ブレードパラダイス〜女装少年奮戦記

よなぷー

064エピローグ

 俺はあれ以来ゲームをやらなくなった。『ブレードパラダイス』での体験以上のものが――あれほどの経験を超えるものが、他で味わえるわけもなかったからだ。

 俺は新2年生になったとき、広院がこもり切っているディスクとゲーム機を押入れから取り出した。あれからどうなったのか、起動して確認してみようと思ったのだ。

――いや、それは理由の半分だ。俺がこの1年近くそうしなかったのは、あのアクジョがイナーズやウーザイら誰か男と結婚して、夫婦円満に過ごしているのを見たくなかったからだ。

 だが今は心の整理もついた。幸せなアクジョの姿を見てみたい。純粋にそう願える。

 プレスタ5をテレビにつないだ。ディスクをセットして、スイッチを入れる……

「あれ?」

 画面には何も映らなかった。機械が壊れたとは考えにくい。俺はコントローラーのレバーやボタンを押したりしてみたが、うんともすんとも言わなかった。

 と、そこへ。

「ヒロ、そのソフトはもう二度と使えませんよ」

 背後からの声に振り返って仰天ぎょうてんした。女神シンセが俺の部屋に立っていたからだ。俺はのどから心臓が飛び出るかと思った。

「な、何だよおい! 急に出てくるなよな。ビックリするだろ」

「ヒロが『ブレードパラダイス』を起動させようとしたからですよ。その操作にひもづけて、私はヒロに注意を向けたのです。部屋にあなた1人と分かって、たまには降臨こうりんしてみました」

 俺はまだ動悸どうきがおさまらぬまま、彼女に尋ねた。

「二度と使えない? どういうことだ」

「ソフトのプログラムが魔神ワルイの波動で書き換えられ、更に私がヒロや広院を送り込んだため、内部世界がバグだらけになってしまったのです。もうそのゲームはプレイ不可能なんですよ、ヒロ。残念ながら」

 俺はあわてた。

「じゃあ広院はどうなったんだ?」

「大丈夫、私には彼女がその円盤の中で幸せに暮らしているのが見えます。あなたも見てみますか?」

「どうやって? 俺にそんな力はないけど」

 シンセは右手にいつの間にか眼鏡を持っていた。

「これをかけてディスクをご覧なさい。関わり合った者たちのその後が見届けられます」

 俺は言われた通りにした。眼鏡越しにディスクをのぞく。

 広院はカイザ王子と共にマンプク王国の幹部と会談していた。どうやら国交を回復するという、平和的な話のようだ。2人とも結婚指輪を光らせ、楽しげに相手方と談笑している。かたわらにはカレイドとイナーズが守護神のように控えていた。

 ゲップ国王はせていたのが嘘のように、でっぷりえていた。魔王がいなくなってホッとしたのは、ゼイタク王国だけではないということか。

 俺はケルを見た。彼女は熟練の武闘家として、道場で生徒たちを教えている。勇者エイユの子孫である彼女なら、きっとますます強くなるだろう。

 ウーザイは冒険者『戦士』として船の上だ。船乗りのアヤツルやコグらと共に、探検家カパラウの地図作りに協力しているらしい。船酔いしてゲロを吐いているのは相変わらずだった。

 魔神の体は巨岩の下に押し潰され、再生できないようにされている。その魂を封じた首飾りは、ゼイタク王国王城の地下に、厳重に封じ込められていた。

 そして、アクジョは――

 彼女は結婚していなかった。指輪をはめている様子もなく、自室のベッドに寝転がっている。そこへ召使いのメシツが入ってきた。

「アクジョ様、ヒロ様は帰ってきません。一体いつまでお待ちなさるのですか。もう一年近く経つのですよ」

「うるさい!」

 アクジョは枕を投げつけた。メシツはキャッチして脇に置く。

 悪役令嬢は涙声だった。

「ヒロは旅に出るって言ったわ。長い、長い旅に。でも、旅ならいつか終わるでしょう? ひょっとしたら今まさに、この屋敷に私を求めて帰ってくるかもしれない。ほんのすぐそこまで来ているかもしれない。私はあきらめない……」

 寝台の上に体育座りになって、両膝の隙間に顔をうずめた。号泣というより慟哭どうこくだ。涙がとめどもなくあふれ、食いしばった口から嗚咽おえつがもれる。

「ヒロ……ヒロ……。会いたいよ……!」

 俺はそこで眼鏡を外した。アクジョは、彼女はまだ待ち続けているのだ。この俺のことを……!

 俺は涙が目尻から滑り落ちるのを感じた。馬鹿な、馬鹿な女だ。イナーズまたはウーザイと結婚せず、恐らく両親の持ってくる縁談さえ断って、彼女はひたすら俺の帰還を恋しがっている。それが何だか健気けなげで、俺の心の奥底に、強烈に響くのだった。

 俺は泣きながらシンセに問いかけた。

「もう一度この世界に入ることは可能か?」

「一回入ったことのあるヒロなら出来ます」

 俺は決心した。アクジョと一緒に生きていくことを。現実世界こちらと離別することを。ごめん、親父、お袋。俺は長男失格だ。健やかに余生を過ごしてくれ。

「シンセ、頼む。俺をゲームの中へまた送り込んでくれ。そしてディスクをあんたの倉庫にでもしまい込んでほしいんだ。出来るか?」

「ワルイ討伐の功績あるヒロです。それぐらいお安い御用ですよ。……では、後悔しませんね?」

「ああ」

 俺は涙をぬぐいつつ、大きくうなずいた。シンセが手を挙げる。

「では、いきます!」

 光が世界を埋め尽くした。俺は意識をり取られ、真っ暗闇へと転落した。



 俺は目を覚ました。寝台の上で仰向けに寝ているのが分かる。瞳を開くと、俺の手を握りしめているアクジョの姿があった。もうボロ泣きだ。

「おはよう、ヒロ。きっと帰ってくるって信じてた」

 俺は自分が女装姿になっていることに気がついた。

「俺、また川で発見されたのか」

「そうよ、びしょ濡れでね。だから私の服を着せてあげたの。好きでしょう、女装」

 俺は苦笑して彼女と見つめ合った。そして、ゆっくりと口付けするのだった。



【 完 】

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