山育ちの冒険者 この都会(まち)が快適なので旅には出ません
44.祭の終わりと事件のはじまり その1
「いやー残念。ラウリ君の安息は遠いわね-」
ステル達が『探求の翼』のアジトに突入して空ぶってから二日後、展示会場の休憩室で話を聞いたクリスは実に楽しそうに笑っていた。
この日、警備の仕事に復帰したステルは休憩時間にやってきたクリスとリリカにことの顛末を披露したのである。
もっとも、二人とも話の大筋は知っていたらしく、それほど驚いてはくれなかった。
「安息が遠ざかったのは僕達も同じだと思うんですが……」
コーヒーを飲みながら、ステルが呟く。
警備する側としては不安の種は少ない方がいい。
クリスのように明るく振る舞うことなど全く出来ない心境だ。
「ん、まあ、そうね。でもほら、ステル君は開催期間が終われば安心。私は閉会した後、魔剣を引き渡せば終わり。もう終わりが見えてるじゃない」
「あのー、そうはいっても。お二人はその後に魔法結社の人たちを捕まえる依頼が来ると思うんですけれど……」
紅茶を片手にしたリリカが遠慮がちにそう言うと、冒険者二人は深刻な顔をした。
「たしかにそうね……」
「本格的に巻き込まれるんでしょうか……」
正直、かなり面倒くさい。
なにせ、あのラウリが捕捉できない相手だ。期間が長くなる可能性もある。
いざ依頼がくれば受けざるをえないだろうが、疲れが溜まってきているステルとしては、多少ゆっくりしてからにしてほしいところだ。
「うーん……。ちょっと真面目に考えてみたんだけど、とりあえず魔剣がここにあるうちは平気かもしれないわね」
腕組みをして考えながら、クリスがそんなことを言い出した。
「あの、何か根拠があるんですか?」
リリカの言葉に、クリスは頷いて説明を続ける。
「探求の翼って結社はね、基本的に市民を巻き込まない方針なのよ」
「? クリスさん達の乗ってる馬車は容赦なく襲ってましたよね」
「冒険者協会とは明確に敵対してるわね。一応、「古代の叡智を手に入れる」ための活動をするにしても、相手は選んでるってことみたい。実際、敵対してる組織や人間以外には親切だったりするのよ、あいつら」
「その行動の意味がよくわからないんですが……」
理解しにくい行動だ。最初から平和的にいけばいいと思う。話し合いとかで。
「人々から支持を得たい。危険な団体じゃないって思われたいってことよ。ま、冒険者協会と敵対してる時点で失敗してるけどね」
「なるほど。上手くいってないから暴挙にでるんですね」
「ステル君、容赦ないわね……。まあ、半分くらい当たりだわ。『探求の翼』で一番偉いカッツって奴はね、元冒険者なの。それも優秀なね。冒険者協会は頑張って隠してるけど」
「それって、三級以上の上位冒険者ってことですか?」
初めて聞く情報に食いついたのはリリカだった。
「たしか最終的には四級までいったはずよ。私も一度一緒に仕事をしたことがある。慎重な仕事運びをする、優秀な魔導士だったわ」「なんで冒険者協会に追われるようなことをはじめたんですか?」
「そこはよくある話。上位の冒険者になれば、まだ枯れていない古代の遺跡や、強力な魔法の残滓、知識に触れることも多い。カッツは魔法使いから魔導士への転向組らしいしね、過去の栄光を間近で見ているうちにおかしくなっちゃったみたい」
「そこは普通に過去の魔法を研究したりできないんですか?」
話を聞くに、カッツという人物の行動は疑問だらけだ。もっと他に取り得るべき選択があるように思える。ステルのような田舎者でもわかるくらいのことなのに。
そんなステルの疑問に対してはリリカが答えてくれた。
「今は魔導具全盛だから、かなり難しいかも。古代の魔法は研究しても、魔導具へ応用できなそうだったら、すぐに弾き出されるみたいだから。そうね、多分、今は『魔法使い』の立場が極端に悪い時代の一つだと思う」
「なにが悪いって、『好き』だとか『嫌い』だとかじゃなくて、『興味ない』対象になっていることよね。私、歴史とか詳しくないけれど、魔法がここまで無視される時代は珍しいんじゃないかしら」
語られたのは、それぞれ違う現場を見てきた二人の実感が籠もった話だ。嘘はないのだろう。
「僕は魔導具もすごいけど、魔法もすごいと思います」
空しい反論だとわかっていても、魔法と魔道具のどちらも好きなステルとしては、そう言わずにいられなかった。
「ステル君がそう思うのは別にいいのよ。ただ、世の中の多くがそうなっちゃってるってだけなの」
「うん。今はそんな時代ですね……」
二人の答えは素っ気ないものだ。
「とにかく、なんだかんだで魔法使いの復権を目指したカッツは思ったように動けなくて、過激な行動を取るようになったってことよ。ただ、市民は巻き込まないとかその辺の矜持はある」
