禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

supico

魔法士が支える世界




 この国には、最強と呼ばれる十数人の近衛魔法士がいた。

 普通の魔法士達とは一線を画し、皇帝陛下直属として定められた精鋭達。
 その中でも特に、突出した才能を持つ者を評価し、序列を定めていた。

 ——曰く、序列0位に座する近衛魔法士は、バケモノ級の子供だ、と。

 公の舞台には一切出てこず、顔はおろか、名前すらも一部の人間にしか知られていない、至高の魔法士。

 しかし確実に存在している事だけは間違いなかった。
 その力を示すように、各地で事件が解決されてきたのだ。

 ……噂だけが、まことしやかに流れていた……。



※※※



 夕暮れ。

 小高い丘の教会。

 人々は、黒い羽の生えた十字架を信仰する。

「さぁ、皆さん、一緒に祈りましょう」

 静謐な祈りの場に、シスターの透き通った声が響いた。

「主よ。悪しき陰の災厄から、我々をお護りください」

 跪いて祈るシスターに倣い、まばらな参列者達も祈りを捧げる。

 この教会では毎日行われている、日常の風景だ。

 やがて祈りの時間も終わると、誰もが雑談をしながら、ゆっくりと帰路へつく。

「さようなら」
「さようなら、シスター」
「お気をつけてお帰りくださいね」

 帰っていく人々を見守るシスター。

 そこへ、一人の子供が走り寄った。
 簡素なワンピースを着た、10歳前後の少女だ。

「シスター・アミナ! あたし、来年は魔法学校に通えるって!」
「まぁ。素晴らしいわ、シャオリン。稀有な才能に選ばれたのですね」
「まだ魔力適正が認められただけなんだけどね。頑張って魔法士部隊に入って、いつか陛下直属の近衛師団に入るのが夢なの!」
「頼もしいことです」

 シスターの柔らかな笑顔に、少女も花が咲いたように笑う。

「じゃ、また明日、清掃のお手伝いに行くね」
「いつも有難うございます。お気をつけて」

 手を振って走り去る少女を見送るシスター。

 人々の話し声や子供の笑い声が、オレンジ色の夕日に溶けていく。

 光と闇が混じる、逢魔が時。

 影に紛れて、闇が動き出す。



***



「キャァァアアア!!」
「ノクスロスだ! ノクスロスが街に出たぞっ!」
「逃げろっ!」

 悲鳴と共に人々が逃げ惑う。

 その視線の先にいるのは、漆黒の塊。

 光をも吸収するかの如き黒い塊が、まるで煙のように、夕暮れの街はずれに立ちのぼった。

 ゆらゆらと、だが決して霧散しない、黒い霧。

「誰かっ、教会に知らせてくれっ……!!」
「ノクスロスが出たなんてっ、この街はもう終わりだ……っ」

 それはやがて、人々の悲嘆の声に呼応するように、一箇所に集まり始める。

 そして1メートルほどの、漆黒の獣が現れた。

『グルゥ……ッ』

 犬が首を振るように、小さく身震いをした黒い獣は、次の瞬間、唐突に駆けた。

「ギャッ!!」
「いやあぁぁあああっ!」
「ひ、も、もうダメだっ……!」

 混乱し、闇雲に逃げる人や、腰を抜かして地面に倒れこむ人。
 その人ごみの中を、黒い獣が傍若無人に荒らしていく。

 薙ぎ払い、蹴りつけ、あるいは噛み捨てる。

「あああぁ……魔法士様……っ!」
「早く来てくれっ……!!」
「教会の要請でも、来てくれるには時間がかかるぞ……っ」
「誰かっ……!」

 絶望した人々が、天に運命を任せようとした、その時——。

『紺碧師団所属・第8実行部隊! 対・ノクスロス殲滅戦、開始!!』

 野太い怒号と共に、統一された黒色の制服を着た者たちが、獣の前に立ち塞がった。
 素手の者から、刀や拳銃のような武器を手にしている者、医療キットを肩から下げている者など、その役割は様々なようだ。

