禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

supico

襲撃と離反者③



「……っ!」

 男達が息を飲んだ。

 冷淡すぎる累の表情に、得体の知れない何かを感じたのかもしれない。
 もしくは、その溢れ出る魔力の威圧感か。

「いい加減、やめません?」

 これで諦めて退くならば、累から動くことはない。
 見逃してやるよ、と口にするまでもなく、傲慢に離反者たちを見下した。

 その堂に入った姿は、上に立ち慣れた者の仕草だ。

 離反者では座ることのできない、権力の中枢にいるに違いない立ち居振る舞い。
 先程まで、自分たちより格下だと疑わなかった少年から受ける、余裕のある王者の風格。

 ——それが2人の琴線に触れたらしい。

「……っ、てめぇっ!!」
「調子に乗ってんじゃねぇっ!」

 気圧された自分達を誤魔化すかのように、わざと声を張って奮い立たせているような2人。
 その勢いのままに、新たに魔法を組み始めた姿を見て、なぜそこで留められないのか理解に苦しむ。
 引いたら負けなゲームでもしているのだろうかと疑いたくなるレベルだ。

『踊る蛍火の幻惑っ!』
『業火の閃!!』

 叫びながら魔法を打ち、そのまま走り出す男たち。

 累を狙う攻撃魔法は、名前負けとしか思えないほどの練度だ。

 目線ひとつで無効化する。

 男達はそれに焦燥の表情をしながらも、苦し紛れのように更に勢いを上げて、飛びかかってきた。

「くそがあぁぁああっ!!」

 先程よりも、明らかに戦闘モードの俊敏さ。

 謙遜ではなく、本当に体術が苦手な累は、顔を顰めて数歩引いた。
 正面から当たって、全てを防げる自信がカケラも無いからだ。
 苦手を克服することもなく、回避に磨きをかけてきたからこその、躊躇のない逃げの一手。

 男達は続けざまに、左右からの連携した攻撃に加え、ポイントポイントで、魔法による撹乱も入れてくる。

 離反者として2人でやってきただけある、十分な実力者だ。

 決して相手を過小評価することがない累は、魔法を全て確実に無効化し、相手の拳が届く前に逃げ続けた。

「躱してんじゃねぇよっ!」

 2人の魔法士は、普段と違って思う通りに決まらない攻撃に、フラストレーションが限界まで溜まってきているようだ。

 冷静な判断力を欠いているのか、片方の男が、最後の手段とばかりに懐のナイフを取り出した。

 ギョッと目を剥く累。

「それはホント洒落にならないんですけどっ……!」

 慌てて大きく距離をとる。
 魔法に対しては無敵といっても過言ではない累だが、物理的なものへの防御手段は無いに等しい。

 ……いや、無いわけでは無いのだ。

 容赦のない、一方的な殲滅になってしまうだけ。

 だから安易に使えるわけじゃない。

「……なんて考えてる場合じゃ無いかも……っ!?」

 恐らく当初の、ちょっと気に入らないガキを締めてやろう、なんてことは完全に吹き飛んでいるに違いない。
 もう1人も同じようにナイフを手にし、あまつさえ魔力を込めはじめた。

「ストップストップ!! これ以上やると、本当に反撃しますよ!?」
「っナメてんじゃねぇぞ!」
「それがどうしたよっ、やってみろっ!!」

 バックステップで逃げ続ける累を、ひたすらに追ってくる2人は、制止の言葉で更にヒートアップしたようだ。
 本気で殺しにかかるかのように、躊躇なくナイフを突き出してくる。

 見境ない攻撃に、どうあっても止められないと察するしかない。

「……っち……!」

 舌打ちしたところで事態が好転するはずもなく。

 魔法攻撃を無効化したものの、襲いかかるナイフが累の腕を切り裂いた。

 鮮血が、飛散する。

「……ぃった……」

 ワンテンポ遅れた、鋭い痛み。

 だが。

 痛覚がそれを認知するよりも早く、累の魔力が反応していた。

「ぉわっ!?」
「く……っ!」

 まるで累の体内から弾け出てきたように、魔を構成する力が、周囲に光を放った。
 異様なまでに凝縮された魔力の粒子が、衝撃波になって離反者たちを退ける。

 圧されたように数歩たたらを踏んだ男達だったが、なんとか態勢を整えようとして顔を上げるも、目の前の光景に口を引き攣らせて動きを止めた。

「……嘘だろ…………」

 そこには、切られた腕を庇って立つ累と、その周りを取り巻く桁違いの魔力の渦があったのだ。

 離反者たちが目を見張るほどの魔力は、主人である累を守るかのように蠢き、そして、呆然と立ち尽くす2人に向かってその威力を見せつけた。

「っうわぁぁあっ!」
「な、な、なん……っ!」

 累は何もしていない。

 ただただ痛みに顔を歪め、裂けた黒い制服から滴る真っ赤な鮮血が、地面に小さな水溜りを作っているのを見つめていただけ。
 だから言ったのに、と溜息を吐きたい気持ちを堪え、その視線を上げた、だけ。

「ひぃ…………っ!!」

 累の魔力の粒子が、まるで意思を持っているかのように、2人を飲み込んだ。

 自分達を取り込む、今まで受けたことのない攻撃に、条件反射で反撃しようと呪文を唱える2人。
 しかし、なぜか全く力が構成できず、逆に力を奪われているかのような感覚に、顔色を失っていく。

「あんまりしたく無いんだよね。……<魔力を喰う>なんて」

 異常なほどの魔力を身に纏い、2人を睥睨する累。

 ——今の間にも、累の魔力が、彼らの魔力を捕食し、抵抗する力を奪っているのだ。

 大きすぎる能力でその身を崩壊させることもなく、むしろ冴え冴えとした様は、なまじ魔法士としての実力がある2人にとっては、背筋に冷気が走るほどだった。

 この段階になってようやく、離反者達は、ちょっかいを出す相手を間違えたことに気付いた。

「……嘘だろ……こんな……」
「ただの魔法学校の生徒なんじゃねぇのかよ……」

 累の魔力を振りほどくこともできず、蒼白の表情で仰ぎ見るだけの2人。

 身動きすら叶わない現実に、絶望感だけが増している。

「魔力はいつか自然回復するだろうけど……暫くは使い物にならないかな」

 ごめんね、加減が効かなくて。

 無感動に話す累の姿は、この異様な状況には不釣り合いすぎて、その力が到底一般論で測れないものだとわかる。

 表情を引き攣らせた片方の男が、あえぐように口を開いた。

「……聞いたことある……近衛師団の、序列0位の子供……」
「おい……それってあの……バケモノ級の魔力を持った子供が君臨してる、っていう……」
「ーー君臨だなんて、人聞きの悪い」

 男達の不毛な言葉を遮り、血に染まった腕を軽く持ち上げる。と、先ほどまで滴っていた筈の流血が止まっていた。
 そして、出血部を押さえていた手を離す。

「怪我が……!」
「いつのまに回復魔法を……っ!?」

 累の腕の傷口は、綺麗に消えていた。
 だけれども、回復魔法を使ったような挙動は、一切見られなかったのだ。

 男達の驚愕をシニカルな笑みで躱し、小さく指を立てた。

 すると瞬時に、離反者達を無力化していた、累の魔力が空気に溶けていく。

「……っは、はぁ……っはぁ……」

 その場に崩れ込み、大きく空気を吸い込んで呼吸を整える2人。
 額には大粒の汗が浮かび、手足は疲労に震えていた。

 その様子を冷めた目で見つめた累は、血で濡れた制服に視線を落とし、小さく溜息を吐く。
 ……明日から編入なのに……。

 学校にたどり着く前にダメになるなんて、と内心ボヤいていると、

「——累様」

 唐突に背後から、愛らしくも凛とした声が割り入った。

「スズメ……?」

 完璧なまでに西洋人形じみた美少女が、背筋をピンと伸ばして小股に寄ってきた。ハイウエストから翻る、焦げ茶色のプリーツスカートが、甘い雰囲気の中に絶妙な淑やかさを加えている。
 この状況においても、普段と変わらぬ淡々とした表情のスズメは、瓦礫の散乱する中を、危なげなく細いヒールで歩き、目の前に立った。

「早駆けが、依頼を持って参りました」

 指先一つまで優美な動作で、肩から下げた小さな鞄から、蝋で封書された手紙を取り出した。

 魔法庁の押印がされた、重要な依頼書だ。

 封筒の紋様は、紺碧師団の青い団章。

「ほらね」

 予想していた通りの依頼が、累の元までやってきたのだ。

 スズメに向かって小さく笑みを浮かべながら、封書を開く。

 その姿を、離反者の男達は、畏敬の念で見つめていた——。



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