話の流れがおかしな方向にいっていることに気づいたのか、クリスがまとめるようにそう言った。
「警備する側としてはお客さんがいる時に暴れられるのが一番厄介だから、助かりますね」
話が逸れてしまったことはわかるので、ステルも魔法使いの現状について言及することはやめて、仕事の話に戻る。そもそも、目の前の二人の文句を言ってどうなるものでもない。
「市民を巻き込んだら『探求の翼』は終わりよ。小さい組織だからね。冒険者協会と小競り合いをするので限界」
「それじゃあ、クリスさんは、彼らは次にいつ頃動くと思うんですか?」
これだけ相手の事情に精通しているのだクリスだ。目星くらいはついているだろう。
そんな気軽な思いから出た質問には、質問で返された。
「ステル君はどう思う?」
言われて、ステルは考える。
「えっと……」
『探求の翼』は市民を巻き込めない。ならば、市民との接触が少ない時間を狙うしかない。
「展示会が終わった後の、輸送中とかでしょうか?」
アコーラ市に来る前に馬車を襲ったのと同様だ。十分、ありそうに思える。
「悪くないわね」
クリスが満足気に頷いた。どうやら、及第点の回答をできたようだ。
「そういえば、魔剣って最終的にどこに移送されるんですか?」
考えてみれば展示会の後の詳細を知らないことを思い出した。
ステルの発言には隣のリリカが反応した。
「それ、わたしも知らないのよ。クリスさんなら知ってるだろうけど、流石に教えてくれませんよね?」
「もちろん秘密よ。どこから情報が漏れるかわからないからね。言えるのは、魔剣は展示会の後、特別なチームが秘密の時間に秘密の場所に運ぶって事くらいかな」
そう言ってクリスはわざとらしく口を固く閉ざした。
「カッツという人はその情報を知ることができるんですか?」
「さあ。そこはなんとも。小さいとはいえ組織を運営してるような奴だし、魔法使いには独自の繋がりがあるからね。どうにかしても不思議でもない」
「それはつまり、いつまでも気を抜いちゃ行けないってことですね」
ステルの言葉に、クリスは頷いた
「そうね。何が起こるかわからないから、二人とも気をつけるのよ」
何が起きるかわからないことにどう気をつけろというのか。
ステルとリリカは同じ感想を持ちながらも、神妙な顔で頷くのだった。
ステル達が『探求の翼』のアジトに突入して空ぶってから二日後、展示会場の休憩室で話を聞いたクリスは実に楽しそうに笑っていた。
この日、警備の仕事に復帰したステルは休憩時間にやってきたクリスとリリカにことの顛末を披露したのである。
もっとも、二人とも話の大筋は知っていたらしく、それほど驚いてはくれなかった。
「安息が遠ざかったのは僕達も同じだと思うんですが……」
コーヒーを飲みながら、ステルが呟く。
警備する側としては不安の種は少ない方がいい。
クリスのように明るく振る舞うことなど全く出来ない心境だ。
「ん、まあ、そうね。でもほら、ステル君は開催期間が終われば安心。私は閉会した後、魔剣を引き渡せば終わり。もう終わりが見えてるじゃない」
「あのー、そうはいっても。お二人はその後に魔法結社の人たちを捕まえる依頼が来ると思うんですけれど……」
紅茶を片手にしたリリカが遠慮がちにそう言うと、冒険者二人は深刻な顔をした。
「たしかにそうね……」
「本格的に巻き込まれるんでしょうか……」
正直、かなり面倒くさい。
なにせ、あのラウリが捕捉できない相手だ。期間が長くなる可能性もある。
いざ依頼がくれば受けざるをえないだろうが、疲れが溜まってきているステルとしては、多少ゆっくりしてからにしてほしいところだ。
「うーん……。ちょっと真面目に考えてみたんだけど、とりあえず魔剣がここにあるうちは平気かもしれないわね」
腕組みをして考えながら、クリスがそんなことを言い出した。
「あの、何か根拠があるんですか?」
リリカの言葉に、クリスは頷いて説明を続ける。
「探求の翼って結社はね、基本的に市民を巻き込まない方針なのよ」
「? クリスさん達の乗ってる馬車は容赦なく襲ってましたよね」
「冒険者協会とは明確に敵対してるわね。一応、「古代の叡智を手に入れる」ための活動をするにしても、相手は選んでるってことみたい。実際、敵対してる組織や人間以外には親切だったりするのよ、あいつら」
「その行動の意味がよくわからないんですが……」
理解しにくい行動だ。最初から平和的にいけばいいと思う。話し合いとかで。
「人々から支持を得たい。危険な団体じゃないって思われたいってことよ。ま、冒険者協会と敵対してる時点で失敗してるけどね」
「なるほど。上手くいってないから暴挙にでるんですね」
