山育ちの冒険者 この都会(まち)が快適なので旅には出ません
38.クリスとリリカともうひとり その4
「リリカさん、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫。そんなに高く飛んでなかったし、直前で少し制動かけたから」
ステルが慌てて駆け寄ると、起き上がったリリカは思ったよりも元気そうにそう答えた。
大分疲労してはいるが、無事そうだ。
「リリカちゃん、思ったよりやるじゃない!」
疲れを感じさせない様子のクリスが手をさしのべながら言った。
リリカは何とか立ち上がり、憧れの冒険者と手を握る。
「お疲れ様。楽しかったわ」
「やっぱり強いですね……」
「私に魔導具を使わせたんだから、大したものよ。あのままじゃ決め手にかけるから、つい使っちゃった」
「それは、頑張った甲斐がありましたね……」
「リリカさん……」
握手を終えたリリカが少しふらついたので、慌ててステルが支えた。
「大丈夫。……ありがとうございました」
「良ければ、これに懲りずにまたやりましょうね。今度はもっと強い魔導具を使ってもいいわよ」
心底楽しそうに言ってから、クリスは更に付け加える。
「あ、再戦するなら、今度は身体も鍛えた方がいいわよ。リリカちゃん、魔導具の扱いは上手いけど、身体の方はそんなでもないでしょ。魔導具使えなくなったらか弱い女の子じゃあ、前衛っぽい装備はお勧めできないかな」
突然の具体的なアドバイスにリリカは驚いた後、
「……ありがとうございます」
ゆっくりと頭を下げて礼を言った。
「うん。じゃあ、あっちの方でラウリ君の隣にでも座ってるといいよ」
そう言って、クリスはステルを見ながら笑った。
「次も面白いものを見せられると思うから」
獲物を狙う目だった。
ラウリは休憩を提案したが、クリスは「ようやく身体が温まってきた」といってステルとの試合をすぐに始めるよう要求した。
「まあ、クリス先輩が良いなら構いませんが……」
物凄くどうでも良さそうにラウリは承諾した。
リリカには最前列に椅子が用意され、周囲の男性陣などが飲み物などを持って来てくれていた。
「若い子は人気者でうらやましいわねぇ」
水を少し飲んで、木剣を手にとったクリスはその様子を見ながら言う。
「大健闘でしたからね」
ステルもいつもの格好に訓練所にあった木剣を手にしたステルが返事を返す。
「じゃあ、はじめましょう」
「宜しくお願いします」
二人が剣を構えると、ラウリが間に立った。
「もう一度言いますが、まずいと思ったら止めに入りますからね。あまり若者をいじめないように。三十歳も近いんですから」
「……ラウリ君、あとでゆっくり話しましょう」
低い声でクリスが言った。この二人に年齢のことはあまり言わないようにしようとステルは思った。
「では、はじめ!」
ラウリの合図と共に、いきなり状況が動いた。
先に動いたのはステルだ。正面からの斬り込み速度も威力も申し分ない。クリスと比べて遜色の無い動き。
クリス、笑みを浮かべたまままま、それをしっかりと回避。間合いしっかりとはかり、ギリギリで避ける。
当たるとも思っていなかったステルは更に追撃をかける。
ステルが三度剣を振ったところで、だらりと下がっていたクリスの剣を持つ手がはねた。
下からの斬撃がステルを襲う。
十分に見える動きだったので、ステルは半身ずらして回避。
そこに木剣と盾を構えたクリスが楽しそうに追撃をはじめた。
ステルはそれらを全て受け流す。
時間にして数十秒。めまぐるしい攻防を繰り広げた後、二人の距離が離れた。
「ステル君、やっぱりいいわねぇ」
「……そうでもないですよ」
どう猛な笑みを浮かべるクリスに、ステルは素っ気なく返した。
観客から「流石だ」「ああ、街冒険者なのが勿体ない」という声が聞こえたが、ステルがそちらに気を配る余裕は無い。
今の打ち合いで改めて実感したが、クリスは強い。剣姫と呼ばれるだけあって剣の扱いなら向こうの方が上手に思えた。
