。彼女は自分の進学について決めてから、毎日研究室にいる。研究者とも仲良くなって、すでに第二の自室のようになっていた。流石の行動力である。

「こんにちは。リリカさん」
「よく来たわね、ステル君。さ、そこにかけて」

 リリカのいる研究室は雑多だ。そこかしこにステルにはわからない機材が置かれている。いかにも慌てて片づけた様子の机の上だけが綺麗になっていて、何とか話をできる体になっていた。
 薦められるままに椅子に座るステル。リリカは部屋で長年使われていたらしい古い魔導具でお湯を沸かすと、ぎこちない仕草でお茶を用意する。
 リリカが席についたのを見て、ステルは話を切り出した。

「新しい依頼を受けたんだけれど。えと、その、ヘレナ王女の護衛の」
 
 最近、ようやくリリカ相手に敬語を出さないのに慣れてきたステルである。

「でしょうね。『知ったらすっ飛んでくるだろう』ってラウリさんが言っていたわ」
「ラウリさん……」

 一度、彼とは話し合う必要があるだろう。
 ともあれ、話が早いのは助かる。リリカは自分の入れたお茶を微妙な顔で味わった後、余裕たっぷりに言う。

「それで、何を知りたいの?」
「僕は山奥出身の田舎者だから、何を知りたいのかすら全然わからない。どうすればいいかアドバイスが欲しいんだけど」
「そうね。よくわかる話だわ。特にヘレナ王女は人気者だもんね。失礼があったら不味いし」
「そうなんだよ。昇級したからある程度面倒な依頼は覚悟してたけれど、王族なんて……」

 頭を抱えるステル、それをリリカは楽しそうに眺めていた。
 いつも落ちついているこの少年が、年相応の顔を見れるのは珍しいので、ついつい楽しんでしまうのだ。

「リリカさん、楽しんでない?」
「そんなことないわ。それで、王女への接し方だけれどね。……わたしも見当がつかないわ」
「……え、ええええええ! なんで! リリカさんはお嬢様だから礼儀作法だって完璧でしょ! そういう時の対応だってできるはずじゃ」

 大声まで出して驚きを表現するステル。対してリリカは涼しい顔だ。

「お嬢様って言っても色々あるのよ。うちは冒険者からの成り上がりだから歴史も伝統もないし、王族とかと殆ど縁なんてないの。そもそも、この国の人間でもないしね」
「あ、そうだった。リリカさん、すっかりこの街に馴染んでるから……」

 言われて思い出した。リリカはエルキャスト王国の外の国の出身だ。そもそもこの国の王族に詳しくなくても仕方ない。

「まあ、アコーラ市が好きなのは事実だけれどね。とはいえ、わたしも王族となるとちょっと気後れしちゃうのは確かよ。だから、この国の伝統的なお嬢様に話を聞いてきた」

 そう言われて、ステルの脳裏に一人の少女が浮かび上がる。

「ユリアナさん! そうか、あの人なら本当のお嬢様だ!」

 リリカの親友であるユリアナはこの国のお嬢様だ。しかも、親は政治との関わりが深いので王族と会ったこともあるかもしれない。

「ステル君。わたしを何だと思ってるわけ……」
「あ、ごめん。リリカさんはほら、最初の出会いがちょっと……」

 正直いって、ステルにとってのリリカは、魔導具姿で暴れる印象が強い。お嬢様としての姿を見たのは何度くらいだろうか。

「その件についてはまた今度追求するわ。それでねステル君。わたし達、運がいいわ。ユリアナ、何度かイルマ王女と会ったことがあるそうなの」
「凄い。流石!」

 喜ぶステルを見て、リリカも頷く。

「親が政治にがっつり絡んでると違うわよね。で、ユリアナ先生にアドバイスを貰ってきました」

 そう言って、リリカは服から取り出した封筒を机の上に置いた。表面には、流麗な書体でユリアナのサインが書かれている。流石、仕事が丁寧だ。

「な、何が書いてあるの?」
「ちょっと待ってね。一緒に読もうと思って開けてないから」

 リリカが手近な工具を使って封筒を無理矢理開封した。その雑な作業に対して慣れきっているステルは咎めることはない。
 程なく中身が取り出され、二人で手紙を覗き込む。
 手紙にはこう書かれていた。

