魔法学院の劣等教師 ~異世界最強のやる気なし賢者は本気を出さない~
第1話:最強教師はやる気を出さない
「あー、俺がEクラス担任のリオン・リーリルだ。じゃあ、三年間よろしく」
俺は簡単かつ簡素……じゃなくて簡潔に自己紹介すると、教卓の上に枕を置いた。この一年愛用している高級枕だ。ふかふかでとても気持ちいい。
「じゃあ、おやすみ」
椅子に腰を下ろし、枕に頭を沈める。
静寂が教室を包んだ。広い教室なのに物音ひとつしない。空気を読んで静かにしてくれてるのか? 良い生徒たちだ。いよいよ眠りそうになった時だった。
「な、なにをしているんですか!? 授業はしないんですか!?」
教卓をバンバン叩く音がする。幼げな少女の声もセットだ。
眠りかけていた意識を戻し、やれやれと溜息をつく。
俺の眠りを妨害したのは金髪の少女、メリナ・マウリエロだ。有名貴族の長女で主席合格者の彼女は、俺の授業に不服があるらしい。
「メリナ、お前は『昼寝』というものを知らないのか?」
彼女の顔が引きつったのが分かった。それから怒りの籠った声を俺に浴びせる。
「ひ、昼寝くらい知ってます! ……そうじゃなくて、授業はしないんですか!? あなた教師ですよね!」
「ふむ、昼寝は脳をリフレッシュするという効果があることを知らないのか? 認知能力や注意力が劇的に上がるのは科学的に証明されていることだ」
「し、知りませんよ! 科学って何なんですか!」
「ああ……そうか、知らないならいいんだ」
この世界の人間は科学を知らないんだったな。なら仕方がない。
「それに、今は朝です! 今寝るのは二度寝であって昼寝ではありませんっ!」
キンキンと高い声が鼓膜を刺激する。……うるさいなあ。
まあメリナの言うことももっともだ。昼寝の効果云々は事実だが、俺が授業をサボるための口実にすぎない。
「なあ、そこに座ってるお前らは授業してほしいのか? ……授業してほしいやつは手を上げてくれ」
教卓の前にいるメリナ以外――多数の傍観者たちに質問する。
一人、二人と手が上がる。全員が挙手した。
「はぁ、じゃあ仕方ねえか」
全員が授業を希望しているのに、昼寝をするというのはクレームの対象になりそうだ。クレームが多いと賞与が減らされてしまうからな。
「あー、お前ら教科書は持ってるな?」
「教科書は五種類あります。『魔法総合』『戦闘魔法』『回復魔法』『召喚魔法』『生産魔法』……どれのことですか!?」
メリナが教卓をバンっと叩く。
「あー、じゃあ今日のところは魔法総合にするか」
俺は支給された教科書をパラパラとめくる。
「……ふむふむ、こんな内容か」
「まさか、教師なのに教科書に目を通してすらいないんですか!?」
メリナは目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いていた。呆れと軽蔑が混じったような白い視線が刺さる。
「い、いやそんなはずはないだろう! 俺が現役の頃と比べて教科書も変わったなぁ~って思っただけだ! 本当だぞ!」
「……そういうことにしておきます」
メリナは肩を落として席に戻った。
教室中から小声でぼそぼそと生徒たちの会話が聞こえてくる。
「まぁEクラスの教師なんてこんなもんだよな……」
「俺、王国騎士団に入るのが夢だったんだけど無理かな」
「レイラルド先生は素晴らしい授業をされるという話なのに……」
これでいい。俺が本気を出せばこいつらの見る目を変えることもできるが、それが生徒にとって最良というわけではない。俺は悪役であり続けるさ。怠惰で無能な教師と思われることに抵抗はない。
さて、授業を始めるか。
「あー、じゃあそこのお前、教科書のまえがきを読んでくれ」
「は、はい!」
指名した生徒はその場に立ち上がり、教科書のまえがきを丁寧に音読していく。
「――との思いで書き記した」
「うむ、ご苦労さん。座ってくれ」
俺はページをめくり、一ページ目を開く。
「よし、じゃあ一ページをそうだな……メリナ、読んでくれ」