「ステル君、容赦ないわね……。まあ、半分くらい当たりだわ。『探求の翼』で一番偉いカッツって奴はね、元冒険者なの。それも優秀なね。冒険者協会は頑張って隠してるけど」
「それって、三級以上の上位冒険者ってことですか?」
初めて聞く情報に食いついたのはリリカだった。
「たしか最終的には四級までいったはずよ。私も一度一緒に仕事をしたことがある。慎重な仕事運びをする、優秀な魔導士だったわ」「なんで冒険者協会に追われるようなことをはじめたんですか?」
「そこはよくある話。上位の冒険者になれば、まだ枯れていない古代の遺跡や、強力な魔法の残滓、知識に触れることも多い。カッツは魔法使いから魔導士への転向組らしいしね、過去の栄光を間近で見ているうちにおかしくなっちゃったみたい」
「そこは普通に過去の魔法を研究したりできないんですか?」
話を聞くに、カッツという人物の行動は疑問だらけだ。もっと他に取り得るべき選択があるように思える。ステルのような田舎者でもわかるくらいのことなのに。
そんなステルの疑問に対してはリリカが答えてくれた。
「今は魔導具全盛だから、かなり難しいかも。古代の魔法は研究しても、魔導具へ応用できなそうだったら、すぐに弾き出されるみたいだから。そうね、多分、今は『魔法使い』の立場が極端に悪い時代の一つだと思う」
「なにが悪いって、『好き』だとか『嫌い』だとかじゃなくて、『興味ない』対象になっていることよね。私、歴史とか詳しくないけれど、魔法がここまで無視される時代は珍しいんじゃないかしら」
語られたのは、それぞれ違う現場を見てきた二人の実感が籠もった話だ。嘘はないのだろう。
「僕は魔導具もすごいけど、魔法もすごいと思います」
空しい反論だとわかっていても、魔法と魔道具のどちらも好きなステルとしては、そう言わずにいられなかった。
「ステル君がそう思うのは別にいいのよ。ただ、世の中の多くがそうなっちゃってるってだけなの」
「うん。今はそんな時代ですね……」
二人の答えは素っ気ないものだ。
「とにかく、なんだかんだで魔法使いの復権を目指したカッツは思ったように動けなくて、過激な行動を取るようになったってことよ。ただ、市民は巻き込まないとかその辺の矜持はある」
話の流れがおかしな方向にいっていることに気づいたのか、クリスがまとめるようにそう言った。
「警備する側としてはお客さんがいる時に暴れられるのが一番厄介だから、助かりますね」
話が逸れてしまったことはわかるので、ステルも魔法使いの現状について言及することはやめて、仕事の話に戻る。そもそも、目の前の二人の文句を言ってどうなるものでもない。
「市民を巻き込んだら『探求の翼』は終わりよ。小さい組織だからね。冒険者協会と小競り合いをするので限界」
「それじゃあ、クリスさんは、彼らは次にいつ頃動くと思うんですか?」
これだけ相手の事情に精通しているのだクリスだ。目星くらいはついているだろう。
そんな気軽な思いから出た質問には、質問で返された。
「ステル君はどう思う?」
言われて、ステルは考える。
「えっと……」
『探求の翼』は市民を巻き込めない。ならば、市民との接触が少ない時間を狙うしかない。
「展示会が終わった後の、輸送中とかでしょうか?」
アコーラ市に来る前に馬車を襲ったのと同様だ。十分、ありそうに思える。
「悪くないわね」
クリスが満足気に頷いた。どうやら、及第点の回答をできたようだ。
「そういえば、魔剣って最終的にどこに移送されるんですか?」
考えてみれば展示会の後の詳細を知らないことを思い出した。
ステルの発言には隣のリリカが反応した。
「それ、わたしも知らないのよ。クリスさんなら知ってるだろうけど、流石に教えてくれませんよね?」
「もちろん秘密よ。どこから情報が漏れるかわからないからね。言えるのは、魔剣は展示会の後、特別なチームが秘密の時間に秘密の場所に運ぶって事くらいかな」
そう言ってクリスはわざとらしく口を固く閉ざした。
「カッツという人はその情報を知ることができるんですか?」
「さあ。そこはなんとも。小さいとはいえ組織を運営してるような奴だし、魔法使いには独自の繋がりがあるからね。どうにかしても不思議でもない」
「それはつまり、いつまでも気を抜いちゃ行けないってことですね」
ステルの言葉に、クリスは頷いた
「そうね。何が起こるかわからないから、二人とも気をつけるのよ」
何が起きるかわからないことにどう気をつけろというのか。
ステルとリリカは同じ感想を持ちながらも、神妙な顔で頷くのだった。
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