『イルマ王女は評判通りの穏やかな方です。リリカがおかしなことをしない限り、大丈夫でしょう。ステルさん、友人をよろしく』

 短く、それだけだった。

「…………………」
 
 二人とも沈黙しながら何度も文面を読み直した。
 何度読んでも、それ以上書かれていなかった。
 先に怒ったのはリリカだった。

「ユリアナアアアアア! なんなのよこれ! 何の足しにもならないじゃない! そもそもわたしがおかしなことをする前提っぽいのが気に入らないわ!」
「どどどどどうするんですか! これじゃほぼ無策で王族に会うことになる。もし何かあったら……」

 エルキャスト王国の王族は絶対的な権力者では無い。政治は議員に任せている。しかし、大変な人気者なのは確かだ。何か失礼なことがあれば新聞に面白おかしくかかれてしまうだろう。恐い。
 先に落ちついたのはリリカだった。

「ステル君。ユリアナはああ見えてわたしの友達よ。だから、本当にこの通り大丈夫なのかもしれない。わたしだけが気を付けていれば……」
「そ、そうなの? なら安心だけど」
「そもそもステル君は護衛なんだから、大人しく王女を護ってればいいのよ。で、わたしが変なことしそうになったら注意する。これね」

 なにが『これね』なのかわからないが、リリカは納得したようだった。

「わかった。ユリアナさんを信じるよ」

 リリカがそう言うなら信じるしか無い。ステルは彼女の知恵と知識をそれなりに信頼していた。

「それはそれとして……」

 そう言うと、リリカは近くにあった鞄から次々と新聞や雑誌を取り出した。
 結構な量のそれらを見ると、どれもヘレナ王女の記事が載っているもののようだ。
 資料の山を前にして、リリカが自慢気に言う。

「ヘレナ王女について少し調べてみたわ。軽く説明できるけれど、聞く?」
「うん。リリカさんは本当に頼もしいよ」

 心の底からそう思った。
 多分、今の彼女はアコーラ市でヘレナ王女に対して有数の知識を持っているに違いない。

 リリカは最後に鞄から取り出したノートを開いた。そこにはスクラップした記事や資料がまとめられているようだ。そのうちの一ページを開き、ステルに見せる。

 そこには素晴らしい写りのヘレナ王女の写真があった。
 水色に見える銀髪に儚い印象の顔立ち。着ている白いドレスと合わさって触れれば折れてしまうような華奢な美女がそこに写っていた。

「ヘレナ・エルキャスト。年齢、20歳。第三王女。髪の色が水色に近い銀髪なのは、この国の王家にエルフの血が混ざってる影響ね。伝統的にこの国の王家は魔法使いなんだけれど。ステル君、理由わかる?」
「えっと、そもそも王族っていうのの多くが『強くて特別な人間』だからって本で読んだけれど」

 ベルフ教授に借りた本に書かれていた。
 この世界の王族というのは何かしら特別な力を受け継いでいるケースが多い。神様から力を貰っただとか、古代のエルフの血が混ざったとかそんな感じだ。
 多くの人を率い、外敵と戦うためには強い一族である必要があった時代の名残だという。
 エルキャスト王国もその例に漏れず、王族は高貴なエルフの血を引いているとされ、概ね強力な魔法使いとして誕生する。

「うん。正解よ。今は議会があるし王族は議員じゃないから実質的な権力はないけれど、発言力は強い。この国の王族は好かれてるからね」

 この国の王族は護りの一族だ。外からの攻撃を長い間防ぎ続けたという歴史がある。おかげで、今も人気者だ。

「新聞なんかを見ると色んな国の偉い人と会ったりしてるね」
「ええ、外交なんかで重要であることに代わりはないわね。その中で、ヘレナ王女は主に国内の人気取りが役目みたい。色んな街を視察したり、新しい競技を遊んだり、庶民的なお店で食事したりと、他の王族よりも人々の目に触れやすい。で、国内からはあんまり出ていないのね」
「へぇ、そうなんだ。なんでだろう」
「理由はわからないわ。基本的に護衛の美人騎士と一緒にエルキャスト王国内を回ってる。特別問題がある性格でもなさそう。おしとやかで優しいお姫様。つまり、仕事が護衛なステル君は大人しくしてればいい……はずよ」
「僕はそれでいいとして、リリカさんは?」
「失礼の無い応対はできるつもりだから、よっぽどのことがない限り大丈夫よ」