第十三支部の面々には自分の実力も街冒険者で満足していることも知られている。少し本気を出しても問題ないだろう。
しかし、この装備では、本気を出しても一本取れる自信がなかった。
流石は三級冒険者だ。
「さて、次はこちらから……」
クリスが嬉しそうにそう喋った瞬間を狙って、ステルは足下の地面を蹴った。
訓練所の固い地面が掘り返され、周囲に勢いよく土が飛ぶ。
「っ……!」
これで一瞬でも隙ができるかと期待したが、想定と逆のことが起きた。
クリスはステルの攻撃を無視して、こちらに突っ込んできたのである。
「なっ……!」
クリスは口元を笑みの形にして、土の汚れも構わずにステルに接近。
ステルもそれにしっかり反応し、木剣による打ち合いが再開した。
剣での勝負を続けるのは不利だ。ステルは距離を取りにかかるが、
「あまーいっ!」
ステルのバックステップを追って、クリスは魔導具を発動した。
剣姫がいきなり目の前に来た。
「…………っ」
ステルは迷わず次の行動に出た。
木剣を両手から左手に持ち替え、クリスの左手の盾目掛けて、右の拳を叩き込んだ。
今日もステルは母から贈られた竜鱗の手袋をつけている。
訓練場全体に金属音が響いた。
ステルの拳の一撃を受け、クリスの突撃が止まる。
「くぅっ……ちょっとしびれた。その手袋、何製よ」
「母からの贈り物です」
「なるほど。それは強力なわけだわ」
言葉と同時、クリスは踏み出した。
今度はその場に立っての木剣での斬り合いになった。
狭い範囲で円を描くように動きながら、剣を振る。
不味い……。
ステル押されていた。思うように距離を取れない。
今は拮抗しているように見えるが、クリスの方に余裕がある。
それどころか、打ち合う度に確実に勝利をたぐり寄せていた。
剣姫クリスティンは、絶妙な力加減と剣の操作でステルの木剣を破壊しにかかっているのである。
武器くらいは公平にしようと思い、今の木剣はステルの魔力を通していない。ただの木剣だ、長くは保たない。
情勢を覆すには勝負に出るしか無い。
そう決めたステルは、剣の速度を上げ、一気に攻め込んだ。
「……おおおおっ!」
前に出て来たステルに合わせるように、上手に後退するクリス。
彼女は自分の木剣では無く、盾で受ける。
「いいね、なかなかいいよ! でも、勝負を急ぎすぎたねっ」
一瞬だけ大きく後退してから、クリスは魔導具を起動した。
ジグザグに、訓練場を縦横無尽に動きながら、ステルに連続で斬りかかる。
ステルも相手に合わせて、正面からぶつかるように剣を合わせる。
そして、あっさりとその時は来た。
何度目かの接触の時、ステルの木剣が折れた。
しかし、ステルはそれで止まらない。
「はああっ!」
迷わず、そして素早く、左手でクリスの木剣を掴んだ。
「ぬなっ!」
更に力技でクリスの手から木剣を奪いにかかる。クリスも抵抗するが、単純な力ではステルが強い。
「このぉ!」
左手の盾の打撃を軽く受け流し、手首を掴み、
「おおおおっ!」
力を込めて、無理矢理クリスを投げ飛ばした。
思ったよりも軽く、天高く投げ出されるクリス。
観客が大きくどよめく。
「あらよっと」
空中で姿勢を制御し、クリスはあっさりと着地した。魔導具の機能だろう。
それでも、木剣を空中で手放しており、ステルとクリスの中間に落下した。
「あーびっくりした。さぁて、次はどんな面白いことをしてくれるのかな?」
武器を失ってなお余裕を失わずにクリスが構えたところで、
「そこまで!!」
というラウリの叫びが間に入った。
ステル達はそちらを見る。
「クリス先輩、これ以上やって本気になったら怪我をしてしまいます」
どちらが、とは言わなかったがラウリは呆れた様子でそう言った。
「むー、ま、しょうがないか。楽しかったわ、ステル君。ありがとね」
特に抗議をするわけでもなく、クリスはあっさりと構えを解いた。
「ありがとうございました」
どうやらこれで終わりらしい。
同じく構えを解いて、ステルは丁寧に礼をした。
「だ、大丈夫。そんなに高く飛んでなかったし、直前で少し制動かけたから」
ステルが慌てて駆け寄ると、起き上がったリリカは思ったよりも元気そうにそう答えた。
大分疲労してはいるが、無事そうだ。
「リリカちゃん、思ったよりやるじゃない!」
疲れを感じさせない様子のクリスが手をさしのべながら言った。
リリカは何とか立ち上がり、憧れの冒険者と手を握る。
「お疲れ様。楽しかったわ」
「やっぱり強いですね……」
「私に魔導具を使わせたんだから、大したものよ。あのままじゃ決め手にかけるから、つい使っちゃった」
「それは、頑張った甲斐がありましたね……」
「リリカさん……」
握手を終えたリリカが少しふらついたので、慌ててステルが支えた。
「大丈夫。……ありがとうございました」
「良ければ、これに懲りずにまたやりましょうね。今度はもっと強い魔導具を使ってもいいわよ」
心底楽しそうに言ってから、クリスは更に付け加える。
「あ、再戦するなら、今度は身体も鍛えた方がいいわよ。リリカちゃん、魔導具の扱いは上手いけど、身体の方はそんなでもないでしょ。魔導具使えなくなったらか弱い女の子じゃあ、前衛っぽい装備はお勧めできないかな」
突然の具体的なアドバイスにリリカは驚いた後、
「……ありがとうございます」
ゆっくりと頭を下げて礼を言った。
「うん。じゃあ、あっちの方でラウリ君の隣にでも座ってるといいよ」
そう言って、クリスはステルを見ながら笑った。
「次も面白いものを見せられると思うから」
獲物を狙う目だった。
ラウリは休憩を提案したが、クリスは「ようやく身体が温まってきた」といってステルとの試合をすぐに始めるよう要求した。
「まあ、クリス先輩が良いなら構いませんが……」
物凄くどうでも良さそうにラウリは承諾した。
リリカには最前列に椅子が用意され、周囲の男性陣などが飲み物などを持って来てくれていた。
「若い子は人気者でうらやましいわねぇ」
水を少し飲んで、木剣を手にとったクリスはその様子を見ながら言う。
「大健闘でしたからね」
ステルもいつもの格好に訓練所にあった木剣を手にしたステルが返事を返す。
「じゃあ、はじめましょう」
「宜しくお願いします」
二人が剣を構えると、ラウリが間に立った。
「もう一度言いますが、まずいと思ったら止めに入りますからね。あまり若者をいじめないように。三十歳も近いんですから」
「……ラウリ君、あとでゆっくり話しましょう」
低い声でクリスが言った。この二人に年齢のことはあまり言わないようにしようとステルは思った。
「では、はじめ!」
ラウリの合図と共に、いきなり状況が動いた。
先に動いたのはステルだ。正面からの斬り込み速度も威力も申し分ない。クリスと比べて遜色の無い動き。
クリス、笑みを浮かべたまままま、それをしっかりと回避。間合いしっかりとはかり、ギリギリで避ける。
当たるとも思っていなかったステルは更に追撃をかける。
ステルが三度剣を振ったところで、だらりと下がっていたクリスの剣を持つ手がはねた。
下からの斬撃がステルを襲う。
十分に見える動きだったので、ステルは半身ずらして回避。
そこに木剣と盾を構えたクリスが楽しそうに追撃をはじめた。
ステルはそれらを全て受け流す。
時間にして数十秒。めまぐるしい攻防を繰り広げた後、二人の距離が離れた。
「ステル君、やっぱりいいわねぇ」
「……そうでもないですよ」
どう猛な笑みを浮かべるクリスに、ステルは素っ気なく返した。
観客から「流石だ」「ああ、街冒険者なのが勿体ない」という声が聞こえたが、ステルがそちらに気を配る余裕は無い。
今の打ち合いで改めて実感したが、クリスは強い。剣姫と呼ばれるだけあって剣の扱いなら向こうの方が上手に思えた。
第十三支部の面々には自分の実力も街冒険者で満足していることも知られている。少し本気を出しても問題ないだろう。
しかし、この装備では、本気を出しても一本取れる自信がなかった。
流石は三級冒険者だ。
「さて、次はこちらから……」
クリスが嬉しそうにそう喋った瞬間を狙って、ステルは足下の地面を蹴った。
訓練所の固い地面が掘り返され、周囲に勢いよく土が飛ぶ。
「っ……!」
これで一瞬でも隙ができるかと期待したが、想定と逆のことが起きた。
クリスはステルの攻撃を無視して、こちらに突っ込んできたのである。
「なっ……!」
クリスは口元を笑みの形にして、土の汚れも構わずにステルに接近。
ステルもそれにしっかり反応し、木剣による打ち合いが再開した。
剣での勝負を続けるのは不利だ。ステルは距離を取りにかかるが、
「あまーいっ!」
ステルのバックステップを追って、クリスは魔導具を発動した。
剣姫がいきなり目の前に来た。
「…………っ」
ステルは迷わず次の行動に出た。
木剣を両手から左手に持ち替え、クリスの左手の盾目掛けて、右の拳を叩き込んだ。
今日もステルは母から贈られた竜鱗の手袋をつけている。
訓練場全体に金属音が響いた。
ステルの拳の一撃を受け、クリスの突撃が止まる。
「くぅっ……ちょっとしびれた。その手袋、何製よ」
「母からの贈り物です」
「なるほど。それは強力なわけだわ」
言葉と同時、クリスは踏み出した。
今度はその場に立っての木剣での斬り合いになった。
狭い範囲で円を描くように動きながら、剣を振る。
不味い……。
ステル押されていた。思うように距離を取れない。
今は拮抗しているように見えるが、クリスの方に余裕がある。
それどころか、打ち合う度に確実に勝利をたぐり寄せていた。
剣姫クリスティンは、絶妙な力加減と剣の操作でステルの木剣を破壊しにかかっているのである。
武器くらいは公平にしようと思い、今の木剣はステルの魔力を通していない。ただの木剣だ、長くは保たない。
情勢を覆すには勝負に出るしか無い。
そう決めたステルは、剣の速度を上げ、一気に攻め込んだ。
「……おおおおっ!」
前に出て来たステルに合わせるように、上手に後退するクリス。
彼女は自分の木剣では無く、盾で受ける。
「いいね、なかなかいいよ! でも、勝負を急ぎすぎたねっ」
一瞬だけ大きく後退してから、クリスは魔導具を起動した。
ジグザグに、訓練場を縦横無尽に動きながら、ステルに連続で斬りかかる。
ステルも相手に合わせて、正面からぶつかるように剣を合わせる。
そして、あっさりとその時は来た。
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しかし、ステルはそれで止まらない。
「はああっ!」
迷わず、そして素早く、左手でクリスの木剣を掴んだ。
「ぬなっ!」
更に力技でクリスの手から木剣を奪いにかかる。クリスも抵抗するが、単純な力ではステルが強い。
「このぉ!」
左手の盾の打撃を軽く受け流し、手首を掴み、
「おおおおっ!」
力を込めて、無理矢理クリスを投げ飛ばした。
思ったよりも軽く、天高く投げ出されるクリス。
観客が大きくどよめく。
「あらよっと」
空中で姿勢を制御し、クリスはあっさりと着地した。魔導具の機能だろう。
それでも、木剣を空中で手放しており、ステルとクリスの中間に落下した。
「あーびっくりした。さぁて、次はどんな面白いことをしてくれるのかな?」
武器を失ってなお余裕を失わずにクリスが構えたところで、
「そこまで!!」
というラウリの叫びが間に入った。
ステル達はそちらを見る。
「クリス先輩、これ以上やって本気になったら怪我をしてしまいます」
どちらが、とは言わなかったがラウリは呆れた様子でそう言った。
「むー、ま、しょうがないか。楽しかったわ、ステル君。ありがとね」
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