ブレードパラダイス〜女装少年奮戦記

よなぷー

063別れ

 カイザ王子がなげく。

「カレイドは酒好きだが弱くてな。あの様子ではもうすぐ潰れてしまうだろう。じゃ、ヒロ、パーティーを楽しんでくれ」

 王子は去っていった。入れ替わるようにアクジョの元許嫁イナーズ、アクジョの幼馴染ウーザイがやって来た。

「ヒロ、こうして僕らが五体満足で戻ってこられたのは君のおかげだ。ありがとう」

 イナーズは急に声を落とした。

「その……女同士というのは周囲に理解されにくいと思うよ……」

 俺をまだ男だと見抜けないのはウーザイも同じだった。

「お嬢ちゃん、俺とアクジョの結婚式には是非来てくれよな!」

 イナーズが目を丸くする。

「えっ、ウーザイ君はアクジョと婚約したのかい?」

「いや、全然。……ただしいつかそうなる。俺はアクジョをあきらめない」

 俺は彼らに言った。

「アクジョのことはお二人にお任せします。必ず彼女を幸せにしてあげてください」

 イナーズとウーザイは目をしばたたいた。

「えっ、どこかに行くのかい?」

 俺ははっきりとうなずく。

「はい。ちょっと長い、長い旅に……」

 いきなり近くから何かの割れ砕ける音がした。見れば、アクジョが手を震わせてこちらを凝視ぎょうししている。その足元には杯の残骸ざんがいが、散らばった中身と共に散乱していた。

「長い旅? ど、どういうことよ、ヒロ!」

 しまった。彼女に聞かれてしまったか――

 だが、いい機会だ。ここで別れの言葉を告げておくのも良いだろう。俺は迫り来るアクジョの両肩を掴んでストップさせた。

「ごめんなアクジョ。俺、もうこのゼイタク王国にはいられないんだ。分かってくれ」

「何よそれ! あなたは私と結婚するのよ! そして金持ちの跡取り夫婦となって、皆がうらやむ贅沢ぜいたくな暮らしを送るんだから!」

 イナーズがまばたきを繰り返した。

「女同士で結婚だなんて、そんな……」

 俺はアクジョの目をまっすぐ見つめた。

「悪いけど、それは無理だ、アクジョ」

 彼女は俺の手を払い、俺の頭を両手で挟んだ。

「何? 何? ヒロ、もう私のこと嫌いになったの? 旅に出たくなるほど私が嫌なの?」

「んなわけないだろう。安心しろ、大好きだよ」

 アクジョは手の付け根で自分の目元を何度もぬぐった。

「じゃあ何でよ。納得いく理由を教えてよ。私を置いていこうってわけを!」

 俺はのどから出かかる言葉を必死で飲み込んだ。

 俺は日本の高校1年生で、この世界も人物も全て、新作オープンワールドゲーム『ブレードパラダイス』の中の代物で……。そして女神シンセから、ゲームの中に逃げ込んだ魔神ワルイを倒すよう命じられて……。だから勇者を探して、見つけて、一緒に旅して……

「言えないよ」

 気がつけば俺はアクジョを抱きしめていた。そして彼女同様、ポロポロと泣き出していた。

「ごめん。俺からは何も言えない。ただ、俺には俺の生きる場所があるんだ。そこへ戻らなくちゃいけないんだ」

 いっそ俺も広院同様この世界にとどまって、この平和な環境で暮らせればどれだけいいか。だが子供が2人ともいなくなれば、俺の両親はさぞや嘆き悲しむだろう。広院の兄として、長男として、俺は元の世界へ帰還せねばならない。

 ゲームは終えねばならない。

「アクジョ、好きだった。愛してたよ。……でも、さよならだ」

 俺は彼女から離れると、背を向けて走り出した。ちらりと振り返ると、イナーズとウーザイがアクジョを掴んで止めている。半狂乱になって泣き叫ぶ彼女の声が、俺の鼓膜こまくに突き刺さるが――

 俺は、舞踏会場から走り出ていた。



 全力疾走の余波で木にもたれかかる。俺は呼吸が静まるのを待ってから、女神シンセの名を呼んだ。目の前に輝く女が現れる。空色の長髪に純白のコートという容姿だ。

「久しぶりですね。ヒロことシュジ・ヒロシゲ」

 シンセは微笑してそう告げた後、ふと眉をしかめて俺の顔をのぞき込んだ。

「泣いてるのですか?」

「うるさいな。さっきのを見てなかったのかよ」

「ええ。女神は暇ではありません。ヒロが魔神ワルイを倒したことを検知してから、ちょっと離れてました。それもたびたび。どうされたのですか?」

 俺は腕で涙をぬぐって、アクジョと別れるのが辛いと本音を吐いた。シンセは目を細める。

「ゲームは創作物ですよ? この世界も人物も作り物。いつかは離れなきゃならないんです。……まあ妹さんみたく、それを嫌がる人もいますが。ヒロは別れを告げたんでしょう?」

「ああ」

「なら、更に名残なごり惜しくなる前に、現実世界へ戻して差し上げます。さあ、私の手を取って」

 俺は一度だけ舞踏会場を振り返った。アクジョ、カイザ王子、カレイド、広院。イナーズ、ウーザイ、ケル……。皆んな皆んな、さようなら。

 俺はこみ上げるものを抑えつけ、また女神に向き直る。そして、その手を掴んだ――

 次の瞬間、全てが消え失せた。



 俺と妹は現実世界では失踪しっそう扱いされていたようだ。消えてから二ヶ月後のある日、女装姿で自室に寝ていた俺の姿に気づき、両親は仰天したという。俺は広院のことも何も分からない、気がついたら自分の部屋にいた、という強弁きょうべんを繰り返した。『ブレードパラダイス』はゲーム機と共に片付けられ、押入れの奥にしまい込まれている。広院が戻って来る様子はなかった。

 俺は二ヶ月の遅れを取り戻すべく、必死で勉強した。親は家庭教師を雇ってくれて、俺はひたすら学習に励み、二学期が始まる頃にはもう周りに追いついていた。

 そして夏が終わり、秋が来て、冬が訪れ、また春がよみがえって――日々は何事もなく過ぎていった。

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