 つまり、ユリアナの言うとおりということだ。

「じゃあ、いつも通りでいいんだ。良かった」
「多分、だけどね。もし心配なら、食事とかの礼儀作法について覚えるといいわ。わたしやユリアナでも教えることができると思うし」
「あ、助かるかな。ちょうどいい機会だから教えてください」

 そんな感じで少し気楽になったステルは、仕事の日まで礼儀作法を学ぶことになった。

○○○

 王女に会う日は突然来た。
 護衛の日の二日前、王女がアコーラ市入りしたその日に、冒険者協会から連絡が来たのだ。
 なんでも、事前に顔を通しておきたいらしい。
 そんなわけで、呼び出されたステルとリリカは、王女の滞在する部屋の前にいた。

「い、いくわよ。ステル君」
「落ちついて、リリカさん」

 ステルは黒の上下。リリカは学生服。つまりはいつもの格好でその場にいた。
 護衛という仕事だから冒険者装備は外せないし、リリカは学生の代表という立場なので当然だ。
 王女の滞在場所はアコーラ市東部にある、歴史と伝統を誇る広い敷地のホテルだった。静かな空間と厳重な警備を抜けて、部屋へ案内されたという状況である。

「ステル君、緊張してる?」
「ええ、まあ。リリカさんは?」
「流石にね」

 二人で顔を見合わせてから、リリカの圧力に負けたステルがノックした。
 中から女性の涼やかな声で「はい」と返事が来る。

「冒険者協会から護衛の依頼で派遣されたものです」
「あ、あと王立学院から案内で選ばれたものもいます」

 「どうぞ」と聞こえたので、ドアを開けた。

 豪華な室内で最初に目に入ったのはテーブルの上の本の山だった。
 そこには髪を雑にまとめ、眼鏡をかけた水色がかった銀髪の美女が、猫背気味の姿勢で本を読んでいた。

 色々と事前情報と違うが、ヘレナ王女だ。

「あ…………」
「え…………」

 予想外の光景に黙る二人。

「?」

 本から目を離し、ステル達を見て怪訝な顔をするヘレナ王女。
 すると、王女の向こうから女性が現れた。

「姫様、姫様。多分、そちらの少年少女はヘレナ様がそのような姿で出迎えるとは思っていなかったのでは?」

 王女がピンと来たという顔をした。すぐに眼鏡をはずし、背筋を伸ばし、まとめた髪を外して背中に流す。
 当初の印象はどこへやら、すぐに彼女はステルの知るエルキャスト王国第三王女になった。

「はじめまして。ヘレナ・エルキャストです。お会いしたかったわ。リリカ・スワチカさん。そして、ステルさん」
「お会いしたかった?」

 それはどういう意味ですかと聞く前に、立ち上がった王女は、こちらにやってきてステルとリリカの手を引いた。

「さあ、こちらのテーブルに。アマンダ! 二人に飲み物とお菓子を!」
「かしこまりました」

 女性が優雅に一礼して部屋の奥へと消える。そちらにキッチンでもあるらしい。
 隣のリリカに「どういうこと?」と視線で聞くと、彼女は首を横に振った。
 どうやら状況を見守るしかなさそうだ。

 ステルとリリカが椅子に座り。アマンダと呼ばれた女性がお茶とお菓子を持ってきて、机の上の本を片付けてから席につく。
 そこでようやく、ずっとにこにこ笑っていたヘレナ王女が口を開いた。

「さあ、お話をしましょう。楽しいお話を」

 満面の笑みと共に、王女とのお茶会が始まった。

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