タイムパラドックス

猫の手の裏

第2話:過去の世界




少し今の状況を整理してみよう、俺と木下は下校中に踏み切りで謎の闇に覆われた……ここまではお互いハッキリとした記憶だ。
しかし気がつけば十八年も前の東京にタイムリープしており今のところ元の時代に帰る糸口すら掴めない。
この事象の原因を掴めればいいが……今のところヒントも何も無い状態で元の時代に帰るのは不可能だ。


「ハッキリ言って詰みだ……下手したら永遠に帰れないかもしれない」

「そんな……」

現在時刻は午後七時……あれから色々情報収集してみた。
やはりここは十八年前……つまり西暦二○○○年の七月二日に間違いない。
テレビも懐かしのブラウン管だし携帯もメールと電話ができればそれでいい程度の折りたたみ式だ。
街ゆく人の服装も、今話題になっているタレントも……どれもこれもが古い。


「……………」

珍しく凛が静かにしている。
やはり彼女もこの事態の異常性を重く捉えているらしい。
普段は喧しいくらいに話すのでこうして弱った姿を見るのは初めてだ。

「……なぁ木下……」

「センパイ……」

すがるような彼女の瞳に俺は思わず口をギュッと噛み締める。




 「────過去、ってことは………私達が未来に起こることを言ったら、もしかしたら預言者になって一躍有名人になれないですか!?」

「………は?」

   
閃いた!とばかりに突然目を輝かせながらそんな事を言う後輩を死んだ魚の目で捉える。

……だよな……落ち込むとか、弱るとか……こいつに一番似合わない言葉だよな。

「あぁ〜どうしよう!がっぽがっぽ儲けれますよ!?」

「誰が高校生の戯言なんざ信じるんだよ!ていうより俺たちは当面の生活をどう過ごすか考えなきゃいけないんだぞ?」

「へっ?生活?」
   
「そうだ。食うにも寝るところにも金はいる。未来人の俺たちを知ってるやつはこの時代には誰もいないんだ。俺たちでどうにかしなきゃならん……」

今の俺たちには個人情報が存在しない。
戸籍もこの時代の親は俺たちを産んでいない。
個人情報が無いやつを雇う職場なんてそうありはしない。
現状ではオーソドックスな方法で金を稼ぐのは不可能だ。
二人の財布の中身を足しても一万円と小銭が少し……数日も持たずにすっからかんになるのは火を見るより明らかだ。

………どうする、今からでも求人誌でバイト募集してるところ探してみるか?
いや、雇ってくれそうな場所なんか無い。
未成年がバイトするには保護者の承諾が必要不可欠……しかしこの時代に承諾してくれる親は存在しない。

………………仕方がない。


「おい、いくぞ」

「どこにですか?私お腹すきました」

「あとで食わせてやる。とにかく付いて来い」

木下を連れて歩くこと三十分……俺は渋谷の一角にあるビルの三階に来ていた。
ここには表札も店の名前もない、側から見れば空きスペースにしか見えない。

「……センパイ?」

「…………」

異様な場所に今度は本気で怯え出す彼女を制してコンココンコンとリズム良く叩く。
しばらくして鍵を開けて出て来たのはスキンヘッドの強面のおっさんだった。

「二人か?」

「彼女は見てるだけ。参加しないよ」

「……そうか」

中に通してもらうと、そこで繰り広げられていたのはビリヤードだった。
怪しげな取引の場所なのかと身構えていた木下は呆気に取られ周囲を見渡す。

「センパイ、ここって?」

「見たら解るだろ?ビリヤード場」

「もーっ!!なんか怖そうな場所だから絶対私売られると思って逃げようとしてたのに!!」

「誰がそんなことするかッ!!……っても、ここで行われてるのはただのビリヤードじゃない」

「……何かあるんですか?」

ちょうど目の前で試合が終わったのか片方は地面に膝をつきもう片方は仲間たちと勝利の祝杯をあげていた。
たかだかビリヤードにそんなガチにならなくても、と木下が思ったのも束の間負けた男が財布から十万円を取り出して勝った男に渡した。

「センパイ、まさか……」

「そう。ここは賭けビリヤード場さ」


ーー


なぜ俺が賭けビリヤード場の存在を知っていたか。
これは親父が原因だったりする。

俺の親父はビリヤードで結構な大会で優勝したりするほどに上手く、俺は幼少期からビリヤードだけは本気で教えこまれた。
そして高一の時に親父に連れられて来たのがこの賭けビリヤード場だ。

ちなみにビルに名前を上げないのは知る人ぞ知るって言うのを演出したいだけらしく決して怪しいというわけではない。
無論賭け事の時点で法に触れている気はするがこの際目は瞑ろう。
このビリヤード場は俺が産まれる前からあると聞かせていたが知っていて良かった。

「んあ?見ねぇ顔だな……」

と、先程勝利した男がビリヤードのキューを振り回しながら訪ねてきた。
その視線にある種の値踏みが含まれているのをヒシヒシと感じながら応じる。

「野暮用でね……理由は聞かないでくれると助かる。早速だけど勝負してくれる?」

「まぁ理由を聞かないのはここの流儀だしな……金はあるのか?」

そう言う男の前に俺の現在の全財産の一万円を見せる。
普段はそんな低レートの勝負はしない、が……相手は明らかに高校生……仕方がないとばかりに男は黙って頷いた。

大方高校生をガキをカモってやろうと考えているであろう。

「先手は譲ってやる。頑張りな」

「ありがとう。凛、カバン持っててくれ」

「あの、センパイ……大丈夫なんですか?」

不安になる気持ちもわかる。

この一万円は俺たちの持っている全財産だ………これを失えば本当に手持ちがゼロになる。

ただまぁ─────勝てる。

ここの台の特徴も、そしてさっき打ってたコイツの筋も……もう把握済みだ。

「ナインボールでいいな?」

「わかった」


ナインボール

一から順番にボールを打っていき最後の人が九番のボールをポケットに落とせば勝つゲームのこと。

「先手を決めよう」

「いや、坊主が先でいいぜ」

へっと笑いながら男がそう言った。
一応確認のためにもう一度聞いてみたが………ならお言葉に甘えよう。

「じゃあ始めるか」

スーッと息を吐き、止める。
身体のブレを極限まで無くすように。

体幹を意識して、ボールが力強く真っ直ぐ飛ぶようにして──────打つッ!

カァンッ!と乾いた音と共に白いボールが打ち出された。

狙いすましたブレイクショットでボールがバラバラになりその内何個か穴に落ちる。
……うん、配置もまぁまぁ予想通りだ。
いつもの装備は持ってきてないが……ま、あっても無くても対して変わらない。

「お、おい見ろよアレ……」

「あぁ…すげぇな……」

その後は単純作業だ。
ここまできたら俺はよほどヘマしない限り相手に一突きもさせずに完封勝利できる。

そして最後に九番ボールがポケットに落ちて、チェックメイトだ。

その途端におぉ!っという小さな歓声が上がった。
見た目高校生の子どもがまさかの完封勝利だ。


「ほら、勝ったぞ」

「………先に打たせるんじゃなかった」

相手の賭けた一万円も俺のところに入ってくる。
これで手持ちは二万円、まだまだ行こう。

「次、勝負するやつ」





結果としては五戦、五勝。
まさに完全勝利だった。

俺は勝負の度に手持ちを全額ベットしていたので最終的に三十五万円にまで膨れ上がった。

「センパイッ!見直しましたよ!カッコいいとこあるじゃないですか!」

木下が目を輝かせピョンピョンと小さく跳ねながらそう言った。

「まーな……ま、当面としてはこれくらいありゃ良いだろう」

この場に長くいれば俺でも勝てない奴が来てしまうかもしれない。
そうなれば搾り取られるのは目に見えている。

「さ、今日はこの辺にして────」






「おいおい……な〜んの騒ぎだぁこりゃ」



やけに乱暴な男の声が小さな室内に響き渡った。
俺たち以外の面子は彼の事を全員知ってるようだ。

「リョウさん!いいところに来てくれた!」

「なんだよ〜お前ぇら泣きそうな顔してさ〜」

「一時間くらい前にやけに強いそこのガキが来てさ、俺らじゃもう歯が立たねぇんだ!」

男にしては長い髪をワックスで後ろにやっている男は、ある意味俺がよく知っている人物だった。
ワナワナと震え、目を見開く。

「……あ、アンタ……」

「おぉ〜お前ぇか、ここで荒稼ぎしたってぇガキは。名前は……なんて言うだ?」

「…………山岸…響也」

「おぉ!お前ぇさんも山岸ってのかぁ!奇遇だなぁ!、俺も山岸って名字なんだ」


……知ってるよ……アンタのことはたぶん俺が一番よく知ってる。

だって─────


「俺は山岸涼、リョウって呼んでくれ」


アンタは俺の、未来の親父だからな。





続く


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