奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌

よなぷー

003桐木純架君02

 それにしても純架の相貌そうぼうはクラスの中でも図抜けていた。現実的な顔が居並ぶ教室の中で、ただ一人童話の世界から抜け出してきた王子様然としていた。男性アイドルの事務所に所属して、芸能活動を行なったりしていればまだしも納得が出来ただろう。


 入学式が終わると各クラスとも教室に戻り、それぞれの時間を持った。


「では次、桐木純架」


「はい」


 新一年生名物の自己紹介が強制的に始まり、純架の番となった。純架は『マンボナンバー5』のテーマを口ずさみながら、立ったり立たなかったりを数回繰り返した後、ようやく雲竜型で完全に立ち上がった。そして、そのことには一切触れずに言った。


「桐木純架です。自分の性格は、まあ可もなく不可もなく、いたって真面目です。好きな食べ物はアボカドです。趣味は奇行です。よろしく」


 最後にげっぷをした。


 朝何食ったんだ?


 担任の宮古博みやこ・ひろし先生が次々あいうえお順に生徒を指していく。やがて俺が当てられた。俺はぶっきらぼうにあいさつした。


「俺は朱雀楼路。性格は普通。好きな食いものは……チャーシュー麺かな。趣味はテレビゲーム。以上……です」


 俺はさっさと椅子に座った。数十秒とはいえ視線を集中されたことに少し気恥ずかしさがあった。それにしても自己紹介なんて馬鹿らしい。どうせ誰も真面目に聞いてなんかいやしないのに。


 ……と思いきや、一人の熱視線に気がついた。桐木純架だ。彼は二つ隣に座る俺を凝視していた。親和的には程遠い、質を見定めるような、科学者のような視線だった。俺が純架を見ると、彼は頬杖をつきながら、かすかに笑みを浮かべて軽く頭を下げた。何なんだ、気持ち悪い。


 生徒たちの自己紹介はその後、お寒いまま終わった。




 ホームルームがとどこおりなく片付き、俺はようやく入学初日の重責じゅうせき――そんな大したものでもないか――から解放された。


「じゃ、帰ろうか楼路君」


 背筋を伸ばしてうなっている俺に、純架が声をかけてきた。俺は気だるく答えた。


「なんで俺と帰りたがってるんだ? 何の接点もないのに」


「帰りながら話そう」


「はいはい、分かったよ」


 俺は立ち上がり、この美麗で奇態な変人とともに教室を出た。


「僕は助手を必要としている」


 駅までの道を辿りながら、純架はしなやかにあごをつまんだ。まるで一服の絵画のようだ。


「残念ながら僕は体が弱くてね。小学校の頃は護身術がてら柔道を習っていたんだが、怪我に悩まされてね。結局中学からは帰宅部さ。笑えるよね」


 純架の一本投げと腕十字は小学生時代に鍛えたものだったのか。


「ああ、そんなこともあるんじゃねえの。で、助手って何の助手だ?」


「もちろん奇行の助手さ」


 俺は間髪入れずにほえた。


「誰がやるか! んなもん!」


 純架は俺のうなじの辺りを掴み、首筋を揉んだ。


「オーケーオーケー、ブラザー。リラックス、リラックス!」


 B級洋画の真似らしい。


「冗談だよ、冗談。助手っていうのは探偵のことさ」


 俺は純架の手を払いのけた。


「探偵だと?」


 傷ついた風でもなく、鼻歌でも歌いそうな気楽な表情で純架がうなずく。


「そうさ、探偵さ。僕は渋山台高校に『探偵部』を設置して、学校内の色々な事件を解決していきたいと考えているんだ」


 俺は噴き出した。思わず哄笑こうしょうしてしまう。


「お前、フィクションとリアルをごっちゃにしてないか? 起きねえんだよ、事件なんて。学校で起きることなんて、せいぜい小競り合い程度のもめ事ぐらいだ。アニメやドラマじゃないんだ。探偵なんてやるだけ無駄なんだよ」


 駅に着いた。俺と純架は定期券を押し付けて改札を通過した。純架は少し気を悪くしたらしい。


「無駄かどうかはやってみなくちゃ分からないさ。案外忙しくなるかもしれないじゃないか。……まあともかく、その探偵仕事の頭脳方面は僕がやるから、肉体方面を君にやってほしいわけさ」


「俺は使いっ走りってわけか? ふざけんなよ」


 俺はいらいらしてきた。電車の中に乗り込む。純架は熱心に俺を口説いた。


「今朝の君、確かこうだったよね?」


 拳を握り、腕を構えて変顔をする。姿勢は合ってるが、俺はそんな不細工な顔はしていない。完全に俺を馬鹿にしている。


えてたよ。体格で自分を上回る男が、しかも四人もいるというのに、君は冷静に喧嘩をしようとしていた。まあ実際闘ったら無残にやられていただろうけど、なかなか格好良かったね」


 純架は微笑した。はっとするほど整った笑みだった。


「そしてクラスも1年3組で同じだろう? それで君に決めたんだ。僕の『探偵部』の助手は朱雀楼路君、君だって、ね」


 俺はこの美形馬鹿の自己中具合にため息をついた。どすの利いた声を出す。


「勝手に決めんな、ボケ。俺はそんなの付き合わないぞ」


「どうせやることないんだろう? 『探偵部』で一緒に汗をかこうじゃないか」


「ふざけんな」


 俺と純架は同じ駅で降りた。ん? どういうことだ?


「おい、いつまで俺についてくるつもりだ? それに親父とお袋が離婚話でもめているってのがお見通しだった理由、まだ聞いてないぞ」


 純架は首をかしげた。


「まだ分からないのかい? 本当に筋肉馬鹿なんだね、君は」


「何だと?」


 俺たちは午後一時の風に吹かれながら、住宅街に差し掛かった。純架はいつまでもいつまでも俺についてくる。まさか……。


「そう、そのまさかさ」


 俺の心の声を聞いたとでもいうように、純架は莞爾かんじとした。


 俺が自分の家である一軒家の前に立つと、奴は「ちょっと待ってて」と言い残し、隣の一軒家の元へ向かった。俺は度肝を抜かれて口を開けっ放しにした。


「おいおい、俺の隣の家って……」


「そうさ、僕の家だよ」


 純架は表札を叩いた。


「昨日引っ越してきたとき、僕の両親が君んちへ挨拶にいったんだけどね。どうやら君の両親は離婚の話で揉めていて、それどころじゃなかったようだ。今朝は僕の家まで聞こえるような声で怒鳴りあっていて、おかげで僕は目覚ましいらずだったよ。それが種明かしさ。で、ちょうど家を出るとき、うちの高校の制服を着た君が出発するところを目撃したってわけさ」


 俺は開いた口が塞がらなかった。純架はそんな俺に「ダンカン! ダンカンこの野郎!」とビートたけしの物真似をぶつけると、平然と言った。


「そう、隣の家の君が助手なら、僕の探偵仕事も綿密な打ち合わせがいつでも可能となるからね。それもあって君を誘ったんだよ。まあ今日は色々楽しかった。また明日、一緒に登校しよう。楼路君」


 純架は自分の家のドアを開けると中に入っていった。俺はその優美な身のこなしを唖然あぜんと見つめるしか出来なかった。

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