奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌

よなぷー

225未来史図書館殺人事件15

 須崎が思い起こさせるように指摘する。


「プリンタがあるかどうかもチェックするんだ。忘れるなよ」


「ああ、そうでしたね」


 矢沢さんが生前の石井さんが言っていたことを反芻する。


「江島勝が本当に未来予言を的中させていたかどうかは分からない。ここに集まったメンバーの顔ぶれも16年前に予言していたというが、桐木君の言う通り石井のフェイクかもしれない。ただ、もし当てていたならば、その精度は神懸かりだ。今俺たちが直面している惨劇も、次に誰が犯人の毒牙にかかるかも、犯人が捕まるかどうかさえ、江島勝はお見通しだったのだろう。ただ、それなら探索自体してもしなくても変わりがなさそうだがな」


 純架はうなずいた。


「座して待つより動いたほうがましです。ともかく江島さんの著作の押し込まれた棚を重点的に調査しましょう。この四人で、つかず離れずで、です。もし我々の中に犯人がいたとしたらたまったものじゃないですからね。では、始めましょうか」


 捜索は難航した。一冊一冊が尋常ならざる文章量で、江島勝の狂気とも思える執筆ぶりに、流し読みをすることさえ放棄せざるをえなかった。結局パラパラとページをめくり、それらしい箇所や挟み込まれた紙片がないかをチェックするにとどまった。


 大体こんなこと、16年前に江島さんの遺族がすっかりいそしんだのだ。それも1年ほどの長期に渡って。今更こんなことをして『最後の予言書』そのものや、その在り処に関する手がかりが発見されようとは思われなかった。


 いくつかの本棚を調査するだけで1時間もかかってしまった。須崎の強い要望――というより押し付けで、休憩がてら2階を散策することになった。無論、プリンタ探しだ。


 これは空振りだった。一応3階も調べてみたが、プリンタやパソコン、ワープロやそれに類するものは一切発見されなかった。見るだけでげっぷが出そうな本の洪水の前に目まいがしそうだ。管理していた石井さんの努力はいかほどだったか。


 石井さん。何も悪いことはしていなかったというのに。改めて犯人の残虐性に思い至り、一人怒りの炎を燃やす。幸島さん、金子さんと、せめて天国では楽しくやっていてほしい。


 歩き疲れて、俺たちは窓際の通路にしゃがみ込んだ。矢沢さんは煙草を吸おうとしてやめる。純架は肩を叩いた後股間を叩いた。


 そこは凝らないだろ。


「矢沢さん、楼路君、須崎さん。こんな話は知ってますか? 名付けて『流しそうめん的宇宙観』」


 俺は耳慣れぬパワーワードに顔をしかめた。


「何だそりゃ」


 純架は指を振り振り解説する。


「この宇宙は流しそうめんみたいなものだ、という僕の説さ。何、大したものじゃない。……まず竹のといがあって、そこに上から水が注ぎ込まれてくる。これが時の進行だ。時間は等しい速度で下に向かって絶えず流れ落ちていく」


 矢沢さんが興味を惹かれたようにうながした。


「ふむ、それで?」


「そして上方から水に乗って流されてくるそうめんの一塊。これが僕らの『宇宙』だ。宇宙は時の流れを受けて変容しながら、でも総量は変わらず――多少水を含んで大きくなるかもしれないが――下方へと流されていく。そして、樋の終わりで空中に放り出され、地面に落ちてしまう。これが宇宙の終わりだ」


 須崎が抗議するように口を開いた。


「桐木、貴様の言いたいことは何だ? さっぱり分からんぞ」


 純架は腰に手を当てた。「つまり!」と大声を出す。


「つまり、宇宙には過去も未来もないってことです。あるのは時の侵食を受け、変化し続ける現在のみ、ということです」


 矢沢さんが一笑に付した。


「何を言っている。我々は過去を知っているではないか。江島勝は未来を知っているぞ。存在するのが現在のみだなんて、珍説もいいところだ」


 純架は噛んで含めるように言った。


「確かに僕らは歴史を知っていますが、それも『語り継がれ』、『記録にまとめられ』、『歴史の教科書になり』、『学校で習った』からです。その一つ一つのプロセスは、やはりただの変化です。全ては過去ではなく変化の積み重ね、ということなんですよ。過去と現在はもちろん、現在と未来も全く繋がってはいません。時の水を流れるそうめんのようにね」


 矢沢さんが難しい顔をした。


「江島勝の未来予知はでまかせだと言いたいのか? 俺たちの世界は『変化し続ける現在のみ』であり、『最後の予言書』もありえない、と」


 純架は明快に答えた。


「はい。僕はそう見ています。そうめんでしかない宇宙、その片隅の僕らには、時に押し流される以外の生きる術を見出せません。江島勝さんの向こう100年間の予言をまとめた本があったとしても、例えば明日隕石が飛んできたり核兵器が落ちてきたりしてこの島が駄目になれば、その時点で意味がないといえます。そして本当にそうなるかどうかは誰にも分かりません。ただ僕らは、時の水に背中を押されながら、より良い変化を選択する自由だけ保証されているということなんですよ」


 須崎が冷笑した。


「何かと思って聞いていれば馬鹿馬鹿しい。科学的根拠は何もない単なるファンタジーだ」


 純架はお茶目に笑った。


「まあ、暇潰しには良かったでしょう?」


 俺は純架に不明な点を尋ねた。


「なあ純架、流しそうめんはすくって食べるもんだろ。宇宙を食べる奴は何なんだ?」


 純架は俺の切り込んだ箇所に少し面食らい、すぐに苦笑した。


「ああ、それは宇宙の範囲外の存在だよ。神様って奴だね。それについては言及を避けるとするよ」


 それまでしゃがみこんでいた須崎が、大儀そうに腰を上げた。


「それにしてもプリンタの類が一切なかったってことは……犯人は、この島に来る前に原稿用紙を作成していたということになる。あらかじめ集まる人間のリストを手に入れ、何番目にどんな殺し方をするかを印字し、この『未来史図書館』に持ち込んだんだ」


 純架は点頭した。


「そうですね。やっぱり石井さんが示した指示書は、彼が江島さんの筆跡を真似て書いた偽物だったと、今なら断言できるでしょう。リストの入手は、このツアーの始まるもっと前に、あらかじめ石井さんと通じて懇願したに違いありません」


 矢沢さんが驚いて上ずった声を出した。


「待てよ。じゃあ犯人は、石井さんと以前から面識があった……?」


 須崎は上体を反らして背筋を刺激した。


「ええ。その可能性はありますね。そうでなければ今回の『最後の予言書』探しが行なわれることを前もって知ることはできませんから」


 刑事は顎をつまんで深く溜め息をついた。


「また皆の持ち物を調べ直すか? 殺害対象と順番、方法をプリントアウトした原稿用紙が、もしかしたら発見されるかもしれないぞ」


 純架は脚立を重そうに抱えた。


「いいえ、よしておきましょう。この前散々調べましたし、犯人も用心して入念に隠しているでしょうから、空振りに終わる蓋然性が高いです。女性二人も嫌がってましたしね」


 俺は純架から脚立を奪った。目をしばたたく親友に、俺は強がる。


「体力仕事は俺の領分だ。お前は頭を働かせてろ」


「ありがとう、楼路君」


 須崎と純架の推理はやはり当てになる。俺はそれを実感していた。これが新たな殺人の歯止めとなってくれればよいのだが……

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