メリナは暗唱しているのかと見紛うくらいスラスラと音読した。詰まるところは一切なかった。さすが成績優秀者だな、昨日のうちに読み込んできたのだろう。
「うむ、座っていいぞ。じゃあ2ページ目を……」
「いいかげんにしてください!」
「うん?」
メリナが立ち上がり、俺を鋭く睨んだ。可愛らしい顔が鬼の形相だ。怒りで肩を震わせ、拳を握りしめている。
「こんなのは授業でもなんでもありません! 要点をまとめて板書したり、大切なポイントを口頭で説明するという最低限のこともできないんですか!?」
「要点ってなんだ? 教科書に書いてあることは全部大事なことだ。大切なポイント? 全部大切だろ」
「屁理屈を言わないでください! あなたはやる気があるんですか!?」
俺は溜息をつき、椅子に座った。
「王国騎士団、冒険者、傭兵……くっだらねえ。お前らを兵隊にするって意味でやる気があるのかって質問なら答えはノーだ。やる気はない。他に質問はあるか?」
「……いいえ、もういいです」
メリナは静かに腰を下ろした。
それから、教科書の音読で時間を潰していると、授業終了を告げるチャイムが鳴った。
◇
初日の授業は午前だけで終了だ。午後の仕事は持ち回りの清掃なのだが、面倒なのでどこかで時間を潰すとしよう。
目の前の部屋をガラっと開ける。
「あー、失礼するぞ! ……って……お前何してるんだ!?」
そこには半裸姿のメリナがいた。
制服を脱いで下着姿になっている。
……と、そんなことよりこの状況は非常にまずい。もし現場を抑えられれば、下手したらクビになってしまう!
「キャアアアアアアアアアッ! あぐぐんんんん!」
「とにかく叫ぶなメリナ! 誰か来たらどうするんだ!」
全力でメリナの口を押さえる。
……やってることが変態のそれだな。
「んんんんんんんっ!」
「俺はお子様に興味はない! とにかく落ち着いてくれ。……って、痛っ!」
害意がないことを伝えたのに逆に殴られてしまった。
「はぁ……はぁ……変な目的で入ってきたのではないことはわかりましたが、どうして女子更衣室に入ってきたんですか!」
「へ? じょしこういしつ? どこが?」
「ここです」
「マジで?」
「マジです」
俺は急いで部屋の外に出て、部屋の名前を確認する。
確かに女子更衣室と書いてある。どこでもいいから休憩しようと思ってよく見ていなかったせいで間違えて入ってしまったのだ。
俺はすぐさまメリナに向かって土下座する。
額を地面に擦り付け、全力の誠意で謝罪した。
「掃除をサボろうと思って部屋に入ったらたまたま女子更衣室だっただけなんだ! 俺も新任で学内の地理がわかってなかった! どうか、どうか穏便に済ませてください!」
メリナはゴミでも見るかのように蔑んだ目を俺に向けた。
「間違えた理由がサボりとは救いようがないですね……それ以外にも、許すことができないことがあります。頭を上げなさい」
「……はい」
「貴族は貞操を重んじていることはあなたもご存知ですね? ……それなのに、あなたは私の半裸を覗いてしまった。教師とはいえ、許されることではありません」
「重々承知しております。なんとお詫びして良いか……」
なんだかおかしいなぁ。
教師なのになんで生徒に頭下げてるんだろう。
「言葉での謝罪に意味はありません。……リオン・リーリル、あなたに決闘を申し込みます。あなたが勝てばこのことは誰にも言いません。お願いですから本気で戦ってください」
「も、もし負けたらどうするつもりなんだ?」
「その時もこのことは言いません。私にとっても人に知られるのはできれば避けたい。……その代わり、あなたはこれから本気で授業をすると誓ってください」
メリナの蒼い瞳がきらりと輝いた。俺の全てを見抜いているかのような、透き通るような瞳を見ていると、言おうとしていた言い訳が出てこなくなった。
「俺が勝ったら今回のことはチャラでいいんだな?」
「魔法師が決闘での約束を反故にすることはありません。マウリエロの名に誓ってお約束します。受けてくださいますね?」
家名を名乗っての誓いは、魔法師として最高位の誓いだ。メリナは本気なのだ。
