魔法学院の劣等教師 ~異世界最強のやる気なし賢者は本気を出さない~
プロローグ:最強教師は本気を出さない
メルヴィン歓迎祭。
新入生歓迎を目的とした教師同士が行う決闘形式のパフォーマンス大会だ。メルヴィン魔法学院内の大きな決闘場のステージで、一次予選が行われている。
(すごい……!)
今年度首席合格者のメリナ・マウリエロは感嘆の声を上げていた。
可愛らしい女の子だ。同年代に比べると背丈は低めだが、バストは平均よりも大きい。メリナ自慢の長い金髪はとても丁寧にブラシされていて艶がある。透き通るような蒼い瞳がきらきらと決闘場を映していた。
彼女が注目しているのは左手に『賢者』の紋様を浮かべた新任教師、リオン・リーリル。黒髪黒目の特徴的な見た目はとても珍しい。
メリナが注目していたのは彼の見た目だけではない。
一切の無駄がない洗練された魔法。軽々とした理想的な身のこなし。全てを見抜いているかのような余裕の表情。その全てにメリナは圧倒された。
「けっ、新任のやつ、賢者だと聞いてたが大したことねえな」
「期待して損したわね。所詮は孤児院の出身なのよ」
「てか、賢者ってのが嘘なんじゃねーの?」
入学したばかりのメリナの同級生たちは、リオンを低く評価していた。どうしてそんなことを言うのか、彼女は理解に苦しんだ。
「やっぱりレイラルド先生が良いよな。あの力強い魔力は貴族の気品を感じるぜ」
「本当にね。神々しささえ感じるわ」
同級生たちが目をキラキラさせて眺めているのは、レイラルド・ルーカスという眼鏡を掛けた四年目の教師。魔法の名門ルーカス家の次男である。前年度の卒業生を三人も王国騎士団に送り込んだということで、絶大な人気がある。
混じり気の無い金髪は確かに奇麗だ。吸い込まれそうな深翠の瞳はまるで芸術品。鍛えられた筋肉は存在感を放っている。それでいてゴリゴリのマッチョというわけでもない。女子生徒からの人気が高いのも頷ける。
決闘はたった一分でレイラルドの勝利で幕を閉じた。
会場は歓声に包まれ、楽し気なムードだ。
メリナはリオンが勝つと思っていたから、あっさりと負けたことに疑問が残った。しかしそんなことはどうでも良かった。教師は生徒を強くしてくれればそれでいいのだ。決闘で弱くてもしっかりとした技を身につけ、生徒にわかりやすく教えてくれるのが良い教師なのである。
メリナはリオンを高く評価したのだった。
「メリナ様は誰を選ばれるのですか?」
「え、えっと……私ですか?」
メルヴィン魔法学院の首席入学者であることから、メリナは他の生徒から一目置かれていた。貴族だということもあって『様』呼びには慣れているけれど、学校で自分だけ特別扱いされるのはあまり居心地が良いものではない。
「やっぱりレイラルド先生ですよねっ! イケメンだし優しそうだし、強いし!」
「う、ううん……まだ全員の先生を見てないから……」
メリナは既に選ぶ先生は決めているのだが、結局は曖昧な答えを返した。
(こんな空気でリオン先生にするなんて言えない……!)
