奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌

よなぷー

231未来史図書館殺人事件21

 それでも今の俺たちにはこんなことしかできない。亡くなった石井さん、幸島さん、金子さん、川さんの無念の思いがガソリンとなり、俺たちはエンジンを回転させ続けた。成果のない時が1時間、2時間と過ぎていく。またしても徒労に終わるのか、そう考えながら、日本語書籍の棚に差し掛かったときだった。


 3時間が経過していた。純架が歓喜に打ち震えて叫ぶ。


「あった、あったよ楼路君、須崎さん、栗山さん! 新しいしおりだ!」


「マジか!」


 俺は純架の手元の紙片を覗き込んだ。須崎、栗山さんも同様にする。そこには万年筆で『3/3 当たる場所』と書かれていた。


 栗山さんが白い顎髭を撫でる。


「これは江島勝の筆跡なのかの?」


 純架は興奮を抑え切れない声で答えた。


「はい。江島さんの遺書、『所有権は最初に手にしたものに付与する』の『所』が、『当たる場所』の『所』と筆跡が同じです」


 俺は呆れた。


「よくそんなこと覚えてるな」


 栗山さんは感嘆した。さすがに少し熱をこめてまくし立てる。


「ふむ、では現時点で完成する文書は『十字架の』『当たる場所』か。最初の語句はまだ分からぬが、輪郭は掴めてきたな。ちなみに、どの本のどこに挟まっていたんじゃ?」


 純架は立派な本を指し示した。


「アレクサンドル・デュマ・ペールが書いて、山内義雄が訳した『モンテ・クリスト伯』全7巻の3巻目です。挟まっていたページはここです」


 しかし、その内容は物語の山場でも何でもなかった。須崎が受け取ったしおりと見比べながら私見を述べる。


「挟まっていたページ自体は意味がなさそうだな。『モンテ・クリスト伯』といえばエドモン・ダンテスの復讐物語だが、ここにしおりを挟んでいたとは、江島勝は自分自身をダンテスと重ね合わせてでもいたんだろうか。予言を信じない者たちへ、『当たる場所』という意味不明の文句をさらすことで、復讐の喜びを得ようと……」


 純架はぷっと吹き出した。失笑である。ちなみに豚色の全身タイツを着込んだままの彼だった。


「いくらなんでもそれはないでしょう。江島さんの遺族が散々この図書館を探し回ったことから考えると、しおりも元々の位置から移動してしまった蓋然性が高いですし」


 須崎は純架へ不機嫌にしおりを返した。叩きつけるように、苛立ちを込めて。


「桐木、お前は一言余計なんだよ」


 俺はしかし、この2枚目のしおり発見で俄然勢いづいた。


「こりゃ3枚目の発見も近いかな! やる気が出てきたぞ」


 須崎が馬鹿にしたように言った。


「おい、俺たちの目的はしおり探しじゃない、『最後の予言書』探しだ。目的を履き違えるなよ」


「はいはい」


 俺は受け流して、まだ何か言いたげな須崎をほっといて再び本のチェックに戻った。以後、俺たちは血眼になってしおりを、『最後の予言書』を探した。『十字架の当たる場所』とは一体何か? それぞれの胸で自問自答しながら……






「ないな……」


 何度かのトイレ・水分補給休憩を挟み、俺たちは図書館の本を引っくり返し回ったが、結局2枚目のしおり以上の戦果はなかった。『1/3』のしおりは影も形もなかった。期待が大きかった分、空振った時の消沈も激しい。俺たちはすっかり疲弊し虚脱していた。


「ふうん、エジプトの世界遺産、ねえ……」


 純架は日本語の遺跡紹介誌を読みふけっていた。やる気あんのか。


 彼はぱたんと本を閉じた。


「今日はここまでにしましょうか」


 須崎が天井を仰いで息を長く吐く。


「やれやれ……」


 俺たちは悄然と螺旋階段を下りていった。


 腕時計は午後8時を指している。もう夕食の時間をとっくに過ぎていた。生前の川さんは鍋を作ると息巻いていたが、現実は斬首され帰らぬ人となっている。俺たちは客間で改めて一堂に会した。


「戻ってきたわね。お腹ペコペコ。斉藤さん、厨房へ行くわよ」


「またこき使うんかいな。かないまへんな」


 安西さんを含めた全員で厨房へ移動する。晴香さんはやっぱり部屋には入らず陣頭指揮を執った。俺たち男どもはあれこれ喋りながら戸棚を開け放ち、中を探る。


「『十字架の当たる場所』? 皆目見当がつきまへんな。これでもミステリー研究会の会長なんやけどなあ。矢沢さん、どないですか?」


 矢沢さんは2枚目のしおりをつくづくと眺めている。


「いや、これはちょっと興奮するな。江島勝の残したヒントか。きっと意味があるに違いない。この館で十字架の当たる場所、か……」


 深い思考に陥ったように、しおりを純架に返すと黙々と作業に戻った。


 やがて俺たちは缶詰の山とインスタントコーヒーの予備を抱えて、厨房を出た。安西さんと晴香さんが待ちかねて痺れを切らしていた。


「おお! もう我が殺されて二度と会えぬかと思っておったぞ!」


「大げさね」


 全員で客間に戻る。電気ポットも厨房で水を満タンにしておいた。コンセントを差し込むと、沸騰するまでの間に今夜のことを相談する。


 2番目のしおりが見つかったことについて、安西さんは冷淡だった。


「喝! しおりなどどうでもよかろう。原稿用紙で予告された我の死。我が殺されるのもまた神の導きなり。刺殺されるなら刺殺されるまで。末期にじたばたせず堂々この命を捧げようではないか!」


 またヒステリーが始まったかのように、安西さんは興奮して立ち上がり、唾を飛ばして喚き散らした。純架がなだめにかかる。


「安西さん、諦めないでください。みんなで一緒にいれば防げる……」


「喝! 川美奈は殺されたではないか!」


 純架は語勢を弱めざるを得ない。


「それを言われると返す言葉もありませんが……」


 安西さんはきっぱりと言い放った。


「我は自室で最期を迎えよう。亡霊の混じったお主らとは一緒にいたくないわ!」


 矢沢さんが立ちはだかった。


「それは危険だ。考え直せ!」


「喝! 川美奈のように殺されるなら、一人で静謐せいひつの中死にたいのだ! この気持ち分からぬか?」


 俺は矢沢さんの肩を持った。


「やめましょうよ。勘弁してくださいよ、安西さん。むざむざ殺される状況を作り出すなんて、正気の沙汰じゃない……」


「我は正気だ!」


 安西さんは怒号した。彼の殺害を予告した原稿用紙が恨めしかった。


「我は自分の部屋にこもる。もう決めた! 監視したくば勝手にせい。我はもう知らぬ!」


 矢沢さんが閃いた、とばかりに組んでいた両腕をほどいた。


「よし、なら勝手にさせてもらおう。安西をむざむざ殺させはせん」


 須崎が尋ねた。


「何か考え付いたんですか?」


「ああ。こうだ。1階回廊の北東と南東、二つの角に時間交代で監視者を擁し、個室から誰も出てこないことを見届けるんだ。こうすれば北東の監視者は北の通路――1から3号室を、南東の監視者は南の通路――7から10号室を見張れる。東の通路――4から6号室はそれぞれが監視できるしな。これで少なくとも今後の被害はまぬがれることができるはずだ。監視者同士もお互いが不審な動きをしないようチェックできるわけだ。どうだ?」


 須崎は心から感心した様子だった。一も二もなく賛同する。


「その案でいきましょう。俺も皆と客間で寝ることには抵抗ありましたしね」

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