「わかった。その決闘、受けてやる」
俺は簡単かつ簡素……じゃなくて簡潔に自己紹介すると、教卓の上に枕を置いた。この一年愛用している高級枕だ。ふかふかでとても気持ちいい。
「じゃあ、おやすみ」
椅子に腰を下ろし、枕に頭を沈める。
静寂が教室を包んだ。広い教室なのに物音ひとつしない。空気を読んで静かにしてくれてるのか? 良い生徒たちだ。いよいよ眠りそうになった時だった。
「な、なにをしているんですか!? 授業はしないんですか!?」
教卓をバンバン叩く音がする。幼げな少女の声もセットだ。
眠りかけていた意識を戻し、やれやれと溜息をつく。
俺の眠りを妨害したのは金髪の少女、メリナ・マウリエロだ。有名貴族の長女で主席合格者の彼女は、俺の授業に不服があるらしい。
「メリナ、お前は『昼寝』というものを知らないのか?」
彼女の顔が引きつったのが分かった。それから怒りの籠った声を俺に浴びせる。
「ひ、昼寝くらい知ってます! ……そうじゃなくて、授業はしないんですか!? あなた教師ですよね!」
「ふむ、昼寝は脳をリフレッシュするという効果があることを知らないのか? 認知能力や注意力が劇的に上がるのは科学的に証明されていることだ」
「し、知りませんよ! 科学って何なんですか!」
「ああ……そうか、知らないならいいんだ」
この世界の人間は科学を知らないんだったな。なら仕方がない。
「それに、今は朝です! 今寝るのは二度寝であって昼寝ではありませんっ!」
キンキンと高い声が鼓膜を刺激する。……うるさいなあ。
まあメリナの言うことももっともだ。昼寝の効果云々は事実だが、俺が授業をサボるための口実にすぎない。
「なあ、そこに座ってるお前らは授業してほしいのか? ……授業してほしいやつは手を上げてくれ」
教卓の前にいるメリナ以外――多数の傍観者たちに質問する。
一人、二人と手が上がる。全員が挙手した。
「はぁ、じゃあ仕方ねえか」
全員が授業を希望しているのに、昼寝をするというのはクレームの対象になりそうだ。クレームが多いと賞与が減らされてしまうからな。
「あー、お前ら教科書は持ってるな?」
「教科書は五種類あります。『魔法総合』『戦闘魔法』『回復魔法』『召喚魔法』『生産魔法』……どれのことですか!?」
メリナが教卓をバンっと叩く。
「あー、じゃあ今日のところは魔法総合にするか」
俺は支給された教科書をパラパラとめくる。
「……ふむふむ、こんな内容か」
「まさか、教師なのに教科書に目を通してすらいないんですか!?」
メリナは目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いていた。呆れと軽蔑が混じったような白い視線が刺さる。
「い、いやそんなはずはないだろう! 俺が現役の頃と比べて教科書も変わったなぁ~って思っただけだ! 本当だぞ!」
「……そういうことにしておきます」
メリナは肩を落として席に戻った。
教室中から小声でぼそぼそと生徒たちの会話が聞こえてくる。
「まぁEクラスの教師なんてこんなもんだよな……」
「俺、王国騎士団に入るのが夢だったんだけど無理かな」
「レイラルド先生は素晴らしい授業をされるという話なのに……」
これでいい。俺が本気を出せばこいつらの見る目を変えることもできるが、それが生徒にとって最良というわけではない。俺は悪役であり続けるさ。怠惰で無能な教師と思われることに抵抗はない。
さて、授業を始めるか。
「あー、じゃあそこのお前、教科書のまえがきを読んでくれ」
「は、はい!」
指名した生徒はその場に立ち上がり、教科書のまえがきを丁寧に音読していく。
「――との思いで書き記した」
「うむ、ご苦労さん。座ってくれ」
俺はページをめくり、一ページ目を開く。
「よし、じゃあ一ページをそうだな……メリナ、読んでくれ」
メリナは暗唱しているのかと見紛うくらいスラスラと音読した。詰まるところは一切なかった。さすが成績優秀者だな、昨日のうちに読み込んできたのだろう。
「うむ、座っていいぞ。じゃあ2ページ目を……」