◇
レイラルドのおかげで簡単に俺の評価を低くできた。
入学式の後に行われるこのパフォーマンスは、生徒の教師選びに大きく影響する。ここで生徒を魅了すれば、たくさんの受講希望者が集まり、試験成績の良い者が集まる。
逆に言えば、わざと目立たないようにしていれば、他の教師を希望していたが叶わなかった……いわゆる『あぶれた』生徒が集まる。彼らは入学試験の成績下位者ばかりだ。成績優秀者ばかり集まって忙しくなるのは御免被りたい。
向上心のない生徒に最低限の授業をして、安定した給料をもらえれば他に言うことはない。
そんなことを考えながら寮の自室に戻ろうと支度をしていたところで、レイラルドと鉢合わせた。
レイラルドは俺に勝った後も順調に勝ち進み、優勝したらしい。
「今日のところは残念だったな、新任教師の……あーえっと……ぷぷっ」
「リオンだ」
「――ところで、その実力では生徒に魔法を教えるというのはさすがに厳しいだろう。どれ、お前に魔法を教えてやるよう学院長に掛け合ってやってもいいぞ?」
失礼な奴だ。レイラルドは冗談で言っているのだろうが、俺はメルヴィン魔法学院に教師として採用された。生徒に教える程度の魔法が使えるのは当たり前だ。それに、
「俺は腐っても賢者だ。この紋様が証拠だよ」
左手をレイラルドに突き出す。
レイラルドは一瞬顔を顰めた。
「けっ、生意気なガキだな。さっさと辞めちまえ」
レイラルドは教師らしくもない捨て台詞を吐いて去っていった。
◇
翌日、俺たちメルヴィン魔法学院の一年生担当教師は学院長室に呼び出された。
A~Eまでの五クラスの担任は扉の前で横一列に整列している。
レイラルドが余裕の笑みを浮かべている以外は、全員がどこか落ち着きのない様子だ。
「よく集まってくれたな、諸君」
妙齢の女性学院長は、キラキラと輝く白髪をサラリと撫で、声を張り上げる。
若くして王国に多数の功績を上げた彼女は、三年前から学院長として就任した。その美しい見た目から想像もできないほどの実力を持っているのだろう。
「とんでもありません、ヴィーナ学院長」
自分より立場の高いものに媚び諂うことで有名なレイラルドが答える。
「君たちに早朝より集まってもらったのは、諸君の担当クラスを伝えるためである」
昨日、メルヴィン歓迎祭の後に行われた担当教員希望調査をもとに組まれた担当クラスの発表が行われる。
「まずはEクラスの担任教師を発表する。……リオン・リーリル」
「はい」
名前を呼ばれたら前に進み、学院長から一枚の紙を受け取る。
「三年間で生徒たちを立派に育ててくれ」
「御意」
形式的な挨拶を終え、後ろに下がる。
集められた生徒の成績の総合点が高いクラスからA~Eの五つのクラスに分けられる。
俺は最弱の生徒たちの担任になったらしい。……狙い通りだ。
任命の儀式は恙なく終わった。
Aクラスは前評判通りレイラルドに決まった。レイラルドは俺を横目にふふっと嗤っていた。
◇
「さて……教室に行く前に確認しておくか」
さっき学院長から受け取った一枚の紙は生徒の入試成績が記載されている。これをもとに授業方法や進行速度などを決めていく。
「うわぁ……やっぱひでえな」
特にこいつだ。総合点は合格者の中で最下位。特に魔力の量が低すぎる。
アンナ・ブルクヴィス
入学早々から実力主義の名のもとにカーストが出来上がり、Eクラスというだけで白い目で見られる。こんな世界に来ることが果たして幸せなのかね。
俺は軽く嘆息した。
それから、順番に成績を確認していく。その中で一人だけおかしなやつがいた。
「……な、なんだこいつは!」
メリナ・マウリエロ。有名貴族マウリエロ家の長女にして、今年の主席合格者だ。
あの決闘を見てなんで俺を選んだんだ……?
まさか俺の実力を見抜いたのか?
いや、そんなはずはない。もし実力を見抜いたのだとしたら……俺を超える素質がある。そんなはずはないはずだ。何かの間違いに違いない。
俺は最後まで目を通した後、教室に向かった。
今から出会う生徒たちと三年間を過ごすことになる。はっきり言って、Eクラスの連中は落ちこぼれだ。落ちこぼれが這い上がることはない。そんな前例は聞いたことがない。
だから、俺も本気を出さない。
メルヴィン魔法学院は魔法のエリート校だ。ここを卒業したというだけで、仕事には困らない。安全で簡単な仕事でもそこそこの給金を貰える。それでいいじゃないか。
俺みたいな不幸な人間を増やしても何一ついいことはないからな。
新入生歓迎を目的とした教師同士が行う決闘形式のパフォーマンス大会だ。メルヴィン魔法学院内の大きな決闘場のステージで、一次予選が行われている。
(すごい……!)
今年度首席合格者のメリナ・マウリエロは感嘆の声を上げていた。
可愛らしい女の子だ。同年代に比べると背丈は低めだが、バストは平均よりも大きい。メリナ自慢の長い金髪はとても丁寧にブラシされていて艶がある。透き通るような蒼い瞳がきらきらと決闘場を映していた。
彼女が注目しているのは左手に『賢者』の紋様を浮かべた新任教師、リオン・リーリル。黒髪黒目の特徴的な見た目はとても珍しい。
メリナが注目していたのは彼の見た目だけではない。
一切の無駄がない洗練された魔法。軽々とした理想的な身のこなし。全てを見抜いているかのような余裕の表情。その全てにメリナは圧倒された。
「けっ、新任のやつ、賢者だと聞いてたが大したことねえな」
「期待して損したわね。所詮は孤児院の出身なのよ」
「てか、賢者ってのが嘘なんじゃねーの?」
入学したばかりのメリナの同級生たちは、リオンを低く評価していた。どうしてそんなことを言うのか、彼女は理解に苦しんだ。
「やっぱりレイラルド先生が良いよな。あの力強い魔力は貴族の気品を感じるぜ」
「本当にね。神々しささえ感じるわ」
同級生たちが目をキラキラさせて眺めているのは、レイラルド・ルーカスという眼鏡を掛けた四年目の教師。魔法の名門ルーカス家の次男である。前年度の卒業生を三人も王国騎士団に送り込んだということで、絶大な人気がある。
混じり気の無い金髪は確かに奇麗だ。吸い込まれそうな深翠の瞳はまるで芸術品。鍛えられた筋肉は存在感を放っている。それでいてゴリゴリのマッチョというわけでもない。女子生徒からの人気が高いのも頷ける。
決闘はたった一分でレイラルドの勝利で幕を閉じた。
会場は歓声に包まれ、楽し気なムードだ。
メリナはリオンが勝つと思っていたから、あっさりと負けたことに疑問が残った。しかしそんなことはどうでも良かった。教師は生徒を強くしてくれればそれでいいのだ。決闘で弱くてもしっかりとした技を身につけ、生徒にわかりやすく教えてくれるのが良い教師なのである。
メリナはリオンを高く評価したのだった。
「メリナ様は誰を選ばれるのですか?」
「え、えっと……私ですか?」
メルヴィン魔法学院の首席入学者であることから、メリナは他の生徒から一目置かれていた。貴族だということもあって『様』呼びには慣れているけれど、学校で自分だけ特別扱いされるのはあまり居心地が良いものではない。
「やっぱりレイラルド先生ですよねっ! イケメンだし優しそうだし、強いし!」
「う、ううん……まだ全員の先生を見てないから……」
メリナは既に選ぶ先生は決めているのだが、結局は曖昧な答えを返した。
(こんな空気でリオン先生にするなんて言えない……!)
◇
レイラルドのおかげで簡単に俺の評価を低くできた。
入学式の後に行われるこのパフォーマンスは、生徒の教師選びに大きく影響する。ここで生徒を魅了すれば、たくさんの受講希望者が集まり、試験成績の良い者が集まる。
逆に言えば、わざと目立たないようにしていれば、他の教師を希望していたが叶わなかった……いわゆる『あぶれた』生徒が集まる。彼らは入学試験の成績下位者ばかりだ。成績優秀者ばかり集まって忙しくなるのは御免被りたい。
向上心のない生徒に最低限の授業をして、安定した給料をもらえれば他に言うことはない。
そんなことを考えながら寮の自室に戻ろうと支度をしていたところで、レイラルドと鉢合わせた。
レイラルドは俺に勝った後も順調に勝ち進み、優勝したらしい。
「今日のところは残念だったな、新任教師の……あーえっと……ぷぷっ」
「リオンだ」
「――ところで、その実力では生徒に魔法を教えるというのはさすがに厳しいだろう。どれ、お前に魔法を教えてやるよう学院長に掛け合ってやってもいいぞ?」
失礼な奴だ。レイラルドは冗談で言っているのだろうが、俺はメルヴィン魔法学院に教師として採用された。生徒に教える程度の魔法が使えるのは当たり前だ。それに、
「俺は腐っても賢者だ。この紋様が証拠だよ」
左手をレイラルドに突き出す。
レイラルドは一瞬顔を顰めた。
「けっ、生意気なガキだな。さっさと辞めちまえ」
レイラルドは教師らしくもない捨て台詞を吐いて去っていった。
◇
翌日、俺たちメルヴィン魔法学院の一年生担当教師は学院長室に呼び出された。
A~Eまでの五クラスの担任は扉の前で横一列に整列している。
レイラルドが余裕の笑みを浮かべている以外は、全員がどこか落ち着きのない様子だ。
「よく集まってくれたな、諸君」
妙齢の女性学院長は、キラキラと輝く白髪をサラリと撫で、声を張り上げる。
若くして王国に多数の功績を上げた彼女は、三年前から学院長として就任した。その美しい見た目から想像もできないほどの実力を持っているのだろう。
「とんでもありません、ヴィーナ学院長」
自分より立場の高いものに媚び諂うことで有名なレイラルドが答える。
「君たちに早朝より集まってもらったのは、諸君の担当クラスを伝えるためである」
昨日、メルヴィン歓迎祭の後に行われた担当教員希望調査をもとに組まれた担当クラスの発表が行われる。
「まずはEクラスの担任教師を発表する。……リオン・リーリル」
「はい」
名前を呼ばれたら前に進み、学院長から一枚の紙を受け取る。
「三年間で生徒たちを立派に育ててくれ」
「御意」
形式的な挨拶を終え、後ろに下がる。
集められた生徒の成績の総合点が高いクラスからA~Eの五つのクラスに分けられる。
俺は最弱の生徒たちの担任になったらしい。……狙い通りだ。
任命の儀式は恙なく終わった。
Aクラスは前評判通りレイラルドに決まった。レイラルドは俺を横目にふふっと嗤っていた。
◇
「さて……教室に行く前に確認しておくか」
さっき学院長から受け取った一枚の紙は生徒の入試成績が記載されている。これをもとに授業方法や進行速度などを決めていく。
「うわぁ……やっぱひでえな」
特にこいつだ。総合点は合格者の中で最下位。特に魔力の量が低すぎる。
アンナ・ブルクヴィス
入学早々から実力主義の名のもとにカーストが出来上がり、Eクラスというだけで白い目で見られる。こんな世界に来ることが果たして幸せなのかね。
俺は軽く嘆息した。
それから、順番に成績を確認していく。その中で一人だけおかしなやつがいた。
「……な、なんだこいつは!」
メリナ・マウリエロ。有名貴族マウリエロ家の長女にして、今年の主席合格者だ。
あの決闘を見てなんで俺を選んだんだ……?
まさか俺の実力を見抜いたのか?
いや、そんなはずはない。もし実力を見抜いたのだとしたら……俺を超える素質がある。そんなはずはないはずだ。何かの間違いに違いない。
俺は最後まで目を通した後、教室に向かった。
今から出会う生徒たちと三年間を過ごすことになる。はっきり言って、Eクラスの連中は落ちこぼれだ。落ちこぼれが這い上がることはない。そんな前例は聞いたことがない。
だから、俺も本気を出さない。
メルヴィン魔法学院は魔法のエリート校だ。ここを卒業したというだけで、仕事には困らない。安全で簡単な仕事でもそこそこの給金を貰える。それでいいじゃないか。
俺みたいな不幸な人間を増やしても何一ついいことはないからな。
コメント