「支援メンバーは避難誘導!」
「医療班はこちらへ!!」

 誰も彼も年齢は若々しい。

 だが統率された組織であることは明白で、慣れたように場を指揮していく。

「あぁあ、魔法士部隊だ!!」
「こんなに早く来てくださるなんてっ」
「ありがたい……!」

 避難を促される人々は口々に感激の言葉を零し、拝むように礼をする。

 そして——。

「隊長! きます!!」
「慌てるなよ! 学校で習ったように、確実に仕留めろ!」
「「「はい!」」」

 隊長と呼ばれた者の言葉を引き金に、獣へ向かって駆け出していく少年少女。

 口々に呪文の様なものを呟き、それに呼応して光の粒子が集まってくる。

 ある者は、その粒子を刀身に纏わせ、鍛えられた身のこなしで振りかざした。
 常人離れした彼らの攻撃は、俊敏な獣を難なく捉え、淡い燐光が、漆黒を容易に切り裂いていく。

「ノクスロスが怯んだぞ! 後方部隊、一斉照射!」

 銃を構えた者が、光の粒子を弾丸に込め、引き金を引いた。
 火薬の爆発する音と共に、燐光が線のように軌跡を残して、分厚い獣の身体に、何個もの風穴を開ける。

「殲滅させろ!」

 瞳を閉じ、小さく呪文を唱えていた者が、最後の仕上げとばかりに、光の粒子を手元で増幅させ、獣に撃ち込んだ。

 漆黒の魔性が光に覆われ、その輪郭を滲ませる。

 やがて——。

『ギィィイイイ……ッ』

 柔らかな光に吸い込まれ、黒い霧が消滅した……。

「……やった……倒したぞっ!」
「さすが魔法士様だ!」
「あぁ……ありがとうございました……!」

 驚異の消え去った街の中は、歓声と解放感に包まれた。
 極度の緊張感からか、目元を潤ませながら崩れ落ちるように安堵する者もいる。

「殲滅完了。各隊員、周辺の状況確認を——……」

 異形は消え去ったが、まだ黒い制服の者達の仕事は終わっていないらしい。
 戦闘を終えた喜びに浸ることもなく、テキパキと次の作業へと動き出している。他にノクスロスが出ていないか、怪我人はいないか、を確認しているのだ。

 街の中は、倒木や崩れた家屋から散乱した瓦礫などで、相当な被害があったことは間違いない。
 眉を顰めたくなる状況だったが、しかし、人々の表情は明るかった。

 なぜならば、そこに、魔法士がいるからだ。

 この世界の秩序と安寧を支えているのは、大人でも権力者でも宗教家でもない。

 黒い制服に身を包んだ『魔法士』なのだ。



***



 ——ノクスロス。

 それは黒い粒子から姿を現す、異形のもの。
 世界の澱みが、自浄されずに濃縮した塊だと云われている。

 人に寄生し、人を襲い、人を闇に引きずり込む、魔物だ。

 いつどこに現れるのかは定かではない。
 一度現れたノクスロスは、それが満足するまで暴れ続け、そしてどこへともなく消えていく。

 魔法士が殲滅させるまで、何度も現れては人々を狙い捕食する、人類共通の敵である。

「累様。通報からの出動、おおよそ20分でした」

 騒然としている現場から少し離れた、宿屋の窓。

 そこから半身を覗かせているのは、累と呼ばれた、漆黒の髪と、虹彩すら黒く見える瞳を持った少年だ。
 自身も同じ黒い制服に身を包み、バタバタと動き回る制服姿の者達を、冷静すぎる双眸で観察している。

 しかし、紺碧師団の面々とは異なり、その左胸には団章が無かった。つまり、まだ師団に所属していない、魔法学校の生徒ということを意味している。

「……遅いね。それじゃあ蹂躙し尽くされる。軽微な襲撃が頻発している警戒地区なんだから、もっと体制を強化しておかないと」
「今回はノクスロスが具象化する前に、魔法庁へ連絡したので間に合いましたが……」

 足元に控える、上等なスーツを着こなした男の、控え目に提言する言葉を聞きながら、街の周囲を観察する。

 累の双眸には、紺碧師団の魔法士達が見逃した、ノクスロスが潜んでいる気配をはっきりと映していた。

「アトリ。取り零しだけ、回収して行こう」
「はい、累様」

 主の言葉ですぐさま動き出した優秀な僕。

 テキパキと荷物をまとめる姿を視界の端に入れながら、遠く、夕日の沈んだ藍色の空に浮かぶ、一軒の教会を見つめた——。


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