「いいかげんにしてください!」
「うん?」
メリナが立ち上がり、俺を鋭く睨んだ。可愛らしい顔が鬼の形相だ。怒りで肩を震わせ、拳を握りしめている。
「こんなのは授業でもなんでもありません! 要点をまとめて板書したり、大切なポイントを口頭で説明するという最低限のこともできないんですか!?」
「要点ってなんだ? 教科書に書いてあることは全部大事なことだ。大切なポイント? 全部大切だろ」
「屁理屈を言わないでください! あなたはやる気があるんですか!?」
俺は溜息をつき、椅子に座った。
「王国騎士団、冒険者、傭兵……くっだらねえ。お前らを兵隊にするって意味でやる気があるのかって質問なら答えはノーだ。やる気はない。他に質問はあるか?」
「……いいえ、もういいです」
メリナは静かに腰を下ろした。
それから、教科書の音読で時間を潰していると、授業終了を告げるチャイムが鳴った。
◇
初日の授業は午前だけで終了だ。午後の仕事は持ち回りの清掃なのだが、面倒なのでどこかで時間を潰すとしよう。
目の前の部屋をガラっと開ける。
「あー、失礼するぞ! ……って……お前何してるんだ!?」
そこには半裸姿のメリナがいた。
制服を脱いで下着姿になっている。
……と、そんなことよりこの状況は非常にまずい。もし現場を抑えられれば、下手したらクビになってしまう!
「キャアアアアアアアアアッ! あぐぐんんんん!」
「とにかく叫ぶなメリナ! 誰か来たらどうするんだ!」
全力でメリナの口を押さえる。
……やってることが変態のそれだな。
「んんんんんんんっ!」
「俺はお子様に興味はない! とにかく落ち着いてくれ。……って、痛っ!」
害意がないことを伝えたのに逆に殴られてしまった。
「はぁ……はぁ……変な目的で入ってきたのではないことはわかりましたが、どうして女子更衣室に入ってきたんですか!」
「へ? じょしこういしつ? どこが?」
「ここです」
「マジで?」
「マジです」
俺は急いで部屋の外に出て、部屋の名前を確認する。
確かに女子更衣室と書いてある。どこでもいいから休憩しようと思ってよく見ていなかったせいで間違えて入ってしまったのだ。
俺はすぐさまメリナに向かって土下座する。
額を地面に擦り付け、全力の誠意で謝罪した。
「掃除をサボろうと思って部屋に入ったらたまたま女子更衣室だっただけなんだ! 俺も新任で学内の地理がわかってなかった! どうか、どうか穏便に済ませてください!」
メリナはゴミでも見るかのように蔑んだ目を俺に向けた。
「間違えた理由がサボりとは救いようがないですね……それ以外にも、許すことができないことがあります。頭を上げなさい」
「……はい」
「貴族は貞操を重んじていることはあなたもご存知ですね? ……それなのに、あなたは私の半裸を覗いてしまった。教師とはいえ、許されることではありません」
「重々承知しております。なんとお詫びして良いか……」
なんだかおかしいなぁ。
教師なのになんで生徒に頭下げてるんだろう。
「言葉での謝罪に意味はありません。……リオン・リーリル、あなたに決闘を申し込みます。あなたが勝てばこのことは誰にも言いません。お願いですから本気で戦ってください」
「も、もし負けたらどうするつもりなんだ?」
「その時もこのことは言いません。私にとっても人に知られるのはできれば避けたい。……その代わり、あなたはこれから本気で授業をすると誓ってください」
メリナの蒼い瞳がきらりと輝いた。俺の全てを見抜いているかのような、透き通るような瞳を見ていると、言おうとしていた言い訳が出てこなくなった。
「俺が勝ったら今回のことはチャラでいいんだな?」
「魔法師が決闘での約束を反故にすることはありません。マウリエロの名に誓ってお約束します。受けてくださいますね?」
家名を名乗っての誓いは、魔法師として最高位の誓いだ。メリナは本気なのだ。
「わかった。その決闘、受けてやる」
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント