山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

11.依頼の後

 採取の報告をするとベルフ教授はとても驚いた上に喜んでくれた。
 そのままお茶を勧められたのだが、ステルは丁寧に断って退出した。
 物凄く疲れていたので早く休みたかったのだ。

「疲れた……シャワー浴びて寝よう……」

 ぐったりしながらアーティカ屋敷に戻ると、すぐに家主が現れた。

「ステル君。おかえりなさい。お客様が来てるんだけれど」
「え? 僕にお客ですか?」
 
 この街に来たばかりのステルに来客の予定などない。
 なんだろうと思いながら応接へ向かうと、知った顔がいた。

「おかえりステル君。申し訳ないが、お邪魔させて貰っているよ」

 冒険者協会第十三支部の支部長、ラウリ・イベールがいた。
 ステルが学院に言っている間にアンナから報告がいったのだろう。
 それでわざわざ自宅まで足を運んでくれたらしい。
 疲れた頭でそこまで理解したステルだが、「何故」の二文字が脳裏に浮かぶ。

「大丈夫? ステル君、最初のお仕事で何かやっちゃったの?」
「えっと、そんなつもりはないんですけど」

 心配そうに聞いてくるアーティカを見て、彼女が自分の後見人であることを思い出す。
 大丈夫。この人に迷惑をかけるようなことはしてないはず。
 ステルのそんな考えを読んだのか、飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置いたラウリが、穏やかに微笑みながら口を開いた。

「ご安心を。そういうことではありません。少し込み入った話になる上に、急ぎの要件でね。二人で話をさせて貰って良いですか?」
「あ、はい。いいですけど」
「では、私は席を外しましょう。ごゆっくり」

 そう言うと、アーティカはカップにお茶を追加して、素直に退出していった。
 とりあえずは一安心でいいのかな。
 ラウリの様子から剣呑な気配は感じない。オーク絡みだろうが、悪い話では無さそうだ。

「良い場所に下宿しているようだね」
「はい。来たばかりですけど、親切にして頂いています」

 こちらの緊張を察してか、ラウリの話し方は和やかだった。

「こういう縁は大切にするといい。早速だが、本題に入ろう」

 頷くステル。話は早い方が助かる。

「ステル君。オークの砦を壊滅させたのは君だな?」

 いきなり核心を突かれた。

「うっ……いや、僕が行ったらもう全滅していて……」
「隠さなくていい。君の実力なら、その程度やってのけると私は確信している」

 その口調は、弁解を許さない確信に満ちたものだった。
 確かに、支部長の実力なら、そのくらい見抜いてもおかしくない。
 それがわかってしまうので、ステルは素直に認めることにした。

「……はい。そうです」
「十級の冒険者が凶悪な魔物の巣を見つけた場合の行動は通報となっている。何故、危険な行動をとったかを教えて貰えるかい?」
「冒険者ではなく、狩人としての常識で行動したからです。すぐに狩らないと近くの村に被害が出るかもですから……」

 ステルとしては常識的な答えをしたつもりだったが、何故かラウリはその返答を聞いて固まっていた。

「ふむ。……君の故郷では、単独でオークの砦を滅ぼすのが一般的なのか?」
「普通そうじゃ無いんですか?」

 少なくとも自分と母はそうしていた。
 ステルの故郷周辺では小さめのオーク軍団は速やかに駆除されるのが常識だ。
 怪訝な感じのステルに対して、ラウリは笑みを浮かべながら言う。

「普通はそうではない。事前に準備をした後、情報を集め、冒険者や兵士を集団で送り込むものだよ」

 実を言うと、ラウリはステルとの会話を楽しんでいた。
 彼は元冒険者。未知の者に対する好奇心は強い。
 ステルというこの街の常識外の存在に久しぶりに冒険心をくすぐられたのだ。
 そんなことは露知らず、緊張したままのステルに言葉を投げかける。

「ああ、そう緊張しないでいい。私は君を叱りに来たわけじゃないんだ。そうだな、事実を隠した理由を教えて貰ってもいいかい?」
「変な目立ち方をしたくなかったからです……」
「賢明だな。一人でオークの砦を滅ぼしたとなれば、君は望まぬ嫉妬や羨望を受けるだろう」
「やっぱりそうなんですね……」

 ほっとした様子のステルを見て、ラウリ面白いと感じる。
 普通ならここで自分の実力を示して、一気に出世の階段を登ろうと思う物だ。
 冒険者などという命がけの仕事をしている者なら尚更である。

「だが、冒険者としては出世の機会ではある。実力を買われて大きな冒険に挑戦し一気に上位冒険者の仲間入りになれるかもしれないぞ」
「それは僕の望みではありません。せっかく都会に来たんですから、しばらくは街で暮らしたいです」
「素晴らしい」

 ステルの言葉につい本音が出てしまった。

「え?」

 怪訝な顔をした少年にラウリはここに来た目的を話す事にした。

「すまない。今の言い方は間違っていたな。どちらかというと、私にとっては『都合がいい』だな。実にうさんくさい言い方になってしまうが」
「どういう意味ですか?」
「ステル君。私は君に取引を持って来た。この話を聞いた後、首を縦に振ってくれれば、オーク砦の件で君の名前を出さずに済む」
「隠蔽するってことですか?」
「そうだ、オーク砦の件は公にしつつ、君の名前だけ隠蔽する方法だ」
「話を聞きたいです」

 身を乗り出さんばかりの勢いで食いつくステル。
 対してラウリはお茶を飲みつつ、あくまでも落ちついて話をする。
 大事な話の時こそ心穏やかでなければならないのだから。

「……冒険者は基本的に単独行動はしない。大抵は集団を作る。役割分担した方が仕事をしやすいからね」
「はい。本にもそう書いてありました」

 『仲間は大事。信頼出来る人と仲良くなろう』とイラスト付きで説明されていたので、ステルも良く憶えている。
 
「そのため、有名な冒険者よりも有名な冒険者集団の方が多い。最近だと『古代の眼』『四の翼』『銀の腕』あたりが有名だな」
「へぇ、そうなんですね」

 全部知らない名前だ。北部の山奥では一度も聞いた事が無い。

「他に『見えざる刃』という集団もいる。これは冒険者協会が特別な仕事を発注する際にその集団につけられる名前でね」
「…………」

 本題が来た。流石にそのくらいわかるステルは居住まいを正す。

「『見えざる刃』の仕事の範囲は広い。要人の護衛、暗殺、危険な情報収集、魔物退治の実働部隊、秘境の探索……」
「それって……」

 何となく、ステルにも話が見えてきた。

「変わり種として、個人で持つには過大すぎる秘宝を手にした者がいた場合、『見えざる刃」が動いたと宣伝することもある。つまり、個人の保護だな」
「じゃあ、僕がやったことを『見えざる刃』の仕業だってことにも……」

 自信なく問うたステルにラウリは頷いて返す。

「可能だ。しかし、同時に条件がある。……君が『見えざる刃』に所属することだ」
「それは、どうなんでしょう。僕にどう不都合があるのかわからないんですけれど」

 正直な気持ちだった。有り難い話だが、相応のリスクは付きもののはずだ。
 それがわからない内は、ステルも首を縦に振りにくい。

「そうだな。命がけの仕事を振られることになるな……」
「危険な依頼を強制されるわけですね」

 それはいやだなぁとステルは思った。
 顔に出たのか、察したラウリが、すかさず補足を入れる。

「一応、拒否することもできるから安心して欲しい。ただ、大抵は今回のオークのようなアコーラ市とその周辺が危機に陥るような状況での仕事だろう」
「それって、拒否できないじゃないですか」

 そんな状況、見逃せない。むしろ頼まれなくっても討伐にいくだろう。
 そんなステルを見て、支部長はちょっと嬉しそうだった。

「……なんか嬉しそうですね」
「君がそこで『拒否できない』と言ってくれる人間だったからさ。正直、私は君にこの件を受けて欲しい。アコーラ市は強い冒険者が不足しているのだ。数こそ多いが、腕利きは外の世界に旅立ってしまうのでね」
「ああ、そういうことですか」

 言われてみれば、十三支部にも強者らしい冒険者が見当たらなかった。
 たまたま強い人がいなかっただけかと思ったが、どうやら事情は違ったらしい。

「町には警備の兵士もいる。しかし、これだけ大きな街だと色んな連中が寄ってくるものでね。そんな時、街を守る強い者が一人でも多く必要だ」
「僕には荷が重すぎるような……」

 そう言うと「別に君に全ての責任を背負わせるわけではないさ」と返された。

「君は実力的には三級の冒険者に匹敵すると見た。アコーラ市では最強に近い戦力だ。だから、是非ともこの話を受けて欲しい」

 それから頼む、と頭を下げられた。
 
 断れない。
 
 大の大人が。それも偉い人が、自分のような田舎者に頭を下げたのだ。
 自分でもお人好しだと思いながら、ステルは言う。

「わかりました。ただし、条件があります」
「飲もう。私の権限でできる範囲なら」
「嫌だと思った仕事は受けません。子供を殺すとか、悪くない人を殺すとか……」
「そんな依頼、私の方から拒否するさ」

 迷い無く、本音から出た返答に見えた。
 最悪、どうしようもなくなったら田舎に帰ろう。
 そんなことをこっそり考えつつ、ステルは決心を固める。

「じゃあ、受けます。とりあえずは、ですけれど」
「わかった。君に愛想を尽かされないように頑張ろう。まずは、信頼を得られるようにするよ」

 言いながら、右手を差し出された。
 どうやらラウリの方もステルから完全に信頼を得られたと考えてはいないようだ。
 いきなりこちらを全面的に信用するより余程いい。
 そう思いながら握手をする。

「僕も頑張ります」

 ようやく少し緊張が解けて和やかな空気になった。
 そこで思い出したようにラウリが口を開く。

「そうだ。報酬のことを忘れていた。ステル君、銀行口座を作りなさい。オーク砦殲滅の報酬を払わなくてはならない。とりあえず、三百万ルンほどだな」
「さ、さんびゃくまん!」

 いきなり聞いたことのない金額を提示され、ステルは思わず叫ぶ。
 三百万ルン。ステルの故郷なら十年は暮らせる金額だ。
 それをぽんと出すなんてこの街は一体どうなっているのか。
 驚くステル。
 一方、ラウリはそれを楽しそうに眺めていた。

「危険な仕事だ。高い報酬は当たり前だろう?」
「まあ、確かに……」

 そう返すのが限界だった。

 こうしてステルの冒険者生活は若干通常とは違う始まり方をしたのだった。

コメント

  • ノベルバユーザー602508

    ランキングから読ませてもらいました。
    読みやすくてとても面白かったです。

    0
  • ネコの肉球

    なんか「ラストダンジョン前の町に住んでいる少年が最初の町で暮らす話」(だったっけ?)